大河が存在しないマヤ文明  

 マヤ文明と言ったら、どんな言葉や風景を思い浮かべるだろうか。ミステリアス、謎、未開、石造ピラミッド、象形文字、ジャングル、王墓、装飾品などなど。最近では「2012年世界滅亡説」もある。

 マヤ文明は、現在のメキシコ・グアテマラ・ベリーズ・ホンジュラス・エルサルバドルにまたがる「中米」に成立した。

 古代文明と言えば、おそらく多くの人が大河流域で栄えたことをイメージするだろう。エジプト文明はナイル川流域で、メソポタミア文明はチグリス・ユーフラテス川流域で、インダス文明はインダス川流域で、そして中国文明は黄河・長江流域で成立したといった具合だ。



 しかし、マヤ文明はそれほどの大河が存在せず、川が近くにない場所にも大規模な都市がたくさん成立した。もちろん、水が必要ではなかったというのではなく、マヤ人は雨水を工夫して活用していたのだ。

 マヤ低地南部に位置するティカルでは、意図的に傾斜を作ることによって、下の方に水が流れて貯まるようにした。しかも、高い位置に貯めた水は飲料水に、そこからあふれて低い位置に貯まった水は再び農業用水として利用されたと考えられている。また、マヤ低地北部は石灰岩質の地形であるため、地表には雨水が貯まらない。

 そこで、岩盤が落ちて泉のようになったセノーテや、地下に貯まった水を利用するチュルトゥンと呼ばれる人工的な貯水槽をうまく使っていた。古代マヤ人には、雨水を上手に利用する生活の知恵があった。


 マヤ文明の暦と2012年終末論

 マヤ文明の優れた特徴として天体観測がある。火星や金星の軌道を計算していた。また、天体観測をもとにつくられた精密な暦を持っていた。1つは、一周期を260日(13の係数と20の日の組み合わせ)とするツォルキンと呼ばれる暦で、宗教的、儀礼的な役割を果たしていた。もう1つは、1年(1トゥン)を360日(20日の18ヶ月)とし、その年の最後に5日のワイエブ月(ウェヤブ)を追加することで365日とする、ハアブと呼ばれる太陽暦の暦である。

 マヤの長期暦は2012年の冬至付近(12月21日から23日まで)で終わるとされ、その日を終末論と絡めた形でホピ族の預言にある「2012年人類滅亡説」が成就するのではないかと話題になった。しかし予言は信憑性に欠けたもので、マヤの暦は現サイクルが終了しても新しいサイクルに入るだけで永遠に終わらないという見方もあり、多くのマヤ文明の研究家たちも終末説を否定している。

 そんなマヤ文明に最近驚きの発見があった。カナダの15歳少年、ウィリアム・ガドゥリー君は、マヤ文明の失われた古代都市を発見した。専門家をしのぐ発想で、星図と衛星写真を比較して、探り当てた。メキシコのジャングルで見つかった都市遺跡は、マヤ文明で4番目の規模のものとされる。ガドゥリー君は、この古代都市を「火の口」と名付けた。


 15歳のとき、自分は何をしていた?

 ガドゥリー君の発見の報告はまず、投稿サイト「Reddit」から広まり、数百人が驚きと称賛のコメントを書き込んだ。ウィリアム君は幼いころからマヤ文明に夢中だった。2012年に世界が終るというマヤ暦の予告に興味を持ったのがきっかけだった。

 趣味はやがて真面目な研究へと転じた。想像力豊かな少年は、マヤ文明の都市の位置が、マヤの星座に対応しているかもしれないと仮説を立てた。「マドリード絵文書」と呼ばれる古文書から22のマヤ星図を分析し、星の位置を、グーグル―・アースが撮影したユカタン半島の衛星写真に重ね合わせてみた。その結果、117のマヤの都市は確かに星の位置に一致しており、特に明るい星の場所に大きい都市があることも分かった。

 ガドゥリー君は次に、23番目の星座を衛星写真に重ねてみたところ、不一致に気づいた。恒星は3つあるが、古代都市が2つしかなかったのだ。3つ目の星の位置にあたる場所は、メキシコとベリーズ国境上だった。当時は未発見の古代都市はうっそうとした森林に覆われ、ガドゥリー君の発見が確認できなかった。

 ありがたいことに、ガドゥリー君はすでにカナダ宇宙庁(CSA)と親しくしていた。マヤ古代都市の位置に関する持説を披露して、前年の科学コンクールに優勝したのを機に、CSAはガドゥリー君に最新式のRADARSAT-2衛星による写真を提供していたのだ。20億ドルするこの衛星は、最先端の地表探査能力を備えており、ガドゥリー君が見つけた場所の映像撮影に成功した。

 ガドゥリー君はさらに、2005年以降の衛星写真や構造物の痕跡がないか、インターネットで探し回った。2005年にはこの地域で火事があり、地表が今以上にあらわになっていたからだ。

 集めた写真の数々を携え、ガドゥリー君はニュー・ブランズウィック大学の遠隔測定専門家、アルマン・ラロック博士と共同作業を開始した。衛星写真を調べ、デジタル・イメージ技術を応用することで2人は見事な結論にたどりついた。ラロック博士は、ウィリアム君が発見したのは、30の建築物と高さ86メートルのピラミッドからなる主要都市だと、証明することに成功したのだ。

 ガドゥリー君の発見は広く称賛された。CSAの科学者たちは「素晴らしい」研究だと称え、メダルを授けた。ガドゥリー君はこの町を「ク・アアク・チ」と名付けた。「火の口」という意味だ。


 古代都市はただのトウモロコシ畑?

 15歳のカナダ人の少年が、中米のジャングルに足を踏み入れることなくマヤ文明の失われた都市を発見したという報道は、世界中の人々を驚嘆させた。

 中米のジャングルに足を踏み入れることなくマヤ文明の失われた都市を発見したという報道は、世界中の人々を驚嘆させた。

 しかし、残念ながらこの「発見」は、悪気はないが正しくもない空想の産物であったようだ。背景にあるのは、現代の西洋人が受ける教育と古代文明とでは、世界を見る方法がまったく違うことだ。

 もとの報道はこうだ。

 15歳のウィリアム・ガドゥリー少年は、マヤ文明の20個以上の星座を、地図に記載されているマヤ文明の都市の並びと対応させることができた。都市の並びは完全に星図と一致していたが、カラクムル遺跡とエル・ミラドール遺跡を含む1つの星座については足りない部分があったという。

 そこでガドゥリー少年は、対応する星の位置にもとづき、メキシコのカンペチェ州の特定の場所に未知の遺跡があるはずだと考えた。カナダ、ニューブランズウィック大学の名誉助教アルマン・ラロック氏が、その場所の衛星画像を分析すると、1つのピラミッドと数十個の建造物の存在が明らかになったという。

 ガドゥリー少年はこの都市に「火の口」という意味の「カーク・チ(K’aak Chi)」という名前をつけたが、早くも複数の研究者が、少年の発見に対して否定的な意見を表明している。

 現時点では、ガドゥリー少年もラロック氏も、インタビューの申し込みに対して返答していない。


 マヤ文明に西洋の地図を押し付ける過ち

 異を唱える人物の一人が、「天文考古学の父」として広く知られる天文学者であり人類学者である、アンソニー・アヴェニ氏。彼に言わせれば、現代の星図と古代人が作り上げた多数の構造物(マヤ文明の都市にせよナスカの地上絵にせよ)を1対1で対応づけようとするのは、空想的な創作行為でしかない。

 「私たちが知っているような、現実の距離を一定の縮尺で表現する『地図』の概念は、主に近代の西洋のものなのです」とアヴェニ氏は言う。彼によると、人類が地上に建造物を配置する際に宇宙を意識することは「確かにある」が、ガドゥリー少年が主張するほどの精度ではないという。

 また、マヤ人は黄道(太陽の通り道)に13の星座を見ていたことが分かっているが、その星座を何に見立て、星々をどのように結んでいたかについては、複数の異なる理論がある。

 「ガドゥリ君の発見は、いかにも西洋的な空想です。私たちは、雲の形からさまざまなものを連想するように、星図を見てさまざまなものを連想するのです」とアヴェニ氏は言う。とはいえ彼は、完全なデータを見るまでは、少年の仮説を頭から否定することはできないと考えている。

 アヴェニ氏は、少年の想像力と独創性を高く評価している。「非常に聡明で、自分の考えを強く持っている少年だと思います。研究のために大学の奨学金を獲得できればいいですね」


 画像に写っているものの正体

 一部のマスコミは、衛星画像やグーグルアース(Google Earth)の画像に写っている遺跡らしきものの1つは、放棄されたトウモロコシ畑であるとしてすぐさま否定した。しかし、ナショナル ジオグラフィック協会が支援するマヤ文明考古学と遠隔探査の専門家、フランシスコ・エストラーダ=ベリ氏は、現在入手できる画像では、どちらの説についても決定的な証拠にはならないと言う。

 「私の目には、ピラミッドのようなものは何も見えません。ジャングルの中の空き地など、いろいろな可能性が考えられます。私に見えるのは、林冠(木々の枝葉が茂っている部分)の中にある多角形だけです」

 衛星画像は、林冠の中にある奇妙な形を示すことはできるが、実際に地上に何があるのか推定するためには、ライダー(LiDAR)などの遠隔探査装置を使って、植物の下にあるものを「見る」必要がある。

 エストラーダ=ベリ氏は、「ガドゥリー君がライダーの画像を利用できれば、いくつかの領域を遺跡候補から除外できただけでなく、もっと小さいマヤ遺跡の位置を確認することもできたでしょう」と言う。

 彼はまた、ガドゥリー少年が偶然マヤ遺跡を発見した可能性も大いにあると付け加える。「マヤ文明の未発見の遺跡はまだ何百とあり、あちこちに散らばっているからです」と彼は言う。「地図上の1点に指を置いたとき、その場所に偶然マヤの遺跡が存在している確率はかなり高いのです」


 少年へのエール

 ガドゥリー少年の研究プロジェクトには、「天界の生まれ(Born of Heaven)」というタイトルがついている。彼は、この研究で地元の科学フェアで一等賞をとった後、2014年の科学会議で発表を行った。彼のプレゼンテーションはカナダ宇宙庁の目にとまり、衛星画像を提供された。

 カナダ宇宙庁のプロジェクトマネジャーであるダニエル・デ・ライル氏は、「彼には応援が必要だと思ったので、衛星画像をいくつか提供しました。研究自体は彼が独力で行いました」と言う。

 「彼はまだ15歳で、前途には明るい未来が広がっています」とデ・ライル氏は言う。「将来、私が彼のために仕事をする日がくるかもしれません」

 エストラーダ=ベリ氏もガドゥリー少年の努力を称賛する。「彼が独自の理論を考案し、最先端の技術を用いて検証を行ったのは、すばらしいことです。彼と一緒にジャングルに行き、マヤ文明の遺跡を探したいですね」

 ガドゥリー少年が考古学者の招待を受け入れたら、皆さんにもお知らせするつもりだ。 


参考 National Geographic news: 15歳少年のマヤ遺跡発見は間違い


 
マヤ文明を知る事典
クリエーター情報なし
東京堂出版
アステカ・マヤ・インカ文明事典 (「知」のビジュアル百科)
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あすなろ書房

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