「坂の上の雲」と科学技術
今年は太平洋戦争開戦から70周年ということで、さまざまな記念番組がつくられた。司馬遼太郎原作のNHKドラマ「坂の上の雲」もその1つであろう。明治維新からわずか30年で、ロシアと戦うことになった日本。有名な旅順要塞の戦いや、203高地の戦い、奉天会戦、日本海海戦などを舞台に描かれている。
「まこと小さき国が開化期をむかえようとしている…」で小説は始まっているが、この一文は当時の日本の様子をよく表していると思う。開化は開花ではない。世界に互していくために、外国の優れたものを取り入れて、国を発展させようという時代だ。経済的な豊かさを開花というならば、現代のほうが豊かな時代であろう。しかし、「国を発展させよう」という気概は当時の方が遙かに高かった。
国の発展と科学技術を考えるならば、戦争の時代には、目を見張るべき発展が見られた。他国より優れた兵器をつくることは戦争には不可欠なことであるし、それは科学技術の発展なくしては不可能なことであるからだ。例えば日露戦争でかろうじて日本が勝利した要因の1つに「下瀬火薬」の発明がある。
日本のような小さな国が生き残っていくためには、より強力な兵器が必要であったことは想像に難くない。もし、自分が科学者で自分の研究が戦争に使われるとしたらどうするだろう?本当に悩んでしまうだろう。自分と家族が住んでいる国は守りたい。しかし、多くの人の命を奪うことになるかもしれない。戦争などしたくないが、最初から降伏もしたくない。考えただけでも気が狂いそうになる。平和な時代に科学の研究をするのは何とありがたいことだろうか。
第31回ノーベル化学賞受賞者
第31回ノーベル化学賞の研究「高圧化学的方法の発明と開発」も、戦争にさかんに利用された研究の1つであった。下瀬火薬などの爆薬には、アンモニアが不可欠であり、空気中の窒素を固定してアンモニアをつくるのに、触媒と高圧化学的な方法が有効だった。
1931年のノーベル化学賞は、ドイツのカール・ボッシュと、フリードリッヒ・ベルギウスの2人に贈られた。受賞理由は「高圧下における化学の研究」である。
カール・ボッシュ(Carl Bosch、1874年~1940年)はドイツの化学者、工学者である。ドイツのケルンで生まれ、シャルロッテンブルク工科大学(現:ベルリン工科大学)と、ライプツィヒ大学(1892年から1898年まで)で学ぶ。
1899年にBASFで研究を開始した。1908年から1913年までフリッツ・ハーバーと共にハーバー・ボッシュ法の開発を行った。第一次世界大戦の後、高圧化学を用いて、ガソリンやメタノールの合成の研究を続けた。1925年にはIG・ファルベンの創立者の一人となり、1935年には取締役会の会長となった。
1931年に高圧化学的方法の発明と開発によって、ノーベル化学賞を受賞した。1940年、ハイデルベルクで死去した。彼は隕石の収集者としても知られ、彼のコレクションは1949年にイェール大学へ寄贈された。
フリードリッヒ・ベルギウス(Friedrich Karl Rudolf Bergius, 1884年~1949年)は、ドイツ・ブレスラウ(現ポーランド・ヴロツワフ)近郊ゴルドシュミーデン出身の化学者。高圧下における化学の研究の功績により1931年にノーベル化学賞をカール・ボッシュとともに受賞した。
化学技術者の子として生まれ、幼少期の大部分を化学工場で過ごした。1903年にブレスラウ大学に入学、1905年にはライプツィヒ大学へと移り、1907年に卒業した。1909年、フリッツ・ハーバーの指導を受けるため、カールスルーエに移った。そこで、化学平衡の研究を行って300気圧を状態を達成した。その後、石炭を液体炭化水素に変換するベルギウス法の開発や、木材から糖を作る研究を行った。1912年にハノーファー大学で教授資格を取得し、のちに教授に就任した。
第2次世界大戦勃発後にオーストリアへ避難するが、自宅と研究所を空襲で失う。終戦後はイタリア、トルコ、スイスを経てアルゼンチンへ移り、1949年にブエノスアイレスで亡くなった。
ハーバー・ボッシュ法
カール・ボッシュの名前は「ハーバー・ボッシュ法」に残されている。ハーバー・ボッシュ法(Haber–Bosch process)とは、鉄を主体とした触媒の上で、水素と窒素を400 - 600°C、200 - 1000atmの超臨界流体状態で直接反応させ、「N2 + 3H2 → 2NH3」 の反応によってアンモニアを生産する方法である。
はじめ、ハーバーが考えたアンモニア合成反応(1918年ノーベル化学賞)は、ドイツの三大化学メーカー「BASF」の手で工業化に移ったのであるが、それを実際に工業化するまでは大変な努力を必要とした。BASF は過去においてインディゴ―などで大きな成功を収めて世界でもトップの企業であったが、このアンモニア合成を実際に工業化することは最初強く懐疑的な人が少なくなかった。
それまで考えたこともない問題が起こったからである。これを乗り越えたのが、カール・ボッシュだった。彼は大変に優れた技術者で数多くの困難を乗り越えて化学産業に初めて画期的な改革をもたらし、その功によって「高圧化学的方法の発明と開発」という題で1931年にノーベル化学賞を受けた。アンモニア合成に開発された技術が例えばメチルアルコールの合成など高圧化学的方法などにそれだけの大きな影響をあとあとまでに残した。
ここに高圧化学的方法というのは当時は高圧装置としては空気の液化などに用いる常温で200気圧までのものでしかなかった。反応塔を作ることだけについても反応温度まで上げながら高圧下で反応を進めることが出来ないと、折角の「ハーバー法」も工業的に実現しないからである。
ボッシュは1910年の初めに直径70mm、厚さ30mm、長さ1メートルの鋼鉄を用い、スエ―デン産の磁鉄鉱を触媒として外側からニッケル線で加熱して100気圧、870Kで運転したところ80時間で爆発をしてしまった。これでは工業的に用いることが出来ない。このことは初めは鉄とアンモニアが反応して鉄の窒化物が出来たためではないかと疑われたのだが、よく調べて見ると、鋼鉄の中の炭素が反応気体の水素と反応して脱炭素反応が進み、さらには鉄の中に水素が溶解して硬くてもろい合金に変化した結果であることが分かったのである。
仕方なく鋼鉄以外のものを探しても、また加熱の仕方を内部式にしてもうまく行かない。反応装置の内側に銀の薄幕を張っても熱膨張係数の違いなどでうまく行かない。ボッシュは結局反応塔の内側には炭素の含量の少ない軟鉄を用い、内側でもろい水素化物が出来てもその外側からしっかりとした鋼鉄で抑える工夫をしたし、のちにはさらに外側で抑え込む鋼鉄に強度の影響の少ない範囲で小さい穴をあけて少しの水素が軟鉄を通過して拡散して来ても鋼鉄は常圧で水素に接するので害を受けないで済むようにしたのである。
反応塔だけでもなく、高圧化で洩りのない循環ポンプを工夫したり、反応気体の調整など反応過程に伴う多くの問題を解決して行ったのである。
このようにしてこれらの技術は化学産業において画期的な改革となって発展しただけにノーベル賞に値した。その意味で工業化の成功の重要性も含めて「ハーバー法」は「ハーバー・ボッシュの方法」と呼ばれるようになっている。
ベルギウス法
一方、フリードリッヒ・ベルギウスは、石炭から石油を生み出す「ベルギウス法」に名前を残している。ベルギウス法(Bergius Process)とは高温高圧下で褐炭を水素化することで、合成燃料として液体炭化水素を生産する方法である。この方法は1913年にフリードリッヒ・ベルギウスによって開発された。
そのプロセスは、まず、褐炭を粉末にし、これに重油(このプロセスから得られる)を混合する。この褐炭と重油の混合比率は用いられる重油に依存し、反応から算出される。
次に、少量のスズもしくはニッケルのオレイン酸塩を触媒として加える。そして、これらの混合物は反応器に送る。 400~450 ℃、水素圧が20~25 MPaで最初の反応が生じる。この反応で重油や中間油、ガソリンが得られる。なお、ガソリンは約60 %得られる。
中間油は水素と反応することで、ガソリンとなる。 軽油は2つ目の反応器で最初の反応器と同温同圧下の気相中でバナジウム触媒によって、水素化が進行する。この生成物は主にガソリンレベルの高オクタン価炭化水素となる。
ドイツはベルギウス法で液化燃料の量産化に乗り出したが、第一次世界大戦には間に合わなかった。しかも敗戦により中東の石油権益を絶たれたため、国内の比較的豊富な石炭(ルール、ザール炭田)の液化に取り組むことになった。
1920年代、カイザー・ヴィルヘルム石炭研究所(Kaiser Wilhelm Institute)の化学者フランツ・フィッシャー(Franz Fischer)とハンス・トロプシュ(Hans Tropsch)は合成石油や合成燃料を作る「フィッシャー・トロプシュ法」を確立した。これにより、ドイツの石炭液化の研究は第二次世界大戦では間に合い、1942年から1944年まで年100万トン以上の「人造石油」を量産し、主に航空機用燃料として使用されドイツの戦争後半の石油事情悪化傾向の中、「人造石油」は貢献した。
名戦闘機メッサーシュミットも戦争後半は人造石油で戦ったのである。しかし、オクタン価は低く(87~91オクタン)、米英のハイオク燃料の戦闘機(100~120オクタン)には苦戦した。
参考HP Wikipedia ハーバー・ボッシュ法 ベルギウス法 ・化学初めて物語 アンモニアの合成
アンモニアの合成 フリッツ・ハーバーについて ・明るい夜間戦闘 合成石油
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