日本の哺乳類、2種絶滅か?
 環境省は8月28日、国内の野生生物を絶滅の危険度ごとに分類したレッドリストの改訂版で、九州のツキノワグマとニホンカワウソを「絶滅」に指定した。“生存”を信じて探し続けてきた地元の人たちはショックを受けていた。

 改訂版に掲載された野生生物は改訂前より419種増えて、3430種(見直し作業中の魚類を除く)となり、このうち8種は新たに「絶滅」とされた。

 九州のツキノワグマは「絶滅の恐れのある地域個体群」のリストから削除され、絶滅と認定された。九州では1987年に大分県豊後大野市の山中でオスが射殺された。その後も大分、宮崎県にまたがる山系でクマのような動物の目撃情報が相次ぎ、民間団体「日本クマネットワーク」(事務局・東京)が今年6月から無人カメラを設置するなどして調査してきた。


Ursusthibetanus_Lutra lutra nippon

 豊後大野市の橋本祐輔市長は「非常に残念。私は今でも生存していると信じている」と語った。調査隊の隊長を務める茨城県自然博物館の山崎晃司・首席学芸員は「(生息は)厳しいという感触を持っていた。今秋までは調査を続けたい」としている。(2012年8月29日10時46分 読売新聞)

 ニホンカワウソが環境省から絶滅種に指定された12月28日、「カワウソの里」として街作りを進めてきた高知県須崎市では、落胆のほか今後の対応に頭を悩ませる声も聞かれた。

 市は1984年6月に「のこそう かわうそのまち すさき」と明文化した市民憲章を制定。1979年までカワウソが同市の新荘川で確認されていたことから、カワウソをモチーフにしたオリジナルキャラクター「しんじょう君」などを考案し、知名度向上を図ってきた。

 また、カワウソの保護や啓発活動のため、市は1993年4月に「須崎市ニホンカワウソ保護基金」を設置。市企画課の樋口正文主幹は「市のカワウソに対する取り組みやキャラクターなど、市民に浸透していたのに」と無念そうに語った。基金の残高は約160万円(今年度当初現在)。今回、カワウソが絶滅種に指定されたことで見直しの可能性があるという。

 この日、取材に応じた楠瀬耕作市長は「市のシンボルが絶滅してしまい率直に残念です」と述べた。憲章の文言や、基金残高の使途などについては、「今後、市で検討していかねばならない」と話した。(2012年08月29日 毎日新聞)

 ツキノワグマ
 ツキノワグマ(Ursus thibetanus)は、哺乳綱ネコ目(食肉目)クマ科クマ属に分類される食肉類。別名アジアクロクマ、ヒマラヤグマ。日本におけるツキノワグマの分布をみると、まず東北から関東・中部さらに近畿から岡山・鳥取の県境付近(東中国山地)まで、連続した分布域が存在する。本州ではその他、紀伊山地と西中国山地(広島・島根・山口県境)に隔離された孤立分布域が認められる。四国の分布域は、剣山山系(徳島・高知県境)に限られており、繁殖は確認されているものの、このままでは絶滅の可能性が高いとされている。

 九州では、クマと断定された目撃情報すら極めて少なく、現在でも繁殖しているという確実な証拠は得られておらず、すでに絶滅したと考えられる。2012年8月28日、環境省はレッドリストの改訂版を公開し、その中でニホンカワウソとともに九州のツキノワグマを「絶滅」に指定した。九州では、1987年に大分県豊後大野市の山中でオスが射殺されたものが最後の記録である。

 体長120-180センチメートル。尾長6-11センチメートル。体重オス50-150キログラム、メス40-90キログラム。肩が隆起せず、背の方が高い。全身の毛衣は黒いが、赤褐色や濃褐色の個体もいる。胸部に三日月形やアルファベットの「V」字状の白い斑紋が入り、旧属名Selenarctos(月のクマの意)や和名の由来になっている。

眼や耳介は小型。乳頭の数は6個。森林に生息する。夜行性で、昼間は樹洞や岩の割れ目、洞窟などで休むが果実がある時期は昼間に活動することもある。夏季には標高3,600メートルの場所でも生活するが、冬季になると標高の低い場所へ移動する。

食性は植物食傾向の強い雑食で、果実、芽、昆虫、動物の死骸などを食べる。繁殖形態は胎生。シベリアの個体群は6-7月、パキスタンの個体群は10月に交尾を行う。主に2頭の幼獣を産む。授乳期間は3か月半。幼獣は生後1週間で開眼し、生後2-3年は母親と生活する。生後3-4年で性成熟する。寿命は24年。飼育下の寿命は約33年。

 家畜や人間への被害例もある。少なくとも亜種ニホンツキノワグマは主に6-7月にカラマツ、スギ、ヒノキなどの直径15-20センチメートル以上の針葉樹の樹皮を剥いで形成層を食べるため、植林した針葉樹を食害する害獣とみなされている。全周剥皮では枯死、部分剥皮では剥皮が大規模なら衰弱、また腐食などにより材木の価値が下がるなどの被害が生じる。

 樹皮剥ぎの理由はよく分かっておらず、樹液による栄養補給、餌であるニホンミツバチの巣となる樹洞の形成のため、縄張りのマーキング、繁殖行動のためのメスの誘引などの説がある。樹皮剥ぎの被害は、従来は西日本の太平洋側が中心と言われてきたが、近年では西日本の日本海側や東北地方でも深刻なことが確認されている。 参考 - ツキノワグマによる林木剥皮被害(森林総合研究所関西支所年報 第38号)また、未だ多数の支持を得るには至ってはいないが、多く植えられたスギの木を、森の生態復元のために減らそうとしている、冬眠穴になる樹洞を形成するために行っている、などという説もある。

 開発による生息地の破壊、毛皮や胆嚢、手目的の乱獲、駆除などにより生息数は減少している。アフガニスタンでは見られなくなり、バングラデシュや朝鮮半島では絶滅の危険性が高い。保護の対象とされることもあるが密猟されることもあり、中華人民共和国や朝鮮半島へ密輸されているとされる(国際的商取引は禁止されているが、例として1970-1993年に大韓民国へ2,867頭が輸入された記録がある)。旧ソビエト連邦での1970年代における生息数は6,000-8,000頭、1985年における生息数は4,600-5,400頭と推定されている。中華人民共和国での1995年における生息数は12,000-18,000頭と推定されている。

 日本では九州の個体群は捕獲例が1941年、確実な目撃例が1957年以降はなく絶滅したと考えられている。1987年に捕獲例もあるがミトコンドリアDNAの分子系統学的解析から、琵琶湖以東の個体あるいは琵琶湖以東の個体に由来する個体が人為的に移入された後に捕獲されたと考えられている。だが近年においても祖母・傾山系や九州山地では目撃例が多々あり、生存している可能性もあるといわれていた。

 ニホンカワウソ
 ニホンカワウソ(日本川獺)は、日本に生息していたカワウソの一種である。ユーラシアカワウソの一亜種(Lutra lutra nippon)または独立種 (Lutra nippon)とされる。全国に広く生息していたが、1979年以来目撃例がなく、2012年絶滅種に指定された。愛媛県の県獣でもある。かつては北海道、本州、四国、九州、壱岐島、対馬まで日本中に広く生息していた。

 体長64.5-82.0cm、尾長35-56cm、体重5-11kg。外部計測値は韓国産のユーラシアカワウソとほぼ同じだが、頭骨形状に特徴があった。眼を水面から出して警戒できるよう、眼と鼻孔が顔の上方にあった。鼻孔は水中で閉じることができた。毛皮は二層からなり、外側に見える部分は粗い差毛。内側は細かい綿毛であった。差毛は水中で水に濡れて綿毛を覆い、綿毛に水が浸入するのを防いだ。このことにより水中での体温消耗を防ぐ効果があった。この良質な毛皮を目的とした乱獲が、絶滅の要因となった。

 河川の中下流域、砂浜や磯などの沿岸部に単独で生息していた。主に夜行性で、魚類、テナガエビ、カニ、カエルなどを食べていた。1頭の行動域は十数kmにもおよび、この中に「泊まり場」と呼ばれる生活の拠点(岸辺近くの大木の根元の穴や岩の割れ目、茂みなど)を3、4か所もっていた。縄張り宣言のために、定期的に岩や草むらの上など目立つ位置に糞をする習性があった。

 春から初夏にかけて水中で交尾を行い、61-63日の妊娠期間を経て2-5頭の仔を産んでいたと考えられている。仔は生後56日程で巣から出るようになり、親が来年に新たな繁殖を開始するころに独立していたと推定される。

 ニホンカワウソは、ユーラシアカワウソ Lutra lutra の一亜種として分類されている。日本本土亜種 Lutra lutra nippon と北海道亜種 Lutra lutra whiteleyi に分ける考え方が有力である。環境省レッドリストでは、その分類で記載されている。Lutra nipponという独立した種として取り扱う考えもあるが、生息が確認されていないだけに、分類に関する再評価は進んでいないのが現状である。

 鈴木知彦らが行ったシトクロムb遺伝子の塩基配列の比較では、ユーラシアカワウソ3亜種間の差異が4塩基、ホンドイタチとチョウセンイタチの差異が6塩基であるのに対して、ユーラシアカワウソ3亜種とニホンカワウソのそれは7-9塩基であった。

 人間にとって身近な存在であり、河童伝説の原型になったと考えられているほか、カワウソそのものも伝承に登場する。また、アイヌ語では「エサマン」と呼ばれ、アイヌの伝承にもしばしば登場している。

 ニホンカワウソの毛皮は保温力に優れているため、この毛皮を求めて大正から昭和初期にかけて乱獲が進み、生息数が激減した。このため、1928年に捕獲禁止となっている。第二次世界大戦後、香川県から愛媛県にかけての沿岸部、および高知県南西部の沿岸部にわずかに生息域を残すのみとなったが、農薬や排水による水質悪化、高度経済成長期における周辺地域の開発、河川の護岸工事等により、生息数の減少に更なる拍車がかかった。さらに、漁具による溺死や生簀の食害を防ぐための駆除も、大きな打撃となったと見られる(最後の個体群は当初猟師だけが知っていたもので、細々と密猟されていた)。

 1964年6月27日に、日本国の天然記念物に指定された。最後の捕獲例は1974年7月25日に学術目的で高知女子大学の研究チームが高知県須崎市にある新荘川でメスの成獣を生け捕りにしたもので、その後は捕獲されていない。1979年6月の最後の目撃例も同じくこの新荘川におけるもので、それ以後生息の確認は得られていない。1993年には同じ新荘川の支流でフンと食べ残しの痕跡の報告例があるが、他の動物によるものである可能性もある。

参考HP Wikipedia:ニホンカワウソ ツキノワグマ

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