我々の血液はどのようにつくられるのか?
 血液の成分は、造血幹細胞(hematopoietic stem cell: HSC)という、骨髄にある特別な細胞が分化してできる。

 造血幹細胞は、血液のさまざまな成分をつくり出す多分化能力を持っている。すなわち、白血球(好中球、好酸球、好塩基球、リンパ球、単球、マクロファージ)、赤血球、血小板、肥満細胞、樹状細胞などを生み出す。

 幹細胞の定義は、一個の細胞が分裂の結果2種類以上の細胞系統に分化 (differentiation) 可能であると同時に、幹細胞自体にも分裂可能であり(self renewal)結果として幹細胞が絶える事なく生体内の状況に応じて分化、自己複製を調整し必要な細胞を供給している。


 これまで造血幹細胞は、最初に増殖能力を失ってから、「前駆細胞」と呼ばれる段階を経て各種血液細胞に変わると考えられていた。

 ところが、今回、実験の結果、前駆細胞も増殖能力を維持している場合があると判明。さらに、増殖するとともに血小板だけに変わるタイプのほか、赤血球と血小板に変わるタイプ、赤血球と血小板、顆粒(かりゅう)球(白血球の一種)に変わるタイプの3種類あることがわかった。

 これは、従来考えられていた造血幹細胞の分化モデルの学説を覆す、生物学や医学の教科書を書き換える発見である。発見したのは、東京大医科学研究所の中内啓光教授や山本玲特任研究員らのチーム。遺伝子操作マウスを使った実験で発見、成果を米科学誌セル電子版に発表した。

 中内教授は「生物学や医学の教科書を書き換える成果。人工多能性幹細胞(iPS細胞)と胚性幹細胞(ES細胞)から造血幹細胞、血液細胞を誘導する再生医療や白血病などの難病治療にも有用だ」と説明している。

 研究チームは、赤血球と血小板のほか、白血球のうち顆粒球、Bリンパ球、Tリンパ球を蛍光色素を利用して区別できるマウスを生み出した。このマウスの骨髄から細胞を一つずつ採取して他のマウスに移植し、どの血液細胞に変わるか継続的に観察する作業を繰り返し、今回の発見に至った。(参考:時事通信 2013年8月31日)

 以下は東京大学プレスリリース記事「意外な血液細胞の分化モデル」から、引用する。


 造血幹細胞の新しい特性
 東京大学医科学研究所附属幹細胞治療分野の中内啓光教授、山本玲特任研究員らのグループは、従来の血液細胞の分化モデルの学説を覆す、新しいモデルを見いだしました。

 造血幹細胞は骨髄中にあり、一生涯にわたって体内のすべての血液細胞(主に赤血球、血小板、顆粒球、Bリンパ球、Tリンパ球の5系統の血液細胞)を供給しています。このような特徴は、造血幹細胞の自己複製能(分裂により自己と同じ細胞を作り出せる能力)・多分化能(5系統すべての血液細胞に成熟できる能力)と呼ばれています。

 従来の血液学の学説では、この自己複製能力は造血幹細胞の特徴的な能力で、その造血幹細胞が自己複製能力を失い、徐々に赤血球・血小板・白血球等の成熟血液細胞を産生すると考えられてきました。

 しかしながらこれまでの研究では顆粒球やリンパ球の解析が中心で、核を持たない赤血球や血小板については顆粒球やリンパ球と同時に体内で解析したものではなく、従来の学説は必ずしも実験的に証明されているものではありませんでした。

 今回、本研究グループは、赤血球、血小板を含む5系統すべての血液細胞において蛍光色素クサビラオレンジを発現するマウスを作成し、骨髄中の血液細胞の分化能力を詳細に解析した結果、造血幹細胞以外にも自己複製能をもつ骨髄球系前駆細胞が存在することを見いだしました。また、この骨髄球系前駆細胞は、これまでの学説と異なり、造血幹細胞から直接産生されていることを初めて明らかにしました。

 本研究により、造血幹細胞の新しい分化モデルが明らかになり、造血幹細胞や他の血液細胞の増幅技術の開発、白血病等の血液疾患の病態の解明や治療法の開発に貢献することが期待されます。


 蛍光色素クサビラオレンジ
 骨髄の中にある造血幹細胞は、一生涯にわたって、毎日数千億個もの新しい成熟血液細胞(主に赤血球、血小板、顆粒球、Bリンパ球、Tリンパ球)を供給しています。このような特徴は、造血幹細胞の自己複製能・多分化能と呼ばれています。

 造血幹細胞からどのように血液細胞が産生されるか、これまでも研究は精力的に行われてきていました。しかしこれまでの研究の多くは、マウス個体内で白血球抗原CD45を指標にしたシステムにより顆粒球・Bリンパ球・Tリンパ球への分化能のみを観察することによって行なわれてきました。

 一方、赤血球や血小板は核を持たずCD45を発現していないため、これらの細胞への分化能力は、試験管レベルの実験など別の手法を用いて観察されていました。そうした研究成果のもと、造血幹細胞は、その多分化能は維持したまま自己複製能のみを失って造血多能性前駆細胞となり、さらに骨髄球性前駆細胞とリンパ球性前駆細胞に分かれ、最終的に成熟血液細胞を産生するという分化モデルが教科書的には主流でした。

 しかし、この分化モデルは上記のような問題から必ずしもすべてが実験的に証明されているものではありませんでした。

 この問題を解決するために、まず、赤血球、血小板、顆粒球、Bリンパ球、Tリンパ球の5系統の成熟血液細胞が蛍光色素クサビラオレンジで標識されたマウス(クサビラオレンジマウス)を作製しました。このマウスを用いることにより、マウス体内においてCD45の発現に依存することなく赤血球・血小板を含む5系統すべての成熟血液細胞を蛍光により判別できます。

 まず、このクサビラオレンジマウスの骨髄細胞から単一細胞を分取し、他のマウスに移植しました。その後、定期的に末梢血を解析することにより、移植した単一細胞がどの種類の成熟血球を産生する能力をもっているか評価しました。


 造血前駆細胞に3つのパターン
 その結果、単一細胞レベルで自己複製能力のある前駆細胞として、血小板のみを産生しつづける前駆細胞(megakaryocyte repopulating progenitor)、赤血球・血小板のみを産生し続ける前駆細胞(megakaryocyteerythroid repopulating progenitor)、赤血球・血小板・顆粒球のみを産生し続ける前駆細胞(common myeloid repopulating progenitor)を初めて同定しました。また、娘細胞対アッセイ解析法を用いて、造血幹細胞が、上記の3種類の前駆細胞を直接的に産生することを示しました。

 本研究の結果は、造血幹細胞から成熟血液細胞を産生する最初の過程において、自己複製能力の喪失は必須ではないこと、さらに段階的に分化能力を失っていく従来の血液細胞の分化モデルとは異なる、これまで知られていなかった血液細胞の分化経路が存在することを示しています。

 造血幹細胞を起点に、段階的に各血液細胞が作り出されるという従来の分化モデルは、生物学や医学の教科書に頻繁に記載されており、今回の研究成果は、これまでの学説を覆すもので、新たに教科書を書き換える成果であるといえます。

 造血幹細胞は、他の体性幹細胞の中でも最も古くから精力的に研究のなされていた分野であり、他の種類の体性幹細胞を研究する際にもモデルとなっています。本研究成果は、他の体性幹細胞の研究にも影響を与える可能性があります。

 さらに、より正確に造血幹細胞の分化系図を理解することにより、新たな分子メカニズムの発見にもつながり、造血幹細胞やある特定の血液細胞の試験管内での増幅に加え、胚性幹細胞・人工多能性幹細胞から造血幹細胞を誘導するという再生医療の発展、血液疾患のメカニズムの解明や白血病を始めとする難病治療への応用にも有用であると期待されます。


 造血幹細胞とは何か?
 造血幹細胞(hematopoietic stem cell:HSC)とは血球系細胞に分化可能な幹細胞である。ヒト成体では主に骨髄に存在し、白血球(好中球、好酸球、好塩基球、リンパ球、単球、マクロファージ)、赤血球、血小板、肥満細胞、樹状細胞を生み出す。血球芽細胞、骨髄幹細胞ともいう。

 幹細胞の定義として、一個の細胞が分裂の結果2種類以上の細胞系統に分化 (differentiation) 可能であると同時に幹細胞自体にも分裂可能であり(self renewal: 自己複製)結果として幹細胞が絶える事なく生体内の状況に応じて分化、自己複製を調整し必要な細胞を供給している事になる。

 血球系の細胞には寿命があり、造血組織より供給されなくなると徐々に減って行く。この寿命は血球の種類によって異なり、ヒトでは赤血球(約120日)、リンパ球(数日から数十年)、好中球(約1日)、血小板(3~4日)などである。


 造血幹細胞ニッチ
 ヒトの造血組織は骨髄内に存在するが、全ての骨の骨髄で造血が行われる訳ではなく、胸骨、肋骨、脊椎、骨盤など体幹の中心部分にある、扁平骨や短骨で主に行われる。その他の長管骨の骨髄では出生後しばらくは造血機能を持つが、青年期以降は造血機能を失い、加齢とともに徐々に辺縁部位が脂肪組織に置き換わって行く。最長の大腿骨でも25歳前後で造血機能を失う。

 なお、発生直後から骨髄で造血されているわけではなく、骨髄造血が始まるのは胎生4ヶ月頃からである。それ以前は初期は卵黄嚢で、中期は肝臓と脾臓で造血される。なお、肝臓と脾臓は造血機能を完全に失うわけではなく、血液疾患時には造血が見られることもある。

 骨髄には造血細胞だけでなく、脂肪細胞、マクロファージ、間葉幹細胞などが存在し、造血細胞の中にも、分化した上記血球系細胞およびそれらの前駆細胞が存在している。多分化能を保った造血幹細胞はこれらの中のごく一部であり、最新の学説においては、骨組織と骨髄の境界領域に高頻度に存在し、骨組織内の骨芽細胞(osteoblast)との接触がその維持に重要と考えられている。(造血幹細胞ニッチ)

 マウスの実験において、大量の放射線を個体に照射すると造血障害が発生するが、MHCの一致した他のマウスより採取した骨髄細胞を移植するとその造血機能が回復する事により、骨髄細胞内に造血幹細胞が存在する事が証明されている。

 さらに、血球細胞の表面抗原に対するモノクローナル抗体を組み合わせてフローサイトメトリーにて細胞を純化する技術が開発され、骨髄細胞より高濃度で造血幹細胞を純化する事が可能となっており、1個の細胞を移植する事で放射線照射したマウスの造血機能を回復する事が可能になっている。 以上の知見をもとに臨床応用されているのが造血幹細胞移植であり、白血病・悪性リンパ腫・多発性骨髄腫などの血液癌の治療などに役立っている。(Wikipedia:造血幹細胞


造血幹細胞―基礎から遺伝子治療・再生医療へ
クリエーター情報なし
中外医学社
トコトンやさしい血液の本 (B&Tブックス―今日からモノ知りシリーズ)
クリエーター情報なし
日刊工業新聞社

ブログランキング・にほんブログ村へ 人気ブログランキングへ   ←One Click please