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 アホウドリ3年ぶり帰郷
 2008年2月19日 伊豆諸島鳥島と尖閣諸島にしか生息していないアホウドリを絶滅から守るため、鳥島から小笠原群島聟島にヒナを移住させた。この移住作戦は、山階鳥類研究所の研究員が鳥島で生後40日程度のヒナ10羽を捕獲、すぐに移送用の箱に入れて350キロ南の聟島までヘリコプターで輸送するものであった。

 2008年5月19日には、聟島のアホウドリが初めて巣立ち。合計で10羽の人工飼育と巣立ちに成功した。5歳程度までの若い鳥は島には戻らず魚類を餌に1年中海上で暮らすといわれていたが、2011年2月10日、人工飼育したヒナ1羽が戻ってきたのを確認した。予想より2年早い帰郷となった。しかし、この鳥の年齢は3歳ほどでまだ若く、繁殖地拡大に成功するかどうかは、繁殖年齢である7歳程度になるまでわからない。

Phoebastria albatrus

 帰郷が確認されたのは、2008年に巣立った第1期生10羽のうちの1羽(オス)。人工飼育された聟島の西端にあたる場所で確認された。大半を洋上で暮らすアホウドリが生まれた場所に戻り、繁殖行動に入るのは7歳ごろ、5歳程度までの若い鳥は島には戻らず魚類を餌に1年中海上で暮らすといわれている。山階鳥類研究所は人工飼育したヒナが戻ってくるのは5年後くらいではないか見ていたが、予想より2年早い帰郷となった。

 また、同じく08年に巣立った別の1羽が、生まれた場所である鳥島の初寝崎に戻っているのも確認された。2008年に巣立った10羽のうち5羽には人工衛星で追跡可能な発信器が取り付けられていた。1カ月後には聟島から約3,900キロ、カムチャッカ半島付け根の東方まで到達していることなど飛行経路も追跡、確認されている。

 アホウドリは、150年ほど前には北西大平洋の島々に分布しており、聟島も繁殖地の一つだった。当時は少なくとも数十万羽いたと考えられているが、羽毛を採取するために乱獲された結果、現在は尖閣諸島に300~350羽程度、鳥島にも2,000羽程度しか生息していないとみられている。アホウドリ移住作戦は、米国魚類野生生物局と環境省の支援を受けて行われている。(サイエンスポータル 2011年2月11日)

 アホウドリの聟島再導入
 今回の再導入計画実施の発端はアメリカ政府の呼びかけにあった。アホウドリは非繁殖期にアラスカ沖などの合衆国の領海に生息するため、同国の絶滅危惧種に指定されている。同国では国内法によって、絶滅危惧種に指定後、一定期間以内に具体的な数値目標を盛り込んだ回復計画を作成し、実施することが政府に義務づけられている。アメリカ政府は、本種の回復計画の策定段階から日本の参画を持ちかけてきたのだ。

 回復計画策定チームでは、総繁殖個体数、増加率に数値目標を定めるほか、3カ所の集団繁殖地が存在し、そのうちの2つは火山がない場所であることが必要といった非常に具体的な目標を設定した。そしてこの基準をクリアして絶滅危惧種から外されない限り、アラスカ沖での漁業でごく少数のアホウドリが漁網に混獲されるだけで漁場が閉鎖になるといった極めて厳しい規制が解除されない。

 こうしたいきさつから、今回の計画は予算の大きな部分をアメリカ政府の資金によっている。日本でも、いわゆる種の保存法の定めによって保護・回復の対策がなされうる規定にはなっているが、アメリカ合衆国で定められている施策の具体性や強制力には残念ながら遠く及ばない。今後見習わなければならない点であろう。

 今回のプロジェクトが成功するかどうかは、ひとえに繁殖齢に達した雛たちがおよそ5年後に聟島へ帰ってくるかどうかにかかっている。ミッドウェイ環礁のコアホウドリを1カ月齢と5.5カ月齢で5Km離れた島の他個体の巣に移す先行実験(Fisher 1971年)では、1カ月齢で移された中で無事巣立った雛の35%は3年後に移送先の島に戻り、誕生地に戻った雛はいなかったが、5.5カ月齢時に移した雛では3年後に移送先の島に戻った雛はわずか5%であった。

 これらの結果から、今回約1カ月齢の鳥島の雛を聟島列島に移送し人工飼育を試みたわけである。聟島への「刷り込み」を確実にするために移送時期を早めると、人工飼育が難しくなるというトレイドオフの中で、今後どのように早い日齢で雛を移送するかという大きな問題が残されている。(山階鳥類研究所 所長 山岸 哲 氏 2008年6月11日)

 アホウドリとは?
 アホウドリ(阿呆鳥、信天翁、Phoebastria albatrus)は、動物界脊索動物門鳥綱ミズナギドリ目アホウドリ科キタアホウドリ属に分類される鳥類。

 北太平洋に分布。夏季はベーリング海やアラスカ湾、アリューシャン列島周辺に渡り、冬季になると繁殖のため日本近海へ南下する。鳥島と尖閣諸島北小島、南小島でのみ繁殖が確認されていたが、ミッドウェー環礁でヒナ1羽が生まれたことがアメリカ魚類生物局が確認した。ただし、この環礁では、近縁種のクロアシアホウドリ・コアホウドリも繁殖していることから、これらの卵を抱いて孵化した可能性もあり、今後の確認作業が必要とのこと。

 全長84-100センチメートル。翼開張190-240センチメートル。体重3.3-7キログラム。全身の羽衣は白い。後頭から後頸にかけての羽衣は黄色い。尾羽は白く、先端が黒い。翼上面の大雨覆の一部、初列風切、次列風切の一部は黒く、三列風切の先端も黒い。翼下面の色彩は白いが外縁は黒い。

 嘴は淡赤色で、先端は青灰色。後肢は淡赤色、青灰色で。水かきの色彩は黒い。雛の綿羽は黒や暗褐色、灰色。幼鳥は全身の羽衣が黒褐色や暗褐色で、成長に伴い白色部が大きくなる。

 海洋に生息する。食性は動物食で、魚類、甲殻類、軟体動物、動物の死骸を食べる。水面近くや水面に浮かんでいる獲物を水面に飛翔しながら降りて捕らえる。

 繁殖形態は卵生。集団繁殖地(コロニー)を形成する。頸部を伸ばしながら嘴を打ち鳴らして(クラッタリング)求愛する。斜面に窪みを掘った巣に、10-11月に1回に1個の卵を産む。雌雄交代で抱卵し、抱卵期間は64-65日。雛は翌年の5-6月に巣立つ。生後5-10年以上で成鳥羽に生え換わる。

 人間との関係
 羽毛が羽毛布団に利用される事もあった。羽毛目的の乱獲により生息数は激減した。「アホウドリ」の和名は人間が接近しても地表での動きが緩怠で、捕殺が容易だったことに由来する。1887年から羽毛採取が始まり、1933年に鳥島、1936年に聟島列島が禁猟区に指定されるまで乱獲は続けられた。当初は主に輸出用だったが、1910年に羽毛の貿易が禁止されてからは日本国内での流通目的のために採取され計6,300,000羽が捕殺されたと推定されている。

 以前は小笠原諸島、大東諸島、澎湖諸島(台湾)でも繁殖していたが、繁殖地は壊滅している。1939年には残存していた繁殖地である鳥島が噴火し1949年の調査でも発見されなかったため絶滅したと考えられていたが、1951年に鳥島で繁殖している個体が再発見された。

 以降は測候所(後に気象観測所)による監視と保護が続けられていたが、1965年に火山性群発地震による気象観測所の閉鎖に伴い保護活動は休止した。1976年から調査や保護活動が再開しハチジョウススキ(1981年、1982年)やシバの植株と土木工事による繁殖地の整備、1992年には崩落の危険性が少ない斜面に模型(デコイ)を設置し鳴き声を流す事で新しい繁殖地を形成する試みが進められ繁殖数および繁殖成功率は増加している。

 1971年に南小島の個体群も再発見され、1988年には繁殖が確認されている。また2001年に北小島での繁殖も確認された。日本では1958年に国の天然記念物、1962年に特別天然記念物、1993年に種の保存法施行に伴い国内希少野生動植物種に指定されている。1951年における生息数は30-40羽、1999年における生息数は約1,200羽と推定されている。2010年における調査で鳥島集団の総個体数は2,570羽と推定された。(Wikipedia)

 

参考HP Wikipedia「アホウドリ」・サイエンスポータル「アホウドリ期待より2年はやく帰郷」 

50羽から5000羽へ―アホウドリの完全復活をめざして
長谷川 博
どうぶつ社
近畿地区・鳥類レッドデータブック―絶滅危惧種判定システムの開発
江崎 保男,和田 岳
京都大学学術出版会

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