通り抜けるソリトン波
 ソリトン波という波がある。粒子の特徴をもつ孤立波で、波の1つの盛り上がりだけが進む。19世紀前半、英スコットランドの運河で、船が止まった後にできる波として見つかった。

 ソリトン波は、衝突しても互いに波形が変わらずに通り抜ける不思議な波だ。例えば津波を思い出すとよい。地球の裏側で起きた津波が日本までやってきて多大な被害をもたらすことがある。また、木星を観察すると、いつも表面に存在する、巨大赤斑もソントン波の一つである。

 これまで、ソリトン波は液体や気体などの流動性が高い「物質」や「光」などでしか観察されず、「生物」で観察されたことはなかった。

 ところが今回、世界で初めて、生物がつくる「ソリトン波」を筑波大が発見した。生物がつくる「波」とはいったいどんなものだろうか?


 細胞性粘菌という、アメーバ状の単細胞生物は、エサがなくなると走化性運動により集合して子実体を形成する。

 この細胞性粘菌の突然変異株では、走化性運動を行えず、子実体を形成しないという特徴がある。子実体を形成しない代わりに、波模様の塊を形成することが発見された。

 この波模様の塊は細胞が集まった細胞集団で、形を崩さずに一定の速度で運動していく。さらに、この細胞集団はぶつかり合っても形を崩すことなく互いに通り抜けてしまうこともわかり、つまりこの波模様の細胞集団はソリトン波の性質を示すことが明らかになった。


 筑波大、生物界で初の「ソリトン現象」を発見
 
筑波大学は7月30日、多細胞集団の運動において「ソリトン現象」が存在することが発見されたと発表した。

 成果は、筑波大 生命環境系の桑山秀一准教授らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、英国時間7月29日付けで英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。

 ソリトン波とは、衝突しても互いに波形が変わらずに通り抜ける不思議な性質を持つ孤立した波のことで、さまざまな非線型現象として現れることがわかっている。例えば、水深の浅い水面で生じる波の中には、孤立した状態で塊となって速度と波の形状を変えることなく遠くまで伝わるものが見られるという具合だ(19世紀に、浅い水路を進むボートの舳先から発生する波の観察によって発見された)。

 また、そのような孤立波は、別の孤立波を追い抜いてもそれぞれの振幅、速度が変化しない。このような粒子的な性質を持つ波はソリトン波と呼ばれ、1960年代になってこのソリトン現象の重要性が深く認識され、ソリトンの実験的・理論的研究は物理学、工学、数学などの広い分野において今でも注目されている。現在では、津波の到着時刻予測などでもソリトン理論が活用されているという具合だ。

 しかし、物理学、工学、数学の各分野でソリトン現象はこれまでの研究によって発見されてきたが、生物学の分野でのソリトン現象は見つかっていなかったのである。

 「細胞性粘菌」は真核アメーバの単細胞生物だが、エサがなくなると走化性運動により集合して子実体を形成する。研究チームはこれまでの研究において細胞性粘菌の特殊な突然変異株を分離していた。この突然変異株は走化性運動を行えず、子実体を形成しないというのが特徴だ。今回の研究ではその突然変異株の詳細な観察が行われ、子実体を形成しない代わりに、波模様の塊を形成することが発見されたのである。

 この波模様の塊は細胞が集まった細胞集団で、形を崩さずに一定の速度で運動していく。さらに、この細胞集団はぶつかり合っても形を崩すことなく互いに通り抜けてしまうこともわかり、つまりこの波模様の細胞集団はソリトン波の性質を示すことが明らかになったというわけだ。


 細胞集団の不思議な振る舞い
 このソリトン様細胞運動には次のような性質が確認された。
1.ソリトン様細胞集団の形成と維持は、走化性などによる外部からの化学信号によるものではなく、細胞間の接着によって形成・維持されている。

2.ソリトン様細胞集団の運動は、進行方向前部にある細胞を取り込みながら前進すると同時に、取り込んだ分に相当する細胞を後方に残していくことで、一定の大きさを保っている。つまり、その形状は動的へ以降によって一定に維持されている。

3.ソリトン様細胞集団同士が衝突すると、一時的に細胞のシャッフリングが起こるが、離れる際にそれぞれが衝突前と同じ構成メンバーのソリトン様細胞集団を再形成する。これにより、一見するとまるで通り抜けたような現象に見えることがわかったというわけだ。

 なお、これまでこのようなソリトン様の性質を示す細胞の集団運動は報告されたことがなく、ソリトンの性質を持つ生物運動としては世界初だという。

 ヒトをはじめ、生物の体はさまざまな種類の細胞の集まりであり、それら細胞の複雑な運動によりできあがっている。この生物の形作りにおいては、塊(集団)としての細胞運動が大きな役割を担う。しかし、集団としての細胞運動のメカニズムについては現時点で十分に理解されているとはいえない。

 今回発見した多細胞波動がぶつかっても通り抜けるというソリトンの特徴を持つことは、生物の形態形成運動において重要な意味を持ちうる発見であり、ヒトを含めた生物の形作りで何らかの役割を果たしている可能性があると考えられるという。

 研究グループは今後、今回発見したソリトン現象の理論的な説明を模索し、そのメカニズムの解明に迫ることを考えているとした。中でも、今回発見したソリトン現象が生物の形作り一般に見られる現象なのか、もしそうだとしたらソリトン様多細胞波動はどのような役割を担っているのか、の2点を中心に検討したいとしている。(マイナビニュース:生物界で初のソントン現象を発見


 ソリトン波(soliton)とは何か?
 おおまかにいって非線形方程式に従う孤立波で、次の条件を満たす安定したパルス状の波動のことである。

1.伝播している孤立波の形状、速度などが不変。(粒子の「慣性の法則」に相当する)
2.上の条件を満たす波同士が衝突した後でも、お互い安定に存在する。衝突する波は二つより多くてもよい。(波の個別性の保持、衝突前後の運動量保存)

 この2条件より、この孤立波は粒子性(粒子としての性質)を持つ。この呼び名の由来は、1965年米国の N. Zabusky と M. Kruskal が、KdV方程式 (KdV: Korteweg-de Vries) の数値解析から、上の2条件を満たす孤立波を発見し、粒子性をあらわす接尾語-onを使ってそれをソリトンと名付けたことによる。因みに、本来は solitary wave(-on) からソリトロン(英: solitron)と名付けるはずだったが、既に商標(会社名)として使われていたのでソリトンと名付けた。

 物理現象としての孤立波は、1834年にJ・スコット・ラッセルによって初めて報告された。J・スコット・ラッセルはエジンバラ郊外の運河で馬にひかれていたボートが急にとまったとき、船首に水の高まりができ、そこから孤立波が生じ、8-9 miles/hの速度でほとんど波形を変えずに伝播していくのを偶然目撃し、1マイル以上馬で追跡しながら観察した。その後、彼は水槽をつくり、波高の大きい波ほど、伝播速度は速いなどの孤立波の性質を報告している。


 理論の発展
 ソリトンが現れる系をソリトン系といい、ソリトン系の従う発展方程式をソリトン方程式という。すなわち、ソリトン方程式はソリトン解をもつ。ソリトン方程式の代表的なものに、KdV方程式、KP方程式 (KP: Kadomtsev-Petviashvili)、サインゴルドン (sine-Gordon) 方程式、非線型Schrödinger方程式、戸田格子方程式、箱玉系のセルオートマトンなどがある。特にKdV方程式はソリトン研究において常に端緒を開く役割を果たしてきた。

 ソリトン研究の初期段階においては新たなソリトン方程式が次々と発見され、発見者の名前が付けられていったが、1981年の佐藤理論の完成により、ソリトン方程式は無限に存在することが示されたのでそのようなこともなくなった。 ソリトン方程式を解く手法には逆散乱法、広田の方法(双線形化法)などがある。ソリトンは、流体力学分野だけでなく、物性物理、微分幾何学、場の量子論など多方面で応用されている。


 自然現象の中に見られるソリトン
 浅い水路を進むボートの舳先から発生する波、津波、木星の巨大赤斑(孤立Rossby波)、ポリアセチレン中のソリトン ---白川英樹のノーベル化学賞と関連、プラズマ中の非線形波動、非線形光学、はしご型LC回路など。

 光ソリトンは、1973年に長谷川晃博士によって発見された、光ファイバーの中を伝播する安定した光パルス。ソリトン伝送システムを導入すれば、既存の光ファイバーを用いた通信システムの伝送容量を、1千倍程度アップグレードできるとされる。

 次世代の超高速通信の担い手として最も期待され、2010年10月現在、すでに検証・実験段階を終了して開発段階に入っている。(Wikipedia:ソリトン波


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