ピラミッドの不思議 

 ピラミッド(Pyramid)は、エジプト・中南米などに見られる四角錐状の巨石建造物の総称であり、また同様の形状の物体を指す。なかでも最も有名なものはエジプトにあるギザの大ピラミッドをはじめとする真正ピラミッド群で、その形からかつては金字塔(きんじとう)という訳語が使われていた。

 エジプトのピラミッドで最もよく知られているのは、カイロ郊外にあるギザのピラミッドである。ギザのピラミッドのいくつかは、歴史上最も大きな建築物だと考えられている。

 ギザにあるクフ王のピラミッドは、エジプトのピラミッドで最も大きなものであり、世界の七不思議の一つに数えられている。何が不思議かというと、まずピラミッドは王家の墓といわれているが、ピラミッドから王のミイラが発見されたことは無い。



 有名な王様のミイラと言うとツタンカーメンが挙げられると思うが、このミイラも実質王家の谷と呼ばれる墳墓から発見されている。イメージでピラミッドの中には王様のミイラが眠っていると言う事が根強いが、果たして本当にピラミッドは王家の墓だったかどうかは現在では不明瞭だ。

 2つめに、ピラミッドが正確に東西南北を指しているということ。これはギザの三大ピラミッドに注目すると色濃く見ることが出来る。古代のエジプトに高度な測量技術と天文技術が存在していたらしい。一応夜空の星々を元に東西南北の目星をつける事は出来るが、それが時代も違う隣接するピラミッドにも適用されているとなると話は違って来る。

 三大ピラミッドの中では、クフ王のピラミッドが最古の物とされているが、他の二つ「カフラー王のピラミッド」と「メンカウラー王のピラミッド」は後の年代に作られたと見られている。仮に星や太陽の位置を参考に他のピラミッドも制作したとすると、年代の違いから東西南北も少しずれる事になる。しかし、結果的に三つともほぼ正確に東西南北を指しているとなると、これはもう説明不可能だ。

 3つめは、ギザの三大ピラミッドの立っている位置が、オリオン座のベルトの三ツ星と同じ位置関係ということ。今でも夜空にその星の並びを確認できるオリオン座、腰の三ツ星は肉眼で見たことがある人も多いはず。

 どうやら、科学的に観測してみても三大ピラミッドのお互いの距離感や角度は、この三ツ星と合致する。それも、紀元前10500年頃の星の位置とピッタリ合うという事だから驚きだ。ピラミッドはこの頃に作られた物で、なおかつ天空のオリオン座をインスパイアして作られている。

 その他にも、クフ王のピラミッドには円周率や黄金比が用いられていたり、春分の日と秋分の日のみ、太陽の光が四辺のピラミッドを丁度8等分するように見える...など。ピラミッドパワーというものも含めて、現代科学をもってしても解明できない謎がたくさんあり、これがピラミッドの魅力になっている。


ピラミッド内部に謎の大空間見つかる

 今回、エジプトと日本、フランス、カナダの国際研究チームが、ギザの大ピラミッドに未発見の空間があったと発表した。石灰岩と花崗岩(かこうがん)の壁の内側に長さ30メートルの空間が隠されているのを発見したとして、2日の英科学誌ネイチャーに発表した。

 謎の空間が見つかったクフ王のピラミッド(高さ139メートル)では、これまでに「王の間」「女王の間」「大回廊」の3つの空間が確認されている。しかし新しい巨大空間の発見は19世紀以来となる。

 フランスやエジプトの研究機関が参加する「スキャンピラミッド」プロジェクトでは、同ピラミッドの調査に物理学の手法を応用し、宇宙放射線が大気中で原子に衝突して発生する「ミューオン」と呼ばれる素粒子を測定した。

 ミューオンは岩石によって部分的に吸収されることから、巨大な空間があれば検出数は増える。研究チームは「女王の間」に検出器を設置しミューオンの数を計測した結果、予想よりも多くのミューオンが通過していることを発見。何度も調査を繰り返し、これまで未確認だった空間があることを確認した。

 この空間は水平になっている可能性も、「大回廊」のように傾斜している可能性もある。目的や、内部に何があるかは分かっていない。まだ見つかっていない王のミイラや副葬品が納められている可能性もある。しかし現時点で、ドリルで穴を開けてカメラを挿入するといった、ピラミッドにダメージを与えかねない方法で調べる予定はないという。

 エジプト考古省は「これは大ピラミッドであり、触れることはできない」と強調する一方、研究成果の発表によって、空間が存在する理由や内部に何があるかを巡る科学的論議を期待したいと話す。ただし、新たな埋葬室が存在する可能性については「科学的、考古学的、歴史的にそれを裏付ける根拠はない」「もし別の埋葬室があるとすれば、そこへつながる入り口があるはずだ」と指摘した。(CNN news:2017.11.03)


 ミューオンとは何か?

 今回、調査に使われたミューオンとは何だろうか?

 ミューオンとは、ミュー粒子 (muon, μ) ともいう。は、素粒子標準模型における第二世代の荷電レプトンである。

 ミュー粒子は、電気素量に等しい負の電荷と1/2のスピンを持つ。ミュー粒子の静止質量は105.6 MeV/C2(電子の約206.7倍の重さ)、平均寿命は2.2×10-6秒。ミュー粒子 (μ-) は電子、ミューニュートリノおよび反電子ニュートリノに、その反粒子である反ミュー粒子 (μ+) は陽電子、反ミューニュートリノおよび電子ニュートリノに崩壊する。この崩壊過程は不安定核のベータ崩壊と同じく弱い相互作用によるものであり、崩壊で放出される電子/陽電子はパリティの非保存によりもとのミュー粒子が持っていたスピンの向きに対して空間的に非対称な分布を持って放出される。同じレプトンとしてはこれよりさらに重いタウ粒子(タウオン、τ)があり、電子と合わせてレプトンの三世代構造として知られている。

 ミュー粒子は、1936年にカール・アンダーソンとセス・ネッダーマイヤーによって宇宙線の中に観測された。粒子が霧箱の中で描く曲飛跡から、電子と同じ電荷だが電子より重い新粒子であると推定された。1937年には、理化学研究所の仁科芳雄のグループ(仁科芳雄、竹内柾、一宮虎雄)およびストリート(J.C. Street)とスティヴンソン(E.C. Stevenson)らが独立に、ウィルソン霧箱実験によって新粒子の飛跡を捉えた。

 論文投稿の順番は、ネッダーマイヤーとアンダーソンが1937年3月30日、理研組が8月28日、そしてストリートとスティヴンソンが10月6日である。(理研組の論文の投稿は一度拒否され12月に掲載されたので、発表時期は三番目である。)翌年、仁科らは飛跡の曲率から、ミュー粒子の質量を電子の(180±20)倍という精度で決定した。これは現在知られているミュー粒子の質量と一致している。

 発見当初はその質量が湯川秀樹によって提唱された核力を媒介する粒子である中間子と非常に近かったため、ミュー中間子と呼ばれていた。しかし、ミュー粒子は核力を媒介しないことが分かり、中間子の性質を持たないことが判明した。

 1942年、坂田昌一、谷川安孝および井上健は、中間子とミュー粒子は別種であり、中間子はミュー粒子より重く、中間子が自然崩壊してミュー粒子に変化するという二中間子説を提唱した。1947年、セシル・パウエルらによりパイ中間子が発見されたことで湯川の中間子説および二中間子説が正しいことが証明され(実際には、反パイ中間子がミュー粒子に崩壊する)、ミュー粒子は電子と類似した性質を持つレプトンの一種として分類された。このときに、核力による強い相互作用をしない素粒子としてレプトンという名称と概念が導入された。

 ミュー中間子は1947年にミューオンと改名され、現在ではミュー中間子という旧称はほとんど使用されない。


 活躍する「ミュオグラフィ」

 近年では、東京大学地震研究所により、宇宙線由来のミューオンを用いて火山の内部構造を画像化するミュオグラフィの研究が進められている。同様の手法で福島第一原子力発電所の炉心の現状を調査するためにも使用された。

 宇宙から降り注ぐ宇宙線の一種で透過力の強いミュー粒子の飛跡を元に透過した物体の密度分布を再構成する。これまで、火山のマグマ、溶鉱炉、ピラミッドの内部構造の調査や福島第一原子力発電所の炉心の現状を調査するためにも使用された。

 ミュー粒子は垂直に入射するものよりも水平に入射するものの方が透過力が強い。飛跡の検出には写真乾板やワイヤーチェンバー等が使用される。写真乾板は比較的簡単な装置で構成され、電源が不要であるものの、現像、飛跡の座標測定に時間がかかる。ワイヤーチェンバーは装置が大掛かりで電源が供給される場所に設置が制限されるが、ミュー粒子の入射と同時に随時、結果が蓄積される。装置は2013年時点で500万円程度から最新鋭のもので8,000万円かかる。


参考 CNN news:https://www.cnn.co.jp/fringe/35109844.html


ミュオグラフィ ―ピラミッドの謎を解く21世紀の鍵
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丸善出版
世界一面白い 古代エジプトの謎【ピラミッド/太陽の船篇】 (中経の文庫)
クリエーター情報なし
KADOKAWA / 中経出版

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