脊髄損傷からの回復
 脊髄損傷は、主として脊柱に強い外力が加えられることにより脊椎を損壊し、脊髄に損傷をうける病態である。脊髄を含む中枢神経系は末梢神経と異なり、一度損傷すると修復・再生されることは無い。現代の医学でも、これを回復させる決定的治療法は未だ存在しない。

 毎年5000人以上があらたに脊髄損傷を負っている。これまでの統計によると交通事故や高所からの落下事故などが多い。治療としては破壊された脊髄を再生し、再び機能を取り戻すことは全世界の脊損者の願いであり、様々な分野で研究が進められている。

 現在最も有望視されているのが、iPS細胞や骨髄や神経の幹細胞を用いた神経再生の試みである。動物実験では部分的な効果が報告されているが、人体に応用し治療に役立つには未だ基礎研究の段階であり、研究の強力な推進が望まれている。

 今回、脊髄の損傷部位を迂回して大脳からの電気信号を筋肉に伝える神経バイパス技術を開発し、麻痺したサルの手を再び元のように動かすことに成功した。生理学研究所と科学技術振興機構、米国ワシントン大学のグループが発表した。


 脳と手足をつなぐ神経が集まっている脊髄では、途中の箇所が損傷して神経経路が途絶えると、脳から出る電気信号が届かずに手足が動かせなくなる。研究チームは、脊髄を損傷させたサルを使い、大脳皮質の運動野と、損傷部位の下位にある脊髄とに電極を差し込み、外部の電子回路とケーブルでつないだ。大脳からの電気信号をコンピューターで増幅して送るようにしたところ、サルは元通りに手でレバーを動かせるまでに機能が回復したという。

 科学技術振興機構の西村准教授は「ロボットアームのような機械の手(義手)を自分の手の代わりに使わずに、自分自身の麻痺した手を、人工神経接続によって自分の意思で制御できるように回復させているところが新しい点です。従来の義手やロボットを使うより実現の可能性が高い(早道である)のではないか」と話している。

今回の研究は、JST戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)の「脳情報の解読と制御」研究領域における研究課題「人工神経接続によるブレインコンピューターインターフェイス」の一環として行われ、論文は神経回路専門誌「「Frontiers in Neural Circuits」に掲載された。また、今回の動物実験に関しては、研究所内動物実験委員会での審議を経て適切に行ったとしている。


 脳から直接電気信号を引きだし麻痺した手を動かすことに成功
 生理学研究所(NIPS)と科学技術振興機構(JST)は4月11日、米ワシントン大学との共同研究により、脊髄損傷モデルのサルにおいて、脊髄の損傷部分を人工的にバイパスしてつなぐ「人工神経接続」技術を開発し、脳の大脳皮質から出る電気信号により、麻痺した自分自身の手を自在に動かすことができるようにまで回復させることに成功したと共同で発表した。

 成果は、NIPSの西村幸男准教授らの研究チームによるもの。研究はJST戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)の「脳情報の解読と制御」研究領域における研究課題「人工神経接続によるブレインコンピュータインターフェイス」の一環として行われ、詳細な内容は4月11日付けで神経回路専門誌「Frontiers in Neural Circuits」電子版に掲載された。

 脊髄は、脳と手や足をつなぐ神経の経路となっていることから、脊髄が損傷してその経路が途絶えてしまうと、脳からの電気信号が手や足に届かなくなり、手足を動かせなくなってしまうのはよく知られている。

 しかし西村准教授らは、脊髄損傷を負った患者であっても、脊髄の途中で神経経路が途絶えているだけであるから、損傷部位をバイパスして脳からの電気信号を機能の残っている脊髄に伝えることができれば、手足を健常に動かすことができると考えた。

 そこで、特殊な電子回路を介して傷ついた脊髄をバイパスし、人工的につなげる「人工神経接続」の技術を開発。実際、脊髄損傷モデルのサルの損傷した脊髄を人工神経接続によってバイパスさせたところ、手の筋肉を思い通りに動かすことができるようにまで回復したのである。

 脳の局所電位を記録し、そこから腕の運動に関わる電気信号が抽出されている。その信号に合わせて障害部位より下の脊髄に刺激が与えられたところ、刺激に合わせて腕の筋肉の収縮が見られ(腕の筋電図)、手を動かし、レバーを押すことができるようになった。人工神経接続の電子回路をオフにしたときには、こうした手の動きは見られなかったという。

 西村准教授は今回の成果に対し、「運動麻痺患者の切なる思いは、自分自身の体を自分の意思で自由自在に動かしたい、ということにつきます。今回の手法はこれまでの研究とは異なり、ロボットアームのような機械の手(義手)を自分の手の代わりに使っていません。自分自身の麻痺した手を人工神経接続により、損傷した神経経路をバイパスして自分の意思で制御できるように回復させているところが新しい点です。従来、考えられてきた義手やロボットを使う補綴より実現の可能性が高い(早道である)のではないかと考えています」とコメントしている。


 iPS細胞、脊髄損傷治療で研究進む
 2012年のノーベル医学・生理学賞受賞が決まった京都大の山中伸弥教授が開発した人工多能性幹細胞(iPS細胞)。体のあらゆる細胞に成長する性質を持ち、現在は完治が難しい大きなけがや難病の克服に道を開くとの期待が膨らむ。

 既に脊髄損傷の治療については研究がかなり進んでいる。研究段階から実用化まで「あと5年」と、見通しがある程度立っているようだ。

 細胞はひとつの受精卵から分裂を繰り返し、臓器や神経、筋肉といった体の各機能の細胞となる。一度これらの細胞に育つと元には戻らない、というのがこれまでの医学界の常識だった。山中教授がつくりだしたiPS細胞は、皮膚の細胞に特定の4種類の遺伝子を加えることで、受精卵のようにあらゆる細胞に成長する「万能細胞」となる。変化した細胞の「初期化」を実現した点が、ノーベル賞受賞において大いに評価された。

 iPS細胞に期待がかけられているのは新薬開発への応用、そして再生医療だ。心臓や肝臓といった臓器が機能不全を起こした場合でも、iPS細胞ならそれぞれの臓器の細胞に成長させることができる。今日のような臓器移植手術では、他人のものを移植するため拒否反応が心配だが、iPS細胞は自分の細胞なのでその懸念が薄まるだろう。

 実用化に向けた研究は、着々と進んでいる。山中教授と2006年からiPS細胞の共同研究を手がけている慶應義塾大学医学部の岡野栄之教授は2012年10月9日、TBSの情報番組「朝ズバッ!」に出演し、興味深い話を披露した。


 サルでは実験成功、損傷1か月程度なら効果大
 岡野教授は、iPS細胞を脊髄損傷の治療に応用する研究に取り組んでいる。番組では、脊髄が傷ついたマウスに神経のもととなる細胞を移植したところ、歩けるようになった事例を紹介した。さらに2年前には、サルでも同様の実験で成功を収めた。今日では、損傷から1か月程度しか経過していない患者に対しては治療法の効果が高いことが分かってきており、「5年ぐらいの間に実用化を目指している」と語った。

 「夢の医療」が手の届くところに来ているように映るが、患者側はどうとらえているだろうか。全国脊髄損傷者連合会の理事長を務める妻屋明氏に取材すると、岡野教授の研究は知っているとしたうえで「急に次々と治るようになる、とは想像しにくい」と答えた。

 妻屋氏によると、脊髄損傷を患う人は全国でおよそ5万8000人。全般的に数は減少傾向だが、原因は交通事故と「高齢者の転倒」が顕著だという。自身も40年前に脊髄損傷を負った妻屋氏が「針のむしろにいるような激痛」と表現することから、そのつらさが想像できる。厳しいリハビリを乗り越えて社会復帰し、何年も生活を営んでいる側からすると、iPS細胞による治療法がまだ確立していない以上は「本当に元の体に戻るのだろうか。それよりも痛みを和らげる治療の開発が有益ではないか」と考えるのもやむを得ない。

 数年前に妻屋氏は、iPS細胞による脊髄損傷治療で「あと5年のうちに臨床試験」との話を耳にしたというが、今日になっても「5年」の壁はそのまま残っている。加えて安全面では、iPS細胞の「がん化」の危険性が完全に払しょくされたわけではない点が気になると話す。

 岡野教授の研究室のウェブサイトを見ると、動物実験で有効だった手法が人間にも当てはまるかは「慎重な検討を重ねる必要がある」となっていた。患者の立場とすれば、実用化は簡単でないと理解しつつ、「その日」が来るまでは手放しで喜べないようだ。脊髄損傷に限らず、iPS細胞を医療で活用するには倫理面での課題のクリアや法整備、費用面と、治療法の確立以外の面でも超えるべきハードルは少なくない。

 それでも研究者たちの努力は実りつつある。脊髄損傷治療と並んで網膜の再生も、5~10年を目安に実現への期待が高まっている。山中教授はノーベル賞受賞決定後の10月9日、夫人とともに臨んだ会見で「途中で倒れたりしないように、マラソンより長い何十年という道のりを走っていきたい」と述べた。

 仮に短期間では劇的な成果につながらなかったとしても諦めず、長期的なプランを携えて再生医療への道を切り開くという決意の表れだろう。(Jーcast news 2012/10/9)


参考HP マイナビニュース:脳から直接電気信号を引き出し麻痺した手を動かすことに成功


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