免疫不全ブタ開発に成功 体内で人間の肝臓作れる可能性
 疾患の研究や薬剤の開発に当たって、人間を用いる実験は出来ない。一般には動物で実験するが、動物実験の結果が人間に当てはまるとは限らない。その為に動物にヒトの正常細胞や疾患細胞を移植し定着させたヒト化動物が有用となっている。動物でもマウスは成長が早く繁殖力が強く世代交代が早く飼いやすく、従来から実験動物にはマウスが一番たくさん使われきた。

 ヒトの細胞が定着したヒト化マウスを作るには、「免疫不全マウス」を用いる。免疫不全マウスは異物の排除能力がなく、ヒトの細胞を植えるとマウスの体内でヒトの細胞や組織が定着して、人の代わりをするマウスになる。もちろん免疫不全マウスは完全無菌状態で飼育しないと細菌やウイルスの感染ですぐに死亡する状態にある。

 今回、免疫に関わる重要な遺伝子を持たない「免疫不全ブタ」をつくることに、農業生物資源研究所(茨城県つくば市)などの研究チームが成功した。この技術を応用して、免疫が働かず拒絶反応が起きないブタができれば、ブタの体内で人間の肝臓などをつくる技術の開発につながるという。6月13日付の米科学誌「セル・ステムセル」に発表した。

Nude Mouse

 免疫不全の実験動物はこれまで小動物のマウスやラットでつくられた例があるが、大型動物のブタでは初めて。ブタは生理学的により人間に近く、医学への応用が期待できるという。

 同研究所は、免疫機能の重要な遺伝子「IL2rg」が欠けたブタの体細胞を作製。この細胞からクローン技術で免疫不全のブタを育て、計14頭に増やした。これらのブタは体の免疫機構を統括する胸腺がなく、リンパ球のT細胞やNK細胞を作れない。感染症に弱く、寿命は2か月以内だが、正常なブタの骨髄を5頭に移植すると免疫機能が回復し、3頭が1年以上生きた。(2012年6月17日  読売新聞)

 「免疫不全ブタ」ができなかった理由
 これまで、遺伝子組換え技術によって、ヒトの生理現象や疾患を再現できるモデル動物が作成され、さまざまな研究に用いられてきた。その代表的な1つが、遺伝子組換えにより免疫機能を喪失した「免疫不全マウス」だ。免疫機能のない動物は拒絶反応を起こさないため、個体間や異種間の細胞や組織の移植が可能という特徴を持つ。

 現在では、さらに免疫不全マウスにヒトの細胞を移植することにより、ヒトの細胞や組織を保持する、いわゆる「Humanized mouse(ヒト化マウス)」の研究が進められている。ヒト化マウスは、創薬のための研究材料としての利用のみならず、新薬の前臨床試験やヒト細胞の分化、機能解析などの基礎研究にも有用であり、医療革命の礎としての貢献が期待されている状況だ。

 一方、ブタは、マウスよりも生理学的および解剖学的にヒトとの類似性が高いため、ヒトの疾病や治療法の研究に適している。そのため、研究グループはヒト化マウスの技術をブタに応用するため、その第1歩として免疫不全ブタの開発に取り組んだ次第だ。

 マウスの場合、特定の遺伝子の機能を消失させた、いわゆる遺伝子ノックアウトマウスの作製には、ES細胞(胚性幹細胞)が用いられる。まずES細胞に対して遺伝子組換えを行い、その後、組換えられたES細胞から個体が再生される。しかしブタの場合、長年研究してきたにもかかわらず、実用的なES細胞がないため、遺伝子ノックアウトブタの作製ができなかった。

 一方、体細胞から個体を再生する「体細胞クローン技術」の開発が進められ、1996年には世界で初めて体細胞クローンヒツジの「ドリー」が誕生。その後、ヤギ、ウシ、マウスなどの体細胞クローンが誕生し、2000年には、体細胞クローンブタの作出に米国の研究グループと同研究グループが成功していた。

 今回、研究グループはこの「体細胞クローン技術」と「遺伝子組換え技術」を組み合わせることで、免疫関連の遺伝子の機能を消失させた、免疫不全ブタを開発することを目指した。

 遺伝子組み換技術と体細胞クローン技術
 最初に遺伝子組換えにより、免疫機能に重要な役割を持つ「IL2rg遺伝子」の機能を消失させたブタの培養細胞(体細胞)を作成。その後、得られた組換え細胞を用いて、体細胞クローン技術により遺伝子組換えブタを作出した。

 IL2rg遺伝子は、性染色体のX染色体上に位置する。そのため、機能を喪失したIL2rg遺伝子をX染色体上に持つ雄(性染色体:XY型)は、免疫不全になった。

 一方、雌(性染色体:XX型)の場合は、片方のX染色体上のIL2rg遺伝子が機能を喪失しても、もう一方のX染色体上が正常なIL2rg遺伝子を持つ場合には機能が補われ、免疫不全にならず通常のブタと変わりなかった。

 免疫不全ブタでは、免疫に必須な器官である胸腺が欠失していた。免疫に関与するリンパ球の内、免疫応答の調節や発達の司令塔の「T細胞」(胸腺で分化)、ある種のウイルス感染細胞や腫瘍細胞を攻撃して破壊する「NK細胞」(骨髄で分化)が消失していた。残りのリンパ球の1つである「B細胞」(骨髄で分化)は存在していたが、抗体である「免疫グロブリン」を産生する「抗体産生能」を消失していた。 

 免疫機能をほぼ失っているため、臓器移植などを行っても拒絶反応は起こりにくくなるが、そのかわりに病原菌などの攻撃に対する抵抗力が圧倒的に弱くなるため、免疫不全ブタはおよそ2カ月以内ですべてが死亡するなど短命だった。そこで免疫不全ブタに正常な免疫機能を持つブタの骨髄を移植したところ、免疫機能が回復し、また骨髄移植した5頭中3頭が1年以上生存したことが確認された。

 重度な複合型免疫不全マウスはすでにヒト造血系モデルや免疫系モデル、ヒト肝臓モデル、ヒト感染症モデルなど多様なヒトモデルマウス作出に貢献しており、今回の免疫不全ブタはヒトの細胞や組織を移植する、新たな大型ヒトモデルブタ作出への大きな1歩を踏み出したと、研究グループはコメントしているほか、免疫不全ブタは、抗体医薬品開発への利用、再生医療におけるiPS細胞由来のヒト培養細胞の長期安全性試験、実用的なヒト組織や臓器の再生に向けた最初の1歩としても、今後の活用が期待されるともしている。

 また、今後の研究展開としては、ヒト由来の細胞を移植するためには、今回の免疫不全ブタでは重度な複合型免疫不全までは示していなかったことから、今後はさらに免疫に関与するほかの遺伝子「Rag遺伝子」の機能喪失も必要と考えられるため、Rag遺伝子の機能を喪失した免疫不全ブタの開発にも取り組んでいるとしているほか、2種類の免疫不全ブタを交配することにより、IL2rg遺伝子とRag遺伝子両方の機能を喪失した重度な複合型免疫不全ブタを作出し、このブタにヒト由来の細胞を移植することで「Humanized pig(ヒト化ブタ)」の開発を目指すとしている。(マイナビニュース 2012/06/15)

 ヒト化マウスとは何か?
 ヒト化マウス(Humanized mouse)はマウスの遺伝子・細胞・組織の一部が人間の物に置き換わったマウスである。ヒト化マウスには遺伝子レベルでのヒト化マウスとマウスの体内に人間の細胞・組織を定着させた細胞・組織レベルでのヒト化マウスがある。 
 
 マウスの受精卵の遺伝子にヒトの遺伝子の一部を導入し、成長したマウスはその遺伝子の一部がヒトの物である遺伝子導入マウス「トランスジェニックマウス」と、「免疫不全マウス」にヒトの細胞を移植した、マウスの体内でヒトの細胞が生きて定着しているマウスがある。

 「免疫不全マウス」は免疫がなく異物を排除できないマウスでヒトの正常細胞や癌などの細胞を移植するとマウスの体内で生着する。このヒトの細胞が体内で生きているマウスをヒト化マウスと言い、生体や疾患の研究、疾患治療研究あるいはヒトのウイルスを感染させるなどヒトでは出来ない生体実験を行う。遺伝子組換えマウスではマウスの全身の全細胞で遺伝子の一部がヒトのものに置き換わっており細胞はマウスの物であるが性質の一部がヒトの物になっている。

 遺伝子組み換え技術と免疫不全マウスの組み合わせで臓器レベルでのヒト化マウスも可能になりつつあり、肝臓の80%が人の肝細胞に置き換わったマウスも作られている。
 
 免疫不全マウスを使ったヒト化マウス
 疾患の研究や薬剤の開発に当たって、人間を用いる実験は出来ない。一般には動物で実験するが、動物実験の結果が人間に当てはまるとは限らない。その為に動物にヒトの正常細胞や疾患細胞を移植し定着させたヒト化動物が有用となっている。動物でもマウスは成長が早く繁殖力が強く世代交代が早く飼いやすい。従来から実験動物にはマウスが一番たくさん使われているが、ヒト化動物でもマウスが使いやすく、ヒト化マウスの開発が進められ、大きな成果をあげている。
 
 ヒトの細胞が定着したヒト化マウスを作るには重度の免疫不全マウスを用いる。免疫不全マウスは異物の排除能力がなく、ヒトの細胞を植えるとマウスの体内でヒトの細胞や組織が定着する。もちろん免疫不全マウスは完全無菌状態で飼育しないと細菌やウイルスの感染ですぐに死亡する。 
 
 ただし、免疫不全マウスといえど初期の免疫不全マウスにはわずかに免疫が残っており、ヒトの細胞の移植は限定的なものであった。1980年から現在に至るまでの免疫不全マウスの改良(免疫不全マウスから、重度の免疫不全マウス、さらに重度の超免疫不全マウス)によって現在ではさまざまなヒトの細胞の移植が容易になっている。
 
 現在では、もっとも進んだ超免疫不全マウスにはNOD/Shi-scid-IL2Rγnullマウス(NOGマウス)やRag2null/IL2Rγnullマウスなどがあり、これらの超免疫不全マウスにヒトの造血細胞を移植するとマウスの体内にヒトの造血細胞が定着し、マウスの体内でヒトの血液細胞が生産され定着・循環する。

 超免疫不全マウスの皮膚にヒトの頭皮を移植するとマウスにヒトの毛髪がはえ、ヒトの子宮内膜細胞を移植したヒト子宮内膜モデルマウスではホルモンの調節投与で月経周期を示せる。同じくヒトのがん細胞や白血病細胞を超免疫不全マウスマウスに定着させることも、あるいはマウスの体内に定着させたヒトの血液細胞にエイズウイルスを感染させてマウスをヒトのエイズモデルにすることも可能である。
 
 ヌードマウス・超免疫不全マウス
 ヒトやマウスの免疫系は複雑であり、免疫に関わる細胞もしくは分子の主なものだけでもT細胞(Tリンパ球)、B細胞(Bリンパ球)、マクロファージや補体、ナチュラルキラー細胞、樹状細胞、白血球がある。それらは互いに連携・補足し合いながら、免疫系を構成している。
 
 1962年、最初の免疫不全マウスであるヌードマウスが発見された。ヌードマウスは文字通り毛が生えないマウスであるが、ヌードマウスは胸腺を欠くことで成熟したT細胞がなく、免疫不全になる。ヌードマウスは一部のヒトの癌細胞が生着し、癌研究や抗がん剤の開発に役立った。しかし、ヌードマウスには成熟したT細胞以外の免疫細胞は存在し、多くのヒトの細胞は生着出来なかった」。その後いくつかの免疫不全マウスが発見されたが、1983年当時としては画期的なSCID(severe combined immunodeficiency 重症複合免疫不全)マウスが発見された。SCIDマウスはT細胞とB細胞を欠き、腎臓にヒト胎児の肝臓と胸腺を埋め込むことでマウスの体内でヒトのT細胞が現れた。

 しかし、ヒト胎児の細胞を使う倫理の問題と、ヒト細胞の生着の不安定さの問題があった。その後1985年NOD(nonobese diabetic 痩せ型糖尿病)マウスがNK細胞や補体・マクロファージの活性に劣ることが発見され、NODマウスとSCIDマウスを交配させた NOD-scidマウスが1995年に作られた。NOD-scidマウスはそれまでの免疫不全マウスよりヒト細胞の生着に優れ、ヒト胎児の肝臓と胸腺を用いずとも、ヒトの造血細胞がある程度生着、このNOD-scidマウスを使って造血幹細胞や白血病細胞の研究が大いに進んだ。また1995年にはIL-2(インターロイキン)などのサイトカインシグナル欠損マウス(IL-2rγノックアウトマウス)が人工的に作られ、NOD-scidマウスとIL-2rγノックアウトマウスを交配させた2011年現在もっとも優れた超免疫不全マウスであるNOD/Shi-scid-IL2Rγnullマウス(NOGマウス)が2002年日本で開発されている。

 また、SCIDマウスとは違う系統であるが成熟したB細胞とT細胞が完全に欠損したRag欠損(Ragnull)マウスが1992年に発見され、Rag欠損(Ragnull)マウスとIL-2rγノックアウトマウスを交配させた系統の超免疫不全マウスの系統が2000年欧米で開発されている。SCIDマウスの系統は放射線に非常に弱く、Rag欠損(Ragnull)マウスの系統は比較的強いなど、超免疫不全マウスにも性質の違いがあり、研究目的・手法によってどのマウスがもっとも優れているかは変わってくる。

 トランスジェニックマウス
 トランスジェニックマウスはマウスの遺伝子に外来の遺伝子を組み込んだマウス(遺伝子改変動物)である。トランスジェニック技術を使ったヒト化マウスはマウスの受精卵にヒトの遺伝子を主に微小な針でDNAの注入を行う方法 (マイクロインジェクション法)で作られる。組み込む遺伝子でその性質は違い、疾患の原因遺伝子を組み込めばヒト疾患モデルになり、ヒト免疫グロブリン遺伝子を導入したマウスを用いるとヒト抗体をマウスが作る。

 トランスジェニック技術を用いたヒト化マウスはさまざま実用化されているが、その1例にポリオマウスがある。
 
 ヒトやサルに感染するポリオウイルスは細胞表面にあるポリオウイルスレセプター(PVR)にウイルスが吸着されることで感染する。しかし普通のマウスの細胞にはPVRがないのでポリオウイルスはマウスには感染しない。しかしトランスジェニック技術を用いてマウスの受精卵にヒトのPVR遺伝子を導入したポリオウイルスレセプタートランスジェニックマウス (PVR-Tgマウス)は細胞表面にPVRがあるのでマウスがヒトやサルの病気であるポリオに感染する。
 
 トランスジェニック技術を用いて作った劇症の肝障害を起こすuPAマウス(アルブミンプロモーター制御下にウロキナーゼ型プラスミノーゲンアクチベータ遺伝子を発現するトランスジェニックマウス)とscid系免疫不全マウスを交配したuPA/scidマウスでは肝臓の80%以上をヒトの肝細胞に置き換えることができる。ほぼ臓器レベルでのヒト化マウスである。この肝臓がほぼヒトのものに置き換わったマウスにヒトの血液細胞(リンパ球)を移植し、さらにヒト肝炎ウイルス(HBV,HCV)を感染させてヒト肝炎モデルマウスも製作可能である。(Wikipedia)

参考HP Wikipedia:ヒト化マウス 農業生物資源研究所:免疫不全ブタの開発に世界で初めて成功      

新・動物実験を考える―生命倫理とエコロジーをつないで
クリエーター情報なし
三一書房
実験動物の技術と応用 入門編
クリエーター情報なし
アドスリー

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