ボルバキアは利己的遺伝因子

 ボルバキアはα-proteobacteriaに属するリケッチアに近縁な細胞内共生微生物であり、昆虫で広く感染が認められている。ヴォルバキアの唯一の感染経路は卵細胞質を通じた母子感染であるため、宿主の生殖システムを様々な方法で操作することで次世代への感染拡大を図っている。そのうちの一つが「オス殺し」と呼ばれる現象であり、アズキノメイガにおける例が報告されている。

 ボルバキアは昆虫以外の節足動物やフィラリア線虫の体内にも生息する共生細菌である。ミトコンドリアのように母から子に伝わり(遺伝し)、昆虫宿主の生殖システムを自身の都合のよいように変化させることから、利己的遺伝因子の一つであると見なされている。

 ボルバキアなど「オス殺し」をする共生細菌は、宿主昆虫の細胞の中に存在しており、繁殖の際に卵巣内の卵細胞に感染することにより、メスから子孫に伝えられる。これを母性遺伝という。



 一方、凝縮した核とべん毛だけの精子には、共生細菌が感染できる細胞質がなく、オスから子孫に伝わることはない。ということは、オスに感染した共生細菌は、次世代の宿主に伝えられるすべはなく、そのオス個体とともに死すべき運命にある。

 したがって、共生細菌にとってみれば宿主のオスが死滅したところで痛くも痒くもない。大事なのは自分を次の世代に伝えてくれるメスである。むしろオスを死滅させることで、きょうだいのメスの餌の取り分がふえて大きく育ち、繁殖力が高まるのならそのほうが有利になる。

 このような形で共生細菌は、自分自身が生き残る可能性を高めるために、宿主が産んだ卵の半数を抹殺する「オス殺し」というえげつないやり口を進化させと考えられる。


 ボルバキアに勝ったクサカゲロウ

 生物の進化というのは、すごいものだ。たとえば、毒のある虫や木の葉などに昆虫が自分を似せる「擬態(ぎたい)」。

 「なにもあれほど精緻に似せなくても……」と思うほど、そっくりの姿に進化している。そして、雄殺しの細菌に集団感染しているクサカゲロウも、5年を待たずに、その細菌を無力化するように進化していたことが確認されたのだという。

 このクサカゲロウの進化を見つけたのは、琉球大学の林正幸(はやし まさゆき)日本学術振興会特別研究員らの研究グループだ。カオマダラクサカゲロウという昆虫は、その多くに「雄殺し」の細菌が感染している。そのため、雄は生まれてもすぐに死んでしまう。この細菌は雌から子に伝染していくので、細菌が勢力を広げるためには雄は不要だ。むしろ雄カゲロウはできるだけ少ないほうが、雌のえさも増えて有利だ。

 林さんらが2011年に千葉県松戸市にある千葉大学松戸キャンパスでカオマダラクサカゲロウを採集したところ、雌が57匹だったのに対し雄は7匹で、雄はわずかに11%。圧倒的に雌が多かった。捕獲した雌に卵を産ませ、成虫にまで育った子の雌雄の割合をみると、観察した25匹の雌親のうち21匹からは、雌しか育たなかった。ところが、雌を抗生物質で除菌すると、雄も育った。つまり、この雌雄のアンバランスは、たしかに「雄殺し」細菌のせいだったのだ。

 林さんらは、それから5年後の2016年に、また同じキャンパスでカオマダラクサカゲロウを採集した。すると、捕獲した129匹のうち雄は49匹で、全体の38%。雄の割合はこの5年のうちに大幅に増えていた。それは、なぜか。クサカゲロウが「雄殺し」の細菌に対する抵抗力を獲得したのか。あるいは、この5年のうちに細菌が弱くなったのか。

 そこで、2016年に捕獲した雌に、2011年に捕まえてから実験室で飼育してきた雄を交配させたところ、その子孫に雄はほとんど育たなかった。つまり、2016年の時点でも細菌は雄殺しの能力を保っていたが、クサカゲロウの側が、細菌に対する抵抗力を集団として遺伝的に身につけたという結果だ。

 この結果について林さんは、「2011年の時点でも、細菌に感染した雌から雌雄が半々で生まれたケースが、ごく少数だがあった。ということは、このときすでに、細菌に抵抗力をもったクサカゲロウはいたのかもしれない。これが、2016年にはかなり広まっていたのではないか」と説明する。

 生存をかけたこのような細菌と昆虫の戦いは、自然界のあちこちで繰り広げられているのかもしれないが、時を隔てた二つの時点で、昆虫が劣勢を挽回したことがきちんと確認されたのは、これが2例目。過去には、サモア諸島のリュウキュウムラサキというチョウで確かめられただけだという。こうした研究が、進化という生命現象の激しさと神秘を目の当たりにさせてくれる。


 ボルバキアとは何か?

 ボルバキア (Wolbachia pipientis) は節足動物やフィラリア線虫の体内に生息する共生細菌の一種で、特に昆虫では高頻度でその存在が認められる。ミトコンドリアのように母から子に伝わり(遺伝し)、昆虫宿主の生殖システムを自身の都合のよいように変化させることから、利己的遺伝因子の一つであると見なされている。

 1924年にMarshall HertigとS. Burt Wolbachによってアカイエカ(Culex pipiens)から発見されたこの細菌は、1936年にHertigによって正式にWolbachia pipientisと名付けられた。

 その後ほとんど注目されることはなかったが、1971年にアカイエカにおいてボルバキアによる細胞質不和合という現象が発見され、1990年にはTrichogramma属の寄生バチにおいてボルバキアによる単為生殖化が発見された。

 それ以来、この細菌が宿主に対して引き起こす様々な現象や、それによる進化学的影響が研究者の興味を惹きつけている。 ロンドン大学インペリアル・カレッジを含む研究グループは、デング熱の感染に耐性を示すかボルバキアの2種類の株を使って、デング熱のウイルスを含んだ血液を吸わせたネッタイシマカで実験を行った。


 宿主の性や生殖における役割

 節足動物において、ボルバキアは宿主の生殖システムに影響を与えることが知られている。ボルバキアは、宿主のさまざまな器官に感染している。特に、次世代への伝播に必要な部位である卵巣には確実に感染していることが多い。 ボルバキアは成熟卵に存在するが成熟精子には存在できないので、ボルバキアに感染したメスだけがボルバキアの子孫を残すことができる。そこで、ボルバキアは様々な方法で宿主の生殖システムを操作することにより、自己の伝播や繁殖をより確かなものにしている。

 また、そのため、ミトコンドリアDNAを用いて宿主の系統関係を解析する際、ボルバキアの感染により誤った分子系統樹が導き出されるおそれがあることが知られている。ボルバキアが宿主に対して引き起こす現象として、以下のものが知られている。


 オスのみの死

 ボルバキアに感染したオスのみが死に、感染したメスは生き残る。ボルバキアの子孫を残すことができないオスを殺してメスの食料を増やすことで、間接的にボルバキアの繁殖に貢献していると考えられる。この現象は、テントウムシ、ガ、チョウ、ハエなどで見つかっている。

 メス化(性転換)

 ボルバキアに感染したオス個体はオスの遺伝子型を持ったまま、完全なメスの表現型を持つ。ボルバキアの繁殖に貢献できないオス宿主をメス化することにより効率的な繁殖を達成している。 この現象は、今のところ、ダンゴムシ(Armadillidium vulgare)、キチョウ(Eurema mandarina)、ヨコバイの1種(Zyginidia pullula)のみで見つかっている。

 単為生殖

 ボルバキアに感染したメスはオスを必要とせずに次世代を残す。受精による生殖を行っている宿主を、単為生殖させることにより、宿主の生殖にオスは不要となり、ボルバキアにとって有利となる。

 この現象は、数多くの寄生蜂(Trichogramma sppやEncarcia formosaなど)とアザミウマの1種(Franklinothrips vespiformis)で見つかっている。

 これらはすべて単数倍数性の性決定を行う種で、オスが単数体(n)、メスが2倍体(2n)である。非感染だと未受精卵(n)がオスとして発生し、受精卵(2n)はメスとして発生する。

 ボルバキアの感染により未受精卵の染色体が倍加し、2nのメスとして発生する。ボルバキアは母系伝播するため、メスはオスなしで世代をつなげることができるようになる。

 細胞質不和合

 ボルバキアに感染したオスと非感染メスとの交配で生まれた卵が発生しない細胞質不和合が引き起こされる。 この現象は、非常に数多くの昆虫種で見つかっておりボルバキアが起こす宿主の生殖操作として最も一般的なものである。

ゲノム断片の水平転移

 2002年に産業技術総合研究所の深津武馬研究員らは、ボルバキアの一系統の wBruAus がアズキゾウムシ(Callosobruchus chinensis L.)の細胞内に細胞内共生しているのを見つけた。その実体は宿主のX染色体に水平転移した wBruAus のゲノム断片であった。これは、真正細菌から多細胞動物への遺伝子の水平転移(en:Horizontal gene transfer#Eukaryotes)が自然界で実際に起こった明確な証拠である。


 ボルバキアと病気との関連

 昆虫の他に、ボルバキアは等脚目(ダンゴムシなど)、クモ、ダニ、フィラリア線虫など、さまざまな種に感染している。

 フィラリア線虫は寄生性の線虫であり、回旋糸状虫症の原因となり、ヒトに象皮病(象皮症)を引き起こすだけでなく、イヌの心臓にも寄生し重篤な症状を引き起こす。ボルバキアは、これらの病気において特殊な役割を担っているようである。

 フィラリア線虫の寄生性の大部分はボルバキアに対する宿主の免疫応答に依存している。フィラリア線虫からボルバキアを除去することにより、ほとんどの場合、フィラリアは死亡するか生殖不能となる。

 従って、フィラリア線虫感染症をコントロールするための現在の戦略は、毒性の強い抗線虫薬剤の使用よりも、テトラサイクリン系の抗生物質(ドキシサイクリンなど)の投与によるボルバキアの除去が中心となっている。獣医療でもイヌ心臓に寄生したフィラリアの駆除の際、前記抗生物質が併用される。

 前記抗生物質のみで心臓内のフィラリア虫体を完全に駆除することは困難だが、 抗線虫剤による駆除の結果フィラリア虫体から放出されるボルバキア菌体成分に対する過剰な 免疫反応を抑制することを目的として、抗線虫剤の投与に先立って処方される。


 この世から蚊を抹殺することは可能

 地上に存在する蚊を本気で絶滅させようと考えている人達がいる。米ミシガン州立大学の研究昆虫学者のジーヨン・シー氏もその一人だ。彼は、こうした蚊を中国から、そして将来的には全世界から一掃したいと考えている。

 シー氏は「われわれは、悪い蚊を退治するのに役立つ善い蚊を作り出している」と語る。白衣に身を包んだシー氏は、数百枚ものトレーの前で身振りを交えながら穏やかな口調で説明してくれた。各トレーには約6000匹の蚊の幼虫が入っている。部屋にはイーストを混ぜた牛の肝臓の粉末の匂いが漂う。この粉末は蚊の幼虫にとって最適な餌だという。

 この「蚊の工場」は、広州市の中心部から車で約1時間の場所にある中山大学のキャンパス内にある。研究所の正式名称は「中山大学・ミシガン州立大学・熱帯病昆虫媒介抑制共同研究センター」。この研究所では、実験助手らが週に最高で500万匹ものヒトスジシマカを育てている。ヒトスジシマカはアジアで多く見られ、デング熱やジカ熱の流行の原因となっている。

 研究所で飼育されている蚊はデング熱などのウイルスが蚊から人間に感染するのを防ぐ働きを持つ細菌に感染している。ボルバキアと呼ばれるこの細菌に感染した雄の蚊は生殖能力を失うため、この雄の蚊と交尾した野生の雌の蚊が産卵しても、その卵が孵化(ふか)することはない。そこでシー氏の研究所は飼育した蚊のうち、雄のみを放出している。

 これらの雄の蚊は、蚊の工場から約60キロ離れた島で放出される。人口1900人のこの村と本土の間には全長300メートルの橋が架かっている。シー氏によると、蚊が飛べる距離はせいぜい50~75メートル程度であるため、島から本土に到達できる蚊の数は限られるという。

 シー氏は、この技術が蚊の数の大幅な減少につながることを期待している。シー氏の手法は型破りではあるが、一部の科学者らは、毎年数百万人の被害をもたらす最も一般的な蚊媒介性疾患のうち、ジカ熱とデング熱の2つを根絶する最も有望な方法の1つと称賛する。


 ボルバキアで「蚊で蚊を駆除」米で承認

 米環境保護局(EPA)は、ジカウイルス感染症(ジカ熱)などを媒介する蚊を駆除するために、人工的に細菌感染させた蚊を「生物農薬」として自然界に放すことを承認した。細菌感染した蚊は交尾しても子孫を残せず、繰り返し放すことで蚊の群れを減らすことができる。殺虫剤を使わない新たな駆除法になると期待される。

 この蚊は、米バイオベンチャー「モスキートメイト」(本部・ケンタッキー州)が開発。カリフォルニアやニューヨークなど全米20州と首都ワシントンで5年間の販売が認められた。ネイチャー誌(電子版)によると、同社は来夏以降、一般家庭やゴルフ場、ホテル向けに販売を始める予定。

 実験室で育てたヒトスジシマカ(ヤブ蚊)に、昆虫に感染する細菌「ボルバキア」を感染させた上で、ヒトを刺さないオスを選んで自然界に放つ。自然界のメスがこのオスと交尾して卵を産んでも、染色体の異常で孵化(ふか)しない。繰り返し放すことで蚊の数が減り、最終的に駆除できるという。

 ボルバキアは、ヒトには感染しない。ハチやチョウなども殺してしまう化学農薬に比べ、蚊だけを狙いうちできて生態系への影響も少ないとされる。モスキートメイト社は、ケンタッキー州などで細菌感染した蚊を試験的に屋外に放ち、効果や安全性を確かめた。


参考 マイナビニュース: https://news.mynavi.jp/article/20180427-622276/


消えるオス:昆虫の性をあやつる微生物の戦略 (DOJIN選書)
クリエーター情報なし
化学同人
nature [Japan] August 25, 2011 Vol. 476 No. 7361 (単号)
クリエーター情報なし
ネイチャー・ジャパン

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