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 日本人27人不明
 2011年2月22日午後0時51分、ニュージーランド・クライストチャーチ付近で発生したマグニチュード(M)6.3の地震では、多数の日本人が被災した。警察当局は、市内の語学学校「キングス・エデュケーション」が入るCTVビル倒壊現場では、100人以上ががれきの下敷きになっていると発表。「キングス・エデュケーション」で語学研修を受けていた日本人で、連絡が取れない人は少なくとも27人おり、この100人の中に含まれていると思われる。

 日本の国際緊急援助隊は25日も、語学学校「キングス・エデュケーション」の入居するCTVビルで救出作業に当たり、安否不明の日本人学生らを捜し続けた。被災者の生死を左右する「発生から72時間」は経過したが、過去の災害でもそれを超えた時間帯の救出例はあり、日本国内で見守るレスキューや医療の関係者は、「一人でも多くの命を救って」と祈っている。

ChristChurchCathedral

 22日午後0時51分(現地時間)の地震発生から「72時間」を1時間半余り過ぎた25日午後2時半頃。国際緊急援助隊の吉井幸夫団長は報道陣に対し、「生存者がいるという希望を持って、救出活動を続けることに変わりはない」と語った。

 援助隊は24日早朝に現地入りし、そのままCTVビルの崩落現場に向かった。現場に近い公園で野営しながら、交代で昼夜作業を続け、重機で大量のがれきを取り除いていく。

 重機を使うと、エンジン音のため人の声などかすかな音はかき消されてしまう。そのため、いったんすべての作業を止める「サイレントタイム」も設けている。電磁波を使った人命探査装置で生命反応を探ることも繰り返した。だが、日本隊の到着後、助け出された人は一人もいない。(2011年2月26日  読売新聞)

NZ地震死者145人に
 ニュージーランドのクライストチャーチを襲った地震の発生から5日目を迎えた26日、地元警察当局は地震被害による死者数が145人に上ったことを明らかにした。

 この日も日本の国際緊急援助隊をはじめとする救助隊が、懸命の捜索活動を行ったが、マグニチュード(M)4.4規模の強い余震が発生するなど作業は難航。これまでのところ生存者の発見には至っていない。

 地元警察当局のデーブ・クリフ氏は、「救助隊が、がれきの下から徐々に遺体を発見しており、死者の数はさらに増える恐れがある」と述べた。  23日に女性1人が救助されて以来、生存者は発見されておらず、死者数の一部と重複している可能性があるものの、行方不明者も200人以上いるとみられている。

 当局は安否不明の日本人生徒ら約65人が、市中心部のCTVビル倒壊現場に閉じ込められているとみており、遺体の半数以上がこの倒壊現場から発見されたとしている。。(2011年2月26日  ロイター)

液状化現象
 それにしても、南島は2010年9月にもM7.1の強い地震に見舞われたが、このときの死者は0人、負傷者も少数だった。今回はM6.3で、地震のエネルギーとしては小さいにもかかわらず、これほど被害が大きくなったのはなぜだろう。

 これは地震の発生時間に関係がある。M7.1の時は発生が未明だったために死者はなく、負傷者も少数にとどまった。今回は午後0時51分でお昼時。阪神・淡路大震災のときも1995年1月17日5時46分、冬の起床時、ちょうど暖房に火を入れ、朝食の準備を始めるような時間帯に起きた。

 兵庫県南あわじ市の薮田恵士さん(49)は阪神大震災を経験した1人。今回の地震でも被災した。22日、現地で開かれていたテニスの国際大会「2011ITF(国際テニス連盟)シニア世界選手権大会」に出場し、試合中だった。

 薮田さんは「コートに地割れが走って湯が噴き出し、20面のコートがあっという間に池のようになった。(自宅が半壊した)阪神大震災のような激しい揺れ方だった」と恐怖を語った。

 薮田さんによると、試合会場は市中心部から北東約3キロにあり、各国から約200人が参加。ガタガタという音が数秒し、「ドン」という突き上げる揺れで体が跳び上がった。

 地割れはコートのあらゆる方向にでき、湯が数十センチの高さまで噴き出した。大きな横揺れが続き、しゃがみ込んでフェンスにしがみついたという。薮田さんは余震が続く中、「地震前日に食事をした施設が倒壊しているのを見て恐ろしくなった」と話した。(2011年2月25日  読売新聞)

崩壊した大聖堂
 ニュージーランド、クライストチャーチの人たちにとって、シンボルともいうべきクライストチャーチ大聖堂が倒壊したのはショックだったと思う。クライストチャーチ大聖堂は昨年9月の地震で損傷し、修復作業が行われている途中だった。

 クライストチャーチ(Christchurch)は、ニュージーランド南島中部、カンタベリー平野東海岸側に位置する都市である。人口は、376,700人(2010年)。ニュージーランド内で3番目、南島では最大の人口を有する。

 1840年にワイタンギ条約が締結され、事実上イギリス直轄の植民地となる。1850年よりイギリス人による入植が始まる。1856年7月31日に英国国王の勅許状によりクライストチャーチはニュージーランドで最も古い市として誕生する。初期入植者の多くが、英国オックスフォード大学・クライストチャーチカレッジの出身者であったことからクライストチャーチと命名される。

 英国移民たちにより1864年に建造が始まる。イギリス人建築家のサー・ジョージ・ギルバート・スコット原図の教会設計をイギリス人建築家ベンジャミン・マウントフォートにより設計、建築される。金銭的な問題が原因で完成までにおよそ40年の歳月を費やし1904年に完成した。

 当初、木造建築の建物であったが、良質な石材が見つかり石造りの建物へ変更された。船大工による教会建築のため、教会内部天井付近は船底のような木組みが施されている。現在の首席司祭(Dean)はピーター・ベック師(大聖堂長)。
 

参考HP Wikipedia「クライストチャーチ」

巨大地震―地域別・震源、規模、被害予測 (ニュートンムック Newton別冊)
クリエーター情報なし
ニュートンプレス
るるぶニュージーランド (るるぶ情報版 D 5)
クリエーター情報なし
ジェイティビィパブリッシング

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