日本犬のルーツはニホンオオカミ?
 現在の学説では、犬のルーツは約1万5000年前(後期旧石器時代)に東アジアで家畜化されたオオカミであり、アジア、ヨーロッパ、アメリカの順に広がっていった…とされている。日本の犬のルーツはどこだろうか?

 日本で最も古い犬の骨は、神奈川県横須賀市の夏島貝塚から出土した、9200年前のものである。当時、日本にもオオカミが生息していたが、体型が大型であった のに対し、日本の犬は小型(現在の柴犬と同じくらい)で、中型のものも発掘されていない。

 したがって、日本の犬は日本オオカミが家畜化したものではな く、日本に渡来したヒトが連れてきたものに違いない。だから、日本 の犬の歴史は更に古く、縄文時代の初め、乃至はもっと以前まで遡る可能性は十分にある。狩猟・採集を生業の基盤としていた縄文人にとって、犬は必要 不可欠の存在であったから、可愛がるとともに非常に大切にしたら しい。


 縄文時代の遺跡からは、丁寧に埋葬されたイヌの骨が発掘され る。この最も古いものは、愛媛県上黒岩岩陰遺跡の、8500年前のものである。(日本人の起源:日本犬のルーツ

 しかしこれまで、いつから柴犬や秋田犬などの日本犬の祖先が存在したかはよくわかっていない。今回、佐賀県内で約7,000年前の遺跡から出土した犬の骨について、佐賀市教育委員会が調査結果を公表した。

 その犬の骨のDNA解析では、柴犬や秋田犬などと同じ遺伝子の組み合わせタイプを持つことが分かり、これら日本在来の「日本犬」の祖先が縄文時代早期にまでさかのぼれることになった。

 以下はサイエンスポータルの記事「日本犬の祖先、縄文早期には猟犬だった?」を引用する。


 “日本犬”の祖先、縄文早期には猟犬だった!?
 佐賀県内で約7,000年前の遺跡から出土した犬の骨について、佐賀市教育委員会が調査結果を公表した。犬の骨のDNA解析では、柴犬や秋田犬などと同じ遺伝子の組み合わせタイプを持つことが分かり、これら日本在来の「日本犬」の祖先が縄文時代早期にまでさかのぼれることになった。

 犬の骨は、佐賀市金立町の「東名(ひがしみょう)遺跡」の貝塚群から2004-07年の発掘調査で107 点が出土した。このうちの頭蓋(がい)骨や下顎(かがく)骨などの鑑定を、慶應義塾大学の佐藤孝雄教授らの研究チームに依頼していた。

 DNA解析の結果、遺伝子の組み合わせのM1タイプが現生の柴犬、秋田犬、紀州犬と一致し、M20タイプも柴犬、琉球犬と一致した。M1タイプは、これまでに国内の縄文時代の遺跡から出土した犬(縄文犬)の骨から初めて確認された。犬の骨の出土例は神奈川県横須賀市の「夏島貝塚」(約9,500年前)が国内最古だが、骨の量が少なくDNA解析はできなかった。

 推定される犬の姿は、頭部から吻(ふん)部にかけての横顔が直線的で、これまで確認されている縄文時代前期から晩期までの犬の特徴と同じだった。体高は43-47センチメートルと、縄文犬としては大きな部類だった。また、上顎骨には前臼歯が生前に失われた痕跡があり、「猟犬として獲物の攻撃や捕獲に当たっていたと考えられる」という。(サイエンスポータル 2013年10月11日)


 犬と人の歴史・文化
 人間と暮らし始めた最も古い動物であるイヌは、民族文化や表現の中に登場することが多い。

 古代メソポタミア(紀元前3500年~)や古代ギリシア(紀元前2000~)では彫刻や壷に飼いイヌが描かれており、古代エジプトでは犬は死を司る存在とされ(アヌビス神)、飼い犬が死ぬと埋葬されていた。

 紀元前2000年頃の古代メソポタミアの説話「エンメルカルとアラッタ市の領主」では、アラッタ領主が「黒でなく、白でなく、赤でなく、黄でなく、斑でもない犬を探せ」と難題を命じる場面がある。

 つまり、既にこれらの毛並みの犬が一般的だったわけである。紀元前に中東に広まったゾロアスター教でも犬は神聖とみなされるが、ユダヤ教では犬の地位が下り、聖書にも18回登場するが、ここでもブタとともに不浄の動物とされている。

 イスラム教では邪悪な生き物とされるようになった。現在でもイスラム圏では牧羊犬以外にイヌが飼われることは少ないが、欧米諸国では多くの犬が家族同然に人々に飼われている。

 日本でも5世帯に1世帯がイヌを飼っているといわれている。中世ヨーロッパの時代には、宗教的迷信により、魔女の手先(使い魔)として忌み嫌われ虐待・虐殺されたネコに対し、犬は邪悪なものから人々を守るとされ、待遇は良かった。

 古代中国では境界を守るための生贄など、呪術や儀式にも利用されていた。知られる限り最古の漢字である甲骨文字には「犬」が「犬-oracle.svg」と表記され、「けものへん(犬部)」を含む「犬」を部首とする漢字の成り立ちからも、しばしばそのことが窺われる。

 古来、人間の感じることのできない超自然的な存在によく感応する神秘的な動物ともされ、死と結びつけられることも少なくなかった(地獄の番犬「ケルベロス」など)。漢字の成り立ちとして、「犬」の「`」は、耳を意味している。(Wikipedia)


 犬は食用にされていた?
 犬食文化(けんしょくぶんか)とは、食用として犬を飼育してその肉を食べる習慣、及び犬肉料理の文化の事である。

 犬食文化は、中国や朝鮮半島のような古くからの農耕社会、或るいはアジアやオセアニア島嶼域の様な農村的社会が支配的な地域に認められる。一方、犬食が忌まれる地域は、牧畜社会、遊牧社会、狩猟採集社会の支配的な地域と、西アジアのように、食用動物に関する宗教上の忌避が存在する地域がある。

 犬肉料理としては、韓国料理のポシンタン等が有名だが、犬食の歴史は古く、中国大陸をはじめとする広い地域で犬を食用とする習慣があった。犬食の習慣は日本を含めた東アジア、東南アジア及びハワイ、ポリネシア、ミクロネシア、オセアニアなどの島嶼に於いて多く存在した。

 多くの現代人が犬食に対して示す忌避感は、自分たちが常食しないものに対する「食わず嫌い」であり、その心理的忌避と倫理的な善悪認定がしばしば混同されることから、犬食文化がしばしば文明論における優劣や人種差別の格好の材料とされることには問題がある。

 日本では、縄文時代に集落遺跡などの土坑底部から犬の全身骨格が出土する例があり、ある犬の上腕骨には、解体痕の可能性が高い切痕が確認された。調査報告では、当時犬を食用として解体していた事を示す物的証拠と評価している。

 『日本書紀』天武天皇5年(675年)4月17日のいわゆる肉食禁止令で、4月1日から9月30日までの間、稚魚の保護と五畜(ウシ・ウマ・イヌ・ニホンザル・ニワトリ)の肉食が禁止されたことから、犬を食べる習慣があったことはあきらかである。

 日本に犬食の習慣がなくなったのは、徳川綱吉の「生類憐れみの令」で、表立っての動物殺生に対する忌避感が増幅され、犬がとりわけ「将軍家の護神」とされて保護されたことによる可能性が大きい。また、「座敷犬」「抱き犬」として狆などが流行する等、日本では犬は食料ではなく愛玩用としての存在に変化し、犬食文化の衰退の要因は増えた。

 中国には「羊頭狗肉」「狡兎死して走狗烹らる」などの諺があるように、現在でも、体を温める食材として広く食されている。広東省広州では「狗肉」(広東語カウヨッ)の隠語として「三六」(サムロッ)や「三六香肉」(サムロッヒョンヨッ)と呼ぶが、「3+6=9」で同音の「狗」を表した表現である。おおむね、シチューに似た煮込み料理に加工して食べられる。調理済みのレトルトパックや、冷凍犬肉も流通している。(Wikipedia)


犬の日本史―人間とともに歩んだ一万年の物語 (PHP新書)
クリエーター情報なし
PHP研究所
犬の科学―ほんとうの性格・行動・歴史を知る
クリエーター情報なし
築地書館

ブログランキング・にほんブログ村へ 人気ブログランキングへ   ←One Click please