間脳の視床、視床下部、前頭葉との連絡部分
 1945年のノーベル生理学・医学賞の受賞はそれまで知られていなかった、脳の働きに関する研究について贈られた。一つはヴァルター・ヘスの間脳のはたらきに関する研究。もう一つは、エガス・モニスの精神病治療に関する研究である。

 モニスの精神病治療法は前頭葉と間脳視床部との連絡を絶つ「ロボトミー手術」と呼ばれ、今日では問題になっている。

 ロボトミー被害者の家族による組織は、ノーベル賞からモニスを除外するよう働きかける運動を続けている。現在、ノーベル賞公式ウェブサイト上のモニスのページには、受賞理由として「その当時、(ロボトミーは)代替のない治療方法だった」ことなどが理由として掲げられている。


 ノーベル財団は、ノーベル賞受賞歴の中からモニスを外すことは不可能であるとして、被害者からの要求を拒否している。「取り消される可能性はありません。絶対に無理でしょう。ノーベル財団ではそもそもそうした抗議に対応する用意さえありません。」ノーベル賞は必ずしも正しいとは限らない。

 ノーベル賞には光の部分と影の部分がある。そもそも人間は間違いを犯す存在だ。今日まで戦争が地上からなくなっていないことがそのよい例である。ノーベル賞も例外ではない。核兵器を造ったマンハッタン計画には多くのノーベル賞受賞者が賛同し、協力もしている。だが、間違えて覚えるのもまた人間だ。ロボトミー手術によって、脳の機能に障害が起き、初めて脳の働きがあきらかになった。

 人間の成功と数々の失敗。それを勝者によって歴史の闇に葬られることなく、つぶさに垣間見ることができる・・・それこそが、ノーベル賞の真の意味であると思う。


 ヴァルター・ヘス
 1949年ノーベル生理学・医学賞者。受賞理由は「内臓の活動を統合する間脳の機能の発見」。

 ヴァルター・ルドルフ・ヘス(Walter Rudolf Hess、1881年3月17日~1973年8月12日)はスイスの生理学者。内臓の調節を含む間脳の機能領域をマッピングして、アントニオ・エガス・モニスとともに1949年度のノーベル生理学・医学賞を受賞した。

 トゥールガウ州のフラウエンフェルトに生まれる。1906年にチューリッヒ大学で医学士となり、外科学と眼科学の研修を受けた。1912年に眼科医としての仕事を辞め、研究の道に進んだ。ヘスの興味は、血液循環と呼吸の調節にあった。このような興味から、ヘスは内臓の働きを統御する間脳の機能のマッピングを始めた。1917年から1951年にかけてチューリッヒ大学の生理学の教授を務める。1973年にスイスのロカルノで亡くなった。

 ヘスが間脳の研究に着手した1926年頃には、自律神経系が、興奮作用をもつ交感神経と、抑制作用をもつ副交感神経からの2つからなり、これらは不随意筋と、各分泌線を支配下においていることがわかっていた。

 しかし、自律神経中枢のはたらきについてはほとんど知られていなかった。その後何人かの科学者により、視床下部が自律神経を通じて、筋肉や器官への血液の供給、体温調節機能、消化器のはたらきといった体の自律機能を支配することは確認されたが、これらの各機能に対応する視床下部における領域は正確には把握されていなかった。

 領域の判定には、視床下部の目的の部位に針状電極を挿入して電流を流し、動物の反応を観察する方法をがとられていた。彼は針状電極を改良し、ヘスの電極を考案。精密な実験を繰り返し、視床下部の各部位のはたらきを突き止めた。1949年のノーベル生理学・医学賞はこれらの業績に対して、贈られたものである。彼の著書には「脳幹の生理学への寄与」「間脳の非器質的機構」「心の生態学」がある。


 エガス・モニス
 1949年ノーベル生理学・医学賞受賞者。受賞理由は「ある種の精神病に対する前額部大脳神経切断の治療的意義の発見」。

 エガス・モニス(António Caetano de Abreu Freire Egas Moniz, 1874年11月29日~1955年12月13日)は、ポルトガルの政治家、医者(神経科医)である。

 ロボトミーという名前で良く知られる精神外科手術、前頭葉切断手術を精神疾患を根本的に治療する目的で考案した。これが功績として認められ、1949年にスイスの神経生理学者ヴァルター・ルドルフ・ヘスとともにノーベル生理学・医学賞を受賞した。

 ポルトガル中部大西洋岸のアヴェイロ県エスタレージャ(ポルトガル語版)北郊のアヴァンカ(ポルトガル語版)に生まれた。モニスは医学を故郷に近いコインブラ大学で学び、神経学をフランスのボルドーとパリで学んだ。

 1902年コインブラ大学に神経学科の主任教授として戻る。1911年リスボン大学教授となり、20年以上務めた。その間、政治の世界に入る。政治家としてはポルトガルの国会議員を1903年から1917年の間務め、1917年外務大臣となる。

 1918年から1919年まで第一次世界大戦後に開かれたパリ講和会議の首席代表となった。スペイン大使を1917年から1919年まで(第一次共和制)務める。その後、政治家を辞めて、1944年までの間はリスボン大学で神経学の教授となる。

 モニスの業績は大きく2つに分けられる。一つは1927年脳血管撮影法の考案である。これは脳の血管がよく見えるよう。血管の中にX線を通さない物質を注入してX線写真を撮るというものであった。像の陰影で脳の腫瘍や動静脈奇形などの神経性の病気の原因を診断する。

 もう一つは1930年代半ばの前頭葉白質切截法(ロボトミー)の発見である。この方法は前頭葉内の神経細胞が異常な連絡形態をつくっているために精神障害が起こると仮定し、前頭葉を壊して、視床との繊維連絡を切断することで治療しようとするものであった。


 ロボトミー(Lobotomy)
 1936年、モニスと同僚のアルメイダ・リマ (Almeida Lima) は、当時すでに知覚を脳に伝える部分として知られていた視床と、知性と感情をつかさどる部分とされていた皮質に繋がる神経繊維を外科手術で切断することに世界で初めて成功する。

 この手術はそれから10年程で世界で広く行なわれるようになった。モニスの方法をアメリカのウォルター・フリーマン(英語版)とジェームス・W・ワッツ(英語版)が改良し、前部前頭葉白質切截法(ロボトミー)として確立した。それによりモニスは世界で広く知られ、名声はノーベル賞受賞という形で最高潮に達する。

 ロボトミーは、主に統合失調症の治療に用いられたが、患者から人間性を不可逆的に奪う深刻な副作用が問題視されて、1975年頃にはまったく行なわれなくなる。

 手術の手法は前頭葉と視床下部の連絡部分に対して、まぶたの上側から脳に直接長い針を打ち込む手術で、目標もなく手さぐり状態でやみくもに針を打ち込んでいた。

 そのため、数%はそのまま死亡、生還しても副作用により50%以上は廃人化した。現在では悪評の高い手術となっており、薬物療法が一般的となっている。

 ロボトミー手術の犠牲者とされるのが、ケネディ大統領の妹、ローズマリーケネディである。ローズマリー・ケネディは、先天性に軽い知的障害を患い、体面を気にした父親ジョセフにより、ロボトミー手術を無理矢理受けさせられた。結果、手術前よりも寧ろ知能が後退し、性格まで粗暴になってしまった。

 その後、マスコミの目を避けさせるかの様に、医療サナトリウム施設へ隔離入院させられてしまう。結局2005年にこの世を去るまでサナトリウム施設に入ったままという悲劇のヒロインであった。

 モニス自身は65歳のとき、自分の患者が放った銃弾が脊髄に命中して身体障害者になった。1955年ポルトガルのリスボンで死去した。

 アメリカなどでは、現在でもロボトミー手術の被害で廃人になった当事者と、その家族たちが、エガス・モニスのノーベル生理学・医学賞受賞取り消しのための運動を行っている。


 間脳のはたらき
 脳は大脳、中脳、小脳からなり、大脳は大脳半球(=終脳)と間脳からなるので、間脳は大脳半球と中脳の間にある。

 2つの大脳半球に包まれる様にして一つの間脳があり、2つの大脳半球は一つの間脳に繋がっている。間脳は中脳に繋がっている。

 間脳は(広義の)視床と視床下部からなり、視床は視床上部と狭義の視床(背側視床)と腹側視床からなる。単に視床と言う場合は狭義の視床を指す。

 間脳は大脳半球のほぼ全ての入力と出力を下位中枢と中継する信号の交差点となっている。特に視床下部は本能的な活動を制御している。ヒトは大脳が最も発達していることから、間脳も最大である。

 視床は嗅覚を除く全感覚の中継にあたる。視覚と関係があると考えられていた のでこの名称がついている。中脳が頭頚部の筋肉を直接制御するのに対し、間脳は自律神経やホルモン等を介して内臓全体を制御する。

 自律神経: 間脳は視床下部にある自律神経核によって自律神経である交感神経と副交感神経を制御している。交感神経は獲物を捕らえる闘争反応や敵から逃れる逃走反応等を制御し、副交感神経は消化や睡眠等のリラクゼーション反応等を制御する。

 ホルモン: 間脳は視床下部によって脳下垂体(下垂体)を支配して食欲、性欲、睡眠欲等を制御している。また、免疫等も制御する。間脳の体温調節機能に働きかけ熱発させるサイトカインにIL-1やTNFがある。これらは炎症時に直接間脳に働きかけることにより生体の体温を上昇させ、感染から身を守る。


参考 ノーベル賞受賞者業績辞典:日外アソシエーツ Wikipedia:エガス・モニス ヴァルター・ヘス 


本当は怖い科学の話
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