日本にも存在する病原性アメーバ

 2013年7月、米国アーカンソー州に住む12歳の少女が寄生虫に感染し入院した。この寄生虫、病原性アメーバで、鼻から体内に侵入し、脳の組織を食べ、高い確率で死に至るという。

 アーカンソー州保健局は米国時間7月26日、同州リトルロックのウィロースプリングス親水公園にある砂底の湖が感染源とみられるとの声明を発表した。同公園は、2010年に発生した感染例との関連も指摘されている。

 アメーバが原因となって発症する病気の代表としてアメーバ赤痢が有名。しかし、少ないながら脳の方へ入り込み髄脳膜炎を引きおこすアメーバが知られている。原因となるアメーバは、水中などの自然界に生息する自由生活アメーバと呼ばれているもので、髄膜脳炎を引き起こすものは3属が確認されている。


 このアメーバ、ニュージーランドから報告されることが多い。そこでは、天然温泉への入浴や湖沼での水泳によって、経鼻感染するのが特徴である。非常に急性の経過をとり、発熱や嘔吐を伴う頭痛からはじまり、意識混濁などの神経症状を経て、1週間前後で死に至る。そのため、死亡後に解剖して初めてアメーバ性の髄膜脳炎であることがわかるという。

 これを、 原発性アメーバ性髄膜脳炎 (Primary Amoebic Meningoencephalitis: PAM) と呼ぶ。ニュージーランドの温泉へ行くと、アメーバ性髄膜脳炎をさけるために顔を湯につけるな (WARNING, Amoebic Meningitis in all thermal pools. Keep your head above water …) という警告の看板をよく目にするぐらいだ。

 しかし、ニュージーランドより温泉数およびその利用者数が、圧倒的に多い日本で発生が報告されていない。しかも日本では温泉は必ずしも関係していないという。ひょっとしたら報告されていないだけで、知らずに感染していることも考えられる。近い将来、日本でもアメーバ性髄膜炎が問題となる日がくるかもしれない。

以下は、National Geographic News記事「脳を食べる病原性アメーバ、鼻から侵入」から引用した。


 脳を食べる病原性アメーバ、鼻から侵入

 アーカンソー州保健局は米国時間7月26日、同州リトルロックのウィロースプリングス親水公園にある砂底の湖がアメーバ性髄膜脳炎の感染源とみられるとの声明を発表した。同公園は、2010年に発生した感染例との関連も指摘されている。

 このめずらしい寄生虫性の髄膜炎は、原発性アメーバ性髄膜脳炎(PAM)と呼ばれるもので、「フォーラーネグレリア」(Naegleria fowleri)というアメーバによって引き起こされる。この微小なアメーバは自然発生する原生動物の一種であり、通常は温かい湖や池の堆積層でバクテリアを食べて生きている。

 フォーラーネグレリアについて詳しく知るため、ナショナル ジオグラフィックでは、この微小なアメーバのデータを採取、分析している米国疾病予防管理センター(CDC)の疫学者ジョナサン・ヨーダー(Jonathan Yoder)氏に話を聞いた。

◆このフォーラーネグレリアというアメーバはどのように人間に感染するのですか?

 フォーラーネグレリアは、特定の状況下で鞭毛(べんもう)を発達させます。鞭毛は糸のような構造で、これがあると素早く動き回り、より好ましい環境を探しにいくことが可能になります。夏場、人間が温かい淡水に入って泳いでいると、この動き回るアメーバに汚染された水が鼻から入って脳に達することがあります。

 その結果、頭痛、首の凝り、嘔吐などが起こり、そこからさらに深刻な症状に発展します。アメーバに曝露して発症すると、通常は昏睡状態に陥って5日ほどで死に至ります。

◆どんなところに生息していますか?

 温かい淡水中や、塩素処理があまり施されていない場所です。温暖な気候の州で採取した淡水からは、このアメーバが見つかることがめずらしくありません。

◆水泳プールでも生きられますか?

 米国では、管理の行き届いた、適切に処理された水泳プールに汚染が見つかった例は今のところありません。ろ過や塩素処理、その他の消毒を実施すれば、汚染リスクを低減または除去できるはずです。

 しかし、少々厄介なケースもあります。10年ほど前にアリゾナ州で、処理前の地熱温水の入ったプールで泳いだ子どもが発症し、残念ながらその子は亡くなりました。

◆人間への感染例は増えつつあるのでしょうか?

 フォーラーネグレリアの感染例が増加していることを示すデータはありません。(米国での感染件数は)ここ数年は年間4~5件で推移しています。

 ただ最近の変化として、ミネソタ州やインディアナ州、カンザス州など、それまで感染例がなかった土地でも発生するようになっています。これはフォーラーネグレリアが北上していることを示しています。以前は気候の温暖な州でしか見つかりませんでした。

◆フォーラーネグレリアが鼻の中に入る人と、入らない人がいるのはなぜですか?

 たいへんいい質問ですが、われわれにも答えはまだわかっていません。毎年、汚染された水域で泳いでも感染しない人は大勢います。したがって、ある人は感染し、他の人々は同じ場所で泳ぎ、同じ活動をしても感染しない理由を説明することは困難です。誰にも感染する可能性があることは確かですが。

◆助かる可能性はどのくらいありますか?

 1962年以降、フォーラーネグレリアの(感染)例は128件あり、そのうち助かったのは今回のケースを除きたった1人です。1978年に、抗生物質による治療で助かった患者の例があります。他の患者にも同じ治療法が用いられていますが、誰も助かっていません。

◆身を守るにはどうすればいいですか?

 感染すること自体がまれなのですが、感染のリスクを低減したいなら、水温が高く、消毒していない淡水の中で泳ぐときには、鼻をつまんでいるかノーズクリップをつけておくことです。温泉その他の温水域に入るときは頭を水の上に出しておき、ウォータースポーツやダイビングなど鼻に水が入るような活動をする際も注意が必要です。

 感染リスクを低減するもう1つの方法は、湖や池にたまっている堆積物をかき回さないようにすることです。そこにアメーバがいるかもしれません。

 感染した人とその家族にとって、これは悲劇的な出来事です。毎年多くの人が感染するわけではないにせよ、この問題に取り組むことが重要だと思います。(Andrew Fazekas for National Geographic News August 1, 2013)

 病原性アメーバについては“ニュージーランド・トランピング&温泉情報”の記事「もっと詳しく、原発性アメーバ性髄膜脳炎(PAM)」がわかりやすい。以下に引用する。


 病原性アメーバ Acanthamoeba と Naegleria

 アメーバが原因となって発症する病気の代表としてアメーバ赤痢が有名である。しかし、少ないながら脳の方へ入り込み髄脳膜炎を引きおこすアメーバが知られている。原因となるアメーバは、水中などの自然界に生息する自由生活アメーバと呼ばれているもので、髄膜脳炎を引き起こすものは3属が確認されている。

 このうち日本での発生例が多いのは Acanthamoeba 属によるもので、一方ニュージーランドでは Naegleria 属が多く報告されている。

 Acanthamoeba 属は自由生活アメーバではあるが、ヒトの咽頭などに常在していることがある。つまりありふれた微生物であり、通常は無害である。ところがなんらかの原因でヒトの免疫機能が低下したときに、増殖して脳に転移、髄膜脳炎を発症する。つまりこの場合は、Naegleria 属のような水泳や温泉入浴とは直接関係ない。また症状の進み方もそれほど急激ではなく、組織学的には アメーバ性肉芽腫性脳炎 (Granulomatous amebic encepalitis; GAE)と診断されることが多い。

 一方ニュージーランドから報告されることが多い ネグレリア Naegleria 属による疾病は、ここで問題としているように天然温泉への入浴や湖沼での水泳によって、経鼻感染するのが特徴となっている。非常に急性の経過をとり、発熱や嘔吐を伴う頭痛からはじまり、意識混濁などの神経症状を経て、1週間前後で死に至る。そのため、死亡後に解剖して初めてアメーバ性の髄膜脳炎であることがわかるケースが多い。この場合、 原発性アメーバ性髄膜脳炎 (Primary Amoebic Meningoencephalitis: PAM) と呼ばれる。

 1965年の最初の報告以来、世界中で、179例の原発性アメーバ性髄膜脳炎と、166例のアメーバ性肉芽腫性脳炎が報告されているという。(1999年5月の時点で)


 原発性アメーバ性髄膜脳炎 日本での症例

 久留米大学の杉田らによると、日本ではこれまでに5例の自由生活アメーバによる髄膜脳炎が報告されている。

 内訳は、症状ではアメーバ性肉芽腫性脳炎が4件、原発性アメーバ性髄膜脳炎が2件、アメーバ種別では、Acanthamoeba属によるものが、3例、 Lepiomyxid 属によるものが1例、そして杉田らの報告による1996年に発生した Naegleria 属によるものが1例ということになっている。(1997年報告のGAEは起因種が不明)

 当初、1979年報告の原発性アメーバ性髄膜脳炎が Naegleria 属起因による本邦初の症例とされていたが、これは翌年に Acanthamoeba によるものと訂正がなされた。

 したがって、ニュージーランドの場合と同種アメーバNaegleria fowleri (ネグレリア・フォーレリ)が原因となる原発性アメーバ性髄膜脳炎は、1996年鳥栖市発生のものが最初で唯一ということになる。(2000年の時点で)

 (Naegleria fowleri の読み方は、日本寄生虫学会の「寄生虫和名表」によれば フォーラー・ネグレリア が正式名らしい。)


 1996年佐賀県鳥栖市でのPAM日本初の事例

 症例患者は25歳の独身女性で、佐賀県鳥栖市在住。1996年11月17日より、発熱があり、その後悪寒、頭痛、嘔吐などが激しくなり、21日には意識混濁が現れ、久留米大救命救急センターのICUに搬送された。

 22日には髄液から病原アメーバが Naegleria fowleri と確認され、原発性アメーバ性髄膜脳炎の診断が確定した。ところがその後すぐに脳波が止まり脳死状態となった。以後は保存的治療のすえ11月27日に死亡した。病理解剖によると、脳は「半球の形状と保てない程軟化していた」 という。

 この場合、感染経路は特定されていない。Naegleria fowleri の潜伏期間は4~7日とされているが、この患者の場合は過去1ヶ月をさかのぼってみても「海外渡航歴や野外や温水プールでの水浴、温泉入浴、24時間風呂使用等の感染機会に関わる事実は聴取できなかった」 1)という。杉田らの報告では、患者女性が居住していた鳥栖市がフォーラー・ネグレリア Naegleria fowleri にとって好ましい生息地であることについて言及している。


 アメーバ性髄膜炎 まとめ

 ニュージーランドの温泉へ行くと、アメーバ性髄膜脳炎をさけるために顔を湯につけるな (WARNING, Amoebic Meningitis in all thermal pools. Keep your head above water …) という警告の看板をよく目にする。

 しかしながらニュージーランドより温泉産業が盛んな日本で、そのような温泉を介して感染するような病気の存在を耳にしないのはなぜなのか、そんな疑問からアメーバ性の髄膜脳炎に関心を持つようになった。

 これまで日本でも同種の症例はあったが、原因となるアメーバの種類が異なっていた。しかしながら近年報告された例で、はっきりとニュージーランドとおなじ Naegleria fowleri が原因と同定された。この場合は温泉との関連性は見いだされなかったが、日本の温泉からの感染の可能性も否定できなくなってきたといえる。

 報告されているニュージーランドでの PAM 発生件数は8件、そしてそのほとんどが温泉由来のものだ。しかしながら、ニュージーランドと日本の温泉数およびその利用者数を比べたら、圧倒的に日本の方が多い。なのに日本では1件だけの発生、しかも温泉は必ずしも関係していないというのはどういうことなのだろうか。日本でも病原性アメーバ フォーラー・ネグレリア Naegleria fowleri は、湖沼や水たまりなど自然界にふつうに存在しているという。

 それなのに、なぜ日本はかくも安全なのか?自然な疑問だと思うのだが、不思議なことに、このことについて、詳しく検討されている資料は見つけられなかった。

 ニュージーランドでは温泉病、かたや日本においては淡水中に生息するアメーバによるものであって、特に温泉が関係しているという見方はほとんどされていない。現実にそうした事案が発生していないからなのだろうが、これだけ温泉産業が発達した国ならば、もっと関心を持っていいのではないだろうか。

 顕在化していないだけで、実はこれまでも大量の被害者がいたのではないだろうか? 近い将来、日本でもアメーバ性髄膜炎が問題となる日がくるのではないか―。今後も PAM の動向に注意していきたいと思う。

 (注:近年問題になっているレジオネラ菌との関連で、温泉中のアメーバに着目する論文があったのを見つけました。そのうち整理して紹介したいと思いますが、とりあえずは 2003年1月11日付 日記 にさわりだけ書いておきました。)


 フォーラー・ネグリアとは?

 フォーラー・ネグレリア(Naegleria fowleri)は、ヘテロロボサに属する自由生活性のアメーバであり、通常25–35℃ほどの温水環境で見付かる。他のアメーバ類とは異なり、生活環の中に鞭毛型を持つのが特徴。

 人間に対して病原性を示し、原発性アメーバ性髄膜脳炎 (primary amoebic meningoencephalitis, PAM) を起こすことがある。これは中枢神経系が冒されることで、始めは嗅覚認知(匂いや味)の変化が起こり、続いて吐き気、嘔吐、発熱、頭痛などを示し、急速に昏睡して死に至るものである。

 1965年にオーストラリアの Fowler と Cutler により報告され、Fowler にちなんで命名された。学名は上記の通り「Naegleria fowleri」だが、日本寄生虫学会の「寄生虫和名表」は「フォーラー・ネグレリア」となっている。

 通常PAMは免疫抑制の前歴のない健康な子供や若者で、最近淡水を浴びた者に起きる。N. fowleri は嗅粘膜や鼻孔組織を貫通し、嗅球の著しい壊死とそれに伴う出血が起きる。アメーバはそこから神経繊維をたどって頭蓋底を通り抜けて脳に達する。アムホテリシンBは N. fowleri に対して現在のところ最も効果がある薬物療法であるが、PAMを発症している場合の予後は深刻で、臨床ではこれまで8例の生存例があるのみである。

 アムホテリシンBは実験レベルでは N. fowleri を壊滅させるし、合成リファンピシン製剤に加えて望ましい選択肢である。より攻撃的な抗体血清に基づく処置が検討されており、ゆくゆくは広域抗生物質よりも効果的だと示されるかもしれない。しかし現時点では生前に診断された例が少ないため、時機を逃さぬ診断こそが治療成功への極めて大きな障害として残っている。

 N. fowleri は様々な種類の液体無菌培地や細菌を塗った無栄養寒天培地で生育可能である。水からの検出は、水試料に大腸菌を加えて遠心分離し、その沈殿を無栄養寒天培地に加えて行う。数日後に寒天培地を検鏡し、ネグレリアのシストを形態的に同定する。種同定の最終確認は様々な分子生物学・生化学的手法で行える。

 日本では、1996年11月に佐賀県鳥栖市での25歳女性(発症9日目に死亡)が2011年現在唯一の感染例である(感染経路は不明)。(Wikipedia)


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