タンパク質のエンドレス合成
 大腸菌の細胞内でDNA(デオキシリボ核酸)の遺伝情報をコピーする直鎖状のmRNA(メッセンジャーRNA〈リボ核酸〉)を環状のmRNAに作り変えることで、タンパク質を終わりなく合成することが可能となる手法を、理化学研究所と北海道大学薬学部の研究グループが開発した。この手法によれば、長鎖状のタンパク質であるコラーゲンやシルク、クモの糸などを効率よく作れるようになるという。

 生物の体を構成するタンパク質は、細胞核内にあるDNAの遺伝情報をもとに合成される。その過程は、まずDNAの遺伝情報がmRNAに転写され、次に核外で「リボソーム」という“製造マシーン”がmRNA上を移動しながら転写情報を読み取り、その情報に従ってアミノ酸を合成して複数つなげることで1つのペプチド、さらにはタンパク質が完成する。この作業を終えたリボソームは、また次の(あるいは同じ)mRNAの先頭に結合して再び合成を始める。この仕事を終えたリボソームが再び合成作業を開始するまでが、タンパク質合成で最も時間のかかる過程だという。

 そこで研究グループは、この最も時間のかかる過程に注目した。通常が直鎖状となっているmRNAの終点標識を取り除き、末端を先頭につなげることで環状のmRNAを作った。アミノ酸8個からなる「FLAGタンパク質」を作る遺伝情報を1単位に、いろいろな長さのmRNAで直鎖状のものと比べた。その結果、直鎖状mRNAではそれぞれの長さに応じて少量のペプチド断片ができたが、環状mRNAでは長鎖で大量のペプチドが観測され、FLAGタンパク質が連続的に合成された。さらに環状mRNAでは、単位時間当たり200倍ほどの高効率でタンパク質合成が進むことを確認したという。


 研究論文“Rolling circle amplification in a prokaryotic translation system using small circular RNA”は近く、ドイツの化学会誌「Angewandte Chemie International Edition」(オンライン版)に掲載される。(サイエンスポータル 2013年5月23日)


 mRNAとは何か?
 mRNAとは、メッセンジャーRNA〈リボ核酸〉と読む。DNAに比べてその長さは短い。DNAからコピーした遺伝情報を担っており、その遺伝情報は、特定のアミノ酸に対応するコドンと呼ばれる3塩基配列という形になっている。

 mRNAはDNAから写し取られた遺伝情報に従い、タンパク質を合成する(これを翻訳という)。翻訳の役目を終えたmRNAは細胞に不要としてすぐに分解され、寿命が短く、分解しやすくするために1本鎖であるともいわれている。

 古細菌、真正細菌では転写されたRNAはほぼそのままでmRNAとして機能する。一方真核生物では転写されたmRNA前駆体はいくつかの切断、修飾といったプロセシングを受けたのちに成熟mRNAになる。

 真核生物のmRNAはRNAポリメラーゼIIによって転写されたRNAに由来する。5'末端にはm7Gキャップがあり、3'末端は一般にポリアデニル化される(poly (A)鎖で終了している)。これらの構造やmRNAの塩基配列は翻訳活性やmRNAの分解を制御する機能も持っている。古細菌、真正細菌も3'末端に短いpoly (A)鎖を持つが、5'末端のキャップ構造は持たない。

 poly (A)鎖はrRNAやtRNAには存在しないmRNAの特徴であるとされており、このことを利用してmRNAを特異的に精製することができる。また、mRNAを鋳型にしてDNAを逆転写酵素によって合成することができ、これはcDNAと呼ばれる。cDNAは遺伝子が働いていることの非常に信頼性の高い証拠であり、ゲノムプロジェクトによって得られた大量のシークエンスデータの中から遺伝子を探す作業を補助することができる。

 遺伝子発現のプロセスの一つ、転写は細胞核内にて行われる。DNAに刻まれた遺伝情報(遺伝子)は、RNA合成酵素によりmRNAに転写される。DNAがすべて転写されるのではなく、必要な分だけ転写される。遺伝情報はmRNAの塩基によってコドンの形式でコードされ、全20種類のアミノ酸に対応している。

 遺伝情報を受け継いだmRNAは核から細胞質へ出て、リボソームに付着する。ここでmRNAの遺伝情報に従い、特定のタンパク質が合成されるしくみだ。


 環状mRNAでタンパク質の量産化
 研究グループは、大腸菌の直鎖状mRNA鋳型上から終止コドンを除き、開始コドンを残した環状RNAを考案しました(図2)。この環状mRNAを用いてタンパク質合成反応を行った場合、リボソームが一度環状mRNAに結合してタンパク質合成を開始すると、終止コドンがないので原理的にはエンドレスにタンパク質合成を続けることになります。また、直鎖状mRNAを鋳型としたタンパク質合成と比較して、リボソームが解離して結合するまでの律速段階がないので、効率よくタンパク質合成ができます。

 そこで、大腸菌の中からタンパク質合成過程を取り出した無細胞系タンパク質合成システムを使って、以下のような手法で実際に環状mRNAや直鎖状mRNAのタンパク質合成の効率を評価しました。

 まず、mRNA の先頭に開始コドンを有し、8つのアミノ酸から構成されるFLAGタンパク質を繰り返しコードし、終止コドンが存在しないmRNA配列を設計しました。

 次に、FLAGタンパク質の繰り返し数を変えることで、塩基配列の長さが84塩基、126塩基、168塩基、252塩基の、それぞれ直鎖状と環状のmRNAを作製しました。これらを用いてタンパク質合成反応を行い、ポリアクリルアミドゲル電気泳動で解析しました。

 直鎖状mRNAでは、それぞれの長さに応じて少量のペプチド断片が観察されました。それに対し、環状mRNAを用いた場合、84塩基では環のサイズが小さすぎて長鎖のペプチドは観測されませんでした。一方、126塩基、168塩基では長鎖でかつ大量のペプチドが観測され、FLAGタンパク質が連続的に合成され連なっていることが推測できます。

 ただ、252塩基では若干ペプチドの量が減少しました。これはmRNAの高次構造による影響であると示唆されます。続いて、終止コドンありと終止コドンなしの126塩基の環状mRNAを用いてタンパク質合成反応を解析しました。その結果、終止コドンありの環状mRNAは短いペプチド断片を産出するのに対して、終止コドンがない環状mRNAは長鎖のタンパク質を大量に産出しました。

 その結果、直鎖状mRNAと比較して、環状mRNAを用いたタンパク質合成反応は単位時間当たり200倍ほど高効率で進行することを確認しました。本手法は、長鎖タンパク質のコラーゲンやシルクなどを人工合成する手法として多様な応用が期待できます。(理化学研究所)


参考HP Wikipedia:mRNA 理化学研究所:環状mRNAを用いてエンドレスなタンパク質合成に成功 サイエンスポータル:タンパク質のエンドレス合成


機能性RNAの分子生物学
クリエーター情報なし
クバプロ
実験医学増刊 Vol.31 No.7 生命分子を統合するRNAーその秘められた役割と制御機構~分子進化・サイレンシング・non-coding RNA からRNA 修飾・編集・RNA―タンパク質間相互作用まで (実験医学増刊 Vol. 31-7)
クリエーター情報なし
羊土社

ブログランキング・にほんブログ村へ 人気ブログランキングへ ←One Click please