量子コンピューターのしくみ

 量子コンピューターといえば、量子力学の原理を情報処理に応用するコンピュータで、極微細な素粒子の世界で見られる状態の重ね合わせを利用して、超並列的に計算を実行するコンピュータである。

 原子の内部構造のような極めて微細なスケールの世界は、物体に働く古典力学とは原理の異なる量子力学が支配している。素粒子の状態を表す属性は、複数の状態が同時に実現している「重ね合わせ」という状態にある。これを「量子ビット」(qubit:quantum bit)と呼ばれる情報の表現として利用することにより、並列的な計算を実現するというのが量子コンピュータの基本的な原理である。

 従来の計算機は1ビットにつき、0か1のいずれかの値しか持ち得ないのに対して、量子コンピューターでは量子ビット (qubit; quantum bit) により、1ビットにつき任意の割合で重ね合わせて保持することが可能である。 n量子ビットあれば、2のn乗の状態を同時に計算できる。理論上、現在の最速スーパーコンピュータで数千年かかっても解けないような計算でも、例えば数十秒といった短い時間でこなすことができる。



 今回、離れた物質の間を情報が瞬間移動する「量子テレポーテーション」と呼ばれる現象を利用して、現代のスーパーコンピューターをはるかにしのぐ新型の量子コンピューターの基本原理の開発に成功したと東京大学の研究チームが発表した。

 今回の方式では量子として光を使う。一列に連なった多数の光パルスが1ブロックの量子テレポーテーション回路を何度もループする構造となっている。ループ内で光パルスを周回させておき、1個の量子テレポーテーション回路の機能を切り替えながら繰り返し用いることで計算が実行できる。

 量子コンピューターをめぐっては、NASAやグーグルが別の量子アニーリング方式で作られたカナダのベンチャー企業の実用化モデルを購入し研究を進めているが、研究チームは今回の光量子の原理を使えばこれを大きく上回る性能の究極の量子コンピューターを生み出せるとしている。


 究極の光量子コンピューターの基本原理開発に成功

 現代のスーパーコンピューターをはるかに上回る新型の量子コンピューターの基本原理の開発に成功したのは、東京大学の古澤明教授の研究チーム。

 研究チームは、2つの離れた物質の間で情報が光の速度で瞬間移動する「量子テレポーテーション」と呼ばれる現象に注目した。この現象は量子と呼ばれる光の粒など極めて小さな世界で起きるもので、アインシュタインはこれを引き起こすものを「奇妙な遠隔作用」と呼んでいた。

 例えば光の粒を人工的に2つに分けて離れた位置に置き、一方に2、もう一方に+2という情報を与える。続いてこの2つの光の粒を互いに「量子もつれ」、アインシュタインがいう「奇妙な遠隔作用」が働く状態にすると情報が光の速度で瞬間移動し、光の粒が4という情報を持つようになる。

 情報の伝え方は現在、足し算、引き算、かけ算、割り算が可能で、今回、研究チームは、光の粒をループ状の回路の中で回しながら瞬時の計算を行える光の粒を100万個同時に作り出すことに成功したということで、超高速の量子コンピューターを作り出す基本原理を開発できたとしている。

 今のところ光の粒1組を「量子もつれ」の状態にして計算を行うために縦4メートル横2メートルの装置が必要だが、新たな基本原理を使えば、今の半分ほどの大きさの装置でほぼ無限に計算を繰り返せる究極の量子コンピューターを生み出せるようになるとしている。

 古澤教授は「今まで提案されていない全く新しい方式で、本当の意味での量子コンピューターの実現につながると思う。欧米の後追いでなく、日本で生まれた日本方式で究極の量子コンピューターをつくりたい」と話している。


 量子アニーリング方式の性能、幅広い用途

 量子コンピューターをめぐっては幅広い社会の問題を解決に導き経済的にも大きな利益をもたらす可能性を秘めているとして、欧米各国でも大手企業が相次いで研究・開発に名乗りを上げている。

 このうちドイツの自動車メーカーのフォルクスワーゲンは、「アニーリングマシン」と呼ばれるタイプの量子コンピューターを実用化したカナダのベンチャー企業D-WaveSystems社と共同で量子コンピューターを使って道路の渋滞を解消する研究をことし3月に発表した。この研究は中国の北京で400台余りのタクシーが、一斉に街の中心部から空港に行くとき、渋滞を防ぎながら最短時間で到着するルートを導き出すもので、これまで自社が持っていた高性能のコンピューターでは、結果を出すのに30分かかったが、量子コンピューターでは、わずか数秒だったという。将来の自動運転システムなどに応用できるとしている。

 またこのアニーリングマシンの基本原理を開発した東京工業大学の西森秀稔教授によるとアメリカのマイクロソフトは、量子コンピューターで小さな分子の運動を解析し、新たな組み合わせの化合物を作り出す「量子化学計算」と呼ばれる研究を進めている。

 例えば世界中で農業に使われる肥料を量子化学計算によって効率的に作り出す方法が見つかれば、肥料を生産するために出される二酸化炭素の量を大きく減らし地球温暖化などの環境問題の解決に役立つという。

 アメリカが進めているアニーリングタイプの量子コンピューターの国家プロジェクトに日本人として唯一参加している西森教授は「アメリカやカナダではしれつな競争が目に見える形で始まっていて、そこにヨーロッパや中国も大がかりな投資を始め、スタートの号砲が鳴ったという状態だ。通常のコンピューターでできないものも量子コンピューターを使えばできるということで、経済的な効果が大きいことに気付いた大企業の間で開発が加速している」と指摘している。


 光量子コンピュータで光ループ方式を発明

 東京大学工学系研究科教授の古澤明氏と同助教の武田俊太郎氏は2017年9月22日、大規模な汎用量子コンピュータを実現する方法として、1つの量子テレポーテーション回路を無制限に繰り返し利用するループ構造の光回路を用いる方式を発明したと発表した。

 東京大学工学系研究科教授の古澤明氏と同助教の武田俊太郎氏は2017年9月22日、大規模な汎用量子コンピュータを実現する方法として、1つの量子テレポーテーション回路を無制限に繰り返し利用するループ構造の光回路を用いる方式を発明したと発表した。これまで量子コンピュータの大規模化には多くの技術課題があったが、発明した方式は、量子計算の基本単位である量子テレポーテーション回路を1つしか使用しない最小規模の回路構成であり、「究極の大規模量子コンピュータ実現法」(古澤氏)とする。

 現在のコンピュータは「0か、1か」で表されるビットという情報単位を用いるが、量子コンピュータは「0と1の重ね合わせ」で表される量子ビットという情報単位を用いる。0と1が同時並行で存在するような一種の中間状態である量子力学特有の「重ね合わせ」をうまく利用することで高い処理性能を実現できる。

 なお、古澤氏らは、量子ビットを用いた量子コンピュータと呼ばれるものには2種類あるとする。1つは、量子アニーリングと呼ばれる組み合わせ最適化問題を解くもので、多数の量子ビットを集合体として制御するもの。量子アニーリング装置としては、カナダのD-Wave Systemsが2000量子ビットを扱う装置を開発、実用化している。もう1つの量子コンピュータは、1つ1つの量子ビットを個別に制御し、あらゆる計算を実行できる汎用の量子コンピュータとし、古澤氏らは、この汎用量子コンピュータの実現に向けて研究開発を進めている。


 1つの量子テレポーテション回路を繰り返し利用

 そうした中で古澤氏らは、量子テレポーテーションを用いた汎用量子コンピュータの実現を目指す。量子テレポーテーションとは、量子ビットの情報をそっくりそのまま別の場所に移動する通信手法で、この手法を少し改良することにより量子ビットに何らかの計算処理を施した上で、別の場所に移動できる。加減乗除のような基本的な計算の1ステップを行う量子テレポーテーション回路を1ブロックとして連ねれば、量子ビットにさまざまな計算処理を実行できるようになり、汎用量子コンピュータが実現できる。

 汎用量子コンピュータの基本計算回路となる量子テレポーテーション回路については、2013年8月に古澤氏らが、光パルスで光量子ビットを転送する完全な量子テレポーテーションを行うことに成功している。

 また、古澤氏らは、量子テレポーテーションに不可欠な量子もつれ状態にある多数の光パルスを発生させることにも成功しており、2013年に1万6000個以上の光パルス、2016年には100万個の光パルスでの量子もつれ状態を観測している。

 これまでの研究で、汎用量子コンピュータの実現に着実に近づいてきたが、現状、4.2×1.5mサイズに及ぶ1ブロック分の量子テレポーテーション回路を何ブロックも連ねて大規模化することは現実的ではなく、大規模化が困難という課題が存在した。古澤氏によると「数十量子ビットの計算が限界だった」とする。

 今回、古澤氏と武田氏が発明したのは、従来のように量子テレポーテーション回路を空間的に並べるのではなく、時間的に一列に並べた光パルスを1ブロックの量子テレポーテーション回路で処理するもの。光ファイバーなどで光パルスを周回させるループを構成し、1つの量子テレポーテーション回路の機能を「ある時は乗算、ある時は除算」というように都度切り替えて、所望の処理を行うという方式である。

 古澤氏は「アナログコンピュータに例えれば、量子テレポーテーション回路がオペアンプに相当する。アナログコンピュータはオペアンプの周辺回路を変えてさまざまな演算を行ったように、量子テレポーテーション回路の周辺をアドフォックに切り替えて処理を行うもの」と説明する。

 この方式であれば、1個の量子テレポーテーション回路とループ構造だけで構成でき、最小限の光学部品だけで済む上、光パルスをループで周回させ続ければ、回数無制限で使用でき、どれほど大規模な計算でも実行できることになる。古澤氏は「100万個以上の量子ビットを何ステップも処理するような大規模な量子計算が実行できる」とする。

 古澤氏は「今回の発明によって、量子コンピュータ実現の課題は、誤り訂正をどのように実現するかに絞られ、われわれは誤り訂正の問題に集中できるようになった」とする。

 汎用の光量子コンピュータの実現時期については「トランジスタ発明前に、コンピュータはいつ実現できるのかを問われているようなものであり、全く分からない」とした上で、「量子コンピュータ実現まであと20年ほどとすれば、今回の発明で5年ほど縮んで15年になったのではと思う」と今回の成果を評価した。


 量子もつれ(エンタングルメント)とは?

 量子もつれ(Quantum entanglement)とは、光子など2つの粒子が一体としてふるまう物理現象。送り手と受け手に光子を一つずつ配り、送り手が光子を操作すれば、その瞬間に受け手の光子も相互作用を受ける。

 量子エンタングルメントを理解するため、ここでは同時に生まれたふたつのエンタングルした電子を例に考えてみよう。

 ふたつの電子はそれぞれA(上向きスピン)あるいはB(下向きスピン)になる可能性がある。どちらかがAであれば、もう一方がBになる。しかし少なくとも片方を観測するまではどちらの状態かわからない。

 今、片方の電子を観測して状態がAだったとする。すると観測したその瞬間にもう一方の電子がBに決まる。どれだけ離れていても、片方を観測した瞬間に離れた相手の状態が決まるのだ。

 エンタングルした電子の不思議な振る舞いは、量子力学という学問の「不確定性原理」によって説明することができる。しかし20世紀の天才、アルバート・アインシュタインは量子力学に懐疑的だった。遠く離れた片割れの電子に、瞬時に、つまり光の速さを越えて情報が伝わるのだろうか。

 彼は同時に生まれた二つの電子は、生まれたときにAかBになることが決まっているはずだと考えた。そしてこの提案はアインシュタイン、ポルドスキー、ローゼンの頭文字をとって“EPRパラドクス(逆説)”と名づけられた。これは量子力学と真っ向から相対する指摘だった。


 量子テレポーテーションとは?

 量子テレポーテーション(Quantum teleportation)とは、古典的な情報伝達手段と量子もつれ (Quantum entanglement) の効果を利用して離れた場所に量子状態を転送することである。

 テレポーテーションという名前であるものの、粒子が空間の別の場所に瞬間移動するわけではない。量子もつれの関係にある2つの量子のうち一方の状態を観測すると瞬時にもう一方の状態が確定することからこのような名前がついた。なお、このテレポーテーションによって物質や情報を光速を超えて移動させることはできない。

 理論的予言はすでになされていたが、1998年古澤明博士らによって、実験的には初めて光の量子である光子の量子テレポーテーションが実現された。2004年には、古澤明らが3者間での量子テレポーテーション実験を成功させた。さらに2009年には9者間での量子テレポーテーション実験を成功させた。これらの実験の成功により、量子を用いた情報通信ネットワークを構成できることが実証された。

 2013年、東京大学の古澤明教授らの研究チームが、光の粒子に乗せた情報をほかの場所に転送する完全な「量子テレポーテーション」に世界で初めて成功したと発表。


 量子コンピューターとは?

 量子力学の原理を情報処理に応用するコンピュータ。極微細な素粒子の世界で見られる状態の重ね合わせを利用して、超並列的に計算を実行するコンピュータである。

 原子の内部構造のような極めて微細なスケールの世界は、物体に働く古典力学とは原理の異なる量子力学が支配している。素粒子の状態を表す属性は、複数の状態が同時に実現している「重ね合わせ」という状態にある。これを「量子ビット」(qubit:quantum bit)と呼ばれる情報の表現として利用することにより、並列的な計算を実現するというのが量子コンピュータの基本的な原理である。

 従来の計算機は1ビットにつき、0か1のいずれかの値しか持ち得ないのに対して、量子コンピューターでは量子ビット (qubit; quantum bit) により、1ビットにつき任意の割合で重ね合わせて保持することが可能である。 n量子ビットあれば、2のn乗の状態を同時に計算できる。

 理論上、現在の最速スーパーコンピュータで数千年かかっても解けないような計算でも、例えば数十秒といった短い時間でこなすことができる。

 量子的な系を用いて計算を行うアイデアは1980年代に提唱されたが、実現困難性や有効な適用分野の欠如などからあまり活発には研究されてこなかった。1994年、AT&Tベル研究所のPeter Shor(ピーター・ショア)氏が量子コンピュータを用いて整数の素因数分解を高速に行うアルゴリズム(Shorのアルゴリズム)を発表した。

 巨大な整数の素因数分解は従来のコンピュータでは計算が困難で、RSA暗号の安全性の根拠となってきたものだが、量子コンピュータが実現すればこうした問題を高速に処理できる可能性を示した。

 量子コンピュータはまだ基礎的な研究が行われている段階である。量子ビットに光子・イオンなどを用いて、それをどのように安定的に保持・処理するかについて、様々な研究が行われている。また、量子コンピュータでは現在のコンピュータと同じアルゴリズムでは計算が行えないため、汎用的な機能を持たせるには基礎的なアルゴリズムの研究が必要とされている。実用化までは少なくとも20~30年程度はかかると言われている。(IT用語辞典)


参考 NHK news: http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170922/k10011152541000.html

量子コンピューターが本当にすごい (PHP新書)
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量子コンピュータとは何か (ハヤカワ文庫NF―数理を愉しむシリーズ)
クリエーター情報なし
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