メキシコの文明というと?
 メキシコというと、ロンドンオリンピックでサッカー日本男子と、準決勝を戦ったゲームを思い出す。あのゲームはメキシコチームの前線での動きが活発で、日本DFのボールを、メキシコのFW選手が奪い、得点されたシーンが思い出される。本来日本がするべきゲームをメキシコチームにやられた感じがした。この経験を次には生かしたい。

 さて、メキシコで新しい遺跡が発見された。それも首都メキシコシティの地下からである。発見されたのはデパートの地下「デパチカ」ではなく、アパートの地下。この遺跡の文明は「テパネカ」王国という。ちょっと聞いたことのない文明が、首都の地下から出てきたので、興味が湧き調べてみた。

 メキシコの古代文明というと、メキシコの南東部に“マヤの予言(2012年12月)”で有名な「マヤ文明」がある。マヤ文明の始まりはA.D.300~900年頃、16世紀、スペイン人の侵入を迎え、1697年スペイン領に併合されるまで続く。生け贄の儀式でも有名だ。

 今のメキシコシティのある中部には、14世紀後半、テスココ湖の西岸にあるアスカポツァルコを首都とする「テパネカ王国」にテソソモクという英傑があらわれ、その傭兵部隊だった「アステカ族」は、テソソモク没後、15世紀前半、テスココ、トラコパンとともに三都市同盟を築き、テスココの名君ネサワルコヨトルの死後は、完全にリーダーシップを握って「アステカ帝国」を形成した。


Tepanec-mexico-city

 16世紀初頭の1519年のスペイン人エルナン・コルテス (Hernán Cortés) の到着し、1521年に「アステカ王国」は滅亡。スペイン人の支配による「ヌエバ・エスパーニャ(新しいスペイン)」と呼ばれる植民地が誕生する。メキシコの植民地時代の始まりだ。その後のことはWikipediaなどに詳しい。(メキシコの歴史参照)

 「アステカ王国」は、まだ記憶に新しい、しかし、その前の「テパネカ王国」については、考古学的な研究がほとんど進んでいない。アリゾナ州立大学(ASU)の人類学者マイケル・スミス氏は、2つの理由を指摘する。彼らは「メシーカ(Mexica)」という部族を圧政的に支配していたが、後にメシーカが「アステカ帝国」に発展、テパネカ王国を滅ぼした。「その後アステカは、意図的に歴史からテパネカに関する記述を削除した」という…。以下はNational Geographic news 2012.8.1 からの引用である。


 テパネカ王国の遺跡を発見
 メキシコの首都メキシコシティで、15世紀に滅んだテパネカ(Tepanec)王国の遺跡が発見された。現場からは、子ども11人を含む17人分の人骨が出土し、約700年前に全盛期を迎えた王国が商業都市を築いていた証拠と考えられている。

 発掘現場はメキシコシティ北西部のアスカポツァルコ(Azcapotzalco)行政区。発掘プロジェクトはアパート建設の事前調査として2カ月前に開始。多数の人骨や陶器が見つかり、ほとんど未解明だったテパネカの宗教観を知る手掛かりになると期待されている。

 アスカポツァルコ行政区は、約700年前にはテパネカ王国の豊かで有力な首都が置かれていた。メキシコ国立人類学歴史学研究所(INAH)によると、今回の出土品から、商業が栄えて人々が集まり、宗教儀式も催されていたと推測できるという。

 写真は、調査を指揮したINAHの自然人類学者ホルヘ・アルトゥーロ・タラベラ・ゴンサレス(Jorge Arturo Talavera Gonzalez)氏。ブラシをかけているのは、生まれたばかりの赤ん坊を抱いた女性で、出産後に死亡したらしい。

 全員の死因を突き止めるにはさらなる分析が必要だが、一部の頭蓋骨に開けられた穴は人身御供の可能性を示唆している。人骨の周囲には、祭壇や陶器、儀式用の品々も埋められていた。

 「3個見つかったカップには、焼かれた人間の頭蓋骨が入っていた。非常に興味深い」とゴンサレス氏は語る。2個はリュウゼツランを原料とした乳白色で粘りがある酒「プルケ」用のようだが、三脚付きカップの用途はわかっていない。

 子どもの遺骨の脇には、楽器やお椀、香炉、動物など、来世へのお伴としたものと推察される副葬品が埋められていた。1つの墓からは犬の遺骸が発見されており、死後の世界を旅する主人のパートナーとして生贄にされた可能性が高いという。

 テパネカの都市は大半がメキシコシティの地下に埋まっており、発掘調査が困難だという。(Catherine Zuckerman for National Geographic News August 1, 2012)


 独立と貧困との戦い?
 メキシコでは、スペインによる支配は300年続いたが、18世紀を迎えるとアメリカ独立戦争やフランス革命、ナポレオン戦争に影響され、土着のクリオーリョ(スペイン入植者の子孫)たちの間に独立の気運が高まった。

 スペイン王家がナポレオンに滅ぼされると、1810年9月15日に、スペイン打倒を叫ぶメキシコ独立革命が始まり、長い戦いの火蓋が切られた。1821年9月15日に独立闘争の指導者アグスティン・デ・イトゥルビデがメキシコシティに入城し独立を宣言する。

 このころ、アメリカ合衆国はテキサスに対する野心を隠さず、1936年米国人入植者による、アラモの戦いなどのよって「テキサス共和国」が独立。メキシコ政府は認めなかったが、1845年にアメリカ合衆国がテキサス共和国を併合した。
 1846年5月にアメリカ合衆国はメキシコに宣戦を布告し、米墨戦争が勃発した。サンタ・アナ率いるメキシコ軍は1847年9月にメヒコ市を攻略されて敗北し、1848年2月にグアダルーペ・イダルゴ条約が締結されて戦争はメキシコの完敗に終わった。メキシコはテキサスのみならずカリフォルニアなどリオ・ブラーボ以北の領土(いわゆるメキシコ割譲地)をアメリカ合衆国に割譲し、実に国土の3分の1を喪失した。

 その後1876年には、フランス干渉戦争の英雄ポルフィリオ・ディアスが独裁体制を敷き、この非民主的な政体は1910年以降のメキシコ革命をもたらした。革命軍は政府軍を敗北させ、1917年に革命憲法が発布されたことで革命は終息したが、20年以上の長年に渡る内戦を残した。革命が終わると、1934年に成立したラサロ・カルデナス政権は国有化事業や土地改革を行い、国内の経済構造は安定した。
 与党の制度的革命党 (PRI) が第二次世界大戦を挟み、冷戦が終結した20世紀の終わりまで与党として政治を支配したが、蔓延する汚職や停滞する経済の責任を問われて総選挙で敗退した。しかし現在も強力な政党として大きな影響力を維持し現在にいたっている。

 また、20世紀に入って以降は石油や銀の産出とその輸出が大きな富をもたらしたものの、その後の近代工業化の過程で莫大な対外負債を抱え、20世紀中盤に工業化には成功したものの、慢性的なインフレと富の一部富裕層への集中が、現代に至るまで国民を苦しめる結果となった…。


 戦争はいけないが、国は守らねばならない
 メキシコについて調べたが、過去にさまざまな文明があったことを知った。テパネカ王国のように、ほとんど資料の残っていない文明も多数ある。驚いたことに近年、独立の混乱期に米国による侵略戦争?があった。このためメキシコは、領土の3分の1も失うことになる。私は知らなかった。

 こうして見ると、人類の歴史は戦争の歴史であり、今も形を変え戦争は続いている。「テパネカ王国」は歴史上ほとんど資料が残されていないという。これは、支配されていた「アステカ族」の“下克上”によって、抹殺された可能性が高い。やはり、歴史は勝者によって造られていくものだ。

 振り返って日本を見ると、まことに小さい。国土だけでなく考え方も小さい。経済的には知恵と努力で、メキシコのような貧困は脱することに成功した。しかし、現在は経済も停滞。このまま行けば「テパネカ王国」のように、歴史上その名前が抹殺される可能性がある。

 どうすれば、世界の中で生き残れるか、真剣に議論すべき時代になったのではないだろうか?私は戦争で決着をつけることは、絶対にいけないと思うが、ならば、それ以外のあらゆる面で“世界の勝者”を目指すべきだと思う。難しいことではない、世界一素晴らしいものをつくることだ。ロンドンオリンピックのメダルを獲得数1位2位の米国・中国の方針は正しい。スポーツの世界の勝者を目指すのも1つの方法だ。


 「核抑止力」は命がけで国を守る覚悟がいる
 また、戦争はいけないが、核兵器を背景に圧力をかける近隣国に対して、どうするかは早急に結論づけなければならない問題だ。私は核抑止力持つべきだと思う。そうしなければ相手が核兵器を撃ち込むといわなくても、今回のように尖閣諸島に反対派を上陸させ、本土で排日デモを起こすだけで我々はなすすべもなく“萎縮”することになる。

 残念ながら、国が“萎縮”してしまうと“世界の勝者”は目指せない。ロンドンオリンピックで金メダルを取った、ボクシングの村田選手は「自分にはできる」と信じたという。その姿勢はまったく“萎縮”していなかった。逮捕した反対派を自国の法律で処罰することなく、強制送還したのは、“萎縮”であり負けである。これを政策だという人もいるが、自国の法律で動けない異常な事態だ。つまり、自分の国の主張をしていないことと同じだ。

 米国は尖閣諸島問題について、これは「中国と日本の間の問題」と冷ややかに突き放した。その通りだ。我が国はどうするのだろう?大変な時代に我々は生きていることは、認識しよう。戦争はいけないが、“萎縮”せず「自信」を持って生きるべきだ。この国を「テパネカ王国」のように抹殺された国にはしたくない。最低限、主張すべきことは自分の国内で主張できるようにしたい。

 国連の常任理事国は、発言力が大きいが、これはすべて核兵器保有国である。残念ながらこれが現実であり、国連は仲良しクラブではない。我が国を助ける場にもなっていない。ある意味、核保有国は命がけで国を守ろうとしているのだ。つまり、相手国と刺し違えてでも、命より大切なものを守ろうとしているのだ。

 私も命より大切なものがあると思う。それが国であり、国としての誇りではないだろうか?自分の国は命がけで守る。そういう誇りある国が、まわりから尊敬される国だと私は思う。


参考HP Wikipedia:メキシコの歴史 National Geographic news:デパネカ王国の遺跡を発見、メキシコ

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