絶滅した飛べない鳥たち

 鳥の中には飛べないものがいる。ダチョウなどが有名だ。他には、エミュー、ヒクイドリ、レア、キーウィおよびペンギン等がもいる。

 鳥類は、恐竜類を祖先として飛翔能力に特化した方向で進化したものであるが、一部の種では何らかの要因により飛ぶことを放棄した。これらの鳥類は、特別な能力を身につけていないものは、絶滅してしまったものが多い。

 ダチョウなどはたぐいまれなる脚力を身に付け、時速70km/hで走ることができる。ペンギンの陸上速度は遅いが、海中での泳ぐ速度は20km/h、ジェンツーペンギンの水中速度は最大36 km/hにも達する。

 絶滅してしまった鳥の中には、巨大な鳥「エピオルニス」、「ジャイアントモア」や、鳩の仲間「ドードー」などがいる。

 今回、巨大な鳥「エピオルニス」の卵と「ドードー」の骨の一部が4月24日、ロンドンでクリスティーズの競売に掛けられることになった。


 13~17世紀に絶滅したとされる「エピオルニス」の卵の大きさは縦30センチ、横21センチで恐竜の卵より大きく、世界最大の卵だという。

 ニワトリの卵の約120倍あるこの卵は約100年前、考古学者らがマダガスカルで化石化した状態で発見したとされている。エピオルニスはダチョウに似た鳥で、背丈は約3.4メートルあったと考えられている。予想落札価格は最大3万ポンド(約430万円)。

 一方、約300年前に絶滅した飛べない鳥「ドードー」の骨が競売に掛けられるのは1934年以来、約80年ぶり。非常に貴重な機会となることから、クリスティーズは「かなりの関心」を呼ぶと期待している。

 モーリシャス島に生息していたドードーの存在を西欧諸国が初めて知ったのは1598年。それから100年もしないうちに姿を消したが、専門家の多くは、食用として乱獲されたほか、入植者が持ち込んだ家畜による捕食が全滅の原因だとしている。

 完全な標本が残っていないため、どんな外見だったか正確には分かっていないドードー。童話「不思議の国のアリス」で描かれた姿は間違っているとの見方も多い。こちらの方は落札価格は最高1万5000ポンド(約210万円)と予想されている。(ロイター通信 2013年3月29日)


 エピオルニスとは何か?

 エピオルニス(Aepyornis)は、アフリカのマダガスカル島に17世紀ごろまで生息していた地上性の鳥類。非常に巨大であり、鳥類としては最重量とされる。

 マダガスカル島の固有種である。かつてはマダガスカル島で繁栄していたが、2000年ほど前から無人島だったマダガスカル島に人が移住、生活するようになると狩猟や開発などで生息数を減らすことになり、最終的に絶滅してしまった。ヨーロッパ人がマダガスカル島に本格的に訪れるようになる16世紀には既に絶滅していたと言われるが、1840年頃まで生存していた記録もある。

 伝説の鳥、ロック鳥のモデルだったのではないかともされる。背の高さは約3m、体重は450kgあり、ダチョウを大きく上回っていた(ダチョウは135kg程度)。また卵も巨大で、ダチョウの卵が長さ約20cmなのに対して、エピオルニスの卵は長さが約30cm、幅が12cm程もある。また殻の厚さは3~4mm。

 ロック鳥は、中東・インド洋地域の伝説に登場する巨大な白い鳥。象を持ち去って食べてしまうくらい大きく力が強いとされる。ルフとも呼ばれる。

 伝説の起源は不明だが、8世紀初期にアラブ人が書いたものを参照すると実在する鳥が元になった可能性はあり、マルコ・ポーロ口述とされる『東方見聞録』にマダガスカルにいたとの記述されることから、同島に生息していた象のように巨大な鳥エピオルニスを始めとする、近世までに絶滅してしまった大型の鳥類などが誇張されたと考えられる。一番新しいものでは、16世紀にインド洋を訪れたイギリス人旅行者が目撃したという報告もある。

 ロック鳥の伝説はヨーロッパでは千夜一夜物語の中のシンドバッドの話で有名であり、イスラム世界やアジアでは広く伝わっていた。

 のちの時代マルコ・ポーロの口述とされる『東方見聞録』のマダガスカルに「ruc鳥」の記述があり、これをグリフォンとしその羽は元のハーンに届けられているという。また巨大な羽のかけらが中国から来た商人によってスペインにも持ち込まれている。その住処をマダガスカルで探そうとしたところ、ロック鳥の羽としてもたらされたものに姿形が非常によく似たラフィアヤシの巨大な葉があったという。また、アラブの旅行家イブン=バットゥータの旅行記にもその記述がある。

 ロック鳥はアラブ人の言うフェニックスとほとんど同じものである。またペルシャの伝説に登場する巨鳥シームルグとも近縁のものである。シームルグはフェルドウスィーの叙事詩『王書』の中では英雄ザール の養父であり、彼の子・ロスタムを援助したりしている。

 古代イランまでさかのぼると、万物の種を生むという神話上の木から熟した果実を振り落としたという不死鳥アムルゼス (amrzs) の伝説を見つけだすことができる。インドには鳥の王であり、ヴィシュヌ神が乗るガルダの伝説がある。パーレビ王朝時代のこのインドの伝説の翻訳ではガルダがシームルグに置き換えられている。(Wikipedia)


 ドードーとは何か?

 ドードー(Dodo)は、マダガスカル沖のモーリシャス島に生息していた絶滅鳥類。 単にドードーといえばモーリシャスドードー(Raphus cucullatus)を指す。ドードー科に属する鳥には他に2種がある。 発見されてから180年(100年、150年、80年という説あり)も経たずに絶滅したため、固有種を絶滅に追い込む人間の非業さを物語るものとして扱われる。すでに絶滅していることと、音が擬音か何かのようであるため、何を指しているのかわかりやすくするため、ドードー鳥(ドードーとり・ドードーどり・ドードーちょう)と呼ばれることもある。

 大航海時代初期の1507年(1505年という説もある)にポルトガル人によって生息地のマスカリン諸島が発見された。同諸島が寄港地として利用されるようになると、飛ぶことも速く歩くこともできないドードーはオランダ人入植者によって食料や見世物として乱獲され、1681年のイギリス人ベンジャミン・ハリーの目撃を最後に姿を消した。

 一説にはその肉は脂臭くて美味ではなく、脅威となったのは入植者の捕食よりも、むしろ彼等が持ち込んだイヌやブタ、ネズミによる雛や卵の捕食だったともいう。巣を地上に作るため、外来の捕食者にとって雛や卵をとるのは容易だった。

 ドードーは、イギリス人博物学者ジョン・トラデスカントの死後、1683年にオックスフォードのアシュモレアン博物館に収蔵された唯一の剥製が管理状態の悪さから1755年に焼却処分されてしまい、標本は頭部、足などのごくわずかな断片的なものしか残されていない。 しかし、チャコールで全体を覆われた剥製は、チェコにあるストラホフ修道院の図書館に展示されている。

 特異な形態に分類項目が議論されており、ロバート・シルヴァーバーグによれば、短足なダチョウ、ハゲタカ、ペンギン、シギ、ついにはトキの仲間という説も出ていたが、最も有力なものはハト目に属するとの説であった。近年、爪の組織のDNA分析の結果ハトに近縁であることが改めて確認され、最も近縁のハトはミノバト(ニコバルバト)とされる。

 2006年6月25日までに、オランダの調査隊がモーリシャスにおいて比較的原型をとどめているドードーの化石を発見した事を公表、学術的解明の手掛りとなる事が期待されている。

 モーリシャスの国鳥としてドードーが制定されている。また、国章にもドードーが描き込まれており、出入国時のパスポートに押される出入国スタンプもドードーのマークが押される。(Wikiipedia)


 ジャイアントモアとは何か?

 ジャイアントモア(Dinornis maximus)は、ニュージーランドに生息していた、飛べない大型の鳥類、モアの一種。絶滅種の一つ。

 鳥類ダチョウ目モア科に属し、全長は3.6メートル、体重は250キログラムほどであったといわれている。ダチョウなどの鳥よりも巨体であったとされ、絶滅種を含めると世界で一番大きい鳥であった。一度の産卵数は2 - 4個といわれ、また長いくちばしの先が下に曲がっていた。

 自然環境の温暖化や繁殖力の低さ、移住したマオリ族の乱獲(砂嚢に小石を溜める習性を利用され、焼けた石を呑まされて殺された)により、1500年代以前に絶滅したとされる。オスよりもメスのほうが大型だったとされる。

 「モア」の呼称の由来については、ヨーロッパ人が原住民(モア・ハンターと呼称されるマオリ人以前の原住民)にモアの骨を集めさせた折に「もっと骨をよこせ」(More bones!)と言ったのを、原住民が鳥の名前と勘違いしたのだと言う説を始め、幾つかの巷説が存在する。ちなみにマオリ人はこの鳥の仲間を「タレポ」と呼んでいた。

 おもしろいことに、ジャイアント・モアの目撃情報も毎年のように寄せられる。ニュージーランドの森林は 南アメリカ大陸の森林と同様 その面積は広大で人類が近づけない 自然の宝庫である。だが、そのほとんどはエミューやシカの誤認であるといわれている。

 1880年、 アリス・マッケンジーと言う人物が 海岸近くの砂丘にあるブッシュの下で 巨大な鳥が横たわっている姿を見たと 報告しているし、 1993年1月、 パディー・フリーニー氏ら三人も ジャイアント・モアを目撃したと 報告し、彼らはその写真も公開している。 3人の人間が同時に見た! とする目撃証言は興味深い。

 ホテルのオーナーであるパディ・フリーニーとその友人たちは、ニュージーランドでキャンプをし、自然を満喫しようとあぜ道を散策していると、思いもかけず巨大な生物に出くわした。 「一目でそれが何であるか分かりました。あれはモアに違いありませんでした」 パディは後日、モアとの遭遇についてそう語っている。

 高鳴る興奮の中、パディはその"モア"に向けてシャッターを切った。距離にして40メートル前後だったという。 「モアが絶滅せず、生き残っている確たる証拠」をパディは写真に収めることに成功した。いや、したはずだった。 しかしパディの撮影した写真はとんでもないほどピンぼけであった。鳥のようなシルエット - ヒクイドリのような - には確かに見えるが、それが本当に生物の写真であるのかさえ、自信を持って言うことも出来そうにない写真。

 興奮していたため、うまくピントを合わせることが出来なかった可能性は十分に考えられるが、それを差し引いても、その写真は分析に耐えうる代物ではなかった。 残念ながらパディの写真は「モアの生存」を決定づけることは出来なかった。カンタベリー大学による写真分析でも、「大きな鳥(らしきもの)」としか判別出来なかった。

 結局、ねつ造説まで持ち上がり、パディの写真は現在ではほとんど相手にされていないと言っても過言ではない。 真実はパディ・フリーニーのみぞ知る、といったところである。


参考HP Wikipedia:ドードー エピオルニス 


地上から消えた動物 (ハヤカワ文庫 NF 88)
クリエーター情報なし
早川書房
絶滅動物園―ヒトによって地球上から追いやられた動物たち
クリエーター情報なし
コアマガジン

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