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 物理の根幹、新たな数式 
 科学技術の根幹にある量子力学の「不確定性原理」を示す数式を書き換える、名古屋大の小澤正直教授の予測が、ウィーン工科大の長谷川祐司博士らの実験で確認された。1月15日付で科学誌ネイチャー・フィジックス電子版に報告する。絶対に破られない量子暗号などの技術開発に役立ちそうだ。

 「不確定性原理」は、ドイツのノーベル物理学賞受賞者ハイゼンベルクによって1927年に提唱された。位置と速度のように組み合わせ関係にある2つの物理量を正確に測定することは原理的に不可能である、とする。小澤教授は、「ハイゼンベルクの不等式」に代わる「小澤の不等式」を2003年に発表し、測定前の状態によっては2つの物理量の同時測定が可能な場合があることを示していた。

 小澤理論を実験的に実証することは、これまで困難とされていたが、今回、長谷川准教授らが開発した最先端の中性子光学実験装置により、「ハイゼンベルクの不等式」の破れを実験的に観測することに世界で初めて成功した、という。名古屋大学は今回の成果について、基礎科学の発展にとどまらず、ナノサイエンスの新たな測定技術、重力波の検出、量子暗号の開発への応用が期待できる、と言っている。

The Uncertainty Principle

 不確定性原理は科学者以外にもよく知られており、ハイゼンベルクとボーア夫妻を登場人物とする「コペンハーゲン」(マイケル・フレイン作)という劇が日本でも公開されたことがある。(サイエンスポータル 2012年1月16日)

 不確定性原理とは?
 原子や素粒子などの微視的世界の粒子の位置と運動量を測定すると、粒子の状態が同じであってもこれらの物理量の測定値は一般にばらつく。この場合ばらつきの大きさの間には定まった関係がある。この関係を原理のようにみなしたとき、この関係を不確定性原理という。ドイツのハイゼンベルクが1927年に見いだしたものである。電子とは何かを知ろうと思えば、最終的には「観測」という手段に頼らなければならない。平たく言えば、電子の「位置」や「運動の勢い」などを人間の目で確認すると言うことだ。

 しかし、電子は肉眼では見えないから、なにか間接的な方法で観測するしかない。では、電子にある種の電磁波を当てて、その位置と運動の勢い(運動量=物体の重さ×速さ:p=mv)を測ってみよう。

 まず、電子の位置を測定するためには、ガンマ線など波長の短い電磁波を当てる。すると、電子にぶつかった電磁波は、ある方向に跳ね返ってくるので、その方向から電子の位置がわかる。ところが、波長の短い光(ガンマ線)はエネルギーが強いため、電子のほうも飛ばされてしまう。その時、電子がどこへ飛んでいったかまではわからない。つまり、運動量が測定によって変化したせいで、しっかり測れなくなる。

 ならば、電子の運動量に影響しないように配慮して、エネルギーの弱い電磁波、つまり長い波長の電磁波を当てる。すると今度は、運動量はよくわかるが、弱いエネルギーの電磁波は電子にちゃんとぶつからないため、位置がはっきりしなくなる。

 ミクロの世界では、このように対象となるモノの位置や運動量を同時に正確に計ることはことができない。なぜなら、測定という行為自体が電子の状態に影響を与えてしまうからだ。この結果は、どんなに測定方法や計測機器などを精密にしても同じになる。

 これがハイゼンベルクの唱えた「不確定性原理」である。そしてこの不確定性原理は、量子論の基本となる考え方であり、また量子論が到達した結論のひとつだ。  

 ハイゼンベルクの不確定性原理を破った!
 では、ハイゼンベルグの式を破った小澤の式とはどんなものか? まず、物理の教科書をおさらいすると,1927年にハイゼンベルクが提唱した不確定性原理の式は,こんな形をしている。 

 Δx Δp ≧ h/4π

 (Δx:位置の不確かさの幅 Δp:運動量の不確かさの幅 hは“プランク定数(6.626×10-34ジュール・秒)”) もし位置が誤差ゼロで測定できたら運動量の乱れは無限大になり、測定してもめちゃくちゃな値がランダムに出てくるだけ。だから位置と運動量をともに厳密に決める測定はできないと、これまでずっと物理の学生は教わってきた。

 現代物理学の基本中の基本とも言えるこの式に,小澤教授は1980年代から異を唱えてきた。2003年にはハイゼンベルクの式を修正する「小澤の不等式」を提唱した。こんな式だ。

 Δx Δp + σx Δp + σp Δx   ≧ h/4π   

 ハイゼンベルクの式から、項が2つ増えている。新たに出てきたσx,σpというのは、それぞれ物体の位置と運動量が、測定前にもともと持っていた量子ゆらぎ。ハイゼンベルクは不確定性原理を考える際、この量子ゆらぎと測定による誤差や乱れを混同した形跡がある。量子ゆらぎというのはもともと物体に備わっている性質で、測定とは関係なく決まる。小澤教授はこれを厳密に区別した上で観測の理論を構築し、新たな不確定性の式を導いた。

 小澤の式はハイゼンベルクの式と違って、Δx Δp がゼロになっても,σx σp が無限大であれば成立する(量子ゆらぎが無限大になっても測定はできる)。つまり誤差ゼロの測定が実現できる。量子もつれになった2つの粒子ならそうした測定が可能であることも、理論的に示唆された。

 2001年ごろ、物理学者の一部は小澤教授の提唱を高く評価していたが、大半は「間違っていはいなそうだけど、よくわからないなあ」と困惑の表情。実験で検証できるメドも立っていなかった。ですがその後、小澤の不等式が登場し、量子コンピューターのエラー確率の推定などに威力を発揮し始めると、物理学界の反応は「なんか怪しい」から「これは本物だ」へと、見る見る変わっていった。2000年代後半には、少なくとも量子情報の分野では、小澤の式を前提に議論が進められるようになっていた。

 中性子のスピン
 ウィーン工科大学原子核研究所の長谷川祐司准教授らが、中性子のスピン測定で小澤の不等式の実験をしているとの噂を聞いたのは、今から2年ほど前である。そしてこのたび、実験の結果が明らかになった。

 中性子のスピン(自転に相当)の異なる2方向の成分(x成分とy成分)とは、粒子の位置と運動量と同じく、「片方を測定するともう片方の乱れが大きくなる」というトレードオフの関係にある。量子力学的に見て、両者の関係は同じ不確定性で表されるのである。長谷川准教授らは,まずある中性子のx成分を測定し、続いて同じ中性子のy成分を測定した。

 測定条件を変えていくと,x成分の測定誤差が大きくなるにつれて(測定1),y成分の乱れ(擾乱)が小さくなり(測定2)、確かにトレードオフの関係になっている。注目すべきは実験パラメータが0の点である。x成分の誤差は限りなくゼロに近いので、ハイゼンベルクの式が正しければ、、y成分の乱れは無限大に発散するはず。でも実際は1.5弱に収まっている(縦軸は測定値がh/4πの何倍かを表している)。両者を掛け合わせるとh/4πより小さくなり、ハイゼンベルクの不確定性原理を破っている! 実際,上の測定ではどの実験条件でもxの誤差とyの乱れの積はh/4πより小さく、ハイゼンベルクの式はまったく成立しない。 

 スピンxとスピンyの量子ゆらぎは量子力学から理論的に求めることができ,実際の測定結果もよく一致した。この値を用いて小澤の不等式の左辺を計算すると、どの実験条件でもh/4πを超え、小澤の不等式は確かに成立していることがわかった。

 今回の実験は,量子力学を覆すものではない。超光速ニュートリノが本当だったら相対性理論はひっくり返ってしまうが、ハイゼンベルクが間違えていたとしても、量子力学の基本方程式は変わらない。小澤の不等式はそれ自体,量子力学の枠組みによって成り立っている。ハイゼンベルクの式ではできないとされていた測定を可能にする小澤の式は、むしろ量子力学の可能性を広げるものと言える。 

 古典力学は、今がわかれば確実に未来が予測できる理論だ。これに対して量子力学ではあらゆるものが曖昧で、確率的にしか決まえらない。当初この「不確定性」は、何かを作ったり実験したりする際のノイズであり、邪魔ものだとみなされていた。ところが近年、このあいまいさは、古典力学では実現できない情報処理を可能にする、新たなリソースと捉え直されるようになった。小澤教授の観測の理論は,量子力学の曖昧さの中身を厳密に整理し直したものです。量子コンピュータや量子暗号など,新たなリソースを利用する量子情報技術の研究の有力な武器になっています。

 小澤の式が成立し、ハイゼンベルクの式が成立しない測定があることが実験で確かめられた今、小澤の不等式が、量子力学の基本的な世界観を構築する新たな柱となっていくであろう。ハイゼンベルクの式に代わって教科書に記載される日も近いと思われる。(日経サイエンス)

参考HP Wikipedia  不確定性原理 日経サイエンス ハイゼンベルグの不確定性原理を破った!小澤の不等式 

新装版 不確定性原理 (ブルーバックス)
クリエーター情報なし
講談社
ハイゼンベルクの顕微鏡~不確定性原理は超えられるか
クリエーター情報なし
日経BP社

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