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 世界の「フォレストヒーローズ」に畠山重篤氏
 未曾有の被害をもたらした東日本大震災。福島原発事故も収束。マスコミによる過度の放射能汚染報道も一段落、風評被害も薄れ、少しずつ復興の足音が聞こえてくるようになった。結局、放射能では誰一人死んでいないはず。あれは煽りすぎだと思う。科学的根拠から安全性を述べる、真摯な専門家の意見をもっと取りあげるべきだ。

 牡蠣の養殖業者も壊滅的被害を受けた。養殖場の海中には、瓦礫(がれき)や泥が降り積もった。そんな中、いち早く復興を目指し、成し遂げた養殖業者がいた。畠山重篤氏である。51年前に三陸を襲ったチリ地震津波。地震後、驚異的な早さで成長するカキを見ていだ。「経験を実生活に活かす」…わかっていても、被災しながら成し遂げたことは素晴らしい。

 国連森林フォーラム(UNFF)事務局では、国際森林年に際して森林に関する功労者を世界中から募集して顕彰する「フォレストヒーローズ」を実施している。2月8日(現地時間)、2名の特別表彰者(故人)を含む8名の受賞者が発表され、アジア地域から我が国の畠山 重篤氏(宮城県)が選出され、2月9日に国連本部で開催される国際森林年クロージングセレモニーで表彰された。

 ForestHero

 畠山さんはあいさつで各国代表らを前に、「20年間かけて海をよみがえらせたが、東日本大震災の大津波でカキも何もかも失った。だが1カ月ほどで海に魚が戻って来た。背景の森林がしっかり保全されていたからだ」と、震災を経た海の姿を説明。「木を植えることも大切だが、流域に住む人々の心に(自然保護の)木を植えることが大切」と訴えた。

 式後、畠山さんは「まもなく震災から1年。私の受賞が少しは(被災地の)力になればうれしい」と語った。(毎日新聞 2012年2月10日)

 「人々の心に木を」
 畠山 重篤氏は、牡蠣養殖の漁師だが、NPO法人「森は海の恋人」理事長、エッセイスト、京都大学 フィールド科学教育センター社会連携教授、農林水産省 政策評価第三者委員会委員…と様々な肩書きを持つ。

 地元で平成元年から植樹を続けられ、気仙沼湾に注ぐ大川上流には約3万本の落葉広葉樹が植えられた。また、川の流域に暮らす子供たちへの環境教育の重要性を感じ、平成2年から体験学習を開始した。今までに招いた子供たちは、10,000人を超える。

 畠山さんのカキは、大粒で、うまみが濃厚だと評価されている。この極上のカキは、「カキには人が映る」という畠山の思いから生まれる。 カキは、海水に含まれる植物プランクトンを食べて育つため、そのプランクトンの量が、カキの出来を左右する。そして、プランクトンの量は、実は森の腐葉土から溶け出す“フルボ酸鉄”とよばれる鉄分の量に左右されると考えられている。

 「よいカキかどうかは、上流の森を見れば分かる」と言われるゆえんだ。 畠山は、23年にわたり、2万本以上の木を植えてきた。本業の時間を割いて植樹を続けるのは、手間がかかる。さらに、効果が現れるのは、50年後、100年後の可能性もある。そこまで考えた上で継続することのできる、“優しさ”。その人間性が、カキの味に凝縮され、映るのだという。

 畠山さんが植樹と同じぐらい大事にしているのが、「人の心に木を植える」ための活動だ。毎年、全国から小中学生を招き、養殖の作業を体験してもらう。これまで3000人以上の子ども達が、畠山の養殖場を訪れた。 「自分一人ではよいカキは育たない。舞根(もうね)湾だけでなく、川の流れる流域、森の広がる山域、全ての人たちの気持ちが、カキには凝縮される。」と話す畠山。次の世代に、豊かな海を受け継ぐため、木訥(ぼくとつ)とした口調で、語り続ける。(NHK プロフェッショナル仕事の流儀)

 森の力は水に鉄を溶かす
 漁師の直感を信じて森に木を植えはじめた畠山氏だったが、「なぜ森の木が大切なのか」はよく分かっていなかった。

 「水産学、農学、河川、山林、生態学、それぞれの分野の専門家はいるけれど、誰に聞いても明確な答えは返ってこない。森と海の関係はそれらのすべてがかかわる境界の学問で、海の先生は海のことはよく知っていても川や森のことは分からないから、めったなことは言えないんでしょう」(畠山氏)。

 運動を進めていくために、森と海の関係を科学的に説明できないだろうか──そう考えていた畠山氏に道がひらけたきっかけは、北海道の日本海側で問題になっている「磯焼け」をテーマにしたテレビ番組を見てからだった。

 「磯焼け」とは、海藻が枯れて岩肌が真っ白に露出してしまう現象である。海藻が生えないから魚や貝も寄り付かない。テレビに映っていたのは、真っ白で生き物の気配のない、まさに“海の砂漠”の姿だった。

 そしてテレビ番組で解説されていたのは、海藻や植物性プランクトンの生育には水中の鉄分が重要であり、磯焼けのおきている地域では、海水中の鉄分濃度が極端に低下しているので、生き物が育たない。そして鉄分は、川の水で陸から運ばれる、ということだった。これはまさに畠山氏が求めていた、「元気な海を作るための森の役割の科学的な説明」だった。

 科学的に証明された森と川と海の関係
 この解説をしていたのが、当時・北海道大学水産学部の松永勝彦教授(現在・四日市大学特任教授)である。とにかく思い立ったらすぐに行動に移さないと気の済まない畠山氏は松永教授に直ちにアポイントメントを取り、その日の夜行列車を乗り継いで北海道まで会いに行った。

 松永教授の専門は、海水中の微量金属を測定する研究である。「海水中に溶けている微量の鉄が、海の生き物を育てるためにはとても重要な役割を果たす、と先生は教えてくれました」(畠山氏)。

 植物性プランクトンが育つためにはリンや窒素、ケイ素などの肥料分が必要だが、実は先に体内に微量の鉄を取り込まないと養分を吸収することができない。木の葉が腐って腐葉土になると、鉄イオンと結びついて、「フルボ酸鉄」という植物プランクトンに吸収されやすい鉄が出来る。これが川の水によって海に運ばれる。つまり、川の上流の森、特に広葉樹林が海の恵みにはとても重要なのだ。

 「これまで『ダムを作ると海が死ぬ』といっても、『なぜだ?』と聞かれたら、それこそ漁師の直感だとしか答えられなかった。松永先生に出会って、科学的に森と川の関係を説明できる裏づけが出来た」と畠山氏は語る。

 その後の松永教授らの調査にもとづく試算で、気仙沼湾の年間水揚高20億円のうち、およそ18億円が大川の栄養で育った魚介類であることが明らかになった。まさに大川は気仙沼湾の「命の水」であることが科学的に証明されたのだ。

 環境教育重視「木よりも人の方が早く育つ」
 「漁師が森に木を植えることばかりが強調されている感があるけど、我々の活動の多くは子供たちへの環境教育」と畠山氏は強調する。

 きっかけとなったのは、大川上流にある小学校の先生と意見交換をしたときに、「子供たちが海に接する機会がほとんどない」という話題を聞いたことだった。河口域にいてそこで長年住んでいると、川から流れてくる様々なものを見ることで、上流の人々の生活が見えるのだ。同時に、それらを通して海の生き物も見ることができる。

 「わずか25キロメートルしか離れていないのに、ほとんどの子供たちにとって、海は年に1回か2回、夏休みに海水浴に連れて行ってもらうだけの場所なんでしょう。日常生活で海を“思う”ことはほとんどないということを聞いて、これは何とかしなければと思った」(畠山氏)。

 持ち前の行動力が畠山氏をすぐに動かした。第1回植樹祭の翌年となる1990年5月、室根村の折壁小学校の子供たちを体験学習に招待したのである。

 プランクトンネットで水をすくって子供たちに一口ずつ飲ませ、カキが毎日食べている水を実際に味わってもらった。カキは沿岸の川に流されたものが混ざった海の水を吸収して育つ。つまりそれは、上流に住む人が流したものを飲むということだと身体で感じることである。まさに、毎日海の生き物と暮らす漁師だからこそうまれたアイデアといえよう。

 「体験学習を終えた子供たちの作文には、『朝シャンで使うシャンプーの量を半分にした』『流しの穴に使い古しのストッキングを入れてゴミを取ってもらうようにお母さんに頼んだ』『畑に農薬と除草剤をできるだけ使わないようにお父さんと話した』といった、川の水を意識する様子が書かれていた。これを読んで、漁師のポジションは環境教育にとてもマッチしているとあらためて確信しました」と畠山氏は語る。

 この試みがマスコミに紹介されて、体験学習を希望する学校が増えてきた。「上流で農薬やゴミを川に流すと海に悪い」というと当たり前のことに聞こえるが、日常生活で海を“思う”ことがない人にとってはなかなか思い至らない。体験を通して川の流域の子供の意識が変わるということは、大人が変わり、ひいては行政が変わるということだ。

 「山に木を植えても育つのに50年はかかるが、人は20年で育つ。人を育てる方が早いんです。だから教育が大切」と畠山氏は強調する。「森が育む鉄の力で、沿岸の海は再生できる。地球温暖化は全然怖くない。私はそう思っています」──そう語る畠山氏の目は輝いていた。(ECO Japan 「命の海を再生する」より抜粋)

参考HP ECO Japan 命の水を再生する「森は海の恋人」
NHKプロフェッショナル仕事の流儀 それでも海を信じている牡蠣養殖・畠山重篤

牡蠣礼讃 (文春新書)
クリエーター情報なし
文藝春秋
森は海の恋人 (文春文庫)
クリエーター情報なし
文藝春秋

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