ワールブルグ効果

 人類の敵「がん(悪性腫瘍)」はどのように発生するのであろう?Wikipediaで「がん(悪性腫瘍)」を調べると、「がんは、遺伝子の突然変異によって発生する」と書かれている。

 しかし、がんは、通常の細胞の遺伝子に異常が生じ、シグナルが停止せずに不要な増殖を続けるとしても、がん遺伝子が無から有を生み出すわけでは なく、細胞が倍々に増えるには、莫大なエネルギー(ATP)が必要なはず。がんはどのような代謝でATPを得ているのだろう?この問いに答えるには、遺伝子だけではな く、代謝の観点からもがんを捉える必要がある。

 不思議なことにがん細胞は、ATPを最も効率的に得られる、ミトコンドリアでの酸化的リン酸化を行わず、好気条件下でも、解糖系を利用してATPを 得ている。この現象は、提唱者の名前から「ワールブルグ効果」と呼ばれている。これは、好気条件下でグルコースを「醗酵」するようなもので、なぜこんな非効率な代謝を積極的に利用するのだろう?

Otto_Warburg

 約80年以上も前(1926年)に、オットー・ワールブルグ(Otto Warburg)博士は、がん細胞ではミトコンドリアにおける酸化的リン酸化によるエネルギー産生が低下し、細胞質における嫌気性解糖系を介したエネルギー産生が増加していることを発見した。これをワールブルグ効果と言う。

 ワールブルグ博士は呼吸酵素(チトクロム)の発見で1931年にノーベル生理学・医学賞を受賞している。細胞生物学や生化学の領域で、重大な基礎的発見を次々に成し遂げ、呼吸酵素以外の研究でも何回もノーベル賞候補になった偉大な科学者である。そのワールブルグ博士が最も力を注いだのががん細胞のエネルギー代謝の研究だ。

 がん細胞の異常な増殖を解明するためには、エネルギー生成の反応系を研究しなければならないということから、呼吸酵素を発見している。そして、1.がん細胞ではグルコースから大量の乳酸を作っていること、2.がん細胞は酸素が無い状態でもエネルギーを産生できること、さらに、3.がん細胞は酸素が十分に存在する状態でも、酸素を使わない方法(嫌気性解糖系)でエネルギーを産生していることを見つけた。
 
 オットー・ワールブルク
 オットー・ハインリッヒ・ワールブルク(Otto Heinrich Warburg、1883年10月8日 - 1970年8月1日)はドイツの生理学者、医師。ベルリンにて1921年-1927年までベルリン大学助教授を経て、1931年-1953年までカイザー・ヴェルヘルム生物学研究所(現在のマックス・プランク生物学研究所)の局長として、細胞生理学の研究を行う。彼は腫瘍の代謝、及び細胞(特に癌細胞)の呼吸の研究を行った。(ワールブルクの)黄色酵素の性質と製造法の発見により、1931年にノーベル生理学・医学賞を受賞した。受賞理由は「呼吸酵素の特性および作用機構の発見」である。 

 彼は1931年にThe Metabolism of Tumoursを編集し、1962年には、New Methods of Cell Physiologyを執筆した。彼は細胞内で低酸素濃度下において腫瘍が発達することを最初に実証した。さらに、1966年6月30日にドイツ、コンスタンス湖のリンダウにて行われたノーベル賞受賞者の会合にて腫瘍の根本的原因と予防について発表した。このスピーチにて、彼は癌細胞の発生の根本的な原因は嫌気的な物であるという証拠を発表した。

 彼は自分の研究室で、ただ一人の助手と研究を重ね、身の回りは一人の召使いにかしずかれて、終生独身を通した。遠くに出かけるのを苦手としたが、乗馬がことのほか好きで、何処に出かけても、出先での朝は必ず乗馬から始まるという奇人であった。

 ドイツでは権威のある「カイザー・ヴィルヘルム生物学研究所(後のマックス プーランク研究所)」の所長であったが、またその一方で、終生研究員としての研究をも続けた人である。

 ワールブルクの伝記を弟子のクレブス自身が書いている。クレブスはオルニチン回路とクレブス回路の発見で有名。クレブスはワールブルクの研究室から追い出されているが、その事実には触れず、師の人となりを淡々と、公平に伝えている。ワールブルクは最後まで癌研究にこだわっていた。

 これまで、がん細胞における「ワールブルグ効果」はがんの原因ではなく、酸素欠乏状態にある結果として仕方なくそうなるのだという意見が主流で、最近まであまり重視されていなかった。ところが最近、このワールブルグ効果は単なる酸素欠乏の結果ではなく、がん発生のメカニズムにおいて重要な現象であると認識されるようになっている。

 呼吸酵素チトクロム(cytochrome)とは何か?
 では、ワールブルグが発見した呼吸酵素とは何だろう?まず、呼吸であるが二種類の意味がある。1つは生物が外界から酸素を取り入れ、体内で消費して二酸化炭素 (CO2) を放出すること。これが一般的な呼吸で、外呼吸という。もう1つは、細胞の中で行われる呼吸で、細胞が最終電子受容体として酸素を用い、二酸化炭素 (CO2) を放出する代謝をいい、内呼吸(細胞呼吸)ともいう。

 ワールブルグの呼吸酵素は、細胞呼吸ではたらく酵素をいう。本来、酸素は強い酸化力をもった毒性の強い気体である。しかし、一部の生物は酸素を利用した酸化過程を通じて大きなエネルギーを利用できるようになった。現在、酸素を利用した代謝のできる生物は細胞内のミトコンドリアにより炭水化物を酸化し、最終産物として二酸化炭素 (CO2) と水を排出する。

 呼吸代謝には大きく分けて、解糖系、クエン酸回路、電子伝達系の3つの代謝が関わる。糖類はこれらの代謝系によって二酸化炭素 (CO2) および水にまで分解され、その過程でATPが生産される。

 まず、解糖系であるが、細胞質基質で行われる酸素を使わない糖の酸化過程をいう。次に、クエン酸回路であるが、ピルビン酸などから変換されたアセチルCoAを二酸化炭素に分解する酸化過程をいう。真核生物ではミトコンドリア基質で行われる。

 最後に酸化的リン酸化がある。これは、NADHなどの水素受容体を酸化し、酸素に電子を伝えて水を生成する過程を電子伝達系と呼ぶ(光合成の電子伝達系と区別するため、呼吸鎖とも呼ばれる)。それと共役してATP合成酵素によりATPが生成する。真核生物ではミトコンドリア内膜で行われる。高校の生物では「酸化的リン酸化」という言葉を用いず、呼吸鎖とATP合成酵素反応全体を含めて「電子伝達系」と呼ぶ。

 ワールブルグはこのミトコンドリア内膜に存在するチトクロムという酵素を発見した。チトクロムはミトコンドリア内膜にふくまれる、ヘム鉄を含むタンパク質群で、酸化還元電位の異なる分子群が呼吸鎖複合体を形成し、電子伝達反応を行う。ヘム鉄には、Fe2+(還元型)とFe3+(酸化型)が存在し、これらが可逆的に変換することにより電子伝達を可能にしている。

 4種類の酵素と電子伝達体 
 ミトコンドリアの内膜にはATPをつくるための4種類の膜タンパク質複合体酵素が埋め込まれている。4種類の酵素は、チトクロムbc複合体、チトクロム酸化酵素、NADH-ユビキノン還元酵素とF1-FoATP合成酵素があり、これらをまとめてミトコンドリア呼吸系と呼ぶ。

 4種類の酵素のうち3つは、糖の分解で得られたエネルギー(実際にはエネルギーの高い電子)を使って内膜の内側から外側へとプロトン(H+)をくみ上げる。すると、内膜の外側にはプロトンがたまっていく。

 たまったプロトンが、F1-FoATP合成酵素を通して内膜の内側に流れ込むとき、ATPがつくられる。ずいぶん複雑なしくみだが、このようにして、糖のエネルギーは最終的にATPに変換される。ATPを得ることは細胞の活動、ひいては生命の維持に欠かせませない。このしくみをタンパク質の構造に基づいて詳しく理解することはとても重要である。

 しかし、4種類の酵素のうちNADH-ユビキノン還元酵素とF1-FoATP合成酵素については、まだ部分構造しか解析されていない。

 ミトコンドリア内膜の内側から外側へとプロトン(H+)をくみ上げるためには。補酵素、補欠分子という「電子伝達体」を必要とするが、その全てが電子を受け取る「酸化型」および電子を与える「還元型」の2つの状態を取る。

 電子伝達体としては、NADやFADが知られている。NADとは、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド (NAD+/NADH)のことで、クエン酸回路から電子伝達系への電子伝達を担う主要な電子伝達体である。ナイアシンを原料とする。FADは、フラビンアデニンジヌクレオチド (FAD/FADH2)のことで、クエン酸回路のコハク酸脱水素酵素の補欠分子族である。ユビキノールに電子伝達を行う活性を触媒する。FMN と同じくビタミンB2を原料とする。

参考HP Wikipedia オットー・ワールブルグミトコンドリアシトクロムc
文科省ターゲットタンパク研究プログラム 
ミトコンドリア呼吸の作用機序の全容解明を目指す 

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