東日本大震災を振り返って 
 東日本大震災からもうすぐ2年になろうとしている…。すさまじい地震であった。地震の規模を示すマグニチュードはMw9.0で、大正関東地震(1923年)の7.9や昭和三陸地震(1933年)の8.4をはるかに上回る日本観測史上最大であるとともに、世界でもスマトラ島沖地震(2004年)以来の規模で、1900年以降でも4番目に大きな超巨大地震であった。本震から一年経過後も、活発な余震活動が継続しており、21ヶ月後の2012年12月7日にも三陸沖を震源とするM7.3、最大震度5弱の余震が発生、最大98cmの津波を観測した。

 津波、液状化、建造物倒壊など、東北の岩手県、宮城県、福島県の3県、関東の茨城県、千葉県の2県を中心とした被害は大きく、この地震による死者・行方不明者計約1万9千人の大半は東北の3県が占めた。また、発電施設被害による大規模停電や一連の震災により、日本全国および世界に経済的な二次被害がもたらされた。

 地殻変動も激しかった。国土地理院は、GPS衛星の連続観測を行う電子基準点を全国1,240箇所に約20kmの間隔で設置し、測量の基準点として活用するとともに、全国の地殻変動を監視している。 3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(M9.0)では、最大で水平方向に約5.3m、上下方向に約1.2mという極めて大きな地殻変動が観測された。

 海底の地殻変動はさらに大きく、基準点(海底に設置された電子基準点)のデータでは、震源域のほぼ真上に位置する「宮城沖1」が東南東に約24m移動し、約3m隆起したものが最大であった。これらの観測結果により、震源付近の海底の移動距離は陸上の約4倍以上となることが確認された。さらに、海洋研究開発機構の調査によると、震源近くから海溝付近では、南東~東南東に約50m、上方に約7mから10mの地殻変動があったという。


GPS

 地殻変動・沈降(地盤沈下)
 本震および、余震を含む余効変動により、大きな地殻変動が発生した。東日本全域が東方向に10cm以上移動するなどその範囲は広い。東北から関東、甲信越までの東北日本の地殻は普段より太平洋プレートの沈み込みによる西方向への圧縮力を受けていたが、東北地方太平洋沖地震とその後の余効変動では逆に東方向への引っ張り力を受けており、地震活動の変化が懸念されている。

 また陸側の太平洋プレート上の震源域付近では隆起、震源域の西側では沈降が発生したため、東北から関東にかけての太平洋岸では軒並み地盤沈下が起きて二次被害をもたらしている。震源に近いところでは更に大きな地殻変動が起きていて、研究によっては震源に近い海底で東に推定50m以上という、世界の地震観測史上類を見ない急激な移動が生じた。

 国土地理院の計測による上下方向の最大移動は、宮城県石巻市鮎川浜の電子基準点付属標「牡鹿」で1.14m沈降である。国土地理院の計測による水平方向の最大移動は、宮城県女川町江島の二等三角点「江ノ島」での東南東方向5.85mである。また、岩手県陸前高田市で4.473m、東京都足立区で0.41m動いた。遠いところでは新潟県村上市1.41m、石川県輪島市0.58m、福井県勝山市0.26m、岐阜県飛騨市で0.33m移動している。なお3月12日の長野県北部地震(M6.7)は、水平移動0.92mの場所で起こっている。

 国土地理院の計測によると、すべての日本の地図(経緯度)の基準となる東京都港区麻布台(狸穴)にある日本経緯度原点が、27.67cmだけ真東へ移動した。また、国会前庭にある日本水準原点が、24mmだけ沈下した。

 陸域観測技術衛星 (ALOS)「だいち」のレーダーからも、広範囲で地殻変動があったことが解析された。同上の地球観測研究センターでは被災地の地球観測衛星写真を公開している。また、GoogleはGoogle EarthおよびGoogle マップで被災前後の地球観測衛星写真を公開している。

 海底基準点(海底に設置された電子基準点)のデータでは、震源域のほぼ真上に位置する「宮城沖1」が東南東に約24m移動し、約3m隆起したものが最大であった。他の地点でも、「宮城沖2」が東南東に約15m移動し約60cm沈下、「福島沖」が東南東に約5m移動するなどのデータが観測された。「宮城沖1」は本震だけで約20m以上移動したと見られ、これらの観測結果により、震源付近の海底の移動距離は陸上の約4倍以上となることが確認された。(本震前と約3週間後の3月28日 - 29日の比較、GPS観測、海上保安庁4月6日発表)

 海洋研究開発機構の調査によると、震源近くから海溝付近では、南東~東南東に約50m、上方に約7mから10mの地殻変動があった。(Wikipedia)


 東日本大震災の概要
 この地震は、2011年3月11日14時46分18.1秒、牡鹿半島の東南東約130km付近(三陸沖)の深さ約24kmを震源として発生した。太平洋プレートと北アメリカプレートの境界域(日本海溝付近)における海溝型地震で、震源域は岩手県沖から茨城県沖にかけての幅約200km、長さ約500kmの広範囲に亘った。地震の規模を示すマグニチュードはMw9.0で、大正関東地震(1923年)の7.9や昭和三陸地震(1933年)の8.4をはるかに上回る日本観測史上最大であるとともに、世界でもスマトラ島沖地震(2004年)以来の規模で、1900年以降でも4番目に大きな超巨大地震であった。

 地震によって大規模な津波が発生した。最大で海岸から6km内陸まで浸水、岩手県三陸南部、宮城県、福島県浜通り北部では津波の高さが8m~9mに達し、明治三陸地震(1896年)の津波を上回る最大溯上高40.1m(岩手県大船渡市)を記録するなど、震源域に近い東北地方の太平洋岸では、高い津波が甚大な被害をもたらした。

 津波は関東地方の太平洋岸でも被害をもたらしたほか、環太平洋地域を中心に世界の海岸に達した。また、宮城県北部で最大震度7、岩手県から千葉県にかけて震度6弱以上を観測するなど広範囲で強い揺れとなり、関東地方の埋立地で大規模な液状化現象が発生した。一方東北太平洋岸では、地盤沈下により浸水被害が長期的に続いている。余震も過去例に無いペースで発生したうえ、通常の余震域外でも地震活動が活発化している。

 津波、液状化、建造物倒壊など、東北の岩手県、宮城県、福島県の3県、関東の茨城県、千葉県の2県を中心とした被害は大きく、この地震による死者・行方不明者計約1万9千人の大半は東北の3県が占めた。また、発電施設被害による大規模停電や一連の震災により、日本全国および世界に経済的な二次被害がもたらされた。

 一方、地震と津波により福島第一原子力発電所事故が発生し、10万人を超える被災者が屋内退避や警戒区域外への避難を余儀なくされた。警戒区域外でも、放射性物質漏れによる汚染が起きているほか、日本の原子力発電所の再稼働問題、電力危機なども発生している。(Wikipedia)


 地震の予知及び前兆現象
 これだけの巨大地震になると、事前に予知できるかどうかが今後最も重要なポイントになる。東北地方太平洋沖地震では地震予知は成功せず、巨大地震の発生前に起こるとされているプレスリップ(前兆すべり)も観測されなかった。 地震学界で確立されていると考えられていた地震の規模・発生域と発生間隔を予測する確率論的な「長期予知」においても、今回のように東北地方太平洋沖の広範囲が破壊してMw9.0に達するような巨大地震は予見されておらず、前項の地震調査委員会の発生評価にもなかったことから、「想定外」の事態であった。

 ただ、今回のような地震を予見しうる手掛かりはいくつかあった。比較沈み込み学の「日本海溝は沈み込む太平洋プレートが古いため超巨大地震は発生しない」という定説に対して、古い海洋プレートが沈み込んでいる地域で起きた2004年スマトラ島沖地震によって疑問が提起されていた。また2000年代に日本の地震学界での支持が広がっていた「アスペリティモデル」に対しても矛盾が指摘されていて、地震の活動度に地域差がある東北沖では地震の少ない地域では「非地震性のすべり」がひずみを解消しているという説を見直す動きもあった。

 また2000年代後半以降、地質調査により仙台平野内陸などでほとんど知られていなかった巨大地震の津波の痕跡が次々と明らかになっていてこれらの知見を確率論的地震予知に反映しようとする動きが始まっていた。しかし、2011年3月11日時点では、超巨大地震発生の想定にはまだ至っていなかった(東北地方太平洋沖地震及び津波のメカニズムも参照)。

 こうした経緯から、地震後は従来の説を見直す動きや様々な方法で地震予知をしようとする動きが活発化している。また、地震の発生想定の拡充を求める意見や、「確率が低いから地震は来ない」といった楽観論を生みやすい確率論的な地震予知に対する批判・反省を行う向きがあり、予知よりも減災・防災に力を入れるべきとする見解を表明する地震学者もいる。


 朝夕力との関連・電離層全電子数に変化?
 事後の検証において、1976年から2011年までの期間に本震震源域で発生した Mw 5.0 以上の地震と潮汐力の関係を調査したところ、1976年からの約25年間は相関関係がなかった。しかし、2000年頃から次第に相関関係が現れ、本震の発生直前では明瞭な傾向が出現し、断層にかかる力が最大になる時間帯に地震が多く発生していた。特に、前震とされる3月9日11時45分(三陸沖)M 7.3 の震源と本震の破壊開始点の間の領域付近には強い相関が現れていたが、本震以降は潮汐力との関係は見られなくなった。

 北海道大学教授の日置幸介によるGEONET(GPSの連続観測網)の公開データを用いた調査では、地上局とGPS局を結ぶ経路がちょうど震源域上空の電離層における最大電子密度高度約300kmと交差する局において電離層全電子数(TEC)の変化を推定した結果、電子密度の増大が地震発生の約40分前から発生しており、これを地図面に投影すると20分前から地域の特定ができることが分かり、1994年北海道東方沖地震や2010年チリ地震でも確認されたことから「巨大地震の直前予知には有望な手法」だとしている。

 また、電気通信大学名誉教授の早川正士は、アメリカ"NLK"局が送出している超長波(VLF)振幅の東京調布での夜間継続観測において、地震発生約5日前の3月5日と3月6日電離層に振幅が小さくなる異常があったとしている。(Wikipedia)


参考HP Wikipedia:東日本大震災 国土地理院:東日本大震災の後の地殻変動

TSUNAMI3・11: 東日本大震災記録写真集
クリエーター情報なし
第三書館
報道写真全記録2011.3.11-4.11 東日本大震災
クリエーター情報なし
朝日新聞出版

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