最終氷河期後の寒冷化
 最終氷期とは、およそ7万年前に始まって1万年前に終了した最近の氷期である。この時期には、大量の氷がヨーロッパや北米に氷河・氷床として積み重なった。その結果、地球上の海水量が減少、世界中で海面が約120mも低下したという。

 その影響で、アジアとアラスカの間にはベーリング陸橋が形成され、ここを通って北アメリカに人類が移住したといわれている。日本列島およびその周辺では、海岸線の低下によって北海道と樺太、ユーラシア大陸は陸続きとなっており、現在の瀬戸内海や東京湾もほとんどが陸地となっていた。

 その後、次第に地球は温暖化していくが、今から1万2800年前、氷河期から温暖化に向かう途中の一時的な寒冷期「ヤンガードリアス期」があった。この原因はよくわかっていなかったが、米大学の研究チームが、当時の地層に残った小球体を分析したところ、どうやら、小規模な天体衝突があったことがわかり、この影響で寒冷化が起きたという。


 氷河期明けの「寒の戻り」は天体衝突が原因?
 今から約6500万年前に恐竜などの生物が大量絶滅したのは、直径10km程度の隕石が地球に衝突して急激な寒冷化を引き起こしたからだという説が有力だ。しかし、もう少し小規模ながら、隕石の衝突によって寒冷化が起きたことが、比較的最近も起きた可能性がある。

 今から1万2800年前、氷河期から温暖化に向かう途中の一時的な寒冷期「ヤンガードリアス期」は、天体衝突によってもたらされたという説がある。当時の地層に残った小球体を米大学の研究チームが分析したところ、この説を裏付ける結果が出された。

 調査が行われた小球体は、北米から欧州を中心とした9か国18か所の「ヤンガードリアス境界層」から見つかったものだ。クリックで拡大(提供:YDB Research Group。以下同)

 最後の氷河期が終わって地球が温暖化に向かっていた時期にも、何度か「寒の戻り」と呼べるような寒冷期が存在した。中でも1万2800年前からおよそ1000年続いたヤンガードリアス期は寒冷化が顕著であったようだ。マンモスなどの巨大ほ乳類の多くが北アメリカ大陸から消えた時期や、同じく北アメリカ大陸で広まっていた石器文化であるクローヴィス文化の終焉と重なることからも注目されている。

 ヤンガードリアス期をもたらした原因としては、海洋循環の変化によって赤道付近の暖かい海水が北へ届かなくなったという仮説が有力だった。一方、近年注目されるようになったのが天体衝突説だ。2007年に、クローヴィス文化の遺跡から相次いで炭素を多く含む黒土が見つかったという発表があり、これは小惑星か彗星が北アメリカ大陸に衝突(または衝突直前に空中爆発)したことで地上の植生が焼けた痕跡だと考えられた。しかし、火災の多くは人為的なものだと考えられるので、黒土は天体衝突がもたらしたものとは言いきれない。他にも様々な反論があげられている。

 カリフォルニア大学サンタバーバラ校のジェームス・ケネット名誉教授らは新しい証拠を見つけた。砂や岩が高温で溶けてから再び固まったことで形成された、直径1mmにも満たないビーズ状の物体だ。こうした小球体は火山の噴火や雷の落下に伴って作られることもあるが、ケネット名誉教授らは700個近い小球体の成分や磁性を分析して天体衝突以外の要因を反証してきた。

 小球体は北アメリカ大陸だけではなく、南アメリカの一部やヨーロッパ、中東にも分布している。天体の落下地点を推定するのはまだ難しいが、ケネット名誉教授は「この証拠は、アメリカの大型動物の大半が悲劇的にも絶滅してしまった主な原因が大規模な天体衝突であることを示し続けています。幾度もの氷河期をせっかく乗り越えた矢先、この天変地異でいなくなってしまったのです」とコメントしている。(2013年5月27日 カリフォルニア大学サンタバーバラ校)


最終氷河期とは?
 最終氷期とは、およそ7万年前に始まって1万年前に終了した一番新しい氷期のことである。この時期は氷期の中でも地質学的、地理学的、気候学的にも最も詳しく研究されており、気温や、大気・海洋の状態、海水準低下により変化した海岸線など緻密な復元が進んでいる。

 最終氷期の最盛期には、数十万立方kmといわれる大量の氷がヨーロッパや北米に氷河・氷床として積み重なった。海水を構成していた水分が蒸発して降雪し陸上の氷となったため、地球上の海水量が減少、世界中で海面が約120mも低下した。その影響で海岸線は現在よりも沖に移動していた。

 この海水準がもっとも低下した時代、東南アジアでは現在の浅い海が陸地になっており「スンダランド」を形成していた。アジアとアラスカの間にはベーリング陸橋が形成され、ここを通って北アメリカに人類が移住したと信じられている。日本列島およびその周辺では、海岸線の低下によって北海道と樺太、ユーラシア大陸は陸続きとなっており、現在の瀬戸内海や東京湾もほとんどが陸地となっていた。

 また、東シナ海の大部分も陸地となり、日本海と東シナ海をつなぐ対馬海峡もきわめて浅くなり、対馬暖流の流入が止まったと言われている。この影響もあり日本列島は現在より寒冷で、冬季の降雪量が少なかったと考えられている。北海道では永久凍土やツンドラ、標高の高い地域では山岳氷河が発達し、針葉樹林は西日本まで南下していたと言われている。


 ヤンガードリアス期とは?
 ヤンガードリアス(Younger Dryas)は、更新世の終わりのヨーロッパの気候区分で、亜氷期の期間である。この時期は最終氷期の終了に伴う温暖期ベーリング/アレレード期と呼ばれる亜間氷期の後に 1300 ± 70 年間続いた気候寒冷期である。ヤンガードライアス、新ドリアス期とも呼ばれる。

 ヤンガードリアス期の寒冷化はヤンガードリアスイベント(YD)とも呼ばれる。 この言葉は、アルプスやツンドラに生息するチョウノスケソウ Dryas octopetala の学名から命名され、厳しく寒いという意味もある。ヤンガードリアス期の後は完新世のプレボレアル期(亜間氷期)に移行する。

 アイルランドでは Nahanagan Stadial、イギリスでは Loch Lomond Stadialと呼ばれている。 ヤンガードライアス期の年代は暦年代で1万2900年前–1万1500年前、放射性炭素年代で1万1000年前–1万年前とされている。アレレード期の前の亜氷期が古ドリアス期と呼ばれ、ヤンガードリアス期のおよそ1000年前に300年ほど続いた。

 ヤンガードリアスは、最終氷期が終わり温暖化が始まった状態から急激に寒冷化に戻った現象で、現在から1万2900年前から1万1500年前にかけて北半球の高緯度で起こった(Alley 2000)。

 この変化は数十年の期間で起きたとされている(Alley et. al. 1993)。グリーンランドの氷床コアGISP2の同位体データはこの間、グリーンランドの山頂部では現在よりも15℃寒冷であったことを示している(Alley et. al. 1993;Severinghaus et. al. 1998)。イギリスでは甲虫の化石から、年平均気温がおよそ-5℃に低下し、高地には氷原や氷河が形成され、氷河の先端が低地まで前進していたことが示唆される(Atkinson,T.C., et. al.,1987)。これほど規模が大きく急激な気候の変化はその後起きていない(Alley 2000)。


 氷河湖の決壊による熱塩循環のストップ
 この原因は、北大西洋の熱塩循環の著しい減退もしくは停止に求める説が有力である。 最終氷期の終了に伴う温暖化によって、それまで北大西洋中緯度までしか北上できなかった暖流のメキシコ湾流が高い緯度まで達するようになり、そこで大気中に熱を放出して沈降する。その放出された熱によりヨーロッパは高緯度まで温暖化が進み、大陸氷床は急速に縮小しつつあった。

 北アメリカでも氷床は後退しつつあったが、融解した氷床は現在の五大湖よりさらに巨大なアガシー湖を造って、そこからあふれた大量の淡水はミシシッピ川を通ってメキシコ湾に注いでいた。 しかし氷床が北に後退すると共にセントローレンス川の流路が氷の下から現われ、アガシー湖の水は今度はセントローレンス川を通って北大西洋に流出するようになった。

 この膨大な量の淡水は、比重が海水より小さいこともあって北大西洋の表層に広がり、メキシコ湾流の北上と熱の放出を妨げた結果、ヨーロッパは再び寒冷化し、世界的に影響が及んだとされる。 しかし、現在のところ、この理論ではなぜ南半球の寒冷化が先に起こったのかが説明できていない。


 有力な天体衝突説
 もっとも有力な一つの説では、北米大陸への彗星の衝突により巻き上げられた塵による寒冷化があげられ、米国のオクラホマ州、ミシガン州、サウスカロライナ州、カナダ・アルバータ州などで、その証拠となる極小のダイヤモンドが約1万3000年前の地層から発見されている。

 氷床コアGISP2の酸素同位体の分析から、ヤンガードリアスの終了は40~50年の間にそれぞれ5年程度の3つの段階を経て起きたと考えられている。塵や雪の堆積速度などの他の指標から、数年で7℃という非常に急激な温暖化が起こったことを示している(Alley,R.B.,2000;Alley et. al.,1993;Sissons, J.B.,1979;Alley,R.B., et. al.,1993;Dansgaard,W.,et. al.,1989)。

 ヤンガードリアスはしばしば西アジアでの農耕の開始と関連付けられる(Bar-Yosef,O.and A.Belfer-Cohen,2002)。寒冷化と乾燥化がその地域の環境収容力の低下をもたらして前期ナトゥーフ時代(英語版)の住民の生活様式を変化させ、更なる気候の悪化によって食料を生産する必要性が生じたという説がある。

 一方、この寒冷化が終わったことが農業の開始と関係するという説(Munro,N.D.,2003)もあり、この問題については議論が続いている。シリアのテル・アブ・フレイラ遺跡(11050BP, 紀元前9050年頃)では最古級の農耕の跡(ライムギ)が発見されている。(Wikipedia)


参考HP Wikipedia: 最終氷期 ヤンガードリアス アストロアーツ:氷河期明けの寒の戻りは隕石衝突が原因?


彗星衝突による縄文超々巨大津波
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文芸社
今そこに迫る「地球寒冷化」人類の危機
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ベストセラーズ

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