サイエンスジャーナル

自然科学大好き!サイエンスジャーナル!気になる科学情報をくわしく調べ、やさしく解説します!

2008年03月

第7回ノーベル化学賞 エドゥアルト・ブフナー「酵素発酵の発見」

科学大好き!アイラブサイエンス!このブログでは、最新科学の?をくわしく調べ、誰にでもわかりやすい情報提供に努めます。
発酵とは何だろう?

もちろん、最近注目のバイオエタノールでは、酵母などの微生物が嫌気条件下でトウモロコシなどのデンプンをエネルギー源として酸化、その結果、アルコール、や二酸化炭素を生成する過程のことである。

これ以外にはヨーグルトでは、乳酸菌が牛乳にふくまれる乳糖を嫌気条件下で酸化、エネルギーを得ると同時に乳酸、二酸化炭素を生成する。

発酵はその他にもみそ・しょうゆ・日本酒・ビール・漬物・納豆・チーズ・酢・パンなど毎日の食生活に欠かせないものになっている。

ここに登場するのが酵母、乳酸菌などの微生物たちである。微生物の力はすばらしい。ところで、微生物がいないと発酵はしないのだろうか?

正解は「発酵する」である。いったい微生物なしに、どうやって発酵するのだろう?

実は発酵というのは微生物の持つ、酵素が行っている。微生物の酵素を抽出すると酵素だけでも発酵する。これを酵素発酵という。考えてみれば、私たち人間も消化酵素の働きでエネルギーを得ている。いわば人が消化しているのでなく、酵素が消化しているとも言える。それと同じだ。

これを発見したエドゥアルト・ブフナーは1907年にノーベル化学賞を受賞する。エドゥアルト・ブフナーは1905年ノーベル化学賞のアドルフ・フォン・バイヤーの元で化学を学んだ、また遺伝で有名なメンデルにエンドウの研究を勧めたカール・ネーゲリの元で植物学を学んだという。

また、私が大学時代、実験で使った「ブフナーろうと (Buchner funnel)」の発明者でもある。ブフナーろうととは、高速でろ過を行いたい時に使う大変便利な「ろうと」である。磁器製でろ過面に多数の孔があり、そこにろ紙を折らずに載せて吸引ビンからポンプで空気を抜きながら行う減圧ろ過に使われる。

エドゥアルト・ブフナーとは?


エドゥアルト・ブフナー(Eduard Buchner, 1860年5月20日 - 1917年8月13日)はドイツの化学者、発酵学者。発酵の化学・生物学的諸研究により、1907年にノーベル化学賞を受賞した。

彼は医者と法医学の臨時講師の息子としてミュンヘンで生まれた。1884年にミュンヘンの植物学研究所でアドルフ・フォン・バイヤーの元で化学を、カール・ネーゲリの元で植物学の研究を始めた。エアランゲンでのオットー・フィッシャーと共同研究の後、1888年にミュンヘン大学から博士号を授与された。

1900年にロッテ・シュタールと結婚した。

彼は1907年に「生化学の研究と無細胞での発酵の発見」により、ノーベル化学賞を受賞した。

第一次世界大戦の時、彼は少佐としてルーマニアのフォクシャニの最前線の野戦病院に勤務した。彼は1917年8月3日に負傷し、その9日後、ミュンヘンで死亡した。(出典:Wikipedia)

醗酵(発酵)とは?


醗酵 (はっこう) とは、一般に菌類(酵母など)や、細菌(乳酸菌など)といった、微生物の働きにより糖などが分解され、アルコールや有機酸、二酸化炭素 炭酸ガスを生成する過程をいう。

醗酵は酸化の一例でもある。仕組みは腐敗と同じであるが、特に人間にとって有用な場合に限って「醗酵」と呼ぶ。広義には醗酵も腐敗に含まれる。

時に、菌の作用によるものではないものも醗酵と呼ばれる。茶の半醗酵、完全醗酵は、茶の葉に含まれる酵素による酸化醗酵である。

米(コメ)が麹と酵母によって日本酒になったり、酵母によってパン生地の中の小麦粉が分解されてできた炭酸ガスで生地が膨れたりするなどの現象を指す。(出典:Wikipedia)

 

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第7回ノーベル物理学賞 マイケルソン「エーテルの存在否定」

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水面の波を伝えるものは何でしょう?正解はです。水の運動が波(横波)となって伝わり周囲に広がっていきます。

音を伝えるものは何でしょう?正解は空気(物質)です。音の正体である物質の振動(縦波)は空気などの物質を伝わり、最終的に耳の鼓膜をも振動させるので、音が聞こえます。

では光を伝えるものは何でしょう?

正解は「空間」です。100年ほど前までは波や、音のように、水や空気などの波を伝える物質があって伝わるものだと信じられていました。その物質のことを「エーテル」と呼んでいました。

光も音の波や水面波と同様に、「波」であることは200年も前のヤングの干渉実験(1805年)で証明されています。光が波であるならば、それを伝える物質があるはずだと考えるのは自然な流れでした。

1881年に、アメリカの物理学者マイケルソンは、自身のつくった干渉計で「エーテル」の存在を証明するために実験を行いました。1887年には物理学者エドワード・モーリーとともに、再度実験を行っています。

その原理は意外に簡単です。光源から出た光を分光器で東西方向と南北方向に分けます。分けられた光はその先に置いてある鏡に反射し、戻ってきます。戻ってきた光を干渉させるしくみです。

当時、光を伝える「エーテル」は宇宙空間全体に存在すると考えられていました。地球は太陽のまわりを、西から東の方向へ30km/秒の速度で公転しています。光の速度は30万km/秒なので、東西方向と南北方向の光の速度には少し差ができると考えられます。このため、2方向の光には干渉波ができるはずでしたが、何度実験しても、光の速度はぴったり一致したのです。これは予想外のことでした。

このことは、地球が動いていようといまいと、光の速度はどの方向からも同じ速度で伝わることを意味します。天動説が正しく、地球が「エーテル」の中で静止していて、宇宙全体が動いているのならば、話が合いますが、地球が動いている地動説は事実です。この結果、「エーテル」は存在しないことになり、物理学者達を騒然とさせ、大きな混乱を招きました。

この結果に対してマイケルソンは不満だったようですが、アインシュタインは、これが大きな拠り所となり、光速不変の原理を打ち立て、1905年、特殊相対論を構築することになります。1906年マイケルソンは「干渉計の考案とそれによる分光学およびメートル原器の研究」によってノーベル物理学賞を受賞しました。これは初のアメリカ人による科学部門の受賞でした。

光そのものに対する謎は未だ解明されていません。なぜ、光は速度が不変なのでしょう?なぜ、光はいろいろなところを伝わるのでしょう?なぜ、光は質量を持たないのでしょう?科学の謎はつきることはありません。(参考HP Wikipedia・ほしのかけら・相対性理論の否定他)

エーテルとは何か?


エーテル(Aether)は、19世紀以前の物理学で、空間に充満していると仮想されていた物質。イーサー(Ether、Aether)ともいう。

空間に何らかの物質が充満しているという考えは古くからあったが、17世紀以後、力や光が空間を伝わるための媒質として、エーテルの存在は重要な仮説となった。 ルネ・デカルトは、惑星がエーテルの渦に乗って動いていると考えた。また、クリスティアン・ホイヘンスが光の波動性を説明する際にエーテルを用いた。

19世紀、ジェームズ・クラーク・マクスウェルが電磁気学を確立し、電磁波の存在が予言され、その後ハインリヒ・ヘルツの実験により電磁波の存在が確認されると、電磁波の媒質であるエーテルの存在も否定しがたいものと思われるようになった。

しかし、マイケルソン・モーリーの実験により事態は一変した。 1880年代、マイケルソンとモーリーは、静止したエーテルに対する地球の速度を測定するため、地球の進行方向と直交方向で光の速度を比べる実験を行った。

ところが、いくら測定しても速度差を見出すことができなかった。(光速度不変の原理) この実験の後、1905年にアルベルト・アインシュタインが特殊相対性理論を発表した。

現在では空間そのものが力や光の媒質であると考えられており、エーテルの存在を仮定する必要はなくなっている(空間が光の媒質であるという意味では、空間そのものがエーテルであるともいえる。アインシュタイン自身によって相対論的エーテルという用語が用いられたケースもある)。(出典:Wikipedia)

アルバート・マイケルソンとは?


アルバート・エイブラハム・マイケルソン(Albert Abraham Michelson, 1852年12月19日 - 1931年5月9日)は、アメリカの物理学者。光速度やエーテルについての研究を行った。

ポーランド(当時はプロシア領)で生れ、2歳の時に両親とともにアメリカへ渡った。1869年、アナポリスの海軍兵学校に入学し、1873年の卒業後は海軍に務め、兵学校の物理学の教員となった。その後、ヨーロッパで二年間学び、光速度の測定に関心を抱くようになる。1881年に海軍を辞したマイケルソンは大学の物理学の教職に就いた。

マイケルソンは光速度についての研究を始め、1881年にはマイケルソン干渉計を発明し、エドワード・モーリーとともに、当時光の媒質として仮想されていたエーテルを検出するため、公転運動する地球とエーテルの相対運動による光波の干渉を検出する実験を繰り返した(マイケルソン・モーリーの実験)。ところが、もしもエーテルが光の媒質として存在するのなら当然生じるはずの干渉現象が見出されず、この実験は「エーテルの検出」という意味では失敗に終わった。

しかし、このことはあらゆる方向に運動する物体から観測する光速度は常に一定であるという「光速度不変の原理」の発見につながり、のちにアルベルト・アインシュタインの特殊相対性理論の根拠となった。そのため、極めて意義の大きい失敗と言える。

また、マイケルソンは正確な光速度を求める実験を繰返し、丹念な測定によって彼の算出した数字は当時の最高精度を誇った。

1881年 “マイケルソンの干渉計”の考案.光の媒質と考えられていたエーテルの運動を検証する実験を試みる.
1887年 E. M. Morley と共同で “マイケルソン-モーリーの実験” を行う.エーテルの存在は否定される.
1889年 長さの標準に原子のスペクトル線を使うことを提唱.その後1892〜93にかけて,メートル原器とカドミウムのスペクトル線の波長の精密測定を行う.
1907年 マイケルソンは光学に関する研究によってノーベル物理学賞を受賞した。これは初のアメリカ人による科学部門の受賞でもある。(出典:Wikipedia)
 

特殊および一般相対性理論について
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みるみる理解できる相対性理論―特殊相対論も一般相対論も実はむずかしくなかった! (ニュートンムック)
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桜満開!花見客でにぎわう「小田原城址公園」「鶴岡八幡宮」

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近所の桜が満開になった。昨日は小田原城址公園、今日は鶴岡八幡宮に行った。昨日午後雨が降ったが、今日は天気も回復。土曜日ということもあって、満開の桜を楽しむ人たちでにぎわった。

ガソリン税の暫定税率が3月末に切れるまで、ガソリン価格は下がらない。そのためガソリンの節約のために走っている自動車の数か心なしか少ないようだ。

ガソリンは現在、1リットルあたり53.8円のガソリン税がかかっているが、うち暫定税率分25.1円がかからなくなり、4月に入ってから店頭価格は25円程度安くなるという。

気象庁は3月22日、東京と静岡、熊本で桜(ソメイヨシノ)が開花したと発表した。平年(28日)より6日早い。

具体的には、定点観測している東京・九段北の靖国神社と、静岡地方気象台の敷地内にある「標本木」で、職員が開花宣言の基準となる「5、6輪開いた状態」になっていることを確認した。

そして昨日、開花から1週間後、満開が宣言された。満開日とは、標本木で、80%以上のつぼみが開いた状態となった最初の日をいう。

観測の対象は主にソメイヨシノだ。ソメイヨシノは江戸末期から始まる品種で九州から北海道の石狩平野あたりまで植栽されている。

ソメイヨシノはエドヒガンとオオシマザクラの交雑種である。ソメイヨシノが生育しない地域では、ヒカンザクラ、エゾヤマザクラ、チシマザクラを観測する。(参考HP 気象庁・MSNニュース他)
 
関連するニュース
桜満開の花見日和、上野は親子連れたちでにぎわう


満開の桜を楽しむ人たちでにぎわう上野公園 東京で桜の満開が宣言されて初めての週末を迎えた29日、各地の花見の名所はソメイヨシノなどが華やかに咲き誇り、家族連れなどでにぎわった。

台東区の上野公園では、アーチ状の桜並木の下で、子どもの手をひいた親子連れや外国人観光客らが、写真撮影などに興じていた。

気象庁によると、29日の東京は平年並みの気温で、朝から青空が広がり、まずまずの花見日和。ただ30日深夜から雨が降りだす見込み。
(2008年3月29日13時46分  読売新聞)

ソメイヨシノとは?


ソメイヨシノ(染井吉野,学名Prunus ×yedoensis)は、 エドヒガン系のコマツオトメとオオシマザクラの交配で生まれたサクラの園芸品種である。現代の観賞用サクラの代表種であり、「吉野桜」と表記する場合もある。また、エドヒガンとオオシマザクラを交配したものすべてを「ソメイヨシノ」ということもある。

花言葉は「優れた美人」である。

江戸末期から明治初期に、江戸の染井村(現在の東京都豊島区駒込)に集落を作っていた造園師や植木職人達によって育成され「吉野桜(ヤマザクラの意)」として売り出していた。藤野寄命の調査によってヤマザクラとは異なる種の桜であることが分かり、1900年(明治33年)「日本園芸雑誌」において「染井吉野」と命名された。

特徴
花弁は5枚で、葉が出る前に花が開き、満開となる。開花期は関東地方で3月末から4月上旬ごろ。花色は、咲き始めは淡紅色だが、満開になると白色に近づく。原種の一方であるエドヒガンと同じく、満開時には花だけが密生して樹体全体を覆うが、エドヒガンよりも花が大きく、派手である。エドヒガンの花が葉より先に咲く性質とオオシマザクラの大きくて整った花形を併せ持った品種である。

江戸時代中期〜末期に園芸種として生まれ、葉より先に花が咲き開花が華やかであることが好まれたことで、明治以来、更には第二次世界大戦後にも日本中に植えられ、全国に爆発的な勢いで植樹された。

現在、ほぼ日本全域に分布する最もポピュラーな桜であり、例年3月に気象庁が発表する「さくらの開花予想」(桜前線)も本種の開花状況が基準となっている。

しかし、ソメイヨシノには大きな欠点がある。数百年の古木になることもあるヤマザクラやエドヒガンに比べて寿命が短く「60年寿命説」と一般に言われている。この寿命の短さの原因としては、ソメイヨシノは成長が早く、その分老化も早いという説、挿し木で増やすときに同時に細菌に感染し、寿命が短くなるとも言われている。

ソメイヨシノはF1(一代交雑種)である可能性が高く、F1はトウモロコシなどでも有名だが、両親の優れた性質を表現系に出す。俗に言う雑種強勢である。ソメイヨシノの生育の早さをこれで説明することはある程度の説得力を持つ。また、街路のように排気ガスなどで痛む、公園と言った荒らされやすい場所に植樹されているということも、寿命を縮める原因となっている。

寿命が短いという説のあるソメイヨシノであるが、老木も見受けられる。青森県弘前市ではリンゴの剪定技術をソメイヨシノの剪定管理に応用するなどして樹勢回復に熱心に取り組んだ結果、多くのソメイヨシノの樹勢回復に成功している。

弘前城跡公園には樹齢100年をこえるソメイヨシノがあり、これは本種の現存する最も古い株であろうと言われる。東京都内でも、砧公園のソメイヨシノがある。これは1935年に植えられたものなので、すでに70年以上が経過しているが、多くのものが巨大な姿に成育して、見事な情景を見せている。(出典:Wikipedia)
 

サクラを救え―「ソメイヨシノ寿命60年説」に挑む男たち
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激しく活動する宇宙!8億年前の銀河衝突「アンドロメダの涙」

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夜、空を見上げると美しく静かに輝く星々。10年前も20年前も変わらず、永遠に輝き続けているように見える。しかし10億年、20億年ともっと長いスパンで考えると、宇宙は激しく活動していることがわかる。

例えば、アンドロメダ座にある銀河M31。この近くには伴銀河M32、M110 (NGC205)が観測できる。これらの伴銀河はいずれアンドロメダ銀河と衝突し吸収されてしまうと考えられている。

また、アンドロメダ銀河のスペクトルは青方偏移を持つ。このことは我々の銀河系に対してアンドロメダ銀河が秒速約300kmで接近していることを意味する。約30億年後にはこの二つの銀河は衝突して合体し、一つの巨大な楕円銀河を形成する。

そればかりか近年、アンドロメダ銀河の中心には2つの核があることが発見された。銀河の中心部のふくらみ「バルジ」には2つの巨大ブラックホールが存在し、連星系を成している事が観測より明らかになった。これは、伴銀河が数十億年前にアンドロメダ銀河に飲み込まれ、巨大ブラックホールの連星系が誕生したからだと考えられている。

アンドロメダ銀河は、一時期銀河系と似ていると言われていたが、「バルジ」を比較すると、我々の銀河系のバルジよりもガスや暗黒物質が非常に少ない事が判ってきた。これは、伴銀河が数十億年前にアンドロメダ銀河に飲み込まれるときに、バルジ周辺のガスや暗黒物質が喰らい尽くされたからだと推測されている。

今回、専修大の森正夫准教授らが筑波大のスーパーコンピューターを使って、8億年前にも、重さがアンドロメダ銀河の400分の1という小さな銀河が、アンドロメダ銀河にぶつかり、その結果「アンドロメダの涙」と呼ばれるの星の集団ができたことをつきとめた。

長いスパンで考えると、静かに見える宇宙も、こんなにもいそがしく活動しているとは驚きである。それにしても「アンドロメダの涙」とは素敵なネーミングだがどんなものなのだろう?

関連するニュース
「アンドロメダの涙」の正体、8億年前に衝突した銀河の残骸


アンドロメダ銀河から延びる星の川「アンドロメダの涙」は、8億年前に同銀河と衝突した別の小さな銀河の残骸(ざんがい)が広がった結果であることが、専修大の森正夫准教授らが筑波大のスーパーコンピューターを使った模擬実験で明らかになった。

東京で開かれている日本天文学会で26日、発表する。

アンドロメダ銀河は地球から230万光年離れた場所にある。肉眼では楕円(だえん)形に見えるが、ハッブル宇宙望遠鏡など最近の観測によって、楕円形の銀河を取り巻くように多数の星が分布する二枚貝の殻に似た構造や、銀河の南側には長さが約40万光年に及ぶアンドロメダの涙も確認された。

森准教授らは、重さがアンドロメダ銀河の400分の1という小さな銀河が、8億年前にアンドロメダ銀河の中心付近に北側から衝突すると、現在の姿に近い星の分布になることを突き止めた。

衝突した小さな銀河の残骸のうち、遠くまで飛ばされた星の集団がアンドロメダの涙を作り、中心付近に残った残骸が貝殻状の構造を構成しているとしている。(2008年3月25日 読売新聞)
 

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土井さん、お帰りなさい!27日午前9時39分エンデバー無事帰還

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日本時間27日午前9時39分、16日間の飛行を終え、エンデバーがケネディー宇宙センターに帰還した。乗務員の中で最高齢の53才の土井さんは「(疲れはなく)大丈夫です」と元気な笑顔を見せた。 

土井さんは地球に降り立ったときには、体が2倍の重さに感じたそうだ。無重力の状態で16日間過ごすと、毎日2時間トレーニングしていても筋力は落ちてしまうのだ。

無事に帰還できホッとした。国際宇宙ステーション(ISS)は約400kmの上空を90分で地球1周する。かなり速い。地球上で肉眼でその姿は観測できる。望遠鏡で観測すれば、ドッキングしているスペースシャトルや設置する日本の実験棟「きぼう」まで確認できる。

ISSの観測できる時期と方向は、JAXAが公開している。国内の天文・宇宙ファンが観測、撮影した写真が掲載されているので、ぜひご覧あれ。
参考HP 国際宇宙ステーション(ISS)が見頃です → http://kibo.tksc.jaxa.jp/

今回の土井さんの任務(1J/A・STS-123ミッション)


今回のミッションでは、土井隆雄宇宙飛行士がミッションスペシャリストとして搭乗し、
SRMS」というロボットアームとセンサ付き検査用延長ブーム「OBSS」を操作して、熱防護システム「TPS」の損傷点検作業を行った。≫飛行2日目

船外活動時に「SRMS」およびSRMSのTVカメラを操作して、 ISSのロボットアーム(SSRMS)の操作担当者にモニタ映像を提供し、船外活動を支援した。

「SRMS」を操縦して、「船内保管室」や「デクスター」(特殊目的ロボットアーム)の取り付けを行った。≫飛行4日目

船内保管室をISSに取り付けた後、船内保管室の連結部に入り、電気ケーブル、ヒータケーブルの配線や配管などを行い、船内保管室への入室の準備。また、船内保管室の電源を投入して起動。船内保管室に最初に入室して、室内の点検を行った。≫飛行5日目
 
その他の活動
ISS滞在中の楽しみは、新たに開発された「個室」をきぼうに持ち込んで眠ることや、全28種の「宇宙日本食」を食べること。

宇宙でもトレーニングで健康管理。国際宇宙ステーション(ISS)に滞在中は連日、約2時間の運動に取り組んだ。

ブーメランをISS内で投げる非公式の実験をした。ISS内には地上なみの大気圧があるが、無重力状態だ。日本の宇宙航空研究開発機構(JAXA)に入った連絡によると、土井さんが縦に投げたブーメランはちゃんと元に戻ってきたという。

土井さんは今回、10年ほど前の最初の飛行時より無重力状態に体が早く慣れたという。ご飯などの宇宙日本食は米国人飛行士らにも好評だった。自由時間には地球を眺めたり、写真を撮ったりして過ごした。

次回の星出さんのミッション(1J・STS-124ミッション)


「きぼう」日本実験棟の打上げ第2便にあたる1Jミッション(STS-124ミッション)では、「きぼう」の室内実験室ロボットアームがスペースシャトルにより国際宇宙ステーション(ISS)に打ち上げられる。

このミッションには、星出彰彦宇宙飛行士が搭乗っする。次のディスカバリーは5月25日打ち上げ予定。 (参考HP JAXA・asahi.com)

関連するニュース
シャトル「エンデバー」が帰還 土井さん乗せ


土井隆雄さん(53)ら7人の乗組員を乗せた米航空宇宙局(NASA)のスペースシャトル・エンデバーが米東部時間26日午後8時39分(日本時間27日午前9時39分)、16日間の飛行を終えてケネディ宇宙センターに帰還した。土井さんは「(疲れはなく)大丈夫です」と元気な笑顔を見せた。

エンデバーは午後7時半ごろ、地球周回軌道を離脱。フロリダ半島に南西から接近し、暗闇に誘導灯が輝く滑走路に着陸した。動力系から熱を逃がすため、垂直尾翼の根元付近から炎を上げた。

当初は午後7時すぎの着陸を目指していたが、雲が広がったためいったん断念。約90分かけて地球をもう一周し、2回目の機会で着陸した。

着陸から約1時間後、青色の訓練服姿の乗組員が機外に出た。土井さんは、にこやかにNASAや宇宙航空研究開発機構の幹部らと握手した。

日本の二十数年来の悲願である有人宇宙施設「きぼう」の設置国際宇宙ステーション(ISS)で始まったことについて、土井さんは「長い苦労が実りましたね」と宇宙機構幹部に語った。

「きぼう」の心臓部の船内実験室は、星出彰彦さん(39)らが乗る次のディスカバリー(5月25日打ち上げ予定)でISSに運ばれる。(2008年03月27日 asahi.com)
 

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狼 嘉彰,中須賀 真一,冨田 信之,松永 三郎
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宇宙ステーションにかけた夢―日本初の有人宇宙実験室「きぼう」ができるまで (くもんジュニアサイエンス)
宇宙航空研究開発機構,渡辺 英幸
くもん出版

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これでいいのか?飽食日本「フードマイレージ」「フードバンク」とは?

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テレビ東京の「ガイアの夜明け」やテレビ朝日の「素敵な宇宙船地球号」はすばらしい番組で、現代社会の抱える問題とそれに取り組む人々をドキュメンタリーで描いている。

先日、日本でつくられ、捨てられる食料廃棄物の問題について取り上げていた。

日本ではさまざまな場所で、食料が捨てられている。あるコンビにでは、1年で720トンの廃棄食品が出るという。日本全体では家庭から捨てられる食料廃棄物を加えると、年間2320万トンもの食料が捨てられている。これは年間3300万人が食べる量に相当する。

一方で日本の食料自給率わずか39%、日本は6割以上を輸入に頼っている。フードマイレージは世界で第1位。世界では8億の人が飢えている状況で、そんなに遠くから輸入して、そんなに捨ててもよいのでだろうか?私たちは、どこか感覚がマヒしているのかもしれない。

豊かなはずの日本にも、社会生活の中で安全で十分な栄養含む食べ物を手に入れることのできない、「フードセキュリティ(食糧確保)」が欠けている状況に暮らしている人々が65万人以上もいる。

同時に、東京では毎日6000トン(600万kg)もの食料が廃棄されている。もし、私たちがこの食料の廃棄を防ぐことができ、この600万キログラムの食料のうちのほんの一部を配布することができれば、何十万人もの人が食べ物を手に入れることができる。

廃棄されるのは、期限切れの食品だけではない。例えば、流通の間で外箱が破けてしまった商品も、スーパーでは引き取らない。中身には何ら問題がなくても、流通から外さざるを得ない。中国の毒入りギョーザ事件があり、ますます外装がチェックされる状況である。

セカンドハーベストジャパン(Second Harvest Japan)は、食品会社などから提供を受けた食品を、生活困窮者に供給する活動などを目的とした特定非営利活動法人(NPO)である。

食品メーカーや外食産業などでは、品質には問題がないものの、包装不備などで市場での流通が困難になり、商品価値を失った食品が発生する。従来は廃棄されていたこうした食品の提供を原則として無償で受け、生活困窮者を支援しているNGO・NPO等の市民団体を通じて野外生活者や児童施設入居者などの生活困窮者に供給する、いわゆるフードバンク活動を中心に行っている。

提供を行う企業にとっては、廃棄に掛かる金銭的な費用を抑制できるだけでなく、食品廃棄物の発生を抑え、福祉活動に貢献しているという面でCSR(企業の社会的責任)の取り組みともなり、企業価値の向上にもつながってくる。

現状
こうしたフードバンク活動はアメリカでは国・州の保護があり、社会に浸透しているシステムとなっているが、日本ではまだ馴染みが薄い為、活動規模が小さい。実際、セカンドハーベストジャパンに食料を提供している企業は外資関係の会社が大多数を占めており、日本企業の協力はまだまだ少ない。(参考HP ガイアの夜明け・素敵な宇宙線地球号・セカンドハーベストジャパン)

参考HP セカンドハーベストジャパン
                    →
 http://www.2hj.org/index.php/jpn_home
ガイアの夜明け → http://www.tv-tokyo.co.jp/gaia/
素敵な宇宙線地球号 → http://www.tv-asahi.co.jp/earth/

フードマイレージとは?


フードマイレージ (food mileage)とは、「食料の (=food) 輸送距離 (=mileage) 」という意味。食品重量×距離(たとえばトン・キロメートル)であらわす。食品の生産地と消費地が近ければフードマイレージは小さくなり、遠くから食料を運んでくると大きくなる。

1994年にイギリスの消費者運動家のティム・ラング Tim Lang 氏が提唱した概念。フードマイル food mile とも。日本では、農林水産省農林水産政策研究所(所長・篠原孝=当時)によって2001年に初めて導入された。

基本的には「食料品は地産地消(生産地と消費地が近いこと)が望ましい」という考え方に基づく。生産地と消費地が遠くなると輸送にかかわるエネルギーがより多く必要になり、地球環境に大きな負荷をかけることになるほか、生産地と消費地が異なる国で発展途上国と先進国という組み合わせだった場合には特に顕著だが、生産地が消費地からの大きな経済的圧迫を受けるといった問題も指摘されている。フードマイレージの数値が大きければ大きいほど、その消費地は食料に関して贅を尽くしているとされる。

農林水産省の2001年の試算によると、日本のフードマイレージは、総量では世界中で群を抜いて大きく、国民一人当たりでも一位となっている。これについて農水省幹部は「現代の日本人が歴史上のどの時代における、どの国の王侯貴族よりも贅沢な食事をしていることになっている」と解説している。(参考HP Wikipedia)

 

新たなる「挑戦」―夢をカタチにする時
渡邉 美樹
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中田 哲也
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第6回ノーベル生理学・医学賞ゴルジとカハール「神経構造」の対立

科学大好き!アイラブサイエンス!このブログでは、最新科学の?をくわしく調べ、誰にでもわかりやすい情報提供に努めます。
1906年のノーベル化学賞はとても残念なことがあった。それは、フランスのアンリ・モワッサンとノーベル賞を争った、ロシアのドミトリ・メンデレーエフである。両者は投票で受賞者が決められ、わずか1票差で落選してしまう。

当時多くの化学者が新しい物質の単離に成功していたが、彼らはやみくもに物質を探したわけではない、みんなメンデレーエフがつくった周期表を使って、新しい物質を探していた。モアッサンが発見したフッ素にしてもそうである。周期表に空らんがあり、そこに埋める物質がフッ素であった。

この年のノーベル医学・生理学賞では、カミッロ・ゴルジとスペインのラモン・イ・カハールが、共同で受賞しているのを考えると、化学賞を共同で受賞させてあげたかった。というのは、メンデレーエフもモアッサンも翌年の授賞式を待たずして亡くなっているからである。メンデレ−エフは高齢であり、モアッサンはフッ素を単離するために、大量に有毒なフッ素ガスを浴びためだと思われる。

今日の我々の豊かな生活は、数多くの人々の犠牲によって成り立っていることを忘れてはならない。私も当時化学者として生まれていたら、物質を調べる化学実験に夢中になり、失敗し、名前も残さず死んでいたかも知れない。ノーベル賞の栄誉を受ける人は幸運であり、名も知られず亡くなった化学者の方が大勢いたことだろう。

この年、1906年のノーベル医学・生理学賞は化学賞とはまったく対照的であった。

受賞したのはイタリアのカミッロ・ゴルジとスペインのラモン・イ・カハールの共同受賞であった。受賞理由は「神経系の構造研究」である。しかし、彼らは協力して受賞したのではなく、両者はまったく正反対の意見を持っており、授賞式ではお互いに言葉を交わすことは無かったと伝えられている。

それまで神経細胞の仕組みは、よくわかっていなかった、ゴルジの発見したゴルジ染色法により、初めて神経細胞は染色され、はっきりと観察された。ラモン・イ・カハールはゴルジ染色で染まった、神経細胞を驚きの目で観察し、すばらしいスケッチを数多く残した。

19世紀後半、中枢神経をはじめとした神経系が網状構造をとることまでは知られていた。ゴルジらは神経繊維は末端でたがいに途切れること無く連続して網を形成しているとする「網状説」を主張し、ラモン・イ・カハールらは神経線維は細胞の集合であるとする「ニューロン説」を主張した。

神経は一続きの網状になっているのではなく、シナプス部で途切れていることが確認されるのは、電子顕微鏡の出現を待たねばならなかった。

カミッロ・ゴルジとは?


カミッロ・ゴルジ(Camillo Golgi、1843年7月7日 - 1926年1月21日)はイタリアの内科医、科学者。

イタリアブレシア県のコルテノ・ゴルジにて生まれる。父は内科医で、地区のmedical officer。パヴィア大学にて医学を学び、同大学の実験病理学研究室にて、骨髄の特性を解明したことで知られるGiulio Bizzozeroの元で研究を行った。

1865年卒業。中枢神経系の研究に多くの時間を費やした。19世紀後半、神経組織の研究を行うのに十分な染色技術は無かった。精神病院に勤務している際に、彼は主に銀を使う金属による神経の染色方法の実験を行った。彼は全体のうち、ランダムに一部の細胞のみを染色するという神経組織の染色方法を発見した。

これにより初めて脳の中の神経の経路を確認することが出来た。彼はこの染色を「黒い反応」と呼んだが、後に彼の名前を付け、ゴルジ染色法と呼ぶようになった。何故一部の細胞のみが染色されるかはまだ不明である。

この染色は硝酸銀を重クロム酸カリウムと反応させることで、クロム酸銀の粒子を神経鞘に固定させる。結果、軸索と、樹状突起と同様に細胞が完全な黒に染色され、黄色の背景と比べ、非常に鮮明でコントラストがよい染色である。神経細胞を視覚化することにより、ニューロン説が受け入れられるようになった。

この発見に加えて、彼は腱の感覚器を発見した。これも彼の名前を取り、ゴルジ腱受容器(ゴルジ腱器官)と呼ばれている。彼はマラリア原虫のライフサイクルを研究し、マラリアの発熱の時期が、マラリア原虫のライフサイクルと関連があることを発見した。

彼の染色技術を用い、1898年に、細胞内にある入り組んだ器官を発見した。これも彼の名前を取り、ゴルジ体(ゴルジ装置)と呼ばれている。

サンティアゴ・ラモン・イ・カハールと共に、神経系の構造研究に関して、1906年にノーベル生理学・医学賞を受賞した。

1926年1月にイタリアのパヴィアにて死去。(出典:Wikipedia)

ラモン・イ・カハールとは?


サンティアゴ・ラモン・イ・カハール (Santiago Ramon y Cajal, 1852年5月1日 - 1934年10月17日)はスペインの神経解剖学者(サンティアゴ・ラモニ・カハールとも)。1906年にゴルジと共にノーベル生理学・医学賞を受賞した。今日の神経科学・神経解剖学の基礎を築き上げた巨人として位置づけられている。姓のラモン・イ・カハールは、父方の姓「ラモン」と母方の姓「カハール」をandを意味する「イ」でつなげて呼ぶスペインの慣習によるものであるが、一般には母方の姓の「カハール」のみで呼ばれることが多い。

ニューロン説
中枢神経系の構造に関して、カハールはゴルジ染色法を中心とする方法論を用いた神経組織標本の観察結果に基づき、ゲルラッハや、ゴルジ染色法の開発者ゴルジらによる網状説に反対して、ニューロン説を提唱し、激しい論争を引き起こした。

神経繊維は末端でたがいに途切れること無く連続して網を形成しているとする網状説は今日では完全に否定されている。しかし、18世紀半ばごろまでに確立していた細胞説の例外として、神経系では細胞が融合して多核となっていると考えられていた時期があった。

これに対してニューロン説の立場では、神経系はニューロンという非連続の単位から構成され、個々のニューロンは細胞体、樹状突起、軸索という極性のある構造を有し、シナプスと呼ばれる接合部によって互いに連絡すると考える。1906年のノーベル生理学・医学賞は、網状説のゴルジとニューロン説のカハールの二人が受賞し、まったく正反対の立場で受賞記念講演を行っている。後の時代の電子顕微鏡を用いた実験研究によって、個々のニューロンの細胞膜は互いに独立していることが確かめられ、ニューロン説が実証されるに至り、神経科学における基本的な概念となった。

略歴
1852年 スペイン北部の寒村ペッティラで、外科医の長男として生まれた。
少年時代にはいたずら好きの悪童で、絵を好んだ。この絵画への傾倒が後に形態学者・解剖学者として役立ったようである。
1866年 悪童ぶりに困り果てた父から床屋および靴屋への徒弟奉公を命じられる。(14歳)
1868年 サラゴサ大学医学部に進学。
1873年 医学部を卒業後、軍隊に招集され二等軍医となる。
1874年 一等軍医として当時まだスペイン領であったキューバ内乱の前線に赴き、密林でマラリアに罹患。(22歳)
1875年 帰国し、サラゴサ大学医学部の解剖学臨時助手。
1877年 医学博士号取得。
1880年 結婚。
1883年 バレンシア大学解剖学教授。
1887年 はじめてゴルジ染色法の標本に触れ衝撃を受ける。バルセロナ大学正常・病理組織学教授となる。(35歳)
1892年 マドリードのサン・カルロス大学正常組織学・病理解剖学教授。(40歳)
1895年 - 1896年 蓄音機の改良に取り組む。
1906年 神経系の構造研究に関して、ゴルジと共にノーベル生理学・医学賞を受賞。(54歳)
1917年 自叙伝『我が生涯の思い出』刊行。
1934年 82歳で死去。(出典:Wikipedia) 
 

岩波講座 現代医学の基礎〈6〉脳・神経の科学(1)

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世界初!脾臓など6臓器取り出し手術 米病院の邦人医師

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脾臓は左の上腹部にあり、上方は横隔膜に接し内側は左の腎臓と接している。前方には胃が存在する。肋骨の下に隠れており通常は体表からは触れない。

東洋医学でいう五臓六腑(五臓:肝・心・脾・肺・腎)の一つである「脾」は「脾臓」とは異なっている。五臓の「脾」は主に消化吸収などを担っており、解剖学的に対応する臓器はむしろ「膵臓(すいぞう)」である。

これは脾臓と膵臓を別の臓とは考えず、ひとつの臓(脾臓+膵臓=脾)と考えられていたのではないかという説もあるが、正確な理由は現在もわかっていない。膵臓は黄色い組織であるため、脂肪と考えられて脾臓に膵臓の機能が割り当てられた可能性もある。また、横っ腹が痛くなる原因は脾臓が急激な動作によってだんだん縮んで痛みが起こると考えられている。

脾臓には次のようなはたらきがある。

・免疫機能:白脾髄でB細胞(Bリンパ球)を成熟させる。
・造血機能:骨髄で造血が始まるまでの胎生期には、脾臓で赤血球が作られている。生後はその機能は失われるが、大量出血や骨髄の機能が抑制された状態では再び脾臓での造血が行われることがある(髄外造血)。ラットやマウスでは出生後も造血が行われる。
・血球の破壊:古くなった赤血球の破壊を行う。赤血球中のヘモグロビンも破壊され鉄を回収する働きもある。
・血液の貯蔵機能:血液を蓄える機能がある。人間ではそれほど多くの血液の貯留はされないが、犬や馬などの動物では大量の血液が貯留されている。筋肉が大量の酸素を必要とするような運動時には、脾臓から貯蔵されていた血液を駆出することで充分な酸素を筋肉へ送り届けることが出来る。急激な有酸素運動をとった際に起きる、胸部を締め付けらるような痛みはこの働きによるものである。

今回、米フロリダ州のマイアミ大ジャクソン記念病院の日本人医師が、胃と肝臓、膵臓(すいぞう)、脾臓(ひぞう)、小腸のすべてと大腸の3分の2の6つの臓器を、患者臓器を体外に取り出して腹部のがんを切除、その後体内に戻すという世界初の難手術に成功した。

すごい手術ができるものだ。(参考HP Wikipedia)

関連するニュース
がん:6臓器取り出し切除手術 世界初、米病院の邦人医師


米フロリダ州のマイアミ大ジャクソン記念病院は21日、患者の胃や肝臓、小腸など六つの臓器を体外に取り出して腹部のがんを切除、その後体内に戻すという世界初の難手術に移植外科の加藤友朗医師らのチームが成功したと発表した。

同病院によると、患者は63歳の女性で、内臓の筋肉にがんの一種の平滑筋肉腫を発症。薬や放射線による治療で改善せず、太い動脈を巻き込んでいるため通常の手術では切除できなかった。

加藤医師らは、がんとともに胃と肝臓、膵臓(すいぞう)、脾臓(ひぞう)、小腸のすべてと大腸の3分の2を体外に取り出し、保存液で冷却してがんを除去。この後、必要な部分に人工血管をつなぐなどの措置をして臓器を体内に戻した。手術は15時間だった。

加藤医師は脳死の臓器提供者から6臓器を同時に移植したこともある移植専門医。「長年の多臓器移植の経験で可能になった。切除不可能とされるがんの患者に適応できる」と話している。(毎日新聞 2008年3月22日)

 

解体珍書―イッショケンメ人間の五臓六腑
水口 義朗
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第6回ノーベル化学賞 モアッサンついに「フッ素の単離」に成功!

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フローライトレンズは子供のころのあこがれであった。子供のころ天体観測に夢中になったとき天体望遠鏡が欲しかった。そのころフローライトレンズを使った望遠鏡は高くて買えなかった。たしか高橋製作所というメーカーでつくっていた屈折望遠鏡だったと思う。今から35年も前のことである。

ガラスのレンズに光が通るとき、光は屈折する。光は像をつくるが、光はさまざまな波長の集合体であり、波長によって、屈折率が違うので焦点がずれる。このため像にもずが生じ、その結果、色がついて見える。これをガラスレンズの色収差という。

ところがフローライトでつくったレンズは、色収差が少なく、見たままの美しい映像が見られたという。フローライトは蛍石といい、昔はどんな石かわからなかった。世の中には不思議な石があるものだな...と思っていた。

蛍石は紫外線を照射すると蛍光を発するのでこう名付けられた。主成分はフッ化カルシウム(CaF2)。へき開が良い鉱物であり、正八面体に割れる。モース硬度は4であり、蛍石を高温で溶融し、再結晶化させることによってフローライトレンズは得られる。以外に柔らかいレンズである。

ところで、フローライト(蛍石)に硫酸を加えると何ができるだろう?この美しい名前とは裏腹の毒性の強いフッ化水素が発生する。さらにこれから得られるフッ素(F:フローライン)は猛毒で爆発的に反応するため、単離することはほとんど不可能に思われた。

フッ素の発見と単離への挑戦


1771年、カール・シェーレが蛍石からフッ化水素が発生することを発見していた。未知の元素が蛍石 (Fluorite) に含まれているる可能性から、フランスのアンドレ=マリ・アンペール(電流のアンペアは彼にちなむ)は、未発見の新元素にフローライン(fluorine)と名付けた。フッ化水素と塩化水素の組成がフッ素と塩素の違いだけであると、アンペールは気づいていた。

1800年、イタリアのアレッサンドロ・ボルタが発見した電池が、電気分解という元素発見に極めて有効な武器をもたらした。デービーは1806年から電気化学の研究を始める。カリウム、ナトリウム、カルシウム、ストロンチウム、マグネシウム、バリウム、ホウ素を次々と単離。しかし1813年の実験では電気分解の結果、漏れ出たフッ素で短時間の中毒に陥ってしまう。デービーの能力を持ってしてもフッ素は単離できなかった。

単体のフッ素はその酸化力の高さゆえ、実験器具を破壊する。さらに人体に有害なフッ素を分離しても保管することができない。その後、さまざまな科学者が命がけでフッ素の単離に挑戦するのだが、ことごとく敗退した。

アイルランドのクノックス兄弟は実験中に中毒になり、1人は3年間寝たきりになってしまう。ベルギーの Paulin Louyetとフランスのジェローム・ニクレも相次いで死亡する。1869年、ジョージ・ゴアは無水フッ化水素に直流電流を流して、水素とフッ素を得たが、即座に爆発的な反応がおきた。しかし、偶然にも怪我一つなかったという。

ようやく1886年、アンリ・モアッサンが単離に成功する。白金、イリジウム電極を用いたこと、蛍石をフッ素の捕集容器に使ったこと、電気分解を-50℃という低温下で進めたことが、成功の鍵だった。材料にも工夫があり、フッ化水素カリウム(KHF2)の無水フッ化水素(HF)溶液を用いた。モアッサンも無傷というわけにはいかず、この実験の過程で片目の視力を失っている。フッ素単離の功績から、1906年のノーベル化学賞はモアッサンが獲得した。翌年、モアッサンが急死した原因は不明である。 (参考HP:Wikipedia)

アンリ・モワッサンとは?


ジョゼフ・アンリ・モワッサン(Joseph Henri Moissan, 1852年9月28日 – 1907年2月20日)はフランスの化学者である。1906年に「フッ素の研究と分離およびモアッサン電気炉の製作」の業績によりノーベル化学賞を受賞した。受賞の翌年急死している。

彼がノーベル賞の受賞候補者としてノミネートされた時、一緒に、ロシアのメンデレーエフもノミネートされていたが、一票差でモアッサンが勝利した。

フッ素は1771年のカール・シェーレ以来、その化合物の存在は知られていたものの、ガラスや貴金属とも反応してしまうほどの強い活性を持ち、毒性も強い元素であるため、単離(純粋なフッ素の単体を取出すこと)が極めて困難であった。

多くの化学者が単離に挑戦して失敗した。モアッサンも実験中に片目を失明したが、1886年6月、フッ素化合物を電気分解し、フッ化カルシウム(蛍石)の容器を捕集に使うなどすることにより、ついにフッ素の初単離に成功した。

モアッサン炉は大電流でアーク放電を起こして3500℃もの高温を得るものである。

モアッサンはモアッサン炉を使って鉄と炭素を溶解させたあと急冷し、金属の収縮圧でダイヤモンドを合成する実験を行った。1893年に合成の成功を発表したが、モアッサンの死後、実際は助手がモアッサンを喜ばすため、生成物に天然のダイヤモンドを仕込んだことを告白するという話を残している。(出典:Wikipedia) 
 

フッ素の化学
国分 信英
裳華房

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アクアドロップストーンチャーム(グリーンフローライト)

(株)ノルコーポレーション

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第6回ノーベル物理学賞J.J.トムソン「電子の発見と核物理学」

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 蛍光灯を奨励
 地球温暖化・環境破壊を防ぐ観点から、白熱電球よりも電球型蛍光灯へ切り替える動きが国際的に広がっている。特にアメリカ・オーストラリアにおいては白熱電球の生産・販売を法律で禁止する事が決まっている。

 また、日本でも2007年11月、経済産業省・環境省が白熱電球の生産・販売を終了して電球型蛍光灯のみを生産するように電気メーカー各社に要請していく旨を申し合わせている。

 最近の蛍光灯はくねくねと管が曲げられて電球型になっている。よく光るものだと思う。ところで蛍光灯はどうして光るのであろうか?

 蛍光灯の起源
 蛍光灯の中にはうすい水銀蒸気が入っていて、これに電極を置くと紫外線を発して放電する。これが蛍光塗料にあたり可視光を発する仕組みになっている。

 蛍光灯の起源は1856年にドイツの物理学者であったガイスラーによってつくられた、ガイスラー管と考えられている。低圧の気体を封入したガラス管の中に二つの電極を置き、電極間に誘導コイルによって高電圧を加えると、放電による気体の発光が観測される。

 これに改良を重ね、蛍光灯といえるものが発明されるのが、1926年ドイツの発明家、エトムント・ゲルマーのグループであった。

 この間、空気を抜かれたガラス管の中で輝く放電現象についてさまざまな研究がなされていた。イギリスのJ.J.トムソンもその一人である。

 陰極線の正体
 1884年、彼はケンブリッジ大学のキャベンディッシュ研究所の3代目所長になる。そこで放電現象を起こす陰極線の正体が電子であることを発見し、原子は最小の粒ではないことを発見。ケンブリッジ大学のキャベンディッシュ研究所が19世紀の核物理学の中心となるきっかけをつくった。

 陰極線の正体をめぐってはエネルギーが振動している「波動説」と、ある小さな粒子が飛び出している「粒子説」と考える説があり、いずれも決定な証拠がつかめないでいた。

 彼は粒子説を証明しようとし、電荷を持った粒子であれば粒子の進行方向に直角な電界をかけると進行方向が変化し、これを測定できれば粒子説が証明できると考えたが、その測定は困難を極めた。

 電波の実験で有名なドイツのヘルツの研究室でも進行方向の変化が測定できないことから、波動説に傾いてた。

 この研究においては実験精度の向上が大きな課題であった。真空度を上げるため真空ポンプの開発をすすめた。そして、デュワーによる残留気体を除去する方法が開発され、タウンゼントの荷電粒子の測定の精度の向上などの努力によって1897年4月「電子の電界による進行方向の変化」の実験についに成功する。

 電子の発見
 陰極線をつくる粒子は水素原子の千分の1以下の質量しか持てず、負に帯電していて、どんな物質からも出てくることを確認した。

 それまで原子は分割できないと考えられていたのだが、電子は原子の構成要素であり、原子は分割されることで、電子を放出することがわかり、この新しい発見は、核物理学という、まったく新しい研究分野を切り開いていくことになった。この結果、ケンブリッジ大学のキャベンディッシュ研究所が19世紀の核物理学のメッカになった。

 1903年にこれまでの実験結果をまとめ「気体中の電気の伝導」として本をケンブリッジ大学から出版。
1906年ノーベル物理学賞を受賞する。

 今からわずか100年前のことであり、今日我々はさまざまな電子デバイスの恩恵を受けている。(参考HP Wikipedia・電気の歴史イラスト館)

 J.J.トムソン
 
第6回ノーベル物理学賞受賞者。受賞理由: 気体の電気伝導に関する理論および実験的研究。

 サー・ジョゼフ・ジョン・トムソン(Sir Joseph John Thomson, 1856年12月18日-1940年8月30日)は、イギリスの物理学者。しばしば「J.J.トムソン」と呼ばれる。1906年にノーベル物理学賞を受賞した。

 英国のマンチェスタの郊外で本屋を営むアイルランド人を父親として生まれた。そこのオウエンス大学(今日のビクトリア大学)に14才で入学。そこに実験物理学のコースがあり学ぶ。

 1876年奨励金を得て、ケンブリッジ大学のトリニティ・カレッジに転校。
1884年にケンブリッジ大学キャヴェンディッシュ研究所の3代目の所長に就任。陰極線管を改良し、陰極線の研究をおこない、電子の電荷と質量の比の測定(トムソンの実験:1897年)、電子の電荷(1899年)を測定するなど、電子の存在を示した。1903年にこれまでの実験結果をまとめ「気体中の電気の伝導」として本をケンブリッジ大学から出版。

 1904年、プラムプディング模型と呼ばれる原子模型を提案。 原子は安定であることから、ある大きさの球状をしている。その中に正の電荷をもった非粒子状物質が一様に満ちており、かつ、原子は中性であるから球の内部には正の電荷を打ち消すだけの数の電子が存在し、電子はそれぞれ決まった半径をもつ多くの同心円周上に等間隔で配列されているという原子モデルである。 原子核をもたず、正電荷をもつプリンのような球のなかに電子(果物のプラム)が埋まっているというイメージである。
 1906年にノーベル物理学賞を受賞。

 息子のジョージ・パジェット・トムソンも1937年にノーベル物理学賞を受賞。質量分析器の発明者でもある。(参考HP Wikipedia・電気の歴史イラスト館)

新版 電子と原子核の発見 20世紀物理学を築いた人々 (ちくま学芸文庫)
スティーブン・ワインバーグ
筑摩書房

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光る原子、波うつ電子
伏見 康治
丸善

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廃食用油をリサイクル!「バイオディーゼル」の利点と問題点

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バイオエタノール(BE)やバイオディーゼル(BDF)が注目されている割には、あまり身近に感じない。どこのスタンドで販売しているのだろうか。また、使用済み食用油はどこで回収してくれるのだろう?

すでに、フランスやドイツといったヨーロッパ諸国では、国家プロジェクトとして数年前から実用化が進められ、一般にも普及している。日本でも、各自治体や企業などで徐々に研究が進められるているが、本気で取り組んでいるようには思えない。洞爺湖サミットも近いが、国は京都議定書の目標値をどうやって達成するつもりなのだろうか?

一方、バイオ燃料を推進することは本当に良いことなのだろうか?疑問に思える。欧米がバイオ燃料を普及させたことをきっかけに、穀物相場に投機的な資金が流入。トウモロコシばかりか、小麦、大豆の値段が上がり続けている。石油も相変わらず高い。地球温暖化を利用して、必要以上に人の不安をあおっている。こんなことがいつまでも許されるとは思えない。

いろいろな疑問を感じるが、一般社会では知恵を出し合って質素・倹約・リサイクルに努めていくことが大切である。廃食用油を有効利用する、バイオディーゼル自体は良いことだと思う。少し前、廃食用油を利用した石けんづくりがはやったが、香りなどの点でどうも使う気になれなかった。

バイオディーゼルは、軽油などと違って硫黄をふくまないので、硫黄酸化物をつくらない。カーボンニュートラルと考えられているので地球温暖化防止になるなど、利点は多く良い燃料になりそうだ。

しかし、バイオディーゼル車の普及が進んでいないこと、精製の点で一定の品質が保てるかなどの問題点も多い。

三重県四日市市では、地元の野菜と交換できる「地産地消」を連携させた廃食用油の回収を始めた。国や地方自治体は、地球温暖化対策で何にでも手を伸ばすのは大変だ。地元の状況にあった、四日市市取り組みは良い手本になりそうだ。

バイオディーゼルはどうやってつくるのだろう?


作り方は以外に簡単だ。植物性食用油である廃油は、脂肪酸とグリセリンの化合物である。そこに水酸化カリウムとメタノールを温めながら混ぜ合わせる。

水酸化カリウムのはたらきで、廃油は脂肪酸とグリセリンに分離。メタノールと脂肪酸は反応して、メチルエステルをつくる(エステル化)。これがバイオディーゼルである。

分離が終わったら、グリセリンとメチルエステルを水で洗浄する。

バイオディーゼルの利点
・軽油と使い方が同じ。軽油車(ディーゼルエンジン)に改造なしで給油できる。
・軽油より含有有害物質の量が少なく、硫黄酸化物(SOx)がほとんど出ない。
・植物性の廃食油を使うので廃棄物のリサイクルになる。
・カーボンニュートラルの考えによりCO2の排出量を抑制でき、地球温暖化防止に貢献できる。(B20使用で、ライフサイクルCO2は通常より16%削減効果)

バイオディーゼルの問題点
・国や地方自治体は廃油を回収しバイオディーゼルにリサイクルする仕組みを強化したいところだが問題点も多い。まず、日本ではディーゼル車が少ない。
・バイオディーゼルを再生する装置が350万円もする。装置一つで1月100リットル程度の精製量では少ない。
・生成の過程でできる、グリセリンには触媒や未変換の脂肪酸などが混入しており、有効な用途がないとされる。その売却、処分が非常に困難な状況にある。
・廃食用油は様々な油脂が含まれうるものであることから、原料の性状に大きなばらつきがある。品質を安定させるためには一定程度大規模なプラントで製造を行う必要がある。
・精製が不十分でグリセリンが完全に除去しきれておらず、原料油脂(トリグリセリド)が残留している場合、スラッジ(固まり)が発生してピストンリングを固着させたり、フィルターの目詰まりを発生させることがある。またメタノールの除去が不十分な場合、残留メタノールが金属部材の腐食の原因となる。

関連するニュース
廃食用油:地元野菜もらおう…回収事業スタート 四日市


廃食用油を集めて地元産野菜をもらおう−−。三重県四日市市の内部(うつべ)地区は17日、地産地消を連携させた廃食用油の回収を始めた。廃食用油1キロ回収するごとにJA三重四日市の農産品直売店で野菜などと交換できる「エコポイント」を発行する。油は燃料化する。四日市市は今後、好事例として広め、各地で取り組みを促す考えだ。

廃食用油の回収は、内部地区市民センターが今年度開いた「環境未来塾」で市民が提言し、センターが実現に取り組んだ。廃食用油はペットボトルに入れて、地区の古紙回収業者に持ち込む。1キロで30ポイントたまり、500ポイントで「お米券」と交換。JA三重四日市・四季菜内部店で地元産の農産品を買うことができる。

この日は、地域住民が次々に油を持ち込み、ポイントを受け取っていた。地産地消を絡めたことについて市民センター地域マネジャーの保黒時男さん(63)は「ごみゼロを目標に地域内での循環を目指した。油もペットボトルで持ち込めば家庭ごみはさらに減る」と話す。内部地区は、地域内資源循環をさらに進めるため、生ごみのたい肥化も検討している。

地域特性に応じた資源循環圏の形成を進めている環境省循環型社会推進室の川上毅室長は「とても面白い取り組みと思う。先進事例は広く紹介していきたい」と話している。(2008年 3月17日 毎日新聞)
 

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図解 バイオディーゼル最前線

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夢の熱膨張率ゼロ セラミック「マンガン窒化物」新開発 RIKEN

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固体を加熱すると何になるでしょう?

正解は液体です。では液体を加熱すると何になるでしょう?そう気体ですね。

固体を加熱して液体になると体積はどうなるでしょう?

正解は増加します。では液体を加熱して気体になると体積はどうなるでしょう?そうやはり増加しますね。中学で学びます。

逆に液体が固体になるときは体積が減るのがふつうです。ところがこの原則に反する有名な物質があります。固体になると体積が増える物質があります。この物質は何でしょう?

正解は水です。コップに水を入れ、冷凍庫に入れるととコップが割れてしまった経験があるのではないでしょうか。氷になると体積が増えるために割れます。ここまで知っているとなかなか科学通です。

ではなぜ水の固体である氷は、体積が増えるのでしょう?

それは、氷独特の結晶構造にあります。通常固体は、正方晶や立方晶という分子の形で固体になる。分子同士のすき間は減るため体積は減少するが、水の結晶は六方晶という結晶の形をとるため、固体の方が分子の間隔が広くなります。このため氷は体積が増えるのです。

このように物質は時に変わった振る舞いをするものがあり、様々な性質が調べられています。

理化学研究所の研究グループが、温度が上がってもほとんど膨張しないセラミック単一の材料から作ることに成功しました。複合材料や特殊な合金から作ることはできたのですが、強度やコストが課題でした。このマンガン窒化物でできたセラミックは軽くて丈夫、幅広い産業への応用が期待できます。

例えば鉄は温度が1℃上がると1.2マイクロメートル(1マイクロは100万分の1)伸びます。ほんのわずかな伸びと思われますが、例えばナノメートル(1ナノメートルは10億の1)という精度を追求している半導体デバイスでは致命傷です。このため、精密加工機械、半導体製造、精密光学機器などの産業分野では、ゼロ膨張材料が求める要望が高まっています。

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セラミック:熱膨張率ゼロ、単一材料から開発成功…理研


温度が上がってもほとんど膨張しないセラミック単一の材料から作ることに、理化学研究所の研究チームが成功した。複合材料や特殊な合金から作ることはできたが、強度やコストが課題だった。半導体製造など精密加工が必要な産業では、温度変化によるわずかな膨張が精度の劣化につながる。このセラミックは軽くて丈夫で、幅広い産業への応用が期待できるという。

固体は通常、熱を加えると膨張する。例えば、長さ10センチの鉄は、温度が1度上がると1.2マイクロメートル(マイクロは100万分の1)伸びる。しかし、半導体の基板では0.1マイクロメートル以下の微細加工が要求されるなど、精密加工が必要な産業では熱膨張が障害になるため、製造工程で厳密な温度管理が必要となる。

理研中央研究所の竹中康司客員研究員(固体物理学)らは、セラミックのマンガン窒化物で温度が上がると収縮する現象を05年に発見。組成や焼成温度を変えて実験を重ね、50度から氷点下20度の範囲で熱膨張率がほぼゼロの物質を作った。

竹中さんは「精密加工が必要な幅広い産業に応用できる。厳密な温度管理が不要になれば、省エネにもつながる。コストも合金の数分の1程度だろう」と話している。成果は26日から東京で開かれる日本金属学会で発表する。(毎日新聞 2008年3月17日)
 

先進セラミックスの作り方と使い方

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女王蜂ができるのはなぜ?遺伝子発現変異「エピジェネティクス」

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セントラルドグマとは、1958年にフランシス・クリックが提唱した分子生物学の中心概念のこと。セントラルとは中心、ドグマとは宗教における教義のことであり、具体的には、遺伝情報はDNA→(複製)→DNA→(転写)→RNA→(翻訳)→タンパク質の順に伝達されるしくみをいう。

これまで遺伝子変異というと、このセントラルドグマでいうDNA一次配列の変化のことを指してきた。つまりDNAの塩基配列が変わるためにRNAも変化し、そこからつくられるタンパク質も変化し、生物の姿・形・性質(形質)まで変わる仕組みのことであった。

ところが近年、DNA配列の変化を伴うことなく後天的な作用により変異が生じる機構が発見されている。もとのDNAは変わっていないのに、生物が形作られるときに別の姿になることがある。このような、ゲノムの解読が完了した上で、形質発現の調節機構を「エピジェネティクス」という。

生物では昆虫の変態などでよく見られる。幼虫から成虫になる過程で劇的な変化が見られるが、もとのDNAに変化があるわけではない、発現のしかたに変化があるだけである。

また、iPS細胞やES細胞は何の細胞にもなるが、分化した皮膚の細胞は他の細胞に変わることもない。これも「エピジェネティクス」である。

この仕組みは染色体の中のある、タンパク質ヒストンとDNAの結合部分「クロマチン」で起きると考えられている。DNA塩基のメチル化による遺伝子発現の変化やヒストンのタンパク質のメチル化による遺伝子発現の変化が現在研究されている。

今回、オーストラリア国立大のグループが、ミツバチの特定の幼虫が女王蜂に育つのは、餌のロイヤルゼリーが遺伝子の働きを調節するためであり、このとき「DNAメチル化」という現象が起きていることを「サイエンス」電子版に発表した。 

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女王蜂になるのはなぜ ロイヤルゼリーが遺伝子を調整?


ミツバチの特定の幼虫が女王蜂に育つのは、餌のロイヤルゼリーが遺伝子の働きを調節するためらしい――。こんな可能性を強く示唆する研究成果を、オーストラリア国立大のグループが米科学誌サイエンス電子版に発表した。

ミツバチの働き蜂と女王蜂はどちらも雌。DNAの遺伝情報では差がないのに、なぜ体や役割に違いができるのかは大きな謎だ。女王蜂となる幼虫に餌として与えられるロイヤルゼリーを別の幼虫に与え続けると、やはり女王蜂になることから、ロイヤルゼリーがカギを握ると考えられてきたが、具体的な働きはわかっていなかった。

グループは、DNAを化学的に変化させて遺伝子の働き方に違いを生むDNAメチル化という現象に着目。ミツバチの幼虫でメチル化を妨げる操作をすると、卵巣が大きくなるなど女王蜂のような体の発達を示すことを見つけた。

栄養条件によりDNAメチル化などを介して遺伝子の働き方に変化が起こることが近年、哺乳(ほにゅう)類などで報告されている。このためグループは、ミツバチではロイヤルゼリーの摂取がメチル化を抑えるような効果と結びついていると推定した。

ミツバチを研究する佐々木哲彦・玉川大准教授(分子生物学)は「女王蜂と働き蜂の分化には遺伝子の調節が関係すると考えられてきた。それを実験的に示唆した結果で興味深い。ロイヤルゼリーの摂取とDNAメチル化を直接結びつける研究ではないが、今後の進展が期待できると思う」と言っている。(asahi.com 2008年03月16日) 

エピジェネティクスとは?


エピジェネティクス(epigenetics)とは、クロマチンへの後天的な修飾により遺伝子発現が制御されることに起因する遺伝学あるいは分子生物学の研究分野である。

遺伝形質の発現はセントラルドグマ仮説で提唱されたようにDNA複製→RNA発現→タンパク質合成→形質発現の経路にしたがってDNA上の遺伝情報が伝達された結果である。

言い換えると、セントラルドグマ仮説における形質の変化(遺伝子変異)とはDNA一次配列の変化であり、事実、遺伝子変異の大半はDNA配列の変化に起因することが実証されてきた。

しかしながら、DNA配列の変化を伴うことなく後天的な作用により変異が生じる機構も発見されている。近年ではヒトゲノムの解読が完了した上、形質発現の調節機構にも研究の中心が移るにつれてエピジェネティクスが注目を集めるようになった。

すなわち従来のオペロン仮説による遺伝子発現の制御はあくまでもDNA一次配列変化により変異が発生する。一方、次に示すような機序に基づく発現制御の変異はDNA一次配列変化と独立している事象である。

DNA塩基のメチル化による遺伝子発現の変化、ヒストンの化学修飾による遺伝子発現の変化。分子生物学的には、以上の述べてきたような、後天的DNA修飾による遺伝発現制御をエピジェネティクスの学問分野では扱う。

また遺伝学的に見ると、DNA複製と突然変異とによる変異は親と子との世代間の変異である。

一方、エピジェネティクスの変異は同一個体内での、部位や個体の発生や分化に関する時間軸上の違いで差を生じる変異でもある。その上従来のDNA配列決定法では、個々のDNAに加えられた後天的な修飾の状況を検出することは困難であったので、エピジェネティクス的な変異が形質発現関与している寄与は過少に評価されてきたとも考えられる。

最近においてはエピジェネティクス的な機序が遺伝子発現に関与している事例も多数報告されるようになってきており、分子生物学上の一大領域を形成しつつある研究の活発な学問分野でもある。

DNAメチル化
脊椎動物のDNAメチル化反応は、CpG サイト(シトシン-リン酸-グアニンサイト;シトシンがDNA配列のグアニンと隣り合う場所)に起こり、シトシンは5-メチルシトシンに転換される。Me-CpGの形成は、DNAメチルトランスフェラーゼによって触媒される。CpG サイトは脊椎動物のゲノム全体でみると多くないが、遺伝子のプロモーター近傍にCpG アイランドとして高い頻度で見つかる。

CpGサイトのメチル化反応は遺伝子発現に大きな影響を与える。

タンパク質メチル化
タンパク質メチル化は翻訳後修飾の1つの型でもある。タンパク質メチル化は通常、アミノ酸配列のアルギニンかリシン残基の場所に起こる。アルギニンは1回(モノメチルアルギニン)または2回メチル化できる。ペプチジルアルギニンメチルトランスフェラーゼ(PRMTs)の触媒効果によってN末端に1回メチル化が起きると非対称性ジメチルアルギニンが、2回起きると対称性ジメチルアルギニンができる。リシンはリシンメチルトランスフェラーゼによって3回までメチル化できる。(出典:Wikipedia)

タンパク質メチル化は特にヒストンにおいて研究されており、S-アデノシルメチオニンからヒストンへのメチル基の運搬を行う酵素はヒストンメチルトランスフェラーゼとして知られている。ヒストンのいずれかの残基へのメチル化は、エピジェネティクス効果として遺伝子発現を抑制または活性化させる。(出典:Wikipedia)
 

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第5回ノーベル生理学・医学賞 コッホ「結核に関する研究」

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3月24日は何の日か?

正解は「世界結核デー」である。この日は、『近代細菌学の開祖』と称されるロベルトコッホが結核菌を発見した日である。

彼はドイツの医者であった。1874年頃、ヨーロッパの農民たちを悩ませていた病気に炭疽(たんそ)病があった。彼は妻からプレゼントされた顕微鏡で病気のヒツジやウシの血液を調べると、健康なヒツジやウシの血液中には無い小さい棒状をした炭疽菌を発見した。

彼はこの微生物の純粋培養を試み、増やすことに成功した。そして、炭疽病が細菌によることを証明した 「炭疽病の原因」 という論文を著し、一躍世界の注目を浴びることになる。炭疽菌は、世界で初めて病気の原因が確認された細菌となったのである。



1882年、さらに目に見えない病原菌の研究を続けていた彼は、当時世界で最もおそれられていた結核の病原菌を発見した。それは、当時のヨーロッパで病死する人の7分の1をしめるという、恐ろしい病気である。世界結核デーは、彼が結核菌の発見を発表した3月24日を記念している。

1883年にインドで発生したコレラが、南ヨーロッパを襲ったときに、彼はインドへ向かい、コレラ菌を発見した。

1905年、これらの業績に対して、ノーベル生理学医学賞を受けた。

結核菌とは何か?


天然痘はソマリアで発生した1人の患者を最後として、1977年に地球から根絶された。天然痘には、種痘という強力な予防ワクチンがあり、生命に関係する恐ろしい病気だったため、住民の協力的な意識も根絶に向かった大きな要因であった。

結核も細菌による感染症で、ストレプトマイシンなど良く効く薬もたくさんある。天然痘と同様に、結核もそのうち根絶するだろうと考えている人も多いだろう。

しかし、平成11年(1999年)、厚生省は結核に対し、「結核緊急事態宣言」を出した。平成9年には、これまで減少を続けてきた新規発生結核患者数が38年ぶりに、増加に転じたからであった。

実は結核は過去の病気ではない。現在も国内最大の感染症である。なぜ結核は未だに根絶できないのだろう?

次の3つの違いがその主な理由である。第1に,結核の予防ワクチンBCGは、発病をほぼ完全に防ぐ天然痘のワクチン(種痘)と違い、それほど強力ではない。

第2に,天然痘は発病すれば誰にでもすぐに分かるので隔離など感染防止策をとることができるが、結核は発病しても、医者が診てもすぐに結核だとはわからない。周りの人を感染させることが多い。

そして第3に、結核は一度感染すると1、2年無事だった人でも5年後、10年後、時にはもっとずっと後になって発病することもある。

このような違いのために、結核は天然痘と同じ方法では根絶できない。

結核の恐ろしい症状とは?


主な症状は、微熱、疲労感、せき、たん、寝汗、食欲不振など風邪様症状。

結核菌は人の細胞内寄生を行い、免疫システムはこれを宿主細胞もろともに攻撃するため、広範に組織が破壊される。具体的には、感染するとはじめは炎症がおこり、やがて化膿して組織が死んで腐ったような状態になる。その死んだところがドロドロにとけて、穴があいたような状態ができる。ひどくなると組織全体が破壊されて、呼吸困難など肺機能不全により命の危険にさらされる。

空気感染が多く肺などの呼吸器官においての発症が目立つが、中枢神経(髄膜炎)、リンパ組織、血流(粟粒結核)、泌尿生殖器、骨、関節などにも感染し、発症する器官も全身に及ぶ。

風邪がいつまでたっても治らない、咳が2週間以上続く、身体がだるくってなかなか疲れがとれない、食欲がなくなってきたなどの症状がでてきたら、早めに医師の診察を受けよう。

結核の予防は?


予防策として日本ではBCGが行われている。まずツベルクリン反応検査を行い、陰性反応が出た者のみにBCG接種を行う形だったが、2005年4月1日より結核予防法の改定により、ツベルクリン反応検査を行わずに全員にBCG接種を行う形になった。
 
ストレプトマイシンなどの結核菌に効果のある抗生物質が発見されている。化学式はC21H29O12 N7である。放線菌の一種 Streptomyces griseus に由来する。ストレプトマイシンはタンパク質合成を阻害することによりバクテリアの成長や代謝を停止させる。具体的には、バクテリアのリボソーム上の 23S rRNA に結合し、代謝を担うあらゆるタンパク質の合成、つまりリボソーム上でのポリペプチド鎖の合成の開始を阻害する。

ロベルト・コッホとは?


ロベルト・コッホ(Heinrich Hermann Robert Koch、1843年12月11日 - 1910年5月27日)は、ドイツ クラウシュタール生まれの医師、細菌学者。 ゲッティンゲン大学を卒業。

炭疽菌、結核菌、コレラ菌の発見者であり、ルイ・パスツールとならんで『近代細菌学の開祖』と称される。

純粋培養や染色の方法を改善し、細菌培養法の基礎を確立した。寒天培地やペトリ皿(シャーレ)は彼の研究室で発明され、その後今日に至るまで使い続けられている。

また感染症の病原体を証明するための基本指針となるコッホの4原則を提唱し、感染症研究の開祖として医学の発展に貢献した。

1876年、炭疽菌の純粋培養に成功し、炭疽の病原体であることを証明した。このことによって細菌が動物の病原体であることを証明し、その証明指針であるコッホの原則を提唱した。
1882年3月24日、結核菌を発見した。ヒトにおいて炭疽菌と同様に病原性の証明を行って、論文『結核の病因論』を著わし、ヒトにおいても細菌が病原体であることを証明した。(後にこれを記念して、3月24日は世界結核デーと制定された。)
1883年、インドにおいて、コレラ菌を発見。
1890年、結核菌の培養上清からツベルクリン(結核菌ワクチン)を創製。当初は治療用に使用することが目的だったが、効果がなかったため、現在では診断用のみに用いられている。
1905年、「結核に関する研究」の業績によりノーベル生理学・医学賞を受賞。

ベルリン大学で教鞭をとり、彼の弟子として、腸チフス菌を発見したG・ガフキー、ジフテリア菌の分離に成功したフリードリッヒ・レフラー、血清療法の研究により1901年ノーベル生理学・医学賞を受賞したエミール・ベーリング、 化学療法の研究により1908年ノーベル生理学・医学賞を受賞したP・エールリヒ、 破傷風菌を純粋培養し、ペスト菌を発見した北里柴三郎などを輩出した。(出典:Wikipedia)
 

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第5回ノーベル化学賞 バイヤー「インディゴ染料の合成法の研究」

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インディゴ
染料は特徴ある青色の美しい染料である。日本では藍(あい)と呼ばれる。天然には数種の植物に由来するが、現代ではほとんど全て合成によって作られている。  

ジーンズ等に用いるデニム生地を染めるために使われる。世界中で10億着以上のジーンズが青く染められている。あの青がインディゴである。また、長年にわたり、ウール生地を深いネイビーブルーにするため使われてきた。

食品添加物としてはインディゴをスルホン化したインジゴチンまたはインジゴカルミンの形で用いられ、食品衛生法で青色2号として指定されている。

1900年ごろまでは、天然インディゴが唯一の原料だったが、そのころ合成インディゴがとって代わり、今日ではほぼ全てが合成品である。

ドイツの化学者アドルフ・フォン・バイヤーは1865年にインディゴの研究を始め、1880年、o-ニトロベンズアルデヒドとアセトンに水酸化ナトリウム、水酸化バリウム、またはアンモニアの希薄溶液を加える方法によってその合成に成功し、3年後に構造を報告した。

アドルフ・フォン・バイヤーは、1905年に「有機染料およびヒドロ芳香族化合物の研究」によってノーベル化学賞を受賞した。

有機染料とはインディゴ染料の合成やフェノールフタレインで有名なフタレイン染料の発見を指す。ヒドロ芳香族化合物とはフェノールのようなベンゼンと-OH(ヒドロキシ基)を持つ化合物。バイヤーはこれらの研究にすばらしい業績を残し、ノーベル賞を受賞した。

アドルフ・フォン・バイヤーとは? ヨハン・フリードリヒ・ヴィルヘルム・アドルフ・フォン・バイヤー(Johann Friedrich Wilhelm Adolf von Baeyer, 1835年10月31日 – 1917年8月20日)は、ドイツの化学者。顔料インディゴを合成した。1905年に「有機染料およびヒドロ芳香族化合物の研究」によってノーベル化学賞を受賞した。  

ベルリンに生れ、ベルリン大学で最初数学と物理学を学んだが、ハイデルベルク大学に移って、ローベルト・ブンゼンと化学を学んだ。ハイデルベルグのフリードリヒ・ケクレの研究室で学び1858年学位を取得した。

1860年ベルリン商科大学の講師になり、1871年ストラスブール大学の教授になった。1875年ユストゥス・フォン・リービッヒの後をついでミュンヘン大学の化学の教授になった。

バイヤーの主な業績はインディゴの合成、フタレイン染料の発見、ポリアセチレン、オキソニウム塩、精神安定剤の原料のバルビツール酸を含む尿酸誘導体の研究である。理論化学の分野では3重結合に対するバイヤーの歪理論を提出した。

1872年にはフェノールとホルムアルデヒドの反応を研究した。これは後に合成樹脂のひとつベークライトとして実用化された。(出典:Wikipedia)
 

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マイバッグを持とう!地球温暖化対策 杉並区レジ袋削減条例化

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コンビニやスーパーで買い物のとき多くは無料で配布されるレジ袋、これまで「エコバッグを持参して環境を守ろう」と呼びかけられていたが、いよいよ全国的に廃止される方向で動き出しそうだ。

というのは杉並区の議会で、レジ袋の有料化などによって削減を義務付ける条例
が全国で初めて可決されたからだ。さっそく4月から施行される。

これを受けて東京都、町田市のスーパー三和では14日から、1店舗でレジ袋廃止の実験を始めた。期間は半年間。レジ袋の有料化は各地で広がっているが、廃止の試みは全国で初めてである。マイバッグを持参しなかった客のため、段ボール箱や市民団体などが集めた古い紙袋を用意している。

またスーパーの大手イオンでは、グループのスーパーの7割に当たる約1000店でレジ袋の無料配布をやめると発表した。来店する客に買い物袋の持参を促し、レジ袋の使用量を大幅に削減して地球温暖化防止につなげる。希望者には有料で提供するが、環境に優しい植物由来の素材の袋に切り替える方針だ。

さて、環境問題を気にしながらも私はエコバッグもマイバッグも持参したことがなかった。今回、環境に役立つことをする良い機会かも知れない。全国的に法令化されて取り組むのでは情けない、重い腰を上げて明日からマイバッグで買い物したい。

レジ袋の環境問題
漂着したイルカ、クジラ、ウミガメなどの海洋生物の胃袋からは、たびたびレジの袋が出てくる。

また、京都市や京都大学環境保全センターなどの分析で、全国展開している百貨店などの色付きレジ袋の一部から、有害な重金属である鉛が検出されたケースも過去にあった。

レジ袋の材質
ポリオレフィン(ポリエチレン、ポリプロピレンなど)やポリ塩化ビニルである。

オレフィンとはアルキンともいい、エチレン、プロピレンなど二重結合を持つ炭化水素のこと。モノ塩化ビニル(クロロエチレン)も同じく二重結合を持つ。

これらの物質が重合してレジ袋はできている。

これらの原料は石油から取れるナフサ(ガソリンなど)である。

関連するニュース
レジ袋削減の条例可決 杉並区が事業所に義務付け


東京都杉並区議会は14日、ごみの減量や資源の有効活用を目的に区内のスーパーやコンビニにレジ袋の有料化などによって削減を義務付ける条例を賛成多数で可決した。4月から施行する。

有料化の動きは全国に広がっているが、区によると条例制定は全国初という。区は年間に使われている約1億2000万枚のレジ袋の半減を目指す。

条例は、年間20万枚以上のレジ袋を使う事業所に、有料化の計画書や具体的な削減計画書の提出を義務付け、未提出や虚偽報告で悪質な事例は事業者名を公表できる。

区民も買い物袋持参などで削減に努めるとの規定を盛り込んだ。( 3月14日20時29分 山陽新聞 )

イオン:1000店でレジ袋の無料配布中止


イオンは14日、12年度の二酸化炭素(CO2)の排出量を06年度比で30%削減する目標を掲げ、グループのスーパーの7割に当たる約1000店でレジ袋の無料配布をやめると発表した。来店する客に買い物袋の持参を促し、レジ袋の使用量を大幅に削減して地球温暖化防止につなげる。

地元自治体や市民団体などと協議を進め、理解を得られた店からレジ袋の無料配布を中止する。希望者には有料で提供するが、環境に優しい植物由来の素材の袋に切り替える方針だ。

イオンはこれまで42店で既にレジ袋の有料化を実施しているが、有料化を1000店に拡大した場合、06年度に34億2700万枚を配布していたレジ袋は14億3500万枚に減らせるという。

このほか、大型スーパーやショッピングセンターなど約200店に太陽光発電システムを導入したり、包装容器の切り替えなどの取り組みで排出量の削減目標達成を目指す。

一連の取り組みには総額300億円の費用がかかる見通し。東京都内で会見した岡田元也社長は「企業には環境問題に対処する義務がある」と述べた。(毎日新聞 2008年3月15日)
 

ベネトンキッチンエコバッグ(アイボリー)

輸入販売元:レアック・ジャパン株式会社

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「恐竜化石」全国の1/3で発見!最古の花・最古のトカゲの化石も

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日本は地震が多く地殻変動が活発なので、古い地層があまりない。それで、かつては日本国内では恐竜化石は見つからないといわれたこともあった。しかし、予想に反して多数の恐竜化石が見つかっている。

日本国内で、初めて化石が発見されて今年で30年になる。近年は兵庫県で「丹波竜」、熊本県御船町で草食恐竜「ハドロサウルス」、福井県勝山市では鳥脚類「フクイサウルス」、福島県の首長竜「フタバスズキリュウ」など、恐竜化石が見つかった都道府県は昨年初めて全国の3分の1を超えた。

日本で初めて恐竜が発見されたのは1978年。岩手県岩泉町で草食の竜脚類の上腕骨の一部が見つかり「モシリュウ」という愛称で呼ばれた。その後、恐竜化石は次第に各地で見つかるようになり、昨年6月には和歌山県で初めて、白亜紀前期(約1億3000万年前ごろ)の地層から、肉食の獣脚類で「カルノサウルス類」の歯が見つかり、恐竜化石の発掘地は1道15県になった。

また最近では、めずらしい花の化石が中生代白亜紀後期の地層から発見された。新潟大理学部の高橋正道教授が約8900万年前のものとみられるバンレイシ科の花の化石を発見した。花は、圧力に弱く腐りやすいため、化石が発見されるのは極めて珍しく、「バンレイシ科の花としては最古の化石」という。(2008年3月8日 読売新聞)

また、植物食トカゲの中では世界最古と見られる化石も発見されている。石川県白山市(旧白峰村)の国の天然記念物「桑島(くわじま)化石壁」(白亜紀前期、約1億3000万年前)から01年に発見されたトカゲ類の化石が、調査の結果、葉などをえさにする植物食トカゲの中では世界最古とわかった。( 2008年03月13日 asahicom)

さらに福井県勝山市では、新種の可能性のある、小型肉食恐竜の化石も発見されている。(2008年3月13日  読売新聞)

日本でもこんなに様々な化石が発見されるとは驚きである。

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福井・勝山で小型肉食恐竜の化石発見、新種の可能性も


約1億2000万年前の地層から見つかった小型獣脚類の足の骨の化石(福井県立恐竜博物館で)

福井県立恐竜博物館は12日、同県勝山市の白亜紀前期(約1億2000万年前)の地層から、肉食恐竜・小型獣脚類の足の骨などの化石約30点が見つかったと発表した。

獣脚類の特定部位の骨がまとまって見つかったのは国内初。新種の可能性もあるという。

同じ地層からは、大型草食恐竜・竜脚類が食物の消化を助けるために胃の中に蓄えた「胃石(いせき)」2個(長径10・5センチ、同14センチ)も国内で初めて発見された。

 獣脚類の化石は、右後ろ足の指先にあたる末節骨(長さ3・5センチ)1個、趾(し)骨5個(同1・6〜3センチ)、中足骨4個(同2・8〜12センチ)のほか、腰の部分の仙椎(せんつい)5個(同4〜9・8センチ)など。いずれも同一個体のものとみられ、全長は1〜1・5メートルと推定されている。

近くの地層からは以前、同じ獣脚類の「フクイラプトル」の化石が発見されている。同博物館の東(あずま)洋一副館長は「今後、周辺から首や尾などの部分の発見が期待できる」と話している。

これらの化石は24日から4月6日まで、勝山市の同博物館で展示される。(2008年3月13日  読売新聞) 
 

よみがえる恐竜・古生物 超ビジュアルCG版 (BBC BOOKS)
Tim Haines & Paul Chambers,群馬県立自然史博物館
ソフトバンククリエイティブ

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日本の恐竜
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10億年で誤差1秒以内!レーザー光使って「次世代原子時計」

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お気に入りのクオーツ時計が動かなくなった。もう電池を入れ替えて3年ぐらいたったろうか?時計のありがたさを実感している。最近は電波時計が普及し、時間がずれると自動的にあわせてくれる。便利になったものだ。しかし、それでも通常時を刻むのはやはりクオーツだ。

クオーツとは何だろう?

クオーツとは水晶(石英)のことで、水晶振動子を用いた時計である。水晶は圧電体の一種であり、交流電圧をかけると一定の周期で規則的に振動する。クォーツ時計ではこれを応用し、通常は32,768Hz(= 215Hz)で振動する水晶振動子を用いて、アナログ時計の場合には時針の速度を調節し、デジタル時計の場合はその信号を電気的に処理して時刻を表示する。

クォーツ時計自体は1920年代に既に発明されていたが、大きさなどの面で実用化にはほど遠く、クォーツ時計が発売されるのは1969年のセイコーによる腕時計であった。一般的なクォーツ時計の誤差は1ヶ月で15〜30秒程度である。

そもそも1秒とは何だろう?

もとはもちろん地球が1日に1回自転することが基準であり、1日は24時間である。ところが観測技術が向上するに従って、地球の自転周期は一定でなく、秒が正確に定義できないことがわかった。そこで、

1954年の第10回国際度量衡総会(CGPM)での決議で地球の公転周期を基準にすることになった。しかし、地球の公転速度も一定のものではなかった。そこで人類は一定の時刻を正確に刻む基準を求めた。それが、原子時計である。原子や分子には、ある特定の周波数の電磁波を吸収(スペクトルにおける吸収線)あるいは放射(同、輝線)する性質があり、その周波数からクォーツ時計よりも正確な時間を求めることができる。1967年に定められた秒の定義は原子の周波数から決められた。

1967年の第13回国際度量衡総会において、現在の原子時によるSIの秒の定義が決定された。「秒は、セシウム133の原子の基底状態の二つの超微細準位の間の遷移に対応する放射の周期の91億9263万1770倍の継続時間である」と定義されている。原子時計の代表例であるセシウム原子時計は、この定義を使って“1秒”を決めているのだという。

1997年の国際度量衡局(BIPM)の会議で「この定義は0ケルビン(K)におけるセシウム原子について言及したものである」という声明が出された。

2008年3月6日米国立標準技術研究所(NIST)が原子にあてる電磁波を、コヒーレントなレーザー光に変えることで精度のよい原子時計を開発した。その誤差は10億年でわずか1秒以内。すばらしい技術である。 

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「次世代時計」10億年で誤差1秒以内 米研究所開発


10億年に1秒も狂わない時計を、米国立標準技術研究所(NIST)のグループが開発した。今の最高性能の原子時計より10倍以上正確になる。次世代の「時の基準」づくりは、激しい国際競争が続いている。米科学誌サイエンス電子版で6日発表する。

NISTの時計は、レーザー光を使った。水銀やアルミニウムのイオンを一つだけ捕まえ、それに光を当て、微細な振動の変化を読み出す。今の原子時計は、電波をセシウム原子に当てて起きる振動を「振り子」として数えているが、レーザー光は、電波より1000倍以上細かく変化を読めることから精度向上につながった。( asahi.com 2008年03月07日 )

 
時間はどうやってきまっているか?
地球の自転を基準にして「1日」という長さが決められ、その24分の1を1時間、さらにその60分の1を1分、その60分の1を1秒としました(太陽暦)。その他、月が1回公転する時間を1月と決める方法(大陰暦)もあります。
現在では地球の自転速度が一定でないことがわかりました。そこでセシウム原子のエネルギー状態が変化するときに出す電磁波の周期を規準にした原子時計が使われています。

原子時計とは何か?
原子時計は、原子または分子の、特定のエネルギー準位間の遷移にともなう電磁波の周波数を時間間隔の基準とする。つまり、原子の電子の状態に変化がおこり、2つの状態の間を振動する。その振動が規則ただしいことを利用している。このような電磁波は、原子または分子に固有の周波数をもち、ひじょうに精度がよい。

原子時計にはふつうセシウム原子がつかわれ、国際単位系の時間の基本単位である秒を定義するのにつかわれている。この時計では、いちばん低いエネルギー状態(基底状態)のうち、ある超微細エネルギー状態にあるセシウム133の原子に、別の超微細エネルギー状態へ遷移するときの共鳴周波数に近い周波数をもつマイクロ波をあてる。

このマイクロ波の周波数を調整して、ちょうど共鳴周波数になると、セシウム原子が別のエネルギー状態へ遷移する。このときのマイクロ波の振動が91億9263万1770回くりかえされると1秒になると定義されている。

セシウム原子時計はきわめて正確で、長期間にわたり安定している。もっとも高精度なセシウム原子時計は、100万年にプラスマイナス1秒程度の誤差といわれている。(参考HP Wikipedia)
 

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「きぼう」を載せてエンデバー打ち上げ!土井さん日本人最年長記録

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米航空宇宙局(NASA)は米東部夏時間200年3月11日午前2時28分(日本時間11日午後3時28分)、スペースシャトル・エンデバーを打ち上げた。

今回のミッションは、日本初の有人宇宙施設「きぼう」の最初の部品を国際宇宙ステーション(ISS)に運ぶことである。日本の宇宙開発は新たな段階に入る。
 
地上約400キロメートル上空に建設が進められている巨大な有人施設、国際宇宙ステーション(ISS)。米国・ロシア・欧州・カナダなど世界15ヶ国が参加する国際協力プロジェクトです。日本はその一部となる「きぼう」日本実験棟を開発し参加している。

「きぼう」は、船内保管室、船内実験室、船外実験プラットホームの順で3回に分けてISSに運ばれる。今回運ぶのは、実験装置や試料などを保管する船内保管室。97年に続いて2度目の飛行となる土井隆雄飛行士が、14日にシャトルのロボットアームを操作して設置する。

「きぼう」の開発には87年から20年間で約5500億円かかった。第2便の船内実験室は、星出彰彦飛行士らが乗る次のディスカバリー(5月25日に打ち上げ予定)で、第3便の船外プラットホームはエンデバー(09年春ごろ打ち上げ予定)でそれぞれ運ぶ予定。

船外プラットホームを設置して「きぼう」を完成させる作業は、今年12月ごろから3カ月間、日本人として初めてISSに長期滞在する若田光一飛行士らが担うことになっている。

今回もう一つの注目は、土井隆雄宇宙飛行士。土井さんは53歳。今回、日本人の宇宙飛行の最年長記録を塗り替えた。40年ほど前にアポロの月着陸に興奮した世代でほぼ私と同年代である。

これまで日本の宇宙飛行の最年長記録は毛利衛さんの52歳(00年)。米国では98年にジョン・グレン上院議員が77歳で飛んだ例もある。

「(今回の任務は)私にとっては小さな一歩だが、日本の有人宇宙開発にとっては大きな一歩です」。最近、米航空宇宙局(NASA)テレビの取材に、そう語っており、アポロ11号で月に降り立ったアームストロング船長の言葉を真似た。まるであのときの少年のような気持ちで挑戦する。私達も宇宙にいったつもりで応援したい。 

関連するニュース
宇宙に築く日本の「家」 土井さん、11年ぶりの再飛行
11日に打ち上げられたスペースシャトル・エンデバーに乗っている土井隆雄さんは53歳。今回、日本人の宇宙飛行の最年長記録を塗り替えた。40年ほど前にアポロの月着陸に興奮した元天文少年は、日本初の有人宇宙施設「きぼう」の設置という記念すべき任務に取り組む。

「年齢は関係ありません」。ジョンソン宇宙センター(テキサス州)で3日にあった会見で、土井さんは、そう2回も繰り返した。

「私は乗組員の中で最年長。(でも)私よりも年を取った方が立派に宇宙飛行している。(大切なのは)健康であることと、常に訓練をして自分の技能を高いレベルにしておくことです」

これまで日本の宇宙飛行の最年長記録は毛利衛さんの52歳(00年)。米国では98年にジョン・グレン上院議員が77歳で飛んだ例もある。

土井さんら50代は、多感な時期にアポロ11号の月着陸(1969年)を見た世代。東京大で航空工学の博士号を取り、21年後に米ライス大で天文学の博士号も取った土井さんは、アマチュア天文家としても知られる。甲府市の中学時代を「星を見始めた最初の時代で、アポロの月面着陸など懐かしい思い出がある」と語っている。

「(今回の任務は)私にとっては小さな一歩だが、日本の有人宇宙開発にとっては大きな一歩です」。最近、米航空宇宙局(NASA)テレビの取材に、そう語った。アポロ11号で月に降り立ったアームストロング船長の言葉をもじった。

97年、日本人として初めて船外活動をした土井さんは、11年ぶりの再登板となる今回、船外活動はしない。

「ロボットアームの担当になったことで、『きぼう』の建設に従事することができた。小さいけれど(宇宙に)日本の家ができたこと、仕事場ができたことをよく知ってほしいですね」( asahi.com 2008年03月12日)

1J/Aミッション(STS-123ミッション)について
「きぼう」日本実験棟の打上げ第1便にあたる1J/A(STS-123)ミッションでは、「きぼう」の船内保管室がスペースシャトルにより国際宇宙ステーション(ISS)に打ち上げられます。

このミッションには、土井隆雄宇宙飛行士が搭乗します。

J/A(STS-123)ミッション飛行計画(2008年3月12日現在)  
打上げ日時 2008年3月11日午前2時28分(米国東部夏時間)
2008年3月11日午後3時28分(日本時間) 
打上げ場所 NASAケネディ宇宙センター(KSC) 39A 発射台
ISSとの結合日時 2008年3月12日午後10時25分(米国中部夏時間)
2008年3月13日午後0時25分(日本時間) 
ISSからの分離日時 2008年3月24日午後6時54分(米国中部夏時間)
2008年3月25日午前8時54分(日本時間) 
飛行期間 約16日間

搭乗員 7名(土井宇宙飛行士搭乗。内1名はISS長期滞在クルー)
オービタ エンデバー号(21回目の飛行)(スペースシャトル通算122回目の飛行)
軌道高度 軌道投入高度:約226km、ドッキング高度:約343km
軌道傾斜角 51.6度
帰還日時(予定) 2008年3月26日午後8時33分(米国東部夏時間)
2008年3月27日午前9時33分(日本時間) 
帰還場所 主帰還地:NASAケネディ宇宙センター(KSC)
代替帰還地:エドワーズ空軍基地内NASAドライデン飛行研究センター(DFRC)、ホワイトサンズ宇宙基地

主な搭載物 「きぼう」船内保管室、「デクスター」(特殊目的ロボットアーム)
組立フライト名の“J”は日本関連のフライト、“A”は米国関連のフライトであることを示します。1J/Aは、日本と米国の要素をISSに運ぶ1回目の組立フライトであることを示します。(出典:JAXA)
 

宇宙ステーション [ポスター]

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宇宙ステーションにかけた夢―日本初の有人宇宙実験室「きぼう」ができるまで (くもんジュニアサイエンス)
宇宙航空研究開発機構,渡辺 英幸
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「地球温暖化と生物多様性」千葉のシンポジウムで情報交換

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千葉市で「地球温暖化と生物多様性」のシンポジウムが開かれた。そこでは世界各国の代表者が地球温暖化に関する情報を交換しあった。

地球温暖化による、新しい変化が次々に起こっている。絶滅危惧種の増減に環境の変化が関係しているように、温暖化による身の回りの変化にも注意していきたい。持続可能な発展を選択するのに、もはや試行錯誤できる段階ではない。

ここでは最近の地球温暖化と生物多様性についての話題をあげてみたい。

ヒマラヤの気温上昇
ネパールでは、ヒマラヤの平均気温が過去20年で1〜2度上昇。高温域で生きられないカバの木が標高の高い地域に追いやられ、山岳部に生息するユキヒョウも生存を脅かされている。土で作った伝統的な住居が、従来は見られなかった豪雨で崩れてしまうため、トタン屋根が広がり始めている。

桜の開花・コムクドリの産卵・タコの漁期に異変
我が国では青森県の弘前公園で桜の満開日が昨年、65年前に比べ1週間早まったり、新潟市でコムクドリの産卵開始日が20年間で2週間早まったりしている。千葉県いすみ市では毎年タコの漁期は12月〜3月だが、近年は年があけないと北の海からタコが来ない「異変」が起きている。

ビクトリア湖マラリア拡大
アフリカ最大の湖「ビクトリア湖」では、水位が下がり、係留されていたはずのボートが陸に上がってしまった。ところどころできた水たまりにはボウフラが泳ぎ、蚊が大量に発生。アフリカで子どもの主な死因である感染症マラリアを媒介するハマダラカの幼虫である。マラリアは、非流行地だったケニア西部の高地にも多発するようになった。気候の変化がマラリアを広げ、幼い命を危険にさらしている。

サンゴの白化
サンゴ礁は温暖化に対し非常に脆弱であり、海水温が上昇することでサンゴ礁が色素を失い、白化する原因となる微生物を持っています。地球に存在するサンゴ礁の16%以上が、最近の異常な海水温の上昇が原因で深刻な影響を受けており、その多くが絶滅しています。

ペルーアンデス氷河の融解
地球温暖化が、ペルーアンデス氷河地帯の120億立方メートルに及ぶ雪の融解の原因となっています。これらの氷河は水供給とアマゾン地域の生物の生息地に影響を与えます。

コスタリカのカエル消滅
コスタリカの雲霧林(中央アメリカホットスポット)に生息する固有種のオレンジヒキガエル(ゴールデンドード(golden toad))を含む20種のカエルの消滅は、30年間の温暖化傾向と乾季降雨の減少と密接な関係があります。

キリマンジャロ氷河73%融解
東アフリカのような生物多様性が高い地域における氷河の後退は、流域を危険にさらしています。過去1世紀の間、キリマンジャロ氷河の73%が融けてなくなりました。氷河の融解水が多くの高山植物群を育て、砂漠地帯の流域生息地においては、乾季にその融解水がなければ生態系は崩壊してしまいます。

タイガー・ゴリラ・ケツァール絶滅危惧
地球温暖化による生息地の減少が、あらゆる種をより深刻な絶滅の危機に追い込んでいます。その種には、インドとバングラデシュのデルタ地帯に生息するベンガルタイガーやアフリカに生息するマウンテンゴリラ、中央南アメリカに生息するケツァール(鳥)などが含まれます。

海面上昇によって沈む国
海水温の上昇による海水面の上昇が、海抜の低い国の国土とそこに生息する固有種の喪失する可能性が高いことが分かっています。キリバス諸島に属する2つの南太平洋の国がすでに波の影響を受けて消滅しています。

新たな伝染病の発生
熱帯水の上昇が動物の伝染病の発生の一因となる可能性があり、また海の病気の媒介や寄生虫が増加する可能性もあります。1990年代初期、地中海において、ある伝染病が数千のイルカを死に追いやってしまいました。

外来種による破壊
温暖化により、外来種の侵入によって多くの生態系が崩壊してしまうことも考えられます.例えばアメリカ南東部のヒアリ(red imported fire ants)の拡散は、在来植物相と動物相に深刻な影響を与えています。

関連するニュース
「温暖化のスピード、生物追いつけぬ」千葉のシンポ閉幕


生態系や気候の変動を話し合うため、千葉市内で開かれていたシンポジウム「地球温暖化と生物多様性」は2日目の9日、「温暖化のスピードは生物が変化に適応できないほど速い」などとする見解を示し、今月14日からの「気候変動、クリーンエネルギー及び持続可能な開発に関する閣僚対話」(G20対話)の成果に期待するアピールを発表して閉幕した。

この日は各国の専門家が気候変動による生態系への影響や対策を発表した。

NGO「ネパールナショナルトラスト」のシダルタ・バジュラチャルヤ事務局長はヒマラヤの平均気温が過去20年で1〜2度上昇していることを取り上げ、「高温域で生きられないカバの木が標高の高い地域に追いやられ、山岳部に生息するユキヒョウも生存を脅かされている」と説明。土で作った伝統的な住居が、従来は見られなかった豪雨で崩れてしまうため、トタン屋根が広がり始めているといった現状も明らかにした。

「環境と開発に関するドイツNGOフォーラム」のユルゲン・マイヤー代表は、ドイツで急拡大する再生可能エネルギーについて報告。2007年までの2年間に、ドイツでは風力や太陽光発電に代表される関連産業の輸出額が2倍に拡大したことを強調したうえで、「気候変動は生物多様性への最大の脅威」として、7月の北海道洞爺湖サミットでの日本のリーダーシップに期待を寄せた。

今回のシンポは千葉県と同県内のNGOなどが組織する「ちば生物多様性県民会議」などが主催、読売新聞社などが後援した。(2008年3月9日23時02分  読売新聞)

参考HP コンサーベーション・インターナショナル
 → http://www.conservation.or.jp/index.html
 

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