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 ビタミンとは何か?
 ビタミンとは何だろう?調べてみると「生物の生存・生育に必要な栄養素の1つ」であることがわかる。では、この栄養素どのように働くのだろう? 

 ビタミンの多くは、生体内において、酵素がその活性を発揮するために必要な「補酵素」として機能する。したがってビタミン欠乏症に陥ると、ビタミン類を補酵素として利用する酵素が関与する代謝系の機能不全症状が現れてくる。例えば脚気は、ビタミンB1が不足すると起きる病気で、当時は伝染病とされ、バタバタと多くの人が倒れていた。

 どうやら1929年は、ビタミンの発見の年といえるかもしれない。ノーベル化学賞は、アルコール発酵における補酵素(ビタミンB3)の発見に対して贈られた。生理学・医学賞も補酵素である、ビタミン(ビタミンB1)の発見に対して贈られた。受賞者は、オランダの病理学者クリスティアーン・エイクマンとイギリスの生化学者フレデリック・ホプキンスである。ビタミンに対する認識がようやく世界に広がったそんな時代の中の受賞だった。

VitaminB1

 ビタミンの発見者
 ところで、1929年のノーベル生理学・医学賞、本当は日本人が受賞するはずだった…と聞くと驚く。何しろ世界で初めてビタミンを発見したのは日本人だからだ。それは誰だろう?

 正解は東京大学の農芸化学者、鈴木梅太郎教授である。1910年に世界で初めて、ビタミンB1(当時はオリザニンと命名)を、米糠から抽出した。さらに1911年には、ポーランドの医学者カシミール・フランクがイギリスの研究所で、コメ糠からビタミンB1を抽出することに成功した。フランクは、これを「生命活動に必須のアミン」という意味で「ビタミン」と命名した。

 ところが、ビタミンの真の発見者と命名者にはノーベル賞は贈られず、ビタミンの存在を発表した、クリスティアーン・エイクマンとフレデリック・ホプキンスが受賞することになったのはどういうわけだろう?

 その原因は、日本語でしか論文を書かなかったこと、また、新しいものはすぐに受け入れない、日本の学会の古い「しきたり」があったことだと言われている。

 ノーベル賞を取れなかった理由
 人種差別でノーベル賞を受けられなかったといわれるのが北里柴三郎氏だが、古くからある医学会との確執などで受賞できなかったとされるのが鈴木梅太郎氏である。

 この時に二つの悲劇があった。鈴木梅太郎氏の論文は日本語であり、ドイツ語に翻訳される際、「これは新しい栄養素である」という一行が訳出されなかった。

 このためオリザニンは世界的な注目を受けることがなく、第一発見者としては日本国内で知られるのみとなってしまった。この後、クリスティアーン・エイクマンとフレデリック・ホプキンスが1929年にノーベル生理学・医学賞を受けるが、貧弱な食生活が、脚気の原因となることを実証。なかでも、玄米が脚気を防ぐということからビタミンを発見したということで、鈴木の研究と多くの部分が重なっている。

 もう一つの悲劇が、鈴木が農学者であったということである。脚気に効く「アベリ酸報告」の当時は、東京大学医学部を中心とする多くの医学者の間で脚気は感染症であるという説が信じられていた。

 権威的な医学者の中には「農学者が何を言うか、糠が効くのなら小便でも効くだろう」と非難したという。この医学者の中に、北里柴三郎氏と確執があった青山胤通氏や、脚気は細菌による感染症であると死ぬまで主張していた森鴎外氏がいる。

 ちなみにこの森鴎外氏がたてた、白米中心のレーションを与える方針によって、日清戦争時の陸軍では、戦死者よりも脚気で病死した兵士のほうが多かったのは、有名な話である。しかし、実際にオリザニンによって脚気が治癒した例が相次ぐと、脚気感染症説論者もオリザニンの効果を信じざるを得なくなった。

 ビタミンB1とは何か?
 ビタミンB1(VitaminB1) はチアミン (thiamine)とも呼ばれ、ビタミンの中で水溶性ビタミンに分類される生理活性物質である。日本では1910年に鈴木梅太郎がこの物質を米糠から抽出し、1912年にオリザニンと命名したことでも知られる。脚気を予防する因子として発見された。

 日本人の主食である米や、パン、砂糖などがエネルギーに変換するのを助ける栄養素。糖質および分岐脂肪酸の代謝に用いられ、不足すると脚気や神経炎などの症状を生じる。卵、乳、豆類に多く含有される。

 ビタミンB1は疲労回復のビタミンと呼ばれ、炭水化物や糖質をエネルギーに変換するのに不可欠な存在である。脳の原動力であるブドウ糖なども、エネルギーに変える。ビタミンB1が不足して、糖質がエネルギーとして利用できなくなると、脳だけでなく体に乳酸などの疲労物質が溜まりやすくなる。結果、だるさや倦怠感などの原因になってしまう。

 脳は末梢神経をつかさどる司令塔である。この脳にエネルギーが十分に供給されなくなると、足がしびれたり、運動能力が低下するという症状も現れてくる。ビタミンB1が欠乏すると、疲れやすくなり、集中力がなくなる。

 最近では、脳内の神経伝達物質を正常に保つ働きがあることから、アルツハイマー病にも効果があるとの報告も寄せられている。

 クリスティアーン・エイクマン
 クリスティアーン・エイクマン(Christiaan Eijkman, 1858年~1930年)は、オランダの医師、病理学者。貧弱な食生活が脚気の原因になることを実証し、ビタミンの発見への道標を与えた。1929年、フレデリック・ホプキンズと共にノーベル生理学・医学賞を受賞。

 エイクマンは脚気の研究のためにインドネシアへ赴いたが、脚気の原因を発見したきっかけは思いがけないものであった。研究室の何羽かのニワトリの餌を一時的に変えてみた所、症状が現れたことに気が付いた。彼はその後、玄米に含まれる特定の食事成分が精米には含まれていないことを断定した。

 1930年11月5日オランダのユトレヒトで死去。  

 フレデリック・ホプキンズ
 フレデリック・ガウランド・ホプキンズ(Frederick Gowland Hopkins, 1861年~1947年)はイギリスの生化学者。1929年、ビタミンの発見の業績によりクリスティアーン・エイクマンと共にノーベル生理学・医学賞を受賞した。また、1901年にアミノ酸の一つであるトリプトファンを発見した。

 サセックスのイーストボーンに生まれ、ロンドン大学、ガイ病院医学部(キングス・カレッジ・ロンドン)で学んだ。1914年にケンブリッジ大学の生化学教授に就任し、神経化学の開拓者として知られる Juda Hirsch Quastel などを教えた。

 1929年、ノーベル生理学・医学賞をクリスティアーン・エイクマンと共に受賞した。受賞理由は、現在ビタミンとして知られる特定の微量粒子が健康の維持に必須であることの発見。また、彼は筋肉の収縮が乳酸の蓄積を引き起こすことも発見した。

 1947年5月16日イングランドのケンブリッジで死去。


参考HP Wikipedia「フレデリック・ガウランド・ホプキンズ」 「クリスティアーン・エイクマン」「鈴木梅太郎」
 

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