重金属を生物濃縮する植物
 動物の食物連鎖による生物濃縮では、重金属が体内に濃縮する。その中には、貴金属である“金”を濃縮するシロアリなどの動物がいることが知られている。今回は、植物が金を濃縮する話である。

 ヒョウタンゴケ(Funaria hygrometrica)は、ヒョウタンゴケ目ヒョウタンゴケ科のコケ植物。半日陰の湿った土壌に生え、植木鉢などに群生を作ることもある。アンモニアを含む土壌によく生える。茎の高さは3-10mm。葉は卵形で長さ2-4mm。胞子体は初夏に形成され、2-10cmの柄の先に洋梨型の朔がつく。葉はヒメヒョウタンゴケ属やツリガネゴケ属の各種と類似するが、朔が形成されていれば、他種と間違われることはない。

 ヒョウタンゴケは金や鉛などの重金属を細胞内に取り込む性質があることが発見されており、資源回収に利用出来る可能性があるとして注目されている。日本の理化学研究所では、重イオンを照射するなどして変異株を作り、貴金属やレアメタルを植物体内に吸収する株を作出しており、排水浄化処理などに応用する研究を進めている。(Wikipedia)

 理研植物科学研究センター 生産機能研究グループの井藤賀 操(いとうが みさお) 研究員たちは2007年、ヒョウタンゴケが水質汚染物質の一つで人体に有害な重金属である鉛を蓄積することを発見。その蓄積量は、ヒョウタンゴケを乾燥させた重量の70%にも達した。

 その成果をもとに、2008年からDOWAホールディングス株式会社(以下、DOWA)と、排水浄化装置の共同開発を進めてきた。植物科学の基礎科学研究から生まれつつある、グリーンイノベーションを紹介する。


 鉛を70%の濃度で蓄積するコケを発見
 鉛を高濃度で蓄積するコケを、どのようにして発見したのだろうか?井藤賀さんは次のように述べている。以下は理研ニュース2011年1月号からの抜粋である。

 「2003年度に始まった文部科学省のリーディングプロジェクト“一般・産業廃棄物・バイオマスの複合処理・再資源化プロジェクト”で、焼却灰に含まれる有害物質を植物によって除去する研究を始めました。当初、焼却灰やその抽出液を含む土壌で植物を育て、その植物に有害物質を吸収・濃縮させる技術を開発する計画した。しかし、さまざまな種類の植物を試してみましたが、どれもすぐに枯れてしまった。」

 「そのとき、コケ植物ならばうまくいくかもしれない、と思いつきました。私はコケ植物が専門なので、たき火の跡などに生えるコケ植物の中に、灰に対する耐性を持つものがあることを知っていました。私はいつもスプーンと容器を持ち歩き、珍しいコケ植物があると採取しています。理研に来る前に住んでいた福岡県大牟田(おおむた)市で採取したコレクションの中に、廃棄物処理場に生育していたヒョウタンゴケがありました。その機能を調べてみることにしたのです。」

 「胞子が発芽したヒョウタンゴケの原糸体(げんしたい)を液体培養して、そこに焼却灰の抽出液を入れました。その培養液をろ過して成分を分析したところ、抽出液中の鉛だけが除去されていたのです。しかも、ヒョウタンゴケが蓄積した鉛の量は、植物体の乾燥重量の70%と、きわめて高濃度でした。これは驚異的です。コケ以外の植物でも鉛などの重金属を蓄積するものがありますが、その濃度はせいぜい十数%だからです。」


 ヒョウタンゴケで排水浄化装置
 井藤賀さん達は、廃棄物処理、土壌汚染の浄化、金属リサイクルなどの環境事業に力を入れている企業「DOWA」と共同開発を始めることになった。DOWAとの共同研究では、二つの課題に取り組むことになる。一つは、コケ植物を利用して鉛を除去する排水浄化装置の開発。もう一つは、鉛以外の重金属を高濃度で蓄積する変異株をつくり出すこと。

 コケを使った浄化装置では、小規模実験では順調だったコケの生育が、400リットルの大規模実験にスケールアップすると、生育不良に。結局、生物に必須な元素、窒素の与え方を変えることで、この問題を解決することができた。しかし、なぜそれで培養できるのか、科学的メカニズムは分かっていない。このようなとき、基礎科学研究の世界では原因を追求するが、企業の世界では実用化へ向けた次のステップに進む。基礎科学研究と企業の世界観の違いを実感する。

 鉛除去の性能は、既存のイオン交換樹脂などを用いた装置と同等以上だった。今後の課題はコスト。現在、光合成に使っている照明光の電気代がコストの大部分を占めている。照明光を太陽光に置き換え、コスト削減につなげることを考えている。また、現在は容器の中に空気を送り込んでいるが、空気でなく工場で排出される二酸化炭素を回収して送り込み、光合成に利用することも考えている。これが実現すれば、排水浄化と同時に二酸化炭素の処理もできる。

 廃水浄化装置の開発では、さまざまな困難があったものの鉛除去についてはまずまずの成果を得た。次はいよいよ金の蓄積についての研究である。


 ヒョウタンゴケが金を蓄積
 鉛以外の重金属を高濃度で蓄積する変異株をつくり出すために、どのような研究を行ったのだろう?

 「私が所属する研究室の榊原(さかきばら) 均グループディレクターの指示で、変異株をつくる前に、大牟田市で採取したヒョウタンゴケの元株について、金属の蓄積能力を詳しく調べることにしました。クロムや白金、銀、タリウム、リチウムなどさまざまな金属の溶液をつくり、元株と接触させる実験を行いました。」

 「すると、金の溶液と接触させたとき、緑が赤に変化したのです。「いったい何が起きたんだ!?」と予想外の結果に驚きました。実は、金は微細な粒子状になると赤色で光るのです。こうしてヒョウタンゴケは乾燥重量の11%という濃度で金を蓄積することが分かったのです。クロムや白金も数%蓄積しました。」

 「その後、理研仁科加速器研究センター(RNC)に依頼して、元株の原糸体に重イオンビームを照射してもらい、変異株をつくり出す実験を始めました。

 「遺伝子組換えの場合は、ほかの種の遺伝子を導入します。私たちが用いたのは、重イオンビームを使って遺伝情報が書かれたDNAを損傷させる方法です。損傷したDNAを修復する過程でエラーが起きて、突然変異体ができます。これは自然界で起きている現象です。それを人工的に引き起こして変異株をつくり出すのです。RNCの阿部知子チームリーダーたちは、この方法により新色のペチュニアやサクラをつくり出しており、それらはすでに企業から販売されています。」

 「1万6000個のサンプルに重イオンビームを照射し、さまざまな種類の重金属混合液に接触させます。そして、それぞれのサンプルにX線を照射してスペクトルを解析すると、混合液に含まれる金属ごとの蓄積量が分かります。そのデータを数学的に解析し、蓄積の仕方が大きく異なっているサンプルを30個選び出しました。その中に貴金属やレアメタルを高濃度で蓄積する変異株を見つけました。今、実証試験をしているところです。」


 生物多様性からグリーンイノベーション
 生物濃縮は、動物だけかと思ったら、植物でも起きていることを知った。ヒョウタンゴケが鉛など重金属を取り除く性質を利用して、生活用水の汚染などが問題となっているアジア・アフリカ諸国などに導入すれば、太陽光があれば、他にほとんどエネルギーを必要としない、安価で持続可能な社会が確立する。今後の課題は何だろうか?井藤賀さんは次のように述べている。

 「コケ植物の応用研究がまだ初期段階であることを実感しました。21世紀に入り、ヒメツリガネゴケをモデル生物にして、分子生物学や遺伝学を用いた研究手法が急進展しました。そして2007年、日本を含む国際共同研究チームがヒメツリガネゴケのゲノム(全遺伝情報)の解読に成功しています。このプロジェクトには理研の研究者も参加しました。」

 「これからは、ヒメツリガネゴケ以外のさまざまな種類のコケ植物についても、分子生物学や遺伝学の手法を使って機能メカニズムの解明を進め、応用研究に進展させていきたい。生物の多様性を解明し、応用研究、そしてグリーンイノベーションにつなげることは、ライフサイエンス全体の課題でもある。」

 「酵母はすでに、酒やパン、みそなどの食品工業に欠かせない材料となっている。さらに近年、藻(そう)類を用いてバイオ燃料などをつくる研究も進められている。光合成を行うことが、酵母にはないコケ植物や藻類の利点。藻類には、コケ植物よりも成長速度が速いという利点がある。ただし、約4億年前に陸上に進出したコケ植物は、藻類にはない機能を持った遺伝子をたくさん獲得していると予想されている。そのような遺伝子の機能を発見し、機能を解明して応用研究につなげていきたい。」

 「そもそも、ヒョウタンゴケはどのようなメカニズムで鉛や金を蓄積するのか?そのメカニズムが、まだ解明できていない。鉛は細胞壁や葉緑体に蓄積される。一方、金は細胞壁ではなく、主に葉緑体に蓄積される。ヒョウタンゴケは鉛と金を識別しているようだ。それぞれの金属と特異的に結び付き、細胞内に取り入れる受容体タンパク質があるのかもしれない。」

 「まず、私たちは、重イオンビームを照射することで鉛や金を高蓄積する機能を欠失した株を探し、次に、遺伝子解析を行い、どの遺伝子の機能が失われたのかを突き止めることで、鉛を蓄積するメカニズムに迫ることができる。メカニズムが分かれば、機能を改変して、例えばレアメタルを高濃度で蓄積する変異株をつくり出し、資源回収に役立てることができるかもしれない。」

 グリーンイノベーションとは、世界的な課題である環境問題に対して、社会の持続的な発展のために多様な科学技術や社会的な思考の変革を基に展開する多様な取り組みのこと。私たちが、自然から学ぶことはたくさんある。自然のメカニズムの解明し、生物多様性に基づいた社会を構築するグリーンイノベーションこそが人類の課題である。


参考HP 理化学研究所:コケ植物でグリーンイノベーション Wikipedia:ヒョウタンゴケ


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