理論的限界を超えた省電力トランジスタ開発
 パソコンなどで使われる半導体集積回路(IC)の消費電力を現在の10分の1以下に低減できる新型トランジスタを、科学技術振興機構(JST)の冨岡克広・専任研究者や北海道大学大学院情報科学研究科の福井孝志教授らが開発した。従来のトランジスタのスイッチング特性を、江崎玲於奈氏(1973年ノーベル物理学賞受賞)が半導体において発見した「トンネル効果」現象を利用することで飛躍的に高めたもので、デジタル家電の待機電力やスマートフォンなどのモバイル機器の電池消費を大幅に減らすことが期待できるという。

 ICの開発では、構成要素となるトランジスタそのものを微細化し、集積度を高めることで、高速・高性能化、低消費電力化を実現してきた。しかし、より高集積化することで、トランジスタのオン・オフとは関係なく配線に漏れ出す「リーク電流」が問題となり、半導体にかける電圧にも理論的限界(室温で「60mV/ 桁」以下にはできないというサブスレッショルド係数の限界)があった。

 研究チームは半導体結晶技術によって、シリコン基板の上に直径80ナノメートル(ナノは10億分の1)のワイヤー状のトランジスタを数多く剣山のように林立させた構造を作り、リーク電流の出現を抑えた。トランジスタ針のシリコン基板との接合部では、電子が量子的に通り抜ける「トンネル効果」が発生し、これをトランジスタのスイッチとすることができた。その結果、理論的限界の3分の1の低電圧(21mV/桁)でトランジスタが駆動する高いスイッチング特性が得られ、回路全体の消費電力を現在のICに比べて10分の1以下に低減することが可能になったという。

Tunnel transistor

 研究成果は、科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「革新的次世代デバイスを目指す材料とプロセス」(研究総括:佐藤勝昭・東京農工大学名誉教授)の研究課題「Si/III-V族半導体超ヘテロ界面の機能化と低電力スイッチ素子の開発」によって得られた。(サイエンスポータル 2012/06/15)

 ナノスケールの半導体接合を実現
 今回の研究では、半導体結晶成長技術を駆使し、シリコンと化合物半導体のナノ接合を作ることによって、新しい界面を形成し、その界面にできる障壁を電子が量子的に通り抜けるトンネル効果を使い、障壁の大きさを電圧で制御して電流をオンオフすることが可能な、低消費電力型スイッチ素子として機能するトンネルトランジスターを開発した。この界面を使ったトンネルトランジスターは既存のボトルネックを回避できるもので、世界最小のサブスレッショルド係数21mV/桁を達成した。この素子をさらに高性能化すると、回路全体で現在の半導体集積回路に比べ1/10以下に消費電力を低減させることが期待できる。

 この現象は、シリコンと化合物半導体接のナノ接合を作ると、図のようにバンド構造に段差を生じる。オフ状態では、シリコンの中の電子がこの間を通ることができないため、電子を流すことができないが、ゲート部分で電圧を加えて、段差を大きくすると、シリコンの価電子帯と化合物半導体の伝導帯のエネルギーが重なるようになって、接合部分にできた薄い障壁を電子が量子的に通り抜ける現象(トンネル効果)が生じる。これにより電流が流れるようになったと考えられる。結晶成長技術で非常に小さな領域に、きれいなナノ接合を作ることがポイントになった。

 現在のIT社会を支えているパソコンやスマートフォン、デジタル家電に使用される半導体集積回路は数多くの製品に搭載されており、いずれも半導体トランジスターからなる集積回路を用いているため、ジュール熱によって多大なエネルギー損失を生じる。この消費電力の削減はあらゆる電子機器の大きな問題であり、トランジスター開発は消費電力削減との戦いといってもよい状況である。

 本研究で初めて開発された低電力スイッチ素子は、従来のトランジスターが抱えていた発熱によるエネルギーロスの問題を根本的に解決しうるものである。集積回路を搭載した製品では、デジタル家電の待機電力を大幅にカットすることができ、また、モバイル機器の電池の消耗を半分にすることが期待できまる。環境に配慮した省エネルギーな電子技術開発への貢献が期待できる。

 トランジスタとは何か?
 今回はナノスケールのトンネルトランジスタを開発して、消費電力を抑えるものであったが、そもそもトランジスタとは何だろう?

 トランジスタ (transistor) は増幅、またはスイッチ動作をする半導体素子で、近代の電子工学における主力素子である。transfer(伝達)とresistor(抵抗)を組み合わせた造語である。増幅とは何らかの信号の入力に対して、元の信号よりも大きな出力信号を得るような作用のことである。

 デジタル回路ではトランジスタが電子的なスイッチとして使われ、半導体メモリ・マイクロプロセッサ・その他の論理回路で利用されている。ただ、ICの普及に伴い、単体のトランジスタがデジタル回路における論理素子として利用されることはほとんどなくなった。一方、アナログ回路中では、トランジスタは基本的に増幅器として使われている。

 一般には実用化につながった1947-1948年の、ベル研究所による発見および発明がトランジスタの始祖とされる。1947年、ベル研究所のジョン・バーディーンとウォルター・ブラッテンは、半導体の表面における電子的性質の研究の過程で、高純度のゲルマニウム単結晶に、きわめて近づけて立てた2本の針の片方に電流を流すと、もう片方に大きな電流が流れるという現象を発見した。最初のトランジスタである点接触型トランジスタの発見である。

 日本でも、官民で研究や試作が行われた。最初の量産は、1954年頃に東京通信工業(現ソニー)が開始し、翌1955年に同社から日本初のトランジスタラジオ「TR-55」が商品化された。その後相次いで大手電機メーカも量産を開始し、1958年あたりには主要な電機メーカーからトランジスタラジオが商品化される。このとき東京通信工業の主任研究員であった江崎玲於奈はトランジスタの不良品解析の過程で、固体におけるトンネル効果を実証する現象を発見・それを応用したエサキダイオードを発明し、1973年にノーベル物理学賞を受賞した。

 トンネル効果とは何か?
 トンネル効果とは、量子力学の分野で、エネルギー的に通常は超えることのできない領域を粒子が一定の確率で通り抜けてしまう現象のことである。 古典的解釈では、物質の運動はポテンシャル障壁と呼ばれる壁に入射すると、衝突して完全に遮られる。しかし原子レベルでは、原子や電子の持つエネルギーが不確定であるため、ポテンシャル障壁よりもエネルギーが大きくなり、結果として障壁を透過してしまうことがある。このような性質がトンネル効果と呼ばれている。

 例えば原子核のアルファ崩壊は、トンネル効果で説明できる。 トンネル効果は、物理学者の江崎玲於奈によって発見された。この発見によって江崎氏は1973年にノーベル物理学賞を授与されている。

 エサキダイオードは、不純物濃度の高い半導体を用いたダイオード。トンネル効果による負性抵抗特性(電圧を上げると電流が減る性質)をもち、発信・増幅に利用されている。このためトンネルダイオードともよばれている。それまで原子レベルであった量子効果を、物質レベルで実証して見せたことに価値がある。

参考HP 科学技術振興機構:トランジスタの理論限界値を突破!次世代省エネデバイス実現 Wikipedia:トンネル効果

ダイオード・トランジスタ回路入門 (Electronic Engineering Books)
クリエーター情報なし
日刊工業新聞社
巨視的トンネル現象 (新物理学選書)
クリエーター情報なし
岩波書店

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