重要視されるコミュニケーション能力
 国際化の進展に伴い、多様な価値観を持つ人々と協力しながら社会に貢献することができる創造性豊かな人材の育成が重要視されている。人と人が協力するときに必要なのがコミュニケーション能力だ。ではコミュニケーションには何が必要なのだろう?

 プライベートでも仕事でも、何となくリズムが合う人がいる。そんな時はコミュニケーションがうまくいっており、脳も気持ちよく働いているはずだ。このように無意識に相手とリズムが合うことを「同調」というが、この時の脳の活動はどうなっているのかは、よく分かっていなかった。

 理研の研究チームはその解明に取り組んだ。まず研究チームは、発話リズム以外の要素を排除するため、発話内容に意味はもたせず、しかしコミュニケーションは 必要とする実験課題として「交互発話課題」を考案した。自由なリズムで交互にアルファベットを発声し合うもので、この時の発話リズムと脳波リズムを同時に測定できる実験手法と、データから意味のあるものを抽出する解析技術も開発した。

 課題を日本人の20ペアにしてもらったところ、個々の発話リズムは本来異なるにもかかわらず、2人が交互に発話すると互いの発話リズムが同調することを発見。また、この同調は一定のリズムで発話するようプログラムされた機械とでは起きず、ヒト同士の場合だけで起こることが分かった。さらに、この時の脳波を解析すると、発話リズムが同調すると脳波リズムも同調し、発話リズムが同調するほど脳波リズムの同調が強いことも分かった。


 今回の成果をもとに、コミュニケーション障害の診断・治療の開発や人に相性のよいパートナーロボットの開発など、工学的応用も期待できる。


 コミュニケーション能力を科学する
 私たちの社会は、個性を持った人々が複雑に関わりあって(コミュニケートして)成り立っている。コミュニケーションの中で、個性と同じように各人の発話や行動などのリズムはバラバラですが、会話中のうなずきやジェスチャーなど無意識に相手とリズムが引き込み合う「同調」が見られる。これまでの心理学的研究によってこの同調は、他者との共感を増すことや協調作業の効率をよくすることなどが知られている。しかし、同調を引き起こすメカニズムや、同調が人間同士(生物同士)のコミュニケーションに特有なものなのかという点については、明らかにされていない。

 一方、ジェスチャーなど目に見える行動リズムの同調と同様に、私たちの脳も記憶や思考などの認知機能を実現するために、神経細胞集団がある特定のリズムをもって同調して活動する。これらの同調は脳波リズムとして検出される。近年の脳研究は、脳波リズムの計測技術の進歩により、コミュニケーションに関係した社会性の研究にまで迫りつつあるが、まだ1個体の脳活動を分析するものが主だ。つまり、実際に複数体の無意識な行動の同調には脳個体間の同調が関係するのかどうかなどについては、未解明な部分が多い。

 これまでに複数体の脳活動を同時に記録した研究はあるが、コミュニケーションにはさまざまな要素が含まれるため、同調だけを評価するためにはそれ以外の要素を排除する必要があった。特に言語コミュニケーションには、話の内容や文脈などの複雑な要素から発話リズムのような単純な要素まで含まれており、脳活動どころか行動リズムの同調の分析でさえ困難だ。そこで研究チームは、この課題を解決するために(1)注目すべきリズムだけを取り出す実験課題の作成(2)2者間で同時に計測するための測定技術の確立(3)1、2から得られた莫大なデータから意味のあるものを抽出する解析技術の確立に挑んだ。


 研究の手法「交互発話課題」
 まず研究チームは、実験課題として、発話リズム以外の要素をできる限り排除するために、特に発話内容には意味を持たせず、しかし相手とのコミュニケーションを必要とする「交互発話課題」を考案。これは、2者がそれぞれ自由なリズムでAからGまでのアルファベットを交互に発声し合う課題で、1被験者が「A」と発声した後、相手は「B」と発声し、被験者は続けて「C」と発声するというものだ。

 実験で両被験者は、ノイズを排除し脳波を正確に測定できる電磁気シールドルーム内にて机を挟んで離れて向かい合って座る。発話リズムの影響だけを測定するため、実験中は両者の間に置かれた透明な仕切りの中心点を注視することで、視野に相手の顔を含めた状態で課題が行われた。

 さらに、被験者にアゴ台にアゴを乗せ、手を机の上に載せ体を動かさないように指示することで、体の動きのほとんどを排除。脳波の測定は、体の動きによるノイズの影響を受けにくいアクティブ電極を用いて行われた。こうして、交互発話に関わる脳活動だけを計測できるようにしたのである。

 今回の研究ではこの交互発話課題を、人間同士で行う条件と、一定のリズムで発話するようにプログラムされた機械を相手に行う条件の両方で行われた。両条件を比較すると、ヒトの発話リズムがノイズのない一定のリズムと、人間のようにノイズや変調を含んだリズムとのどちらに引き込まれやすいかを調べることが可能というわけだ。


 発話リズムが同調すると、脳波リズムも同調
 今回の実験では、2名の日本人被験者をペアとした合計20ペアが参加した。その結果、発話リズムは人間同士で行う実験だけで同調することが明らかになったのである。また、発話リズムが同調する時に脳波リズムも同調し、特に「θ波」(4~8Hzにピークを持つ成分)と「α波」(8~13Hzにピークを持つ成分)を含む成分(6~12Hz)が増幅し同調することがわかった。

 これらの2者の脳波リズムについて、脳のどの部位の働きが似ているかの相関解析が行われた結果、側頭部と頭頂部の関与が認められたのである。さらにこの脳波リズムの相関は、発話リズムの相関が高いペアほど高く、低いペアほど低いという結果が示されており、その点について研究チームは「興味深いこと」としている。つまり、2者間の脳波リズムの同調が、発話リズムの同調と密接に関係することを初めて示したというわけだ。発話リズムが同調するペアほど脳波リズムも同調することがわかった。

 今回の結果から、ヒトは機械のように正確な一定のリズムよりも、生物的な不安定なリズムの方に引き込まれやすいということ、またこの無意識な発話リズムの同調が脳活動においても同調することが確かめられたというわけだ。社会認知神経科学では、他者の行動を見てあたかも自分が行動したかのように振る舞う「ミラーニューロン」の発見から、近年では他者の気持ちへの共感にまで踏み込んだ研究が進められている。

 ただしこうした研究のほとんどが、他者からの受動的な脳活動の変化を示していたという。それに対して今回の研究は、さらに2者が能動的かつ受動的に相互に関わり合って行動する時の、脳活動の変化を示した点で、これまで困難だった人間関係の脳活動評価への道を切り開いたといえるとした。

 今後、コミュニケーションにおける行動や感性変化の定量化が可能となれば、コミュニケーション障害の診断ツールや治療方法への応用が期待できる。例えば、現在の高齢化社会において、高齢者と親族(または介護者)の行動リズムにズレが生じることがあるが、脳波リズムを基に発話リズムを相手と合わせることで、両者のコミュニケーションのストレスを軽減させることができるかも知れないという。さらに、個人にとって適した発話リズムを音声リズムに導入することでヒトと円滑にコミュニケーションが可能になるパートナーとしてのロボットの開発なども期待できるとした。


参考HP マイナビニュース:会話リズムがそろうと脳波リズムもそろう 理化学研究所:2人のあいだの会話リズムがそろうと脳波リズムもそろう


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