探査機インサイト、火星への旅を開始

 日本時間5月5日20時5分(米国東部夏時間同7時5分)、NASAの火星探査機「インサイト(Mars Interior Exploration using Seismic Investigations, Geodesy and Heat Transport; InSight)」を搭載したアトラスVロケットが米・カリフォルニア州ヴァンデンバーグ空軍基地から打ち上げられた。

 第2段セントールロケットに搭載されたインサイトは、打ち上げから13分16秒後に地球を周回する「待機軌道」に到達。ここからセントールが2度目の点火を行って火星へ向かう軌道に移り、打ち上げ93分後にインサイトがセントールから切り離された。

 「火星の核や地質学的プロセスを調べるという今回のエキサイティングなミッションによって、アメリカ合衆国は今後も火星への道を拓き続けます。この偉業を可能にしたNASAの全チームと国外のパートナーの皆さんにお祝いを申し上げたい。月や火星への有人ミッションに弾みをつける上で、インサイトのようなミッションはかけがえのない機会となることでしょう」(NASA長官 Jim Bridenstineさん)。



 探査機の打ち上げが成功した現在、インサイト・チームの作業の焦点は、これから6か月間で約4億8000万kmを飛行する火星への旅に移っている。この間、太陽電池パネルとアンテナの向きの確認や探査機の追跡が続けられるほか、予定軌道を飛行するためのエンジン噴射や、探査機のサブシステムと観測機器の試験が行われる。

 インサイトの火星着陸は今年11月27日午前5時(日本時間)となる予定で、その後は2020年11月24日までの約2年間にわたって着陸地点で探査が行われる。


 火星の地震、火星の熱流量、火星内部構造の探査

 インサイトの着陸機には3つの観測機器が搭載されている。メインの測定機器である高精度の火星地震計「SEIS(Seismic Experiment for Interior Structure)」は、火星にも地震があるかどうかを調べ、地震波から地震発生のメカニズムに迫る。この装置で得られたデータからは火星内部の物質組成についても知ることができる。これにより、太陽系の岩石惑星を最初に形成した物質の正体や、地下の水の有無も明らかになるかもしれない。

 「火星の地震を調べることは研究者たちの長年の夢で、私にとっては大学院生時代からの40年にわたる夢でした。その夢が雲間を越えて宇宙へと飛び立ち、現実のものとなりました」(NASAジェット推進研究所 インサイト主任研究員 Bruce Banerdtさん)。

 熱流量測定装置「HP3(Heat Flow and Physical Properties Probe)」は火星の地下約5mまでプローブを差し込み、火星内部からの熱の流出量や熱源を調べる装置だ。火星が地球や月と同じ物質から形成されているかどうかを判断するのにもこのデータが役立つだろう。

 火星の自転と内部構造を調べる装置「RISE(Rotation and Interior Structure Experiment)」では、火星が太陽の周りを公転する間に火星の自転軸がわずかにふらつく「極運動」を電波を使って測定し、火星内部の構造、特に火星の核の大きさや、核が液体であるかどうか、また鉄以外の元素が核に含まれているかどうかを知るための情報を得る。

 これまでの火星ミッションでは、火星の谷や火山、岩石や土などを調べることで火星表面の歴史を研究してきたが、火星の地下深部を調べて火星の初期進化を研究するという試みは今回が初めてだ。「インサイトは私たちに火星について教えてくれるだけでなく、地球や月、他の恒星を巡る数千の惑星といった岩石質天体の形成についても理解を深める情報をもたらすでしょう」(NASA科学ミッション本部 副本部長 Thomas Zurbuchenさん)。


 火星の内部構造の謎に挑む、はじめての探査機

 インサイト(InSight: Interior Exploration using Seismic Investigations, Geodesy and Heat Transport)は、火星内部を探査する、NASAの新しい計画である。火星内部構造を探査するための専用の探査機というのは、火星探査史上はじめてとなる。

 インサイト(英語の単語としては「洞察」「本質」といった意味があります)は、そのまま直訳すると「地震計による調査、測地学、熱流量を利用した(火星)内部構造探査」となる。その名の通り、地震波や火星の自転、そして地下からもたらされる熱流量を調べることで、火星の内部がどうなっているのかを探るのがインサイトである。なお、探査形態としては「着陸機」となる。

 火星に限らず、天体の内部構造を知ることは重要だ。表面は周回機でも探査できまるが、中身を調べるとなると、(重力などを調べるといった方法以外では)地震波など、内部構造に関連した情報を捉え、そこから推定するしかない。地球でさえ、地震波によってようやく内部構造が明らかにされたわけで、ましてや他の天体の内部構造を調べるというのはなかなか大変だ。

 インサイトは、非常に精度の高い地震計を搭載していく。NASAではこの地震計の精度を「原子1個分の揺れ幅でさえ感知できる」と述べているが、火星では人工的な雑音(振動)が発生しないから、地震計の精度を非常に高くすることができる。

 これに加え、火星の自転のふらつきや、地下からもたらされる熱の流れ(熱流量)を調べることで、火星の地下構造全般に迫ろうとしている。


 火星から地球型惑星一般へ

 火星の内部構造を知る理由の1つは、火星がどのようにしてできたかを知るということがある。

 これまで数多くの周回機が火星の表面については探査を行い、地形については非常に詳しいことがわかってきた。しかし、そういった地形がどのような力によってできたのかを考えるためには、地下に目を向ける必要がある。

 例えば、地球ではプレートテクトニクスによって大陸などが動き、火山が噴火し、地震が起きる。またプレートが動くということは、地下のマントルと呼ばれる構造にも関係する。

 では、火星ではどうなのか。火星ではプレートテクトニクスはあったかも知れないが、相当昔に活動が停止したとされている。その証拠が、オリンポス山をはじめとする火星の火山群。巨大な火山ができるということは、1箇所にマグマが供給され続けるわけで、近くが動かなかったことを示している。

 では、火星のプレートテクトニクスはいつ終焉を迎えたのか、そして地球とは違う火山の成り立ちの真の理由、あるいは細かい理由は何なのか。これを調べていけば、地球と火星とを比較し、こういった天体の成り立ち、あるいは内部構造の移り変わりを知ることができるかも知れない。さらには金星や水星といった他の地球型惑星にも、その成果は応用できる。


探査機はフェニックスのシステムを応用
 インサイトは、かつて打ち上げられた火星着陸機「フェニックス」の設計を大幅に流用し、探査コストを低減する。また、4つの探査機器を搭載し、地震計はフランス宇宙機関(CNES)から、熱流量測定装置はドイツ航空宇宙センター(DLR)から提供される。主要な観測機器がヨーロッパから提供されるという意味でも珍しいミッションといえる。

 インサイトは、NASAの低コスト月・惑星探査計画の一環である「ディスカバリー計画」の1つとして2012年8月に選定され、2016年3月の打ち上げが予定されていたが、NASAは2015年12月23日、搭載されている地震計に不具合がみつかり、その修理に時間がかかるとして2016年の打ち上げを断念していた。

 2015年3月、NASAは新たな打ち上げプランを発表した。それによると、打ち上げは2018年5月5日、この日に打ち上げられた場合、火星到着は同年11月26日となる。


 インサイトという名前に込められた意味

 火星を目指し、人類はこれまで50機を超える探査機を打ち上げた。その多くは失敗に終わり、成功率は50%ほどしかないが、それでも今なお、8機の探査機が軌道上で、そして火星の地表で活躍している。

そして新たな火星への挑戦に臨むのが、NASAの探査機「インサイト」(InSight)である。無事に火星に到着すれば、過去最多となる9機もの探査機が火星に集結することになる。

 このインサイトがどんな探査機なのかということは、その名前にすべてが表れている。

 Insightという単語は「洞察力」や「本質を見抜く力」などといった意味で、さらにその文字は「Interior Exploration using Seismic Investigations, Geodesy and Heat Transport」という英語の頭文字から取られている。これを直訳すると「地震計、測地学、熱流量による火星内部の探査」といった意味になる。つまり「火星の内部の謎を見抜く」という意味が込められているのである。

 これまで数多くの火星探査が行われたが、火星の内部の探査に焦点を当てたものはなかった。そのため火星の内部構造は、火星のまわりを回る探査機からわかる質量や密度、高度、重力といったデータや、想定される火星の地殻の組成、火星からやってきたと思われる隕石などの分析をもとに推定するしかなかった。当然、わからないこともあったり、わかっても不正確だったりという問題があった。

 インサイトはこうした問題を解決し、火星探査と、そして太陽系の研究に、新たな光を当てようとしている。


 世界最小の惑星探査機による火星見聞録

 このインサイトの打ち上げでは、2機の超小型衛星も搭載され、インサイトとやや離れつつも、ほぼ同時に火星へと向かう軌道に投入されている。

 この2機は「マーズ・キューブ・ワン」(Mars Cube One)、略して「マルコ」(MarCO)と呼ばれている。打ち上げ後には地上からの最初の通信に対し、Helloならぬ「Polo」というメッセージを返し、自身の名前と組み合わせて「マルコ・ポーロ」(Marco Polo)というギャグも披露した(もちろん、開発者の遊び心によって、そういうプログラムが組まれていたというだけであるが)。

 ちなみに、2機のうち1機には「ウォーリー」(Wall-E)、もう1機には「イヴ」(Eve)という名前もつけられている。これは2008年に公開されたディズニー映画『ウォーリー』にちなんでいる。

 ウォーリーもイヴも、いわゆる「6U・キューブサット」で、寸法は36.6cm×24.3cm×11.8cmと、両手で軽く持てるくらいの大きさしかない。

 マルコのミッションは、インサイトが火星に着陸する際に、通信を地球に中継することにある。探査機が火星に着陸する際、すでに軌道上にいる周回探査機を使ってデータの中継を行うことがあるが、インサイトの着陸時には、既存の探査機では位置関係などの都合上、中継ができない。そこで、マルコがその役割を担うことになった。

 そのためマルコには、小さいながらも推力を生み出せる超小型スラスターが搭載されている。このスラスターはハイドロフルオロカーボン(いわゆる代替フロンのひとつ)のガスを噴射する仕組みで、推力は25mNほど。これを使って軌道を修正し、火星に向かうとともに、インサイトと地球との通信に最適なコースを取る。

 ちなみに、インサイトはあらかじめ本体のメモリに書かれたプログラムに従い、完全に自動で火星に着陸する。そのため、もしマルコが途中で壊れたとしても、リアルタイムで状況がわからなくなるだけで、着陸そのものは問題なく行うことができる。

 NASAのチーフ・サイエンティストを務めるJim Green氏は「マルコのミッションは、インサイトの成否を左右するものではありません。潜在的な将来の能力の実証です」と語る。

 またNASAによると、この中継ミッションの終了後、スラスターの推進剤などに余裕があれば、小惑星など他の天体を訪れることも検討しているという。

 マルコは打ち上げられた時点で、惑星間軌道に投入された世界最小の宇宙機となった。もし無事に火星までたどり着くことができば「世界最小の火星探査機」、そのあとで小惑星などを訪れることができれば「世界最小の小惑星探査機」にもなるかもしれない。

 火星の内部を精密診断するインサイトと、いっしょに飛ぶ2機の世界最小の火星探査機。6か月後に控えた火星着陸と、インサイトたちが生み出す成果を心待ちにしたい。


参考 アストロアーツ: http://www.astroarts.co.jp/article/hl/a/9893_insight


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