脳の免疫細胞「ミクログリア」
 免疫は、体内に侵入するバクテリアやウイルスなどを妨害する障壁を創造、維持することで生体を防御する機構である。免疫系は自然免疫(先天性免疫、基本免疫)と獲得免疫(後天性免疫、適応免疫)とに大別される。自然免疫には白血球などの特殊な細胞が備わっており、それらは侵入物が自己を再生産したり宿主に対し重大な被害をもたらす前に発見、排除する。

 血液中にある白血球は、体を病気から守る免疫系の代表的な細胞 である。しかし、脳には白血球が入らないようになっている。脳に侵入できるのは、病気やけがなどで血管が損傷したときだけで ある。白血球の代わりに脳内で免疫防御を担っているのが、グリア細胞の一種、ミクログリアである。

 ミクログリアは通常は突起を多数伸ばして周囲の細胞に接触し、異常がないかを監視している。ニューロンに異常が起こると、形 を変え、ニューロンの修復を手助けするような成長因子を放出する。また、腫瘍細胞や細菌を殺すような分子も出す。さらには、 死んでしまったニューロンや他の脳細胞を貪食して、脳内を清掃 する役目もある。

 今回、脳内の免疫細胞と考えられていたミクログリアの新たな機能が明らかになった。発達期に神経細胞のまわりに集まり、保護するはたらきのあることがわかった。この効果を誘導することができれば、脊髄損傷、脳血管障害、筋萎縮性側索硬化症(ALS)といった脳の病気やけがなどの傷害の新たな治療法の開発につながると期待されると考えらる。


 私たちの体を守る仕組みは免疫
 科学技術振興機構(JST)と大阪大学(阪大)は3月25日、グリア細胞の1種で、脳を修復する免疫細胞と見られていた「ミクログリア」が、運動機能を司る神経細胞の保護にも関わっていることを発見したと発表した。

 成果は、阪大大学院 医学系研究科の山下俊英教授、同・上野将紀助教(現・シンシナティ小児病院 研究員)、同・藤田幸特任助教らの研究グループによるもの。研究はJST課題達成型基礎研究の一環として行われたもので、詳細な内容は現地時間3月24日付けで英国科学誌「Nature Neuroscience」オンライン速報版に掲載された。

 発達期の脳では、神経細胞による神経回路の構築が活発に行われていることが知られている。そのダイナミックに神経回路が変化する様子に目が奪われがちだが、そうした神経回路と神経細胞の生存を維持する仕組みも重要だという。しかし、そうした仕組みが神経回路の周囲の環境に存在するということが推測されてはいるが、詳しいことはまだわかっていない状況である。

 ちなみに末梢神経系においては、神経細胞の標的となる器官より放出される「神経栄養因子」により、神経回路・神経細胞の維持が行われていることは判明済みだ。しかし中枢神経系においては、このような仕組みが本当に存在するのかどうか自体が不明で、また存在するとしてもどのような細胞や周囲の環境がこれに寄与するのかについてはわかっていなかったのである。

 一方、ミクログリアは主に病態下の脳内において、炎症や貪食などによる脳組織の修復・除去といった機能に関与することから、これまで脳内の免疫細胞と考えられてきた。しかし近年の研究によって、ミクログリアは正常な脳や発達期の脳においても役割があることがわかってきている。ミクログリアはそうした状況下の脳において形態を変化させ、シナプスや死細胞の除去といった脳環境の維持に不可欠な事象に積極的に関わっているというのだ。

 中でも、ヒトやげっ歯類の発達期の脳では、活性化したミクログリアが脳の「軸索」(神経細胞体から伸びる繊維状の構造で、神経細胞において信号の出力を担う)が集まる「白質」(脳および脊髄の神経繊維の存在する部位)に集中している、という特徴的な所見も報告されている。しかしわかっているのはそこまでで、これらの細胞がどのような役割を持っているのかまでは、現在のところ不明という状況だ。


 ミクログリアの神経細胞保護作用
 そうした未解明のミクログリアの役割を確かめるべく、研究グループは今回、マウスを用いて脳内でのその分布を調べることから研究を開始。その結果、ミクログリアは生後1週間の間に、脳内の神経軸索が通過する部位に集まり、形態的な特徴から活性化していることがわかったのである。

 またこの特徴的な分布は、生後2週目以降から成体にかけては認められなくなることも判明した。こうした観察から研究グループは、ミクログリアが神経軸索に対して、何らかの生理的な役割を持っているのではないかと推察したという。

 次にその役割を解明するために、ミクログリアの活性化を抑制する薬剤「ミノサイクリン」を新生児マウスに投与し、脳内に起こる変化が観察された。すると、大脳皮質の6層ある内の第5層に存在する神経細胞に特異的に細胞死を引き起こすことが発見されたのである。

 脊髄へと軸索を伸ばし随意運動機能を司る「皮質脊髄路神経細胞」や、反対側の大脳皮質へと軸索を伸ばす神経細胞が存在するのがこの第5層だ。ミクログリアの分布を詳細に観察すると、これら神経細胞の軸索の周囲に活性化したミクログリアが集まっていることがわかったのである。

 これらの結果から研究グループが推測したのは、脳発達の特定の時期に、ミクログリアが軸索と密接に関わりながら大脳皮質第5層神経細胞を保護しているというものであった。その役割を検証するため、ミクログリアのみを除去したり、活性化状態を変化させたりすることができる遺伝子改変マウスを用いての観察を実施。その結果、これらマウスにおいてもミクログリアの機能を阻害すると、大脳皮質第5層の神経細胞に細胞死が誘導されることがわかったというわけだ。


 ミクログリアから放出されるIGF1
 次に研究グループがターゲットとしたのが、ミクログリアにより神経細胞を保護するメカニズムの解明である。それを行うべく、ミクログリアから放出される因子の網羅的な調査が行われた。その結果、神経細胞の生存や成長を促す機能を持つ成長因子の1種で、数種の「IGF(インスリン様成長因子)結合タンパク質(IGFBP)」によってその作用が調節されるという特徴を持つ「IGF1」がミクログリアに多く発現していることがわかったのである。

 そして培養細胞やマウスを用いてミクログリアから放出されるIGF1を阻害したところ、神経細胞に細胞死が誘導されることが判明。このことから、ミクログリアから放出されるIGF1が、神経細胞の保護に関与していることが明らかになったというわけだ。

 また、前述のミクログリアの活性化を抑制する薬剤のミノサイクリンを投与されたマウスや、ミクログリアのみの活性化状態を変化させたマウスでは、IGF1シグナルを抑制するIGFBPの発現が増加して、神経細胞死を誘導することが確認されている。

 今回の研究により、脳内の免疫細胞と考えられていたミクログリアの新たな機能が明らかになり、さらに発達期に神経細胞が維持されるメカニズムも明らかにされたわけだが、特に大脳皮質第5層に存在する皮質脊髄路神経細胞は、脊髄損傷、脳血管障害、筋萎縮性側索硬化症(ALS)といった脳の病気やけがなどで傷害を受け、その結果、運動機能に重篤な障害がもたらされることがわかっていることから、ミクログリアによって、これら神経細胞を保護する効果を誘導することができれば、新たな治療法の開発につながると期待されると、研究グループはコメントしている。


 ミクログリア細胞とは何か
 血液中にある白血球は、体を病気から守る免疫系の代表的な細胞 である。しかし、脳には白血球が入らないようになっている。脳に侵入できるのは、病気やけがなどで血管が損傷したときだけで ある。白血球の代わりに脳内で免疫防御を担っているのが、グリア細胞の一種、ミクログリアである。

 ミクログリア細胞(microglia)は、脳脊髄中に存在する神経膠細胞の1つ小膠細胞ともいう。他の神経膠細胞は外胚葉由来であるのに対して小膠細胞は中胚葉由来である。マクロファージ様の食作用を有し、神経組織が炎症や変性などの障害を受けると、小膠細胞は活性化し、病変の修復に関与する。Fcレセプター、補体レセプター、MHCの発現、インターロイキン1の分泌を行い、中枢神経系の免疫担当細胞としての役割を有する可能性が示唆されている。

 ミクログリアは通常は突起を多数伸ばして周囲の細胞に接触し、異常がないかを監視している。ニューロンに異常が起こると、形 を変え、ニューロンの修復を手助けするような成長因子を放出する。また、腫瘍細胞や細菌を殺すような分子も出す。さらには、 死んでしまったニューロンや他の脳細胞を貪食して、脳内を清掃 する役目もある。

 しかし、免疫細胞としてのミクログリアの働きは諸刃の剣でも ある。腫瘍細胞や細菌を殺すためのサイトカインやタンパク質分 解酵素、活性酸素類は時として、正常なニューロンを殺してしまうこともある。健康な人では、ミクログリアが必要以上に働きす ぎないように、制御する機構が働いているらしい。しかし、アル ツハイマー病やダウン症の患者では、この制御が効かずに、ミクログリアが暴走し、その結果ニューロンの死と痴呆という状況を 招いているようだ。(Wikipedia・日経サイエンス)


参考HP Wikipedia:免疫系 日経サイエンス:脳の免疫系をになうミクログリア細胞 マイナビニュース:脳修復の免疫細胞「ミクログリア」は別の機能を持っていた


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