国内最悪レベルの内部被ばく事故発生

 茨城・大洗町の施設で起きた、国内最悪レベルの内部被ばく事故。

 放射性物質が飛散した容器は、封印されてから、実に26年間、一度も中身の確認が行われておらず、ずさんなその管理の実態が見えてきている。生活環境部の近藤慶一部長は「県民の原子力事業所に対する信頼を大きく損ねるものとして、誠に遺憾であり、厳重に注意します」と述べた。

 6月8日午後4時、茨城県から、日本原子力研究開発機構に対し手渡されたのは、事故の再発防止策の提示を早急に求める要請書。大洗研究開発センターの塩月正雄所長は「誠に申し訳ございません」と述べた。

 国内では例がない規模の作業員の内部被ばく事故が起きたのは、茨城・大洗町にある、原子力開発機構の研究開発センター。この研究施設で6月6日、作業中に放射性物質が飛び散り、作業をしていた5人が汚染された。



 そのうちの1人は事故直後、推定で36万ベクレル(Bq)ものプルトニウムを吸い込んだという。事故当時、被ばくした5人の作業員がいたのは、研究施設1階の分析室。

 その室内では、5人のうち2人が、部屋の隅にある「フード」と呼ばれる放射性物質の飛散を防ぐ設備の前で作業中だった。作業員は、いずれも防護服に帽子をかぶり、二重にした手袋と、顔の下半分を覆うマスクを着用。

 放射性物質が入れられた貯蔵容器は、ステンレス製で、直径10cmほど。中には、プルトニウムやウランなどの酸化物およそ300グラムが入ったポリ容器が、ビニールバッグで二重に包まれて入っていた。


 なぜ?26年間放置のビニールバッグが破裂

 フードの前で作業していた50代の作業員が、貯蔵容器のふたを固定していた6本のボルトを外し、ふたを持ち上げた時、突然、中のビニールバッグが破裂し、黒い粉末が飛び散った。

 粉末は室内に飛散し、50代の作業員は、この放射性物質を含んだ粉末を鼻から吸い込んだ。大洗研究開発センターは会見で「内部の圧力が上がって、(ふたを)外した直後にビニールバッグが破裂して、そこから粉末が飛散したという状況」と話した。

 このとき作業員が行っていたのは、原子力規制委員会の指示によるもので、貯蔵容器を別の施設に移動させる前に、中身を確認する作業。同様のステンレス容器は21個あり、最初の1個で破裂が起きた。

 この容器は、1991年にふたを閉じたあと、26年間、一度も開けたことがなかったという。九州大学の出光一哉教授によると、ヘリウムガスが蓄積した可能性があると指摘した。

 研究施設がある、地元・大洗町役場には「外部への放出はないのか」などの問い合わせが相次いだという。大洗町の人は、「びっくりしました。やっぱり怖いですよね」、「東海村でもあったのに、同じ県内で、またこういうことがあったのかという感じ」などと話した。


 被爆者の内部被曝、ベクレルをシーベルトに換算

 50代の作業員の肺からは、2万2,000ベクレルのプルトニウム239が検出され、最初の1年間の内部被ばく量は、1,200ミリシーベルト(mSv) 。今後50年間で、12シーベルトになるとみられる。

 シーベルトの致死量は1年間で6〜7シーベルトで99%死亡。いわゆる致死量となる。3〜4シーベルトで約50%が死に至る被ばく量。2シーベルトで約5%が死に至る被ばく量。1シーベルト吐き気などの症状が出始める。0.5シーベルト(500ミリシーベルト)でリンパ球の減少が見られ始める。0.2シーベルト(200ミリシーベルト)ではただちに症状は現れないが、長期的に影響が出る可能性がある。0.05シーベルト(50ミリシーベルト)でガンの発生率が上昇し始める。0.0024シーベルト(2.4ミリシーベルト)が1年間の自然放射線被ばく量の世界平均となっている。

 プルトニウムは、人体への影響が大きいアルファ線を放出するが、物質を通り抜ける力が弱く、外部被ばくであれば、衣服などの表面で止まり、影響はほとんどない。しかし、内部被ばくし、吸引したプルトニウムが骨や肝臓にたまると、将来的に健康に影響が出る可能性がある。今回の内部被曝で2万2,000ベクレルという数値は、換算すると1年間で1.2シーベルトであり、死に至ることはないが重大な障害が起きるレベルであり、予断を許さない。

 大洗研究開発センターは会見で「過去に、再処理工場で内部被ばくの事故などもありましたが、これほどの線量の結果になったことはなかった」と述べた。被ばくしたほかの4人についても、くわしい調査を行っていて、当面、キレート剤という、内部被ばくを低減させる効果があるとされる薬剤を投与し、プルトニウムの体外への排出を図るとしている。


 内部被曝と外部被曝の違い

 身体の外にある放射性物質から放射線の放射を受けるのが外部被曝。一方、 小さな埃や粉塵等に付着した放射性物質そのものを食べ物とともに体内に取り込んだり、呼吸とともに肺から吸い込み、体内に入った放射性物質から放射線を受けるのが内部被曝。

 外部被曝と異なり、内部被曝では体内に取り込まれた放射性物質により、それが体外に排出されるまでの間、至近距離から局所的に強い放射線を長い期間継続的に浴び続けるため、低線量でも危険性が高く、繰り返し放射線を受け続けた臓器に癌が発生しやすいとされている。

 外部被曝はほとんどが到達距離が長いガンマ線から受けるもの。これは、アルファ線やベータ線では透過力が低いからだ。一方、内部被曝は放射性物質の粒子を吸い込んだり食べたりするわけなので、アルファ線、ベータ線、ガンマ線ともに受ける。

 ガンマ線を発する物質を取り込んでも、先述したように到達距離が長いのでエネルギーの殆どが体外に出てしまうので、受けるダメージは限定的。一方、問題なのはアルファ線とベータ線の内部被曝。アルファ線とベータ線はガンマ線に比べて飛距離は短く、体外であれば簡単に遮断できるが、その短い距離内で放射するエネルギーはガンマ線より遥かに大きい(正確に言うと、アルファ線は電離作用が強い)ため、アルファ線核種やベータ線核種から受ける内部被曝の影響は非常に大きくなる。

 プルトニウム239はアルファ線、ストロンチウム90はベータ線、セシウム137はガンマ線を出すので、プルトニウムやストロンチウムは危険だ、と言われることが多いが、若干正確性に欠ける。正確にはセシウム137は崩壊の過程でベータ線もガンマ線も放出する。

 アルファ線やベータ線は電離作用が強いために透過力は小さく、正確に測定することは困難。そのため、測定が容易なガンマ線を検出することで、汚染の度合を測定している。つまり、ガンマ線による汚染を測定することで、間接的にベータ線による汚染を測定している。


 外部被曝の多いパイロット、内部被曝の多い原発作業員

 我が国では2012年4月より食品に含まれる放射性物質の規制値である暫定基準値が引き下げられたが、それでもなお内部被曝の影響を軽視しており諸外国に比べて極めて甘い基準値となっているため、後述する内部被曝対策が重要となっている。

 至近距離から強力な放射線を集中的に一か所に受けるという点で、同じ実効で線量で比較すると内部被曝は外部被曝の600倍から1,000倍ほどの危険性 があると言われている。

 つまり、外部被曝の1mSVと内部被曝の1mSVとは人体に与える影響は全く異なり、ICRP(国際放射線防護委員会)や日本政府が唱える1mSvまでは安全というのはあくまで外部被曝のみを考慮したに過ぎないということに注意が必要である。

 外部被曝と内部被曝の違いについて語るとキリがない。しかし、人体に与える影響に違いであることは明らかだ。もし、その差がないのであれば、日常的に高高度で放射線を浴び続けているパイロットや乗務員の癌の発生率が有意に高くなるはず。しかし、実際にはパイロットや乗務員の多くが癌で亡くなっているということはなく、一方、原発作業員の方々の多くが白血病や骨髄腫にて命を落とす(労災の適用事例)というのがその証左だ。

 原発作業員は外部被曝の線量は厳しく管理されており、多くが年間5mSv程度に過ぎまない。日本より高緯度地域にある欧米諸国の国際線パイロットは、年間5~6mSvほどの被曝量となることがわかっているが、航空機内で浴びる宇宙から受ける放射線の影響は外部被曝のみである一方、原発作業の場合は放射性廃棄物等を扱うため必ず内部被曝を伴う。


 東海村JCO臨界事故で見た“青い光”

 東海村JCO臨界事故は、1999年9月30日に、茨城県那珂郡東海村に所在する住友金属鉱山の子会社の核燃料加工施設、株式会社ジェー・シー・オー(以下「JCO」)が起こした原子力事故(臨界事故)である。

 この事故の原因は、高速増殖炉の研究炉「常陽」用核燃料の製造工程における、JCOのずさんな作業工程管理にあった。 JCOは燃料加工の工程において、国の管理規定に沿った正規マニュアルではなく「裏マニュアル」を運用していた。

 原料であるウラン化合物の粉末を溶解する工程では正規マニュアルでは「溶解塔」という装置を使用するという手順だったが、裏マニュアルではステンレス製バケツを用いた手順に改変されていた。

 その結果、濃縮度18.8%の硝酸ウラニル水溶液を不当に大量に貯蔵した容器の周りにある冷却水が中性子の反射材となって溶液が臨界状態となり、中性子線等の放射線が大量に放射された。ステンレスバケツで溶液を扱っていた作業員の1人は、「約16kgのウラン溶液を溶解槽に移している時に青い光が出た」と語った。

 この光がチェレンコフ光であり、この光で臨界事故が確認できた。日本国内で初めて、事故被曝による死亡者を出した。この時、核分裂連鎖反応が発生、この状態が約20時間持続した。これにより、至近距離で中性子線を浴びた作業員3名中、2名が死亡、1名が重症となった他、667名の被曝者を出した。 国際原子力事象評価尺度(INES)でレベル4(事業所外への大きなリスクを伴わない)の事故だった。

 亡くなった2人の内の1人、大内久さんは大量の中性子に染色体をズタズタにされることで、全身の皮膚はボロボロに剥がれ落ち、細胞は再生することなくじわじわと死に蝕まれていった。 大内さんは事故から83日後の、12月21日に他界した。享年35歳。 あるいは、一瞬で済むはずだった死が、苦痛が83日間も続く凄惨な死になった。

 原子力は正しく使わねばならないと痛感させられた事故だった。過ちを犯すのが人間であるが、今回の事故の総括をし、次に生かしていくしかない。


参考 朝日新聞: 作業員1人肺から2万2千ベクレル、国内最悪レベルの内部被曝


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