神経伝達物質
 私たちの身体は、どのようにして動いているのだろう?それは刺激に対して反応することで動いている。例えばバッターはボールをしっかりと見ることで、身体を動かして、正確にバットにあてることを練習する。この場合ボールが刺激であり、身体を動かすことが反応である。

 そして具体的に反応を起こすのは、身体にある筋肉である。脳からの信号が筋肉に伝わり筋肉は動く。それではどのようにして、神経は信号を筋肉に伝えるのだろう?1771年、イタリアのルイージ・ガルヴァーニが、電気火花を当てると死んだカエルの筋肉がけいれんすることを発見。筋肉は電気で動くと言うことが分かった。これを生体電気という。

 ところで、神経の末端部分は、こぶ状に膨らんだ形をしており、「シナプス」と呼ばれる。この神経と神経を繋ぐ「シナプス」における情報伝達が、化学的なものか電気的なものか分かっていなかった。シナプスは次の神経細胞と密着しているのではなく、数万分の1mmほどのすき間「シナプス間隙」がある。軸索を伝わってきた電気信号は、シナプス間隙を飛び越えることができないのだ。

Synapse

 ではどうやって信号を伝えるのか?1921年に発表された有名な実験で、オーストリアのレーヴィはこの疑問に決着をつけた。それは、ガルヴァーニの実験から150年後のことであった。レーヴィはカエルから生きた心臓を2つ摘出する。1つは迷走神経のついたもの、もう1つはついていないものだった。2つの心臓はリンゲル液などの塩溶液に浸された。迷走神経に電気的な刺激を与えると、1つの心臓の動きがゆっくりになった。レーヴィはその心臓を取り出し、次にもう一つの心臓を同じ液に浸した。

 すると2番目の心臓の動きもゆっくりとなった。この実験により、可溶性の物質が迷走神経から分泌され、それが心臓の鼓動を制御していることが実証された。レーヴィはこの未知の物質をVagusstoffと呼んだが、後にイギリスのヘンリー・ハレット・デールによって、アセチルコリンであることが分かった。レーヴィとデールはこの功績によって1938年ノーベル生理学・医学賞を受賞する。

 今日、シナプスでは、電気信号を化学物質の信号に変えて次の神経細胞に情報を伝達していることが知られている。電気信号が伝わってくると、シナプスにある小胞から「神経伝達物質」という化学物質が、シナプス間隙に分泌される。神経伝達物質が、次の神経細胞の細胞膜にある受容体に結合すると、電気信号が生じて情報が伝達される。

 シナプス間隙の伝達にかかる時間は、0.1~0.2ミリ秒ほど。神経伝達物質および神経修飾物質はアセチルコリン、ノルアドレナリン、ドーパミンなど、現在までに数十種類が発見されている。

 オットー・レーヴィ
 
オットー・レーヴィ(1873年~1961年)はオーストリア・ドイツ・アメリカ合衆国の薬理学者。アセチルコリンの医学への応用により、ヘンリー・ハレット・デールとともにノーベル生理学・医学賞を受賞した。

 レーヴィは、ドイツのフランクフルトで裕福なワイン商であったJakob Loewiと彼の2人目の妻 Anna Willstädter の長男として生まれました。学校時代は物理や数学より人文科学が得意な青年で、美術史の研究家になることを希望していた。

 しかし、現実的な問題から両親は医師になることを望み、1891年にレーヴィはストランスブルグ大学の医学部に進学した。ここでも最初の2年間は医学的な講義を好まず、哲学の講義に出席していた。1893年にかろうじて最初の医学試験に合格できた彼は、その後代謝学のパイオニアであった Bernhard Naunyn(彼の弟子には膵臓と糖尿病の関係を見出したAdolph Magnus-Levy と Oscar Minkowskiがいる)の医学講義を聞く機会に恵まれ、初めて医学に興味を持つようになった。それでも彼の卒業論文は医学ではなく、薬理学の分野だった(カエルの心臓の分離法について)。

 1896年にストランス大学を卒業後、分析無機化学を専攻し、さらに数ヶ月生理化学を勉強した。1897年から1898年まではフランクフルト市立病院の内科でCarl von Noorden の助手として働き、結核、肺炎の治療に関わった。この2年間が彼の臨床医として生きた唯一の期間となった。重症患者を扱う内科病棟でレーヴィは多数の患者の死を目にすることとなり、臨床医となることに希望を見出せなくなった。こうしてレーヴィは臨床医になることをすっかり諦め、基礎研究に進むことを決断し、以後生涯に渡って、二度と患者を診ることはなかった。

 1898年から1904年まで、レーヴィはマルブルグ大学の薬理学部門で Hans Horst Meyer の助手として働く。1902年から1903年にかけて数ヶ月間英国のStarling’s laboratoryに留学をする機会に恵まれ、この時ケンブリッジ大学を訪問しガスケル、ラングレイ、エリオット、デールなど多数の優秀な生理学者にふれあう機会を得た。この時の経験が彼のその後の研究の方向を決めることとなる。

 1905年にメイヤーに連れられビエナ大学に移り、1907年に同大学の薬理学助教授となり、1909年にはオーストリアのグラッツ大学の薬理学教授に迎入れられた。その後他の有名な大学から誘いがあったが全て断り、この大学で1938年まで教授職を全うした。

 薬理学者としてレーヴィはタンパク代謝、糖代謝、腎臓の生理などで数々の業績を上げているが、最も有名なのが神経伝達物質の研究(英国留学での経験が役立っている)。

 1910年にコカインがアドレナリン作動性神経の感受性を上げることを見出した。この作用は特異的で、現在でもホルネル症候群の診断等でコカインは用いられている。

 1912年に様々な薬物が心臓の迷走神経刺激に作用することを報告し、特にCaイオンの効果を指摘した。

 1913年から数年間の一連の論文で、ジギタリスの心筋に与える効果を解析し、ジギタリスの効果は心筋のCaイオンに対する感受性を高めることによることを示した。

 有名な“17年前の夢”の話
 英国ケンブリッジ大学生理学教授エリオットは、神経化学伝達説を唱えていたが、1920年までは電気伝達説が有力で、化学伝達説を証明するものはなかった。英国留学でエリオットらに出会ったレーヴィは化学伝達説が正しいと思うようになり、これを何とか証明したいと考えていた。そこで有名な夢の話が出てきます。以下はレーヴィの自伝からです。

 ”1921年、復活祭の日曜日の夜に私は目が覚めて部屋の明かりをつけ、小さな紙切れにちょっとしたメモを書いた。それから私は再び眠りについた。朝6時に目を覚まし、夜中に何か重要なことを書いたのを思い出したが、そのメモに何が書いてあるのか解読できなかった。次の夜中も3時に目が覚め、その内容を思い出した。これは17年前に私が考えた化学伝達説が正しいかどうかを決める実験のデザインだった。この時には失敗しなかった。すぐに起きて研究室に行き、夢のデザインに従いカエルの心臓に関する単純な実験を行った。最終的に5時には神経インパルスが化学的に伝達されることを証明したのである。”

 このようにして夢で促された実験が次のようなもので、これで神経伝達する化学物質が証明されたのだ。(既に似たような実験はWalter Dixonが行っていたが、ディクソンはその物質が何であるのかを証明することはできなかった)

 レーヴィはこの伝達物質をVagusstoff (迷走神経物質) と名付け1921年にPflügers Archivと言う雑誌に4ページの論文として報告した。既に彼はこの物質がコリンのエステルに違いないと考えていた。これが最終的にアセチルコリンであることを証明したのは、ヘンリー・デールであった。

 その後レーヴィはナチスのオーストリア侵攻により、グラッツ大学を辞めさせられ、長男と共に監獄に送られることになった。この時、妻と他の子供はイタリアに行っており、逮捕を免れた。彼はノーベル賞の賞金を全てナチスに提供することを申し出て、自由の身となり、米国に亡命し、ニュウヨーク大学の薬理学教授となった。この時デールはレーヴィを援助する。イギリスのスターリング研究所で初めて出会った2人の友情は終生続いた。なお、レーヴィの家族は全員米国で無事再会を果たした。

 ヘンリー・ハレット・デール
 ヘンリー・ハレット・デール (1875~1868) はスタッフォードの製陶業者Charles James Daleの2番目の子供として誕生した。1894年にケンブリッジ大学トリニティーカレッジに進学、1898年に修士課程を修了、ラングレイの研究室で2年間の神経解剖学の卒後研修を終えた後、1900年からロンドンのSt. Bartholomew's Hospitalで臨床研究を行い1903年に医学士となった。
 すぐにErnest H. Starlingの研究室で働く機会を得、よりよい給与を求めて(結婚資金を貯めるために)、1904年にはスターリングの紹介でWellcome Physiological Research Laboratoriesで働くこととなり、1年半後には管理職になった。

 この研究所でデールは“麦角ergot”の解明を命じられた。麦角はライ麦につく菌で、紀元前600年の昔から分娩促進剤として知られていましたが、副作用が強く、中世には疫病の原因となったこともあった。その成分は不明だったが、デールが研究に着いた頃には大して注目されておらず、彼はどちらかというと嫌々ながらその仕事に就いた。

 デールは麦角から活性物質としてエルゴトキシンを抽出し、ネコを用いてこの物質を含めた麦角抽出物の血圧に与える効果を研究した。研究所からは、さらにアドレナリンの効果を見ることが付け加えられた。ここでもし、アドレナリンの効果を見る機会を得なければ、彼は麦角のつまらない研究をすぐに止めていたと思われる。

 この追加された研究で、デールはアドレナリンの効果を麦角が特異的に抑制することを知った。彼はこの研究の過程でアドレナリンと交感神経刺激とが量的に同じ反応を示さないことに気付いた。アドレナリンの作用の方が麦角により強く抑制されたのだ。こうして彼は一つの結論を得た。エリオットの唱えた神経化学伝達説は原理的には正しいが、伝達物質はアドレナリンに類似した別の物質であると。

 こうしてデールはさらに神経筋接合部に的を絞って神経伝達物質の解析に乗り出すことにした(この的を絞ったことが重要)。

 アドレナリンとアセチルコリン
 1906年米国のPublic Health ServiceのReid Hunt と Rene Taveauはコリン誘導体の研究でコリンの人工的アセチル化物質が信じられないほど強い生理活性を持つことを報告した。それはアドレナリンが血圧上昇を起こすより数百倍強く血圧を下げる効果があることを示した。彼らはその効果は心拍を抑制することによるものと推測した。

 このことを踏まえてデールは1914年に”コリンエステルの活性”についての論文を発表する。これは彼が神経伝達物質としてのアセチルコリンを見出す7年前になる。この間彼はコリンエステルの分析を積極的に行ったものと思われる。

 ここでもまた麦角が彼の味方をした。ある時送られた麦角抽出物をネコに注射したところ、心拍が強く抑制され、そのネコは死んでしまったのだ。彼はそれがたまたま起こった事故であろうと考えた。しかし、繰り返し実験することにより、そこには極めて不安定な未知の物質があることが確認された。

 麦角に含まれる未知の物質はムスカリンに類似した作用を示した。彼はこの物質がハントらが発見したアセチルコリンと類似していることに気付き、これらを比較した。すると同じ物質であることが強く示唆された。しかし、アセチルコリンは合成されたもので、それが生体にあることは信じられないことだった。また、彼はどうして麦角にアセチルコリンが混入したのか全く理解に苦しんだ。(恐らく混入した細菌が合成したものと考えられます)

 こうしてデールはアセチルコリンの作用の分析にかかった。そしてついにアセチルコリンにはムスカリン類似作用とニコチン類似作用があることを導き出した。

 ムスカリ様作用はアトロピンで抑制されることを認め、末梢神経に見られること、それが副交感刺激による効果と同じであること、脳や脊髄を破壊する多量のニコチンに対して影響を受けないことを示した。

 ニコチン様作用の観察にはアトロピンを用い、ムスカリン様作用をブロックし、アセチルコリンを投与することで行った。すると、ラングレイが認めたニコチンに対する反応部位の図に一致した。

また、デールは動物にアセチルコリンの効果を発現するには極めて多量のアセチルコリンの投与が必要なことを認め、動物体内のエステラーゼがエステルを分解するものと考えました。(素晴らしいですね!今日判明していることの殆どを、デールは解明してしまったのです)

 第一次世界大戦の最中にデールはレーヴィの前述の実験のことを知る。デールはレーヴィのVagusstoffが極めてアセチルコリンに類似していることに気付いた。しかし、この時点ではアセチルコリンは合成薬だったから、それが神経伝達物質というのは躊躇された。

 デールは1910年に麦角から細菌による副産物としてヒスタミンを発見しており、このヒスタミンがアレルギー反応を引き起こすトリガーになることを示していた。ある時彼はヒスタミンの体内分布を調べているうちに、ウマの脾臓のアルコール抽出物にコリン作用を示す物質があることに気付いた。調べる内にこれがアセチルコリンそのものであることが分かった。

 こうして偶然の出来事から、ついにアセチルコリンが生体内で証明されたのである。しかし、こうして振り返ると嫌々始めた麦角の研究から、伝達物質アセチルコリンの確定に至ったのは、デールの絶え間ない探求心と努力があったからこそと言える。デールのこの姿勢は大いに学びたい。これらの研究によりデールとレーヴィはノーベル賞を受賞した。

参考HP Wikipedia:オットー・レーヴィ ヘンリー・ハレット・デール 理化学研究所:シナプスでは化学物質によって信号を伝える きくな湯田眼科院長のブログ:アセチルコリンの発見

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