4月22日は「アースデイ」
 去る、4月22日は「アースデイ」。地球環境を考え、行動する日だという。全国ではどんなことが行われたのだろうか?

 沖縄、那覇市では、学生らが集まり、「ゴミ拾いは街も心もきれいにする。できることからはじめよう」とアースデイ宣言をした。 那覇高等美容学校の学生ら17人が那覇市牧志の商店街でごみを拾い、約2時間で10袋を集めた。

 1970年に米国で提唱されたアースデイ運動。同校では2008年から活動を続けており、この日もごみ拾いの後、「一つ一つの小さな行動から地球環境を良くしていこう」と「アースデイ宣言」をして市民に呼び掛けた。 (沖縄タイムズ 2013年4月23日)

 地球環境問題を考えてもらうイベント「アースデイ奈良2013」が、奈良市の奈良公園などで開かれた。地球環境にやさしいエコグッズなどを出店が販売したほか、環境保護などを呼びかける音楽ステージも披露された。

 地元の商店や高校、NPO法人などが、エコグッズや無農薬野菜、雑貨などを販売する約80店舗を出店。多くの買い物客でにぎわった。ステージでは、和太鼓や世界の民族楽器による演奏会もあり、それぞれのパフォーマンスを通じて環境保護の重要性をアピールした。(産経news 2013年4月22日)


 音楽と美味しいもの満載のエコイベント、アースデイ東京2013
 今年で13回目を迎える、市民による日本最大級の地球フェスティバル“アースデイ東京”が、4月20日(土)21日(日)、代々木公園を中心に開催された。

 毎年大人気のアースデイ・キッチンには、今年も厳選したこだわりを持った店舗が並ぶ。また、代々木公園野外ステージでは、GAKU-MC、佐藤タイジ、Leyonaをはじめ、アースコンシャスなアーティストたちによるコンサートも行なわれた。

 TOKYO油田は「天ぷら油リサイクル発電大作戦」と題し、2006年からアースデイ東京の音響・照明ほか会場すべての発電をまかなうVDF(ベジタブル・ディーゼル・フューエル)という代替燃料を提供してきた。今年も2日間で計1600~1800リットル用意。アースデイ当日も、来場者から使用済みてんぷら油を回収した。

ことしで13回目を迎えた「アースデイ東京」にはおよそ400の団体が参加。会場の代々木公園にはリサイクル製品や無農薬野菜を販売する出店が並ぶなど、環境問題について考えるさまざまな催しが行われた。

 材料に砕いたペットボトルを混ぜてできた風呂敷には子どもたちが好きな模様をスタンプし、楽しみながら身近なものがリサイクルできることを学んだ。また、北海道で農地を荒らしていたシカを駆除し、その肉をソーセージやホットドッグにして販売する屋台もお目見えした。訪れた人たちは野生動物との共生の在り方について考える機会となった。シカ肉を食べた人からは「臭みがなくておいしい」「おいしい。シカっぽくない。共生していかなければいけないが、それまでには時間がかかる。食べて頭数を減らしていけるんだったらそれもありかな」などといった声が聞かれた。


 国連によるアースデイの誕生
 地球環境を考え、行動する「アースデイ」は、いつどのように誕生したのだろう?

 最初にアースデイの概念が提起されたのは1969年、国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)における環境関連の会議である。長年社会運動に取り組んできたジョン・マッコネルが提案したこの概念を最初に採用したのはサンフランシスコ市で、同市の市長であったジョセフ・アリオトは翌年の3月21日(北半球における春分の日)に世界初のアースデイを宣言した。

 また当時の国連事務総長であったウ・タントもこの提案を支持し、1971年の2月26日、ウ・タントは国連事務総長としてアースデイ宣言書に署名した。ウ・タントはこの年に同職を退いたが、後任のクルト・ヴァルトハイムも3月21日をアースデイとする方針を継承した為、現在に至るまで3月21日は国連によるアースデイとして続いている。

 毎年、この日には国連本部にある「日本の平和の鐘」が鳴らされている。2009年の国連総会で、4月22日を「国際母なる地球デー(英語版)」とすることが採択され、翌2010年から実施されている。(Wikipedia)


 4月22日アースデイの誕生
 1960年代終わり頃、農薬や殺虫剤などの化学物質の過剰な使用が自然の生態系を破壊することを論証したレイチェル・カーソン著の「沈黙の春」がじわじわと浸透し、ようやく環境問題に人々の関心が集まり始めました。環境問題や、その保護のために力を注ぐ政治家はまだ少ない時代です。

 その内の一人だったアメリカ・ウィスコンシン州選出のG・ネルソン上院議員は、学生運動・市民運動が盛んなこの時代に、環境のかかえる問題に対して人々に関心をも持ってもらおうと考えました。そこでベトナム反戦運動で盛り上がった「ティーチ・イン」(討論集会)を環境問題に応用できないかと、当時スタンフォード大学学生で全米学生自治会長をしていたデニス・ヘイズ氏に伝えました。

 このアイデアを受けて、1970年デニスは全米中にアースデイを呼びかけ、コーディネートし、4月22日をアースデイであると宣言しました。  アースデイ1970は、延べ2000万人以上の人々が何らかの形で、地球への関心を表現する、アメリカ史上最大のイベントとなりました。その行動は、たいへんユニークで多彩 なものばかりでした。

 例えば・・・ニューヨーク市では、市長が5番街からすべての車を閉めだし、サンフランシスコでは10万人の人々が「エコロジーフェア」にくり出す。 連邦議会は、議員たちが出身地で環境問題についての討議会に出席できるよう正式に休会に。

 3大テレビネットワークが全米各地のイベントを実況中継。公共放送は、一日中アースデイの特別 番組を編成。多くの全国紙・地方紙は環境問題を特集。 自動車労連は、スモッグの出ない車を呼び物にパレード。

 このアースデイをきっかけに、環境問題に対して、引き続き人々の関心が払われるようになり、環境保護庁設置や大気浄化法、水質浄化法などさまざまな環境法が整備されたほか、環境問題について消極的な態度をとりつづけてきた議員が選挙に落選し、軍は東南アジアにおける枯れ葉剤の使用を禁止されるなど、アースデイの影響はあらゆるところに及びました。銀座で日本で最初の歩行者天国が誕生したのも、このアースデイがきっかけでした。(アースデイ函館2008)


参考HP Wikipedia:アースデイ


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