火星への移住計画のために

 遅かれ早かれ、人類は宇宙に進出する。将来の火星生活を考えると、半永久的に地球に戻らない人も出てくるであろう。そのための準備は着々と進んでいる。ISS国際宇宙ステーションにおける宇宙飛行士の長期滞在は、そのための準備でもある。宇宙に行くと人体にどのような影響が出てくるのであろうか?

 米航空宇宙局(NASA)は50年以上にわたる有人宇宙飛行の歴史を持ち、無重力空間が人体に及ぼす影響に精通している。だが将来の火星探査を見据えた人体研究プログラム(HRP)ではそのさらに先を行き、宇宙環境が人間の健康やパフォーマンスに与える影響を低減させることを狙いとした研究を行っている。

 火星への6カ月の旅は始まりに過ぎず、乗組員は火星に降り立ち、そこで生活して作業も行うことになる。NASAはその準備のため、国際宇宙ステーション(ISS)に半年交代で宇宙飛行士を滞在させた。スコット・ケリー飛行士にはISSでの1年間の滞在任務を課すなど、宇宙空間が人体に及ぼす影響を調べてきた。



 宇宙へ行くと、まず、体液の循環が変化する。地上では下半身に溜まっていた水分のうち約2リットルは、無重力状態になった数分後には胸部と頭部に移動する。その体液が調節機能によって全身に循環されるため、顔がむくみ、首と顔の血管が浮き出るようになり、鼻が詰まって嗅覚や味覚がなくなる。尿の量が増え、体内で吸収される液体が減少するので、血液や体液の量もそれに合わせて減少する。

 背が少し(1、2センチ程度)伸びる事にもなる。これは、脊椎の椎骨と椎骨の間にある円盤状の椎間板が、圧迫されなくなるためである。体内で生成される赤血球の数も、大きく減少する。赤血球の減少は4日以内に始まり、40 - 60日ほどで安定する。

 長い間、無重力状態(微少重力環境)に晒されていると、骨が脆くなる。これは、骨が圧力を受けるほど太くなり、逆に負荷が減ると細くなってゆくという性質を持つためである。無重力状態では1ヶ月に約1パーセントの割合で骨の質量が減少するので、10ヶ月も過ごせば地上で30歳から75歳まで年を取った分に相当する骨の無機成分が失われる。

 骨だけでなく筋肉にも影響が現れる。筋肉が萎縮し、筋肉の結合組織も退化する。心臓もその例外ではなく、無重力環境下では重力に抵抗して血液を送り出す必要がなくなり、かつ前述の通り血液の量が減少するため、自然と筋肉への負荷が弱まり、結果的に心筋そのものも弱ってしまう。なお、このような骨と筋肉の退化を避けるため、宇宙飛行士は日に3、4時間の運動をする。

 最近では理化学研究所など実験の結果、哺乳類については、無重力下では性交しても受精しない可能性があることが判明した。これにより、宇宙ステーションや、重力が地球より弱い月や火星などでは子供ができにくい可能性が指摘されており、宇宙への人類の移住構想への影響も懸念されている。


 専用マシンで骨や筋肉を鍛え健康維持

 NASAのマイク・ホプキンス飛行士は、無重力状態に移行するときの感覚について、「まるで落下しているようだった」と述べる。建物の屋根からぶら下がって手を離した状態が24時間ほど続くようだったという。上も下もない状況だということに脳みそがなれるのに時間がかかった。無重力遊泳に慣れるのにも時間がかかり、歩くのを一から習得し直す状況に近かったという。

 ホプキンス飛行士は2013年9月から14年3月まで、166日間にわたりISSに滞在した。微小重力への適応には時間がかからなかったものの、最初の数日で他の問題が発生。頭が12度~20度下に傾き、方向感覚が失われた。

 宇宙飛行士は微小重力環境に入ってから24~48時間以内に「宇宙酔い」を経験するという(CNN) 将来の火星探査を見据えた米航空宇宙局(NASA)の人体研究プログラム(HRP)の国際科学部門で副責任者を務めるジョン・チャール博士によれば、無重力空間に到達すると平衡感覚をつかさどる器官や内耳がすぐにこれを感知し、体液が下半身から上半身に移行するという。

 これにより顔がむくみ脚が細くなる「鳥脚症候群」が起きるほか、喉の渇きが減って味覚が鈍感になったり、アレルギーのような鼻づまり感も生じたりする。

 また約79%の宇宙飛行士は微小重力環境に入ってから24~48時間以内に「宇宙酔い」を経験し、食欲減退やめまい、吐き気に襲われる。

 ホプキンス飛行士の懸念は骨の弱化や筋肉の萎縮など、身体への長期的な影響にも及んだ。宇宙では無重力状態になる影響で、骨中ミネラルや骨密度が1カ月ごとに1%以上低下する。

 HRPの副主任研究員を務めるジェニファー・フォガーティー氏によれば、血液量の低下や免疫系の衰弱、循環器系の不調も起こる。無重力遊泳では体への負担が少なくなり、心臓の血液循環機能も低下するためだという。

 NASAはこうした事態への対処法も開発した。食事やサプリメントで十分な栄養を摂取することのほか、特別に開発されたISS内のエクササイズマシン3機を使った運動も推奨している。フォガーティー氏は、ウォーキングマシンで走るなど足が何らかの物体の表面を蹴るようにすれば、感覚運動系に良い効果があると指摘する。

 ISSにあるエクササイズマシン3機はウォーキングマシンやエアロバイク、多目的型ウエートマシンに似せたもので、骨量の減少が起こりやすい下半身を刺激することを狙いとしている。宇宙飛行士は1日2時間こうしたマシンを使う。運動により生活のリズムに変化をもたらし、精神的に発散する効果もある。


 火星探査へ向けて視力低下、宇宙線の問題

 宇宙飛行が人体に与える影響として近年注目されているのは、目の健康への作用だ。ケリー氏ら40歳代後半から50歳代の飛行士は、視力が若干変化したとの不調を訴えた。宇宙滞在中に眼鏡が必要になった飛行士もいる。チャールズ氏によれば、近くのものが見えにくくなるなど老眼に似た症状が急速に進行するという。

 フォガーティー氏によると、宇宙飛行士の体液が移行する現象や、目と視神経、脳がつながっていることを踏まえ、目が一種の圧力調整弁として機能していると示唆する研究もあるという。ただ、根本的な原因をめぐってはさまざまな研究が行われている途中だ。

 また、ISSでは地球上の10倍の量の放射線にさらされる。NASAは放射線リスクを1%に抑えることに成功したものの、火星探査の任務では宇宙飛行士が有害な銀河宇宙線にさらされる恐れがある。がん発症リスクの増加や放射線酔い、認知運動機能の変化に加え、白内障や心臓循環器系の病気にもつながりかねない。

 無重力状態を経験した後に再び地上に降り立つことから来る問題もある。飛行士は火星に上陸した直後から作業に取りかからなければならない。火星の重力は地球上の3分の1だが、無重力遊泳を6カ月にわたり続けた後にはやはり適応のための努力が必要となる。

 ホプキンス飛行士は地球に帰還した際のことを振り返り、かがむとそのまま倒れそうになるなど、重力下での生活に慣れるのに時間を要したと述べる。帰還時に使ったソユーズ宇宙船の中で飛行規定集を配ろうとしたところ、700グラム程度の小さな本が10キロ以上あるように感じられたという。

 ただ、HRPでは常に宇宙で生活する方法を研究している。2020年代や2030年代に宇宙飛行士がさらなる探査を行う際は、こうした研究などが助けになる見込みだ。チャールズ氏は「人体は火星との間を往復する試練に耐えることができる」と期待を寄せる。


参考 CNN news: 宇宙空間では人体に何が起きるのか


どうして宇宙酔いは起きる? (宇宙空間と人体メカニズム I)
クリエーター情報なし
恒星社厚生閣
宇宙飛行士はどんな夢を見るか? (宇宙空間と人体メカニズムII)
クリエーター情報なし
恒星社厚生閣

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