ロケット垂直着陸の夢

 宇宙開発が抱える問題のひとつに、地球から宇宙へ人や物を運ぶのに要する費用が莫大であることが挙げられるが、最大の原因は輸送手段であるロケットを使い捨てにしているということである。

 宇宙ロケットの製造費用は数十〜数百億円であり、輸送費用の過半を占めている。しかし、ロケットが航空機のように帰還し、整備と燃料補給を受けて繰り返し飛行することが可能であれば、飛行1回あたりの減価償却費ははるかに安くなるため、輸送費用を劇的に安くできると考えられた。

 このような観点から様々な再使用ロケット(RLV)が検討され、アメリカではスペースシャトルが実用化されたが、実際には整備に莫大な費用を要し、かえって使い捨てロケットより高くつく結果に終わった。2011年7月8日に打ち上げられたアトランティスのSTS-135をもって、30年あまりに及んだスペースシャトル計画を終了した。

 しかし、高価なロケットを使い捨てにしている限り、輸送費用の低減には限度がある。また打ち上げのたびにロケットを投棄するため、安全上の問題や環境保全、資源節約の観点からも好ましいものではない。使い捨てロケットは、経済的な再使用ロケットが実現できない時点での、次善の策と言える。



 今回、米Amazon.com創業者ジェフ・ベゾス氏が設立した宇宙企業Blue Originは11月24日、打ち上げた後のロケットを垂直に着陸させることに成功したと発表した。同社は「歴史的なランディングだ」としている。

 ロケットはテキサス州から打ち上げられ、宇宙船「ニューシェパード」を高度100キロまで運んだ後、地上に戻って垂直軟着陸を果たした。公開された動画では、降下してきたロケットが姿勢制御しながら垂直に着陸する様子がとらえられている。

 ロケットを自動的に垂直に着陸させる技術は、打ち上げロケットの回収・再利用を低コストに行う上で重要。イーロン・マスク氏の宇宙企業SpaceXも試みているが、いまだに完全には成功しておらず、ベゾス氏の企業が先んじた格好だ。


 世界初!宇宙に達したロケットを垂直着陸

 米国のブルー・オリジンは2015年11月24日、開発中の再使用ロケット「ニュー・シェパード」の打ち上げと着陸に成功したと発表した。同ロケットの打ち上げ成功は初のことで、宇宙空間に到達したロケットがそのまま垂直に着陸することに成功したのも史上初のこととなった。なお、ニュー・シェパードは有人飛行を目標として開発が進められているが、今回の飛行は無人で行われた。

 ブルー・オリジンは2000年9月に設立された会社で、ネット通販大手のAmazon.comを設立したことで知られるジェフ・ベゾス氏によって立ち上げられた。

 ニュー・シェパードは単段式のロケットで、垂直に打ち上げられ、高度100kmの宇宙空間まで上昇した後、そのまま垂直に着陸し、整備と推進剤の補給を行い再び打ち上げることができる能力をもっている。

 ロケット・エンジンには液体酸素と液体水素を使う「BE-3」を使う。ロケットの先端には人や実験装置などを積んだカプセルを搭載することができ、地球をまわる軌道には乗れないが、宇宙観光や簡単な宇宙実験などを行うことはできるようになっている。今年4月に初の試験飛行を行っており、その際は高度93kmまで到達したものの、ロケットの着陸には失敗した。

 今回の飛行は11月23日に実施され、4月のときと同じ、西テキサス地方にある同社の試験場を使って行われた。ロケットは垂直に上昇し、最高速度マッハ3.72で高度100.5kmに到達した後、カプセルを分離。そしてロケットは安定翼を展開し、上空の強い風の中を安定して降下し、発射台から上空約1.5kmのところでエンジンに再点火し減速。そして機体を制御しながらさらに降下を続け、最終的に着陸脚を展開し、着陸施設に降り立った。一方のカプセルもパラシュートで着陸している。

 ニュー・シェパードは今回が2回目の飛行で、初めての完全な成功となった。さらに宇宙空間に到達したロケットが、そのまま垂直に着陸することに成功したのも史上初めてのこととなる。次の試験飛行の予定は明らかにされていないが、今回成功した機体を再使用するものと見られている。

 ブルー・オリジンでは今後もニュー・シェパードの試験飛行を繰り返し行い、2年以内にも同ロケットを使った宇宙観光や宇宙実験をビジネスとして展開したいとしている。


 開発競争激化のきっかけとなるか

 再使用ロケットの構想は古くからあり、今回のニュー・シェパードのように垂直に打ち上げられ、垂直に着陸できるロケットもいくつかの実験機が開発されている。

 近年では特に、ブルー・オリジンと同じ米国の宇宙企業であるスペースXも、人工衛星を打ち上げた後の「ファルコン9」ロケットの第1段機体を、海上の船で回収し、再使用する試験に挑戦し続けている。同社はこれにより、ロケットの打ち上げコストの大幅な低減を目指している。

 今回の成功で、ブルー・オリジンはスペースXに先んじたようにも見られるが、ニュー・シェパードは高度100kmに到達することのみを目的としているため、地上からまっすぐ空に向けて打ち上げ、高度100kmに達した後、そのまままっすぐ帰ってくるだけで良い。

 しかし、ファルコン9は人工衛星を打ち上げるロケットであるため、衛星を打ち上げられないニュー・シェパードよりも要求される技術が高く、開発も難しい。また、第1段機体は高度80kmの高さから、さらに水平方向への速度もついている状態で、機体を制御して着陸させなければならない。技術的な難易度はファルコン9のほうが高く、今回のニュー・シェパードの成功により、ブルー・オリジンがスペースXに勝ったというわけではない。

 ただ、ブルー・オリジンも、人工衛星打ち上げ用の再使用ロケットを開発することを明らかにしており、今後、両社の間で再使用ロケットの開発競争が激化することが予想される。


 日本発!再使用ロケットプロジェクト

 宇宙への往復を容易にするための研究の一環として、繰り返し飛行が可能なロケット飛翔体のシステム構築のための技術の確立と離着陸飛行のための機能の確認を目指して、完全な再使用が可能な宇宙輸送システムの基礎実験としてロケットエンジンを用いた離着陸、安全かつ容易に繰り返し飛行を行うためのシステム設計法などに関する工学技術の蓄積を目的とする。

 宇宙開発が好きな方なら、かつてISASが「RVT」という小さなロケットの飛行実験を行っていたことを憶えておられるかもしれない。RVT(Reusable Vehicle Testing)は1990年代後半から開発が始まり、2000年代の前後に複数回、垂直に離陸して上昇した後、垂直に地面に着陸するという飛行実験を行っている。再使用観測ロケット技術実証プロジェクトは2010年度から始まったが、そこにはRVTで得られた知見が多く活かされており、再使用観測ロケットはまさにこのRVTの直系の子孫にあたる。

 再使用観測ロケット技術実証プロジェクトでは、再使用観測ロケットの実用化に向けて必要となる、さまざまな技術要素の研究開発が行われている。プロジェクトにはJAXAを中心に、三菱重工業などが参画している。

 その中で開発されているもののひとつが、再使用ロケット・エンジンだ。再使用観測ロケットでは、まずフルパワーで上昇し、続いてエンジンを止めて慣性飛行を行い、そして着陸のためにふたたびエンジンに点火し、最終的には停止さたりと、何度も始動と停止を繰り返さなくてはならない。

 さらに、推進力を降下速度や姿勢に合わせて調整する必要もあるなど、通常のロケット・エンジンとはまったく違う動きを要求される。また1回限りではなく、簡単なメンテナンスだけで、何度も使えなくてはならない。

 成尾助教は「スペース・シャトルのロケット・エンジンの設計寿命は55回とされている。しかし、実際には宇宙から帰ってくるたびに、エンジンを機体から降ろして、全部分解して点検するようなことをしていた。そこで私たちは、簡単な点検だけで100回再使用できるようなエンジンの開発を目指すことにした。スペース・シャトルから得た教訓というのは、単に再使用ができるというだけではだめで、頻繁に運用できなければ、結局はコストを下げることができない。私たちの開発したエンジンでは、航空機のようにロケットを繰り返し運用ができると考えている」と説明した。

 同プロジェクトで開発されたエンジンは、推進剤に液体酸素と液体水素を使用する。推力は40kNで、また22%から109%の間で自由に可変させる(スロットリング)ことが可能だという。

 エンジンの開発はプロジェクト開始と同じ2010年度から始まっており、設計や製造、部品単位での試験が繰り返された後、2014年度にエンジンのシステム全体の性能を確認する試験が実施された。この試験は、短時間の燃焼の1回の打ち上げに相当する量の負荷をかけられる「寿命加速試験方法」という手法を使用して行われ、今年2月までに、エンジンの起動と停止の累積回数は142回を記録、累積燃焼時間は3785秒にも達している。

 これにより、100回の打ち上げに相当する負荷に耐えられることが実証されたという。またその中で、垂直離着陸時や、飛行を中断しなければならない時などに推力を制御する性能と、応答性も実証され、さらに最短で24時間後に再打ち上げが可能な能力を持つことも実証されたという。


 再使用ロケット・エンジンに求められる機能と性能

 エンジン以外にも、たとえばタンクの中の推進剤の動きを制御する技術も必要となる。飛行中のタンク内の推進剤はちゃぷちゃぷと揺れ動いており、そのままロケット・エンジンに送り込もうとすると空気が混じってしまい、エンジンが破壊されることもある。そこで推進剤の液面を制御し、推進剤がしっかりエンジンに送り込まれるようにしなくてはならない。

 またロケット・エンジンのノズルには、高度によって(周囲の大気圧によって)最大の性能が出せる最適な形というのがあるため、飛行中にノズルの大きさを変えられる仕組みも必要となる。

 さらにエンジンなどが故障した際に、ロケットの判断でミッションを中断し、地上まで安全に帰還させるシステムも必要となる。

 その他にも、機体の形状をどうするか、軽くて頑丈な推進剤タンクをどうやって造るかなど、いくつもの技術開発が進められている。これらが実際の再使用観測ロケットで採用されるかはまだわからず、別の技術を使うかもしれないし、あるいは運用を続ける中で改良が加えられるため、後々になってから実装するといったことが考えられている。

 今年度には、新たに着陸脚の試験や、センサー類の試験なども予定されている。また、まだ具体的な日程や場所は未定なものの、実機よりやや小型の模型を使った滑空飛行試験も計画されているという。

 今はまだ再使用観測ロケットそのものを開発する予算は認められていないが、もし開発が決定され、予算が付けば、最短で4年間で開発できるとしている。稲谷教授は冗談交じりで「2020年の東京オリンピックの会場の上空で飛ばせるようにしたい」と語った。


 スペースシャトルの失敗に学ぶ

 スペースシャトル計画の始まりの段階で、NASAの関係者には「一回の飛行あたり1200万ドルほどのコストで飛ばすことができる」などと主張する者もいて、そうした甘い見込みのもとに計画は進んでしまった。

 エンデバーの製作にかかった費用は約17~18億ドルで、シャトルの一回の飛行にかかる費用は2002年の時点では約4億5,000万ドルだった。だが、コロンビアの事故以降は費用が上昇し、2007年には1回の飛行につき約10億ドルを要するようになった。

 また、NASAは事故は起きないだろうと考えていたが、チャレンジャー号の事故では米国が行った宇宙飛行中の事故で初めての死者を出してしまった。

 また、スペースシャトルには技術的な問題だけでなく、病的な官僚主義に侵されたNASAという巨大組織の抱える問題もあった。チャレンジャー号の事故も以前から事故が予測・回避できたのにNASAの幹部は対応策を十分に打たず、事故を引き起こしてしまった。

 またコロンビア号の事故でも、映像を確認した現場の人によって上昇時に断熱材がオービタに衝突した可能性があると指摘されたにもかかわらず、NASA幹部は提供された情報を軽視し、十分な対策を取らなかったことによって事故を引き起こしてしまった。

 人を乗せて飛ぶシャトルは安全に飛ばさなければならない。安全に飛ばすためには再使用する機体の部品をひとつひとつ徹底的に再検査しなければならず、シャトルは厖大な数のパーツで構成されているので、再検査の作業は厖大なものになり、その費用は巨額のものになったのである。

 政治学者のロジャー・A・ピールケ・Jr.(Roger A. Pielke, Jr.)は、2008年度初頭までにシャトル計画にかかった費用は総額で1,700億ドル(2008年度換算)ほどであったと算定した。これによれば打ち上げ一回あたりのコストは15億ドルということになった。

 スペースシャトルの最終飛行も終了し総決算の計算をすると、135回の打ち上げで2090億ドルもの費用がかかってしまっていた。一回の飛行当たり、通常の使い捨て型ロケットを打ち上げるよりも、はるかに高くついてしまっていたのである。


参考 マイナビニュース: 米ブルー・オリジン、宇宙に達したロケットを垂直に着陸させることに成功


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