光合成の全貌をとらえた!
 日本で、人工光合成のプロジェクトが始まった。 まさかこれほど早く植物が行っているシステムに人類が挑戦できるとは思わなかった。この背景には、さまざまな日本人の活躍がある。

 2011年、ある大発見が世界を驚かせた。植物の光合成の全貌が、ついに明らかにされたのだ。明反応で水が分解する過程は、19個のタンパク質でできた酵素が行う、光化学系IIと呼ばれている。しかし、どの構造が水を分解するのかよくわかっていなかった。その謎を解いたのが、大阪市立大学の神谷信夫教授と岡山大学の沈建仁教授のチーム。

 植物には、水を分解する重要な物質が潜んでいた。それは、マンガンやカルシウムが、ゆがんだ椅子の形でつながった物質だった。これこそが、植物の光合成を支えていたのだった。


 それにしても、あの複雑な光合成のシステムをほぼ解明したのはすばらしい。どのような意義がそこにあるのだろうか?以下は理化学研究所の記事「光合成の中核をなす複合体の構造を解明」からの引用である。


 光合成あっての私たち
 光合成は小学校で習います。「まだ解明されてないことがあるの?」と思われるかもしれませんが、霧におおわれている部分がたくさん残されています。しかも、その未解明の部分には、いま私たちが抱えている環境問題やエネルギー問題を解決するためのヒントが隠れています。
  20年以上にわたり、光合成の研究をしてきた岡山大学の沈建仁(しんけんじん)先生は、「光合成が私たちにとってどれだけ大事か、実はあまり知られていません」と言います。地球上の酸素は、すべて植物などの光合成生物によってつくられています。その量は年間約2600億トンです。地球上の大気中の酸素量は、約1200兆トンなので、約4600年で大気中の酸素がすべて循環される計算になります。「進化の歴史からみたら、4600年という時間はそれほど長くありません」と沈先生。地球上の生物は、光合成生物が産生する酸素量と、自分たちが消費する酸素量の微妙なバランスを保ちながら生存しているのです。
  また、光合成は、太陽のエネルギーを有機物に変換して生物界に取り込むことができる唯一の玄関口です。植物は光合成によって有機物をつくり、それを養分にして生長します。その植物を草食動物が食べ、草食動物を肉食動物が食べます。つまり、こうした食物連鎖の元をたどれば、私たち人間を含む動物は、生きていくために必要なエネルギーを、光合成生物から得ていることになります。石油や石炭などの化石燃料も、元は動物や植物の死がいなので、大昔に光合成によってつくられた有機物が姿を変えたものです。私たちは、地球上の酸素も有機物も、光合成をおこなう生物にすべて依存しているのです。


 人工光合成とは
 光合成は、太陽のエネルギーを使って、二酸化炭素と水から、有機物の一種である糖質と酸素を産生する反応として知られています。しかし、これは光合成の全過程を1つにまとめたものです。光合成は1つの反応ではなく、多くの反応から構成されています。

 その反応は、太陽の光エネルギーを吸収して化学変化がおこる「明反応」と、その産生物をもらって二酸化炭素から糖質を合成する「暗反応」の2つの経路に大別されます。

 明反応の最初のステップでは、光エネルギーを使って、水を分解し、酸素と水素イオンと電子を生成します。酸素が生成するのは、この最初のステップだけです。つまり、このステップで生成する酸素が、大気中に存在する酸素の源になっているわけです。さらに、このとき放出する電子は、順々に次のタンパク質へと受け渡され(電子伝達といいます)、NADPHという物質にたくわえられます。また、葉緑体の中の膜を隔てて水素イオンの濃度差が生じ、これによってATPという物質を合成するための原動力が生まれます。「もし、最初のステップを人工的に再現して、水から電子を取り出すことができれば、これを電気エネルギーとして使うことができます。光合成生物は、地球に到達する太陽光の0.1%しか使っていません。あり余っている太陽エネルギーを人間が使えるエネルギーに変えることが、私たちが目指している人工光合成です」と沈先生は話します。


 長年のボトルネック
 実は何十年も前から、多くの研究者がこのような人工光合成の実現に向けて研究をしてきました。しかし、その道のりは険しく、研究者たちは今も挑戦し続けています。

 当たり前ですが、水に光を当てるだけでは、水の分解は起こりません。水を分解するには、この反応を手助けする触媒の働きが必要です。光合成では、「光化学系II(PSII)」というタンパク質複合体が触媒の役割をしています。葉緑体の中には、チラコイドという平たい袋状の構造物があり、PSIIはチラコイドの膜に埋め込まれた状態で存在します。

 PSIIには、水分子が入り込む「通路」と、その通路の先に、実際に水を分解する「触媒中心」と呼ばれる部分があります。通路に水分子が入り込むと、PSIIは、光のエネルギーを利用して、触媒中心を含む自分自身の立体構造を変化させ、水を分解します。そして反応を終えたあとは、再びもとの立体構造に戻ります。このときのPSIIの触媒中心の立体構造の変化を詳しく知ることができれば、その構造を模倣して、PSIIの触媒作用をもつ化合物を人工的につくりだすことができるはずです。

 しかし、それは簡単なことではありません。まずタンパク質の構造を調べるには、十分な量のタンパク質を調製し、それを精製したのちに、乱れのない結晶にする必要があります。PSIIは、19個のタンパク質からなる巨大なタンパク質複合体で、しかも膜に埋め込まれて存在しています。このような「膜タンパク質複合体」は、扱いが極めて難しく、研究者たちは、PSIIのきれいな結晶をつくることに苦労を重ねていました。


 ついに見えたPSIIの立体構造
 沈先生は、ラン藻の一種からPSIIを取り出し、結晶化についてさまざまな条件を試しました。1999年に最初の結晶を得ることに成功しましたが、そのとき得られた結晶の質はあまり良くなく、PSIIの立体構造を詳細に解明することはできませんでした。それからさらに10年間、結晶の質の改善に取り組み、2009年、ついにPSIIの良質な結晶を得ることに成功しました。SPring-8のX線を使って、この結晶の構造解析をおこなうと、鮮明な立体構造が明らかになりました。

  構造解析をおこなった大阪市立大学の神谷信夫先生は、「これまでのPSIIの結晶では、構造解析をしても分解能が不十分で、ぼんやりとしか構造がわかりませんでした。今回の結晶では、分解能が格段に上がり、原子の配列や原子間の距離を詳細に決めることができたので、PSIIの触媒中心を人工的に合成するための非常に有益な情報になります」と話します。「私たちは約20年前から、PSIIの構造解析に取り組んでいますが、SPring-8ができるまでは、きれいな結晶ができたとしても、鮮明な立体構造はわからなかったと思います。SPring-8ができ、結晶化もうまくいくようになり、両方のタイミングが重なったことも今回の成功の一因です」。

 構造解析の結果から、PSIIの触媒中心は、4つのマンガン原子、1つのカルシウム原子、5つの酸素原子、4つの水分子によって構成されていることが明らかになりました(図4)。PSIIの触媒中心について、これほど詳細な立体構造が解明されたのは世界で初めてです。「PSIIの触媒中心は、ゆがんだイスのような形をしています。このような不安定な構造をとっていることで、構造を柔軟に変化させることができ、触媒として働くことができると考えられます」と神谷先生は説明します。

  神谷先生の所属する大阪市立大学の研究グループは、メタノール燃料を製造する人工光合成装置を開発し、平成32年までに実用化するという構想を掲げています。「水の分解で生じた電子は、どこかにそのエネルギーを貯めておく必要があります。水分解反応でできた電子と水素イオンを水素にし、この水素と二酸化炭素と酸素からメタノールを合成しようと考えています」と神谷先生。「ただし、多くのメタノールを製造するためには、多くの光を集める必要があります。そこで、海に大きなパネルを浮かべて人工光合成をおこなうようなシステムを構築することも計画中です。まだ乗り越えなければいけない課題はたくさんありますが、私たちは“できる”と信じて進めています」。

 人工光合成が実現すれば、エネルギー問題に貢献するだけでなく、地球温暖化の原因である二酸化炭素をメタノール製造の原料として使うことができるので、環境問題にも貢献します。これまで夢とされていた話が、少しずつ現実味を帯びてきました。(理化学研究所)


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