1939年
 1939年というと第二次世界大戦の始まった年。9月1日ナチス・ドイツ軍とスロバキア軍によるポーランド侵攻により、第二次世界大戦が勃発した。その1ヶ月前の8月には、アインシュタインがルーズベルト米大統領宛に原子爆弾開発を促す書簡(アインシュタイン=シラードの手紙)を送付、マンハッタン計画の契機となった。

 著名なアインシュタインが関わったこの手紙は、アメリカ政府の原子爆弾開発計画であるマンハッタン計画の最早期の引き金として有名である。 この結果1945年8月6日、9日広島、長崎に原子爆弾は落とされることになる。アインシュタインは晩年この手紙に署名したことへの後悔の念を吐露した。

 1939年のノーベル物理学賞を受賞したのは、米国の物理学者アーネスト・ローレンス。受賞理由は、「サイクロトロンの開発および人工放射性元素の研究」である。原子物理学や素粒子物理学で標準的に使用される加速器であるサイクロトロンを発明したことで知られる。


 彼もまたマンハッタン計画に協力した1人である。しかも指導的な立場で中心的機関ロス・アラモス科学研究所を組織。サイクロトン用の電磁石を転用してウラン235及びプルトニウムの電磁分離を行う。核兵器に対して国際管理に強い関心を持ち、その均衡を望んだ。オッペンハイマーと意見を異にし、水爆の製造まで参加している。

 だが、日本のサイクロトンの再建には協力、カリフォルニア大学バークレー校より有益な資料を提供。留学生も多く受け入れた。戦後は核エネルギーの平和的利用の普及や核兵器の制限に努力した。第103番元素ローレンシウムの名はローレンスの名にちなんでいる。


 サイクロトンとは何か?
 宇宙誕生の瞬間のビッグバンを再現する次世代加速器「国際リニアコライダー(ILC)」建設構想が話題になっている。日本では昨秋の日本物理学会で脊振山系(佐賀、福岡)と北上山地(岩手)2カ所が有力候補地に挙がった。欧州や米国などを含め候補地は4、5カ所で、世界の研究者でつくるILC運営委員会が2012年末に最終候補地を絞る目標を掲げている。

 リニアコライダー(Linear Collider)は、衝突型粒子加速器(Collider)の一種。加速器には直線のものと円形のものが存在し、リニアコライダーはその名のとおり直線(Linear)型である。これに対し、ローレンスが開発したのが円形の加速器、サイクロトン(Cycloton)である。

 サイクロトロンは、1930年、アメリカのカリフォルニア大学のローレンスとリヴィングストンとが創案した円形イオン加速器である。粒子をその軌道を定める固定磁界と、その中に設けた電極(ディー)間の高周波電界により、うず巻型の軌道をとらせながら次第に加速する装置だ。原子核反応の研究、放射性同位元素の製造、医療用等に用いられる。

 初期の加速器は粒子の加速に高電圧を利用するものだったが、1930年代に高周波の電場を利用した線形加速器や磁場を使った円型の加速器サイクロトロンが誕生した。

 1944年に位相安定性原理を加速に用いるシンクロトロンが誕生。1952年に強収束の原理が発見、粒子を加速するエネルギーはそれまでの1~10万倍になった。

 初期の加速器では粒子を固定標的にあてて出てくる粒子を調べていたが、エネルギー効率が悪かったため2つの粒子をそれぞれ正面から衝突させるようになる。この方法で、エネルギーがより反応へ向けられることとなった。

 日本では理化学研究所の仁科芳雄博士らが1937年から陽子サイクロトロンを建設、しかし、太平洋戦争(大東亜戦争)の敗戦でGHQの指示によりサイクロトロンが破壊された。当時の部品で現存するのは、「ポール・チップ」と呼ばれる磁極として使われた鉄製円盤(直径約1メートル、厚さ約0.15メートル、重さ約250キロ)1枚のみである。今まで部品は全て廃棄されていたと思われていたが、京都大学の研究者が保管し続けていたという。

 1951年5月に来日したローレンスの助言により12月に科研(理研)で小型サイクロトロンの建設が始まり、1952年12月に運転を始めた。東北大学の北垣敏男による機能分離型強収斂の提案がなされる、これにより理論上100億電子ボルト以上の出力が可能になった。1961年に完成したのが東京大学原子核研究所の7億eV電子シンクロトロン。電子シンクロトロンは1966年には13億eVに到達。1971年に高エネルギー物理学研究所(KEK、現・高エネルギー加速器研究機構)発足、陽子シンクロトロン建設開始。そして1976年、120億eVの陽子シンクロトロンが完成。


 アーネスト・ローレンス
 アーネスト・オーランド・ローレンス(Ernest Orlando Lawrence、1901年8月8日~1958年8月27日)は、アメリカ合衆国の物理学者。カリフォルニア大学準教授(1928年~1930年)、のち教授(1930年~1958年)。兼バークレー放射線研究所所長(1936年~1958年)。

 原子物理学や素粒子物理学で標準的に使用される加速器であるサイクロトロンを発明したことで知られる。さらに、門下の物理学者たちによるサイクロトロンを用いた多くの人工放射性元素の発見を指導した。ネプツニウムを筆頭に1950年代までに発見された超ウラン元素のほとんどは彼が所長を務めていたバークレー放射線研究所(現在のローレンス・バークレー国立研究所)で合成されている。

 第二次次世界大戦中はマンハッタン計画に参加し、質量分析法によるウラン235の工業的分離に成功した。戦後も加速器の改良に力を注ぎ、バークレーにベヴァトロン(Bevatron)と名付けられた当時世界最大のシンクロトロンを建設した。セグレとチェンバレンらによる反陽子の発見もベヴァトロンによるものである。

 1939年、「サイクロトロンの開発および人工放射性元素の研究」によりノーベル物理学賞を受賞した。1958年には第1回シルヴェイナス・セイヤー賞(Sylvanus Thayer Award)を受賞している。

 第103番元素ローレンシウムの名はローレンスの名にちなんでいる。彼の弟ジョン・ローレンス(John H. Lawrence、1904年~1991年)も物理学者となり、シンチグラフィのパイオニアとして知られている。

 また、後にトリニトロンの原型となるアパーチャーグリル式のブラウン管であるクロマトロンを発明した人物でもある。


 生い立ち
 アーネスト・オーランド・ローレンスは1901年8月8日、サウスダコタ州リンカーン郡の郡庁所在地カントン(Canton)でカール・グスタヴス・ローレンス(Carl Gustavus Lawrence)とその妻グンダ・ローレンス(Gunda Lawrence、旧姓ジャコブソン; Jacobson)の長男として生まれた。両親はともにノルウェー系で、父親はここで教育長をしていた。

 ローレンスの少年時の友人に、後に物理学者となって近接信管を開発したマール・チューヴ(Merle Tuve)がおり、ローレンスとチューヴは二人で簡単な無線装置を作ったりしていたという。

 カントン高等学校を卒業したのち、1918年にローレンスは医学を志してセントオラフ大学に入学した。翌年にサウスダコタ大学に移って医学の勉強を続けたが、ここの電気工学部の教授であったルイス・エイクリー(Dean Lewis E. Akeley)の影響で進路を変更した。ローレンスは1922年、優秀な成績で化学の学位を取得した。その後ミネソタ大学の修士課程に進み、チューヴとともにW・F・G・スワン(William Francis Gray Swann)の元で学んだ。

 ローレンスは1年で物理学の修士号を取得したがその後も研究室に留まり、スワンが1923年にシカゴ大学に、1924年にイェール大学に移ったときも行動を共にした。そして1925年、光電効果に関する論文でイェール大学から物理学の博士号を取得した。

 初期の研究
 全米科学アカデミーによって第一次世界大戦中に設立された全米研究会議(The National Research Council)は、ロックフェラー財団の寄付をもとに1919年から博士号取得者に対する給費研究員(フェロー)制度を創設していた。ローレンスはこの制度を利用してイェール大学に残って研究を続けた。

 光電効果や電離の研究によってローレンスは有望な実験物理学者と目されており、いくつかの大学から声がかかっていた。ローレンスは1927年にイェール大学から助教授として採用されたが、翌年恩師のスワンがここを去ったこともあり、よりよい条件を提示したカリフォルニア大学に移った。

 この時期のローレンスは、学位論文のテーマでもあったカリウム蒸気中の光電効果の研究のほか、水銀原子のイオン化エネルギーの精密測定、3×10-9秒という超短時間の火花放電技術の開発、電子の比電荷を測定するための新方式の発明などを行なった。(Wikipedia)


 リニアコライダーとは?
 宇宙誕生の瞬間のビッグバンを再現する次世代加速器「国際リニアコライダー(ILC)」建設構想が話題になっている。日本では昨秋の日本物理学会で脊振山系(佐賀、福岡)と北上山地(岩手)2カ所が有力候補地に挙がった。欧州や米国などを含め候補地は4、5カ所で、世界の研究者でつくるILC運営委員会が2012年末に最終候補地を絞る目標を掲げている。

 リニアコライダー(Linear Collider)は、衝突型粒子加速器(Collider)の一種。加速器には直線のものと円形のものが存在し、リニアコライダーはその名のとおり直線(Linear)型である。円形ではどうしてもスピードが減速してしまうが、直線ではスピードが落ちないのが最大の特徴だ。

 リニアコライダー(Linear Collider)は、衝突型粒子加速器(Collider)の一種。加速器には直線のものと円形のものが存在し、リニアコライダーはその名のとおり直線(Linear)型に位置づけられる。超精密装置であるため地下の固い地盤の上にトンネルが掘られ、その中に構築される予定。トンネル内には全長約40kmにもおよぶ真空管が設置され、その両端から入射する電子と陽電子を光速まで加速し、正面衝突させることができる。

 こういった加速器という実験施設は世界中にも様々なところに存在するが、現在世界で最大、最高性能の加速器はスイス、ジュネーブ郊外の地下に存在するLHC(Large Hadron Collider:大型ハドロン衝突型加速器)だ。形は円形でありその周長は約27km、ほぼ山手線と同じ大きさである。リニアコライダーはさらに高性能の加速器として、LHCの次の世代を担うことになっている。

 リニアコライダーにおいては、光速まで加速された電子と陽電子が正面衝突することによって消滅し、そこには宇宙の始まりの状態であるビッグバンと同様なエネルギーのかたまりが生み出される。この人工的ビッグバンからは宇宙の始まりと同様に様々な粒子が噴出する。これらの粒子を観測することにより、どのようにして、そしてなぜ、宇宙が生まれ、物質が生まれ、人が生まれたのか、という人類が長年抱いてきた謎の解明に挑むのがリニアコライダー計画である。

 リニアコライダーで加速する電子・陽電子のビームのサイズは従来の加速器と比べて圧倒的に小さい。衝突点付近でのビームのサイズは5ナノメートル(1ナノメートルは1メートルの10億分の1)で、これは水素原子たった数十個分でしかない。さらに、月まで行ってもなんと1メートルしか広がらない超平行ビームとなっている。リニアコライダーはこのような最先端技術を結集して宇宙創成の謎に挑む。


参考HP Wikipedia:加速器 アイラブサイエンス:リニアコライダーで震災復興


ビッグバンをつくりだせ―新型加速器:リニアコライダーが宇宙誕生の瞬間に迫る
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