両生類を襲うカエルツボカビ

 カエルツボカビ症は、ツボカビの一属一種の真菌カエルツボカビによって引き起こされる両生類の致死的な感染症である。野生の個体群でのこの疾病に対する効果的な対策は存在しない。ただし、カエルの種によって感受性は異なり、アフリカツメガエル( Xenopus laevis )やウシガエル( Rana catesbeiana )は感染しても発症しない。

 この病気は北米西部・中米・南米・オーストラリア東部で劇的な両生類の減少あるいは絶滅を引き起こしてきた。この病気は世界的な両生類の生息数と、世界の両生類種の30%もの種数の減少に関連している。減少のうちいくらかはこの菌によるものと信じられているが、感染に抵抗している種もあり、またいくつかの個体群が感染が低レベルで持続して生き延びていることも報告されている。

 2012年12月、この感染症を拡散している真犯人が明らかになった。ザリガニだ。この淡水の甲殻類が“容疑者”であるとされたのは、広く分布していることと、カエルツボカビの増殖に利用されるタンパク質のケラチンが、ザリガニの体に多く含まれることが理由だ。



 実験室環境でザリガニをカエルツボカビに接触させたところ、ザリガニは感染した。約3分の1の個体は7週間以内に死に、生き残った個体の大部分は保菌者となった。次に感染したザリガニをオタマジャクシと同じ水槽に入れると、オタマジャクシはカエルツボカビに感染した。

 これらのことから、ザリガニはたしかにカエルツボカビの“貯蔵庫”の役目を果たしていることが分かった。カエルツボカビは一時的にザリガニに寄生して生きながらえて、また両生類の体に戻る機会を窺っているらしい。

水を介して感染する真菌のカエルツボカビにより、1970年代以降、数百種の両生類が大量死に見舞われている。写真のサンバガエル(学名:Alytes obstetricans)もその1つ。フランスのピレネー山脈で死んだカエルたちを、菌の記録のために研究者が並べた。

 世界中の両生類の多くが、存続の危機に直面している。その元凶となっているのが、カエルツボカビ症を引き起こす真菌、カエルツボカビ(Batrachochytrium dendrobatidis)だ。200種を超える両生類を絶滅または絶滅寸前に追い込み、地球全体の生態系を急激に改変しつつある。

 「生物多様性への打撃という点では、これまで知られている限り、史上最悪の病原体です」。英インペリアル・カレッジ・ロンドンの菌類学者で、カエルツボカビを研究するマット・フィッシャー氏はこう語る。


 きっかけは朝鮮戦争か?

 そんな中、世界各国の研究者58人から成る研究チームが、この真菌がどこから広がり始めたのかを明らかにした。学術誌「サイエンス」に5月11日付けで掲載された画期的な研究で、カエルツボカビが現れた最も有力な場所と年代が特定されている。

 それは、1950年代の朝鮮半島だ。

 カエルツボカビはこの地を起点に人間の活動によって偶然に移動し、広範囲に散らばっていったと、科学者たちは仮説を立てている。これが、南北アメリカ、アフリカ、ヨーロッパ、そしてオーストラリア各地での両生類の死滅につながった。

 インペリアル・カレッジ・ロンドンの研究者で、この論文の筆頭著者であるサイモン・オハンロン氏は語る。「病原体が広がるきっかけは、何か1つの出来事だったかもしれませんし、いくつかの出来事の積み重ねだったのかもしれません。あるいは、何らかの人為的な大事件だった可能性もあります。例えば、朝鮮戦争のような」

 カエルツボカビの由来がわかることで、研究者たちは、多様なツボカビがいるホットスポットを監視し、新たな脅威について調べられるようになる。さらに今回の研究結果は、世界規模の貿易がきちんとした管理なしに行われると、知らず知らずのうちに生態系の破滅を加速させてしまうという警告も発している。

 略して「Bd」と呼ばれるカエルツボカビが恐ろしいのは、両生類の透過性が高い皮膚を標的にするからだ。両生類は、皮膚から酸素や水分を吸収する。Bdは、両生類の皮膚に含まれるたんぱく質ケラチンを利用して成長し、皮膚呼吸や体内の浸透圧の調整を阻害すると考えられている。感染した両生類は次第に無気力になり、皮膚がはがれ落ちて、数週間でみるみる弱って心不全で死ぬ。Bdに耐性のある両生類もいるが、感染する可能性のある種は少なくとも695種に上る。

 米メリーランド大学の生物学者で、両生類の減少に詳しいカレン・リップス氏は、「これほど幅広い種への影響が見られる病気は、かなり珍しいです」と話す。同氏は、今回の研究には関わっていない。

 Bdのまん延は、聖書にあるような大災害を思わせる。毎年8月、フランスのピレネー山脈に生息するサンバガエルは成体になり、生まれた湖から初めて上がる。感染したカエルは、岸に上がるのがやっとだ。論文の共著者の1人であるフィッシャー氏は、「カエルたちは生涯最後のジャンプをしますが、拾い上げると、間もなく手の中で力尽きてしまいます」と語る。「湖岸を歩いてみればわかります。まるでカエルの死体のじゅうたんが広がっているような光景ですから」

 同様の大量死が起こり始めたのは1970年代だが、こうした「謎の減少」が地球規模の現象だと研究者たちが認識したのは1990年代になってからだ。1997年に研究者が初めてBdに関して述べると、10年のうちに大量死と関連づけられた。その間もBdの猛威は止まなかった。パナマのある地点では、2004年から2008年にかけ、現地の両生類の種のうち41%がBdによって失われた。

 かつて原因不明とされていた両生類の大量死の多くが、今ではカエルツボカビの一系統で、致死性の高い高病原性系統(BdGPL)によるものとされている。しかし、この強力な系統はどこから来たのだろう? そして、いつ、どうやって世界中に広がったのだろうか?


 カエルツボカビの遺伝情報の「図書館」

 それを解明しようと、研究者たちは10年を費やして、世界中のBdの遺伝情報を集めたライブラリーを作り上げた。このために科学者たちは6大陸を回った。今回の論文著者の1人で、ナショナル ジオグラフィック協会からヤング・エクスプローラーとして支援を受けているジェニファー・シェルトン氏は、2017年に台湾の山々をめぐり、感染したサンショウウオを探した。

 弱った両生類を見つけると、研究者はまず、その個体の足の指を1本切り取った。死なせることなく組織を集める方法だ。次いで、切断した指からBdを分離し、ペトリ皿で培養して、DNA配列を解析した。  オハンロン氏とフィッシャー氏らの研究チームは、世界中から集めた177のBdのゲノムを解析。すでに発表されている57の配列と合わせて検討した。合計234のゲノムを比較してBdの系統図を描くと、特徴的な系統が4つあることがわかった。

 なかでも朝鮮半島のサンプルは、Bdを採取したほかのどの地点よりも大きな遺伝的多様性を示していた。つまり、ここがBdの「震源地」だろうということだ。さらに、Bdの変異率を割り出すと、現在のBdGPLの祖先は20世紀初めにアジアで現れたことが判明した。1950年代に世界中に「輸出」されるまで、この真菌は地域の動物相と平和に共存していた。

 研究者たちは、感染した両生類が人間の活動によって世界に広まったと仮説を立てている。かつて盛んに行われた、生きたカエルを使った妊娠検査や、食用の両生類の肉、ペット産業などのために船で運ばれたせいかもしれないし、朝鮮戦争のような大きな出来事のせいかもしれない。朝鮮戦争の真っただ中には、数百万の兵士や大量の装備がこの地域を出入りした。そこに両生類が入り込む機会は十分あっただろう。

 現在、貿易に関して国際的な規約があるにもかかわらず、世界規模のペット取引がBdを拡大させ続けているのは明らかだ。研究チームのメンバーが、ベルギー、英国、米国、メキシコのペットショップや市場をしらみつぶしに探すと、感染したカエルやヒキガエルが見つかった。既知のBdの系統が全て検出され、なかには致死性のBdGPLもあった。


 新たなツボカビ病原菌も

 Bdにむしばまれた両生類は、局所投与の抗真菌薬で治すことができ、この方法は野生でも試行され成功している。しかし現時点では、世界規模で野生の個体群を回復させることはできない。差し当たっては、Bdのこれ以上の拡散を防ぐのがベストな選択肢だと研究者は言う。しかし、今ではBd以外にも強力な真菌が出現しており、ツボカビ症を食い止めるのは非常に困難な状況だ。

 2013年、イモリツボカビ(B. salamandrivorans)という真菌が確認された。Bdの近縁で、略してBsalと呼ばれる。何らかの理由で両生類の1グループである「サラマンダーを滅ぼす」ことが名前の由来だ。2009年から2012年にかけて、この真菌はオランダに生息するファイアサラマンダーの個体数を99%以上も激減させた。

 2016年、米国の野生生物当局は、サラマンダー類201種の輸入を禁止した。Bsalを国内に入れないための措置だった。しかし、2017年に出た控訴裁判所の判決で、これらのサラマンダーが禁輸の発効以前にもう米国に入っていたのなら、各州間の輸送は合法のままだという判断が示された。

 今回の研究は、Bdのハイブリッド株の脅威も強調している。ブラジル固有のBd株と、危険なBdGPLが交雑可能なことは、これまでの研究ですでに知られていた。そして今回、Bdのアフリカ系統も同様であることが研究で示された。かつてはばらばらに存在した真菌が世界規模で混ざり合ったとき、どんな猛毒のハイブリッドが生まれるのか、誰にもわからないのだ。

 「そのような事態は、個人的に最も恐れることの1つです」とリップス氏は懸念する。

 両生類を守るためにできること

 BdGPLはもう米国に入っており、米国魚類野生生物局はその拡大を精力的に監視している。しかし、その近縁である種の侵入を阻む様子はない。2009年、Bdに感染していない個体を除き、全ての両生類の輸入を禁止すべきという請願がなされたが、2017年3月、同局はその検討を中止した。

 同局の漁業・水生生物保護責任者、デーブ・ミコ氏は、声明の中で次のように述べている。「Bd真菌はもう米国の環境に広く存在しており、両生類の輸入規制は、固有種の両生類保護においてほとんど意味がありません。……また、この真菌が州の境界を超え、今以上に広がるのを防ぐうえでも効果は限定的でしょう」

 Bdの輸入を禁じる新たな取り組みを推奨しているリップス氏は、「今回の論文は、問題はBdだけではないと述べています」と反論する。「被害をもたらす物が何か1つあったら、それに近い形態のものも入ってこないようにすべきです。そちらの方が、害が大きい可能性もあるからです」

 最低限、国際的に取引される両生類にはBd検査をすべきだとリップス氏は言う。今のところ、一貫して実施されてはいないからだ。例えば米国農務省は、ペットとして輸入される両生類に対し、健康状態の検査を求めていない。

 オハンロン氏とフィッシャー氏は、何より理想的なのはBdとBsalに最も効く対策をとること、つまり、世界中で両生類のペット取引を全面禁止することと言う。

 「自然環境の中から採掘でもするように生き物を集めて、金もうけのために世界中に売る必要が本当にあるのでしょうか。リビングルームに飼育器を置いて、『ほら、クールだろ』と言うためだけに」とフィッシャー氏は問う。「一見、無害な娯楽のようですが、実は生態系全体を危険にさらしているのです」


参考 National Geographic news: http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/18/051400211/


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