ヒトのDNA塩基配列
 ヒトの染色体の数は46本。ではその中に遺伝子はいくつあるだろうか?また、遺伝子の本体であるDNAの塩基配列はいくつあるのだろうか?

 ヒトゲノムの塩基配列の解読を目的とするヒトゲノム計画は1984年に最初に提案され、解読作業は1991年から始まった。そして2003年4月14日に解読完了が宣言された。

 ヒトのDNA塩基配列は約31億塩基対あり、細胞核内で24種の線状DNAに分かれて染色体を形成している。また、ヒトの遺伝子数の推定値は2万1787個であると2004年10月21日付の英科学誌ネイチャーに掲載された。(ただし、遺伝子数は個人差などにより多少の変動が見込まれる)


 今回、 ドイツやスペインの研究チームが、スペインの洞窟で発掘された約40万年前の人骨からミトコンドリアDNAを抽出し、その塩基配列の解読に成功した。人類最古のDNA解析結果が、初期人類の進化の謎を解明する手掛かりになると期待されている。

 解読の結果、スペインの初期人類は、シベリアのデニソワ人と近縁であることがわかった。共通の祖先を持つ初期人類ネアンデルタール人とデニソワ人は、それぞれヨーロッパとシベリアに分布していたと考えられている。今後は、両者の拡散ルートの見直しが迫られることになるという。


 40万年前のヒトDNAの解読に成功
 20世紀後半、スペイン北部のシマ・デ・ロス・ウエソス(Sima de los Huesos)洞窟で、約30体分の初期人類の骨格化石が発見された。当初、ヨーロッパに分布していたネアンデルタール人との関連性を指摘されていたが、母親から子どもに受け継がれるミトコンドリアDNAを大腿骨から抽出して解読したところ、シベリアのデニソワ人とのより近縁な遺伝関係が判明した。

 「ゲノム配列がデニソワ人に類似しているとは」と、ドイツのライプチヒにあるマックス・プランク進化人類学研究所の人類学者で、研究チームを率いたマティアス・マイヤー(Matthias Meyer)氏は困惑を隠さない。

 「ネアンデルタール人とデニソワ人の進化の歴史は非常に複雑で、他の初期人類との異種交配さえ疑われている」とマイヤー氏。

 両者ともヒト属の旧人で、その出現時期は、現生人類がアフリカから世界各地に拡散した6万年前よりさらに何十万年も遡る。我々の直系の先祖ではないが、DNAに両者の痕跡がわずかに残っており、異種交配の可能性が指摘されている。

 共通の祖先を持つ初期人類ネアンデルタール人とデニソワ人は、それぞれヨーロッパとシベリアに分布していたと考えられている。今後は、両者の拡散ルートの見直しが迫られることになるだろう。

 今回は、一定だった洞窟内の気温が幸いして良好な状態に保たれたDNAと、遺伝子解析技術の飛躍的な進歩が相乗効果を発揮したとマイヤー氏は説明している。


 なぜデニソワ人のDNA配列と類似?異種交配か?
 では、スペインの初期人類とデニソワ人のDNA配列の類似性はどう理解したら良いのだろうか。

 いくつかのシナリオが考えられると研究チームは述べている。例えば、スペインの初期人類はデニソワ人の近縁種で、ネアンデルタール人と隣り合わせで暮らしていたが遺伝的つながりがなかったという説。

 また、まったく独立した系統種であり、デニソワ人との交配によってデニソワ人のミトコンドリアDNAを受け継いだ可能性もある。しかし、これではネアンデルタール人の特徴を説明できない。

 もう1つの可能性として、スペインのミトコンドリアDNAが異種交配によってデニソワ人に受け継がれたとも考えられると、イギリス、ロンドン自然史博物館の古人類学者クリス・ストリンガー(Chris Stringer)氏は推測する。

 いろいろな意見が入り乱れて身元はいまだ謎に包まれており、解明にはさらなる調査が望まれる。「ミトコンドリアDNAの遺伝情報だけでは進化の過程までわからない。デニソワ人の全ゲノムを解読できれば手掛かりが得られるだろう」と同氏は期待している。

 今回の研究成果は、「Nature」誌オンライン版に12月4日付けで掲載されている。(Karl Gruber for National Geographic News December 5, 2013)


 デニソワ人とは何か?
 
デニソワ人(Denisova hominin)は、ロシア・アルタイ地方のデニソワ(Denisova)洞窟(ロシア、中国、モンゴルの国境に近い地域)に約4万1千年前に住んでいたとされるヒト属の個体および同種のヒト属の人類である。デニソワ洞窟は、アルタイ地方の中心都市バルナウルから約150km南方に位置する。

 2010年12月現在の最新研究では、ネアンデルタール人と並んで、我々現生人類であるホモ・サピエンス (Homo sapiens) に最も近い化石人類である。また現生人類の一部(メラネシア人など)と遺伝子情報を部分的に共有する可能性が高いとしている。

 2008年、ロシア西シベリアアルタイ山脈のデニソワ洞窟で子どもの骨の断片が発見され、放射性炭素年代測定により約41,000年前のものと推定された。また、同じ場所で、大人の臼歯も発見されている。

 2010年3月25日付のイギリスの科学雑誌『ネイチャー』(Nature)において、マックス・プランク進化人類学研究所の研究チームは、発見された骨のミトコンドリアDNAの解析結果から、デニソワ人は100万年ほど前に現生人類から分岐した未知の新系統の人類と発表した。

 2010年12月23日、マックス・プランク進化人類学研究所などの国際研究チームにより『ネイチャー』に論文が掲載された。見つかった骨の一部は5-7歳の少女の小指の骨であり、細胞核DNAの解析の結果、デニソワ人はネアンデルタール人と近縁なグループで、80万4千年前に現生人類であるホモ・サピエンスとの共通祖先からネアンデルタール人・デニソワ人の祖先が分岐し、64万年前にネアンデルタール人から分岐した人類であることが推定された。


 ネアンデルタール人とデニソワ人の関係
 デニソワ洞窟は、ネアンデルタール人化石発見地のうち最も近いイラク北部シャニダール遺跡から、約4000kmの距離を隔てている。メラネシア人のゲノムの4-6%がデニソワ人固有のものと一致することから、現在のメラネシア人にデニソワ人の遺伝情報の一部が伝えられている可能性が高いことが判明した。

 また、中国南部の住人の遺伝子構造の約1%が、デニソワ人由来という研究発表も、スウェーデンのウプサラ大学の研究チームより出されている。ネアンデルタール人と分岐した年数も、35万年ほど前との説も浮上している。ジョージ・ワシントン大学の古人類学者のブライアン・リッチモンドは、デニソワ洞窟で見つかった大人の臼歯からデニソワ人は体格はネアンデルタール人と同じか、それよりも大きいとみている。

 概略のところは、40万-30万年前にアフリカを出、中東を経てヨーロッパに拡がった集団がネアンデルタール人に、中東を経てアジア内陸部に移動した集団がデニソワ人になった。それに遅れて6万 - 5万年前にアフリカを出た我々現生人類の祖先は、中東やアジア内陸部で先住者のネアンデルタール人やデニソワ人と交雑しながら全世界に拡がり、現在に至った。

 ネアンデルタール人やデニソワ人はその後絶滅してしまったが、アフリカ土着のネグロイドを除く現在の現生人類遺伝子のうち数%はネアンデルタール人由来である。

 中東での現生人類祖先とネアンデルタール人との交雑を示す研究成果は2010年5月に発表されているが、2010年12月にアジア内陸部におけるデニソワ人とも現生人類祖先は交雑したとする研究結果が出たことから、この結果が正しければ、過去には異種の人類同士の交雑・共存も一般的だった可能性が出てきた。

 なお、アジア内陸部でデニソワ人と交雑した現生人類祖先は、そののち長い期間をかけてメラネシアなどに南下していったと考えられる。

 現生人類との関連などは、今後の研究により変更される可能性もある。デニソワ人の体格などの外形、生活様式、人口などはこれからの研究が待たれる。(Wikipedia)


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nature [Japan] September 9, 2010 Vol. 467 No. 7312 (単号)
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