ウイルスの概念を変える
 ウイルス(virus)は、他の生物の細胞を利用して、自己を複製させることのできる微小な構造体で、タンパク質の殻とその内部に入っている核酸からなる。 生命の最小単位である細胞をもたないので、非生物とされることもある。代表的なウイルスにインフルエンザ、エイズなどがある。

 ウイルスは細胞を構成単位としないが、遺伝子を有し、他の生物の細胞を利用して増殖できるという、生物の特徴を持っている。現在でも自然科学は生物・生命の定義を行うことができておらず、便宜的に、細胞を構成単位とし、代謝、増殖できるものを生物と呼んでおり、細胞をもたないウイルスは、非細胞性生物として位置づけられる。あるいは、生物というよりむしろ"生物学的存在"といわれる。

 今回、ウイルスの概念を覆しかねない巨大なウイルスを仏エクス・マルセイユ大の研究者らが発見した。長径約1千分の1ミリの楕円形で、インフルエンザウイルスの約10倍もある。議論を呼ぶ大きさであることから「パンドラウイルス」と名付けられた。7月19日付の米科学誌サイエンスに発表された。


 研究チームはチリ中部の河口と、豪メルボルン近郊の浅い池の底から2種類の巨大ウイルスを見つけた。ともにアメーバに寄生していた。チリのウイルスのDNAを調べると、250万個の塩基対があり、たんぱく質をつくる遺伝子も2556個あるなど複雑な遺伝情報を持っていた。

 1千分の1ミリという長さはウイルスとしては異例で、小さな細菌並み。だがウイルスは、細菌と違って自力で増えることができない。ウイルスは通常電子顕微鏡でしか見えないが、光学顕微鏡でも確認できた。微生物の分類の見直しにもつながりそうだ。

 以下はNational Geographic Newsの記事「パンドラウイルス第4のドメインに?」からの引用である。


 パンドラウイルス、第4のドメインに?
 これまで知られている中で最大のウイルスが発見された。パンドラウイルスと呼ばれるこれらの生物は、科学の世界にまったく新しい疑問を突きつける存在で、発見した研究チームによれば、既存の生物とは完全に異なる第4のドメインに属している可能性もあるという。

 新たに見つかったパンドラウイルス属のウイルスの大きさは約1ミクロン(1000分の1ミリ)で、50~100ナノメートルほどしかない他のウイルスと比較すると格段に大きい。属とは分類学上、種と科の間に位置するカテゴリーだ。

 物理的な大きさだけでなく、パンドラウイルスはDNAも巨大だ。大部分のウイルスの遺伝子の数は10程度だが、パンドラウイルスは2500の遺伝子を持っている。

 約10年前にも、ミミウイルス属の発見により、微生物学の既成概念が打ち破られたことがあった。このウイルスは0.7ミクロンの大きさを持ち、初めて存在が確認された巨大ウイルスだった。

 ミミウイルスの発見に続き、さらに大きな巨大ウイルス、メガウイルス・キレンシス(Megavirus chilensis)も見つかったことで、「どこまでがウイルスなのかという境界について、深く考えをめぐらせることになった」と話すのは、エクス・マルセイユ大学に所属する微生物学者のジャン・ミシェル・クラブリー(Jean-Michel Claverie)氏だ。同氏は同じく微生物学者のシャンタル・アベルジェル(Chantal Abergel)氏らとともに巨大ウイルスの研究を行っている。「深く考えているからこそ、我々は他の研究室と比べても先入観にとらわれず、これまでになかった生物を見つけることができている。ここまではあり得るだろうという、既成概念の枠を押し広げているのだ」(クラブリー氏)。

 両氏をはじめとする研究チームは、より巨大なウイルスを求め、水中の堆積物の調査を始めた。こうした場所にはエサとなるアメーバが豊富に存在するため、これまでも大きなウイルスが見つかっている。

 そして今回の調査でも、2種の巨大ウイルスが見つかった。1つはチリのトゥンケン川河口で発見されたパンドラウイルス・サリヌス(Pandoravirus salinus)、そしてもう1つはオーストラリア、メルボルン近郊の淡水湖から見つかったパンドラウイルス・ドゥルキス(Pandoravirus dulcis)だ。この2つのウイルスは、どちらもアメーバ内に寄生していた。

 「これほど異質な新しい種類のウイルスが発見されることは、50年に一度ほどしかない。重要な発見と言える」と、研究チームでは述べている。


 ◆これまでパンドラウイルスが見つからなかったのはなぜか?

 理由はいくつかあるが、非常に単純な問題として、多くの科学者がウイルスは小さいものという固定概念にとらわれていたという点が挙げられる。

「細胞内を観察していても、目にした物体のサイズが違っていたり、通常考えられる性質や形状ではなかったりすると、科学者はそれがウイルスである可能性に思い至らないものだ。何らかの細菌なのだろうと考えてしまう」と、クラブリー氏とアベルジェル氏は指摘する。

 また、このような細菌と推定される生物を実験室の環境で培養しようとして失敗しても、科学者が自らの思い込みに疑いを抱くことはないだろう。というのも、海中に生息する細菌の約60%は、実験室では培養できないからだ。

 今回の研究の共著者たちも、パンドラウイルスが13年前に既に見つかっていた可能性を指摘している。しかし当時、科学者はその正体を突き止めることができなかった。

 研究チームがアメーバ型微生物の一種であるアカントアメーバに寄生する生物について科学文献を調査したところ、パンドラウイルスに似た小片に関する記述が見つかったという。


◆パンドラウイルスと他のウイルスの違いは?

 簡単に言うと、パンドラウイルスはほかのウイルスとほとんど共通点がない。「これには我々も驚いた」と研究チームも述べている。

 一例を挙げると、パンドラウイルスは非常に珍しい増殖方法をとる。大多数のウイルスでは、まず空の「入れ物」を作り、その中を徐々にDNAで満たしていく。だが興味深いことに、パンドラウイルスではこの2つのプロセスが同時に行われる。研究チームではこの過程を「ニッティング」と呼んでいる。

 最も顕著な違いは、2500あるパンドラウイルスの遺伝子のうち、実に93%が自然界に存在する既知の遺伝子と何のつながりも持っていないという点だろう。言い換えれば、パンドラウイルスはまったく異質の存在なのだ。

 遺伝子がここまで異なることは、「議論の余地はあるものの、生物における第4のドメインの存在」を裏付ける証拠ではないかと研究チームでは示唆している。これは真正細菌、古細菌、そして我々人類のような複雑な生命体を含む真核生物という既存の3ドメイン(生物分類学における最上位の分類群)に、新たに追加すべき存在ということだ。

 既存の3ドメイン説は「おそらく実態にそぐわないのではないか? パズルのピースが一部欠けている状態にある」と研究チームでは述べている。


◆巨大ウイルスについて知っておくべきことは?

 第一に、これらのウイルスは人に害を及ぼすものではない点を、研究チームは強調している。多くのウイルスは他の微生物を宿主としている。

 実際、多くのパンドラウイルスやこれに似た海生ウイルスは、確認されていないものの自然の中で有益な役割を担っている可能性がある。

 例えば、ウイルスは海に住む植物性プランクトンをエサとしており、捕食によりこうしたプランクトンを一定数に抑える役割を果たしているとも考えられる。植物性プラントンは海の食物連鎖の基礎をなす生物で、地球の酸素の半分を供給している。

 さらに大きな視点で見ると、パンドラウイルスの発見は「地球上の微生物に関する我々の知識が以下に浅薄なものであるかを示している」と、研究チームでは述べている。

 今回の研究は科学誌「Science」の7月17日号に掲載された。(Christine Dell'Amore for National Geographic News July 19, 2013)


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