生物の耐寒性
 人は何度まで耐えられるだろう?調べてみると最高体温は42℃。最低体温は、25℃以下だそうだ。極地に近い場所でも生きていく人たちがいる。だいたい毛皮の服をまとっていて、零下数十度という気温の中でも、ちゃんと断熱すれば人間は生きていける。

 空気の中では、零下50度でもなんとか生き延びられる場合がある。しかし水の中では、たとえば5度の水に全身が漬かったら10分も持たない。水のほうが熱伝導性が高く、水は空気の240倍も熱を伝えやすい。

 では他の生物はどうだろう?低温のほうは南極などに氷点下の海水中で活動している魚がいる。魚の体液の塩分濃度では凍ってしまって不思議がない温度でも活動している種類がいる。そういった魚は、氷晶が成長するのを、ある種のたんぱく質の分子で包囲してストップさせてしまうことで、体が凍るのを防いでいる。

Typhula ishikariensis

 最も低温で生きられる生物は極限微生物の中の好冷性細菌の一種で,大体15℃ぐらいのところで活発に増殖するが、0℃でも増殖できるという。逆に20℃以上だと増殖できないものもいる。これらの微生物も氷点下の寒冷環境では、自分の体や細胞が凍らないようにする特殊なタンパク質(不凍タンパク質)を作っている。

 キノコの不凍タンパク質
 今回、産業技術総合研究所の生物プロセス研究部門の津田栄主任研究員や合成生物工学研究グループの近藤英昌主任研究員らは、北海道大学や理化学研究所、カナダのクイーンズ大学と協力して、寒冷地に生息するキノコが生産する不凍タンパク質の立体構造を明らかにし、同タンパク質が氷の結晶に吸着して成長を阻害するメカニズムを解明した。

 このキノコは80年ほど前に、北海道の石狩平野で発見された「イシカリガマノホタケ」。積雪下の牧草類や小麦などの植物の上で生育する代表的な好冷性生物だという。研究チームは、このキノコが生産する不凍タンパク質(Tis不凍タンパク質)の単結晶を作成し、大型放射光施設SPring-8を用いたX線結晶構造解析法によって立体構造を決定した。

 その結果、Tis不凍タンパク質は、これまで知られている魚類や野菜などの不凍タンパク質とは異なり、6段の「らせん階段」のような独特の分子骨格をもっている。下の段になるほど膨らんでいるので、全体は洋ナシのような形をしている。

 さらにTis不凍タンパク質の表面の一部は平面になっており、複数の溝(みぞ)ができている。その溝の中にいくつもの水分子が不規則に並んで埋もれていて、この平面部分が氷の表面に接することで、溝の水分子がそのまま氷の一部となり、Tis不凍タンパク質と氷が強く結びつくことなどが分かった。

 不凍タンパク質は、0℃以下となる環境温度の低下によって細胞内にできはじめた氷の粒子の表面に強く吸着して、氷が大きく成長するのを抑制し、細胞が凍るのを防いでいる。Tis不凍タンパク質は、六角柱をした氷の結晶の側面だけでなく上下面にも吸着するので、氷の結晶の成長を強力に抑制し、魚類の不凍タンパク質の約5倍の不凍能力をもつという。

 イシカリガマノホタケは大量培養が可能なので、これまでの不凍タンパク質よりも安価にTis不凍タンパク質を生産することが出来る。今回の研究成果により、食品や細胞を安定的に冷凍保存する技術の進展が期待されるという。(サイエンスポータル 2012年5月29日)

 不凍タンパク質の構造を特定
 イシカリガマノホタケ (学名Typhula ishikariensis)は、約80年前に北海道の石狩平野で発見されたキノコで、積雪下の牧草類や小麦などの植物上で生育する代表的な好冷性生物である。このキノコが生産するイシカリガマノホタケ不凍タンパク質(Tis 不凍タンパク質)は、魚類や野菜などの既知の不凍タンパク質とは分子量やアミノ酸配列などの性質が異なる不凍タンパク質であり、魚類不凍タンパク質の約5倍強い不凍機能をもつ。また、イシカリガマノホタケは液体培養によって大量に培養できるため、不凍タンパク質の新たな原料として期待されている。しかし、Tis 不凍タンパク質が氷結晶の成長を抑制するメカニズムは明らかではなかった。

 今回、イシカリガマノホタケの培養液から精製したTis不凍タンパク質を用いて単結晶を作成し、兵庫県にある大型放射光施設SPring-8の理研構造生物学ビームラインII(BL44B2)で、この単結晶のX線回折を測定してTis不凍タンパク質の立体構造を決定した。

 Tis不凍タンパク質の立体構造は、これまでに知られていた他の不凍タンパク質の立体構造とは全く異なっており、「らせん階段」のような独特の分子骨格をもっていることが明らかとなった。このらせん階段は全部で6段あり、下の段に行くほど膨らんでいるため、Tis不凍タンパク質は全体として洋梨のような形状である。また、このタンパク質表面の一部には、氷と強く結合できるように平面性の高い領域が形成されていることがわかった。さらに、この領域にある複数のミゾの中にいくつもの水分子が不規則に並んで埋もれていた。この領域が氷の表面に接すると、ミゾの中の水分子はそのまま氷の一部となり、不凍タンパク質と氷を強く結びつける「錨(いかり)」のような役割を果たすと考えられる。

 不凍タンパク質のはたらき
 不凍タンパク質不凍タンパク質は氷結晶の特定の表面に強く吸着する性質をもつタンパク質である。不凍タンパク質が吸着した氷結晶はその成長が抑制される。このことによって氷結晶の形状が変化したり、水溶液の凝固点が低下する現象が観察される。

 微細な氷の結晶の単位構造は、模式的に正六角柱として示される。氷に吸着したTis不凍タンパク質を蛍光標識によって可視化することによって、Tis不凍タンパク質が氷結晶の複数の結晶面(正六角柱の側面と上下の面)に吸着する性質をもっていることが分かった。魚類の不凍タンパク質は、上下の面には吸着できないことが知られている。Tis不凍タンパク質が強力な不凍機能を発揮するのは、氷結晶の複数の氷結晶面に吸着しその成長を強く抑制するため、と考えられる。

 以上のことから、Tis不凍タンパク質は魚類や野菜などの不凍タンパク質と並び、新たな高性能の不凍タンパク質として応用が可能と考えられる。Tis不凍タンパク質は、魚類や野菜の不凍タンパク質を遥かに凌ぐ性質を独自のメカニズムによって発揮する。また、不凍機能が強力なので、少量を添加するだけでも十分な効果を発揮できると考えられる。最少使用量がおよそ5分の1になると予想される。栽培や培養の技術を用いたキノコの不凍タンパク質の大量生産技術が確立すれば、その特徴を生かした新たな不凍タンパク質の応用技術が進むものと期待される。

 今後は、Tis不凍タンパク質の氷に吸着する機構を人工的に変化させることによる高性能化を検討する。また、培地や培養条件を最適化することによって、大量の不凍タンパク質を低コストで生産できる技術の開発を行いたい。さらに、イシカリガマノホタケ以外の寒冷地で採取されるキノコを対象として、不凍タンパク質の性能や機能を詳細に解析する。これらの研究を通じて、キノコの不凍タンパク質を用いた冷凍保存技術の開発に取り組む予定である。

参考HP 産業技術総合研究所:キノコの不凍タンパク質の分子構造とメカニズム Wikipedia:極限環境微生物


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