単為生殖で爆発的に増える生物

 単為生殖とは、一般にはメスが単独で子を作ることを指す。正確に言えば、本来は受精によって新しい個体を生ずるはずの生殖細胞が、受精を経ることなく新しい個体を形成することである。

 卵は、精子が入って受精が行われることで発生が始まり、新たな個体へと成長する。ところが、卵が受精を経ずに発生を始める例があり、このようなものを単為生殖と呼ぶ。この卵の例のように、新個体の形成に発生の過程が入ることに注目すると、単為発生という言葉も使われる。

 自然界では、魚類(ギンブナ、シュモクザメ)、ハ虫類(コモドドラゴン)、両生類、鳥類(七面鳥)、昆虫(アリ、ミツバチ)などでみられる。



 単為生殖では染色体・遺伝子が変わることがないクローンで増えるので、無性生殖と似ているが、単為発生では雄雌があり、卵がつくられるところが決定的な違いであり、有性生殖の特別なバージョンとみることができる。

 現在、ミステリークレイフィッシュ(marbled crayfish)という、単為生殖をするザリガニが、爆発的に世界中に広がっている。クレイフィッシュはザリガニやエビのなかま。フィッシュとあるが魚ではないややこしい名前だ。

 ただ増えるだけならよいが、このザリガニはいくつかの病気の保菌者となることが知られており、これらの病気を拡散させてしまう恐れがある。

 例えば、ザリガニペスト(英語版)の通称で知られるアファノマイセス菌(Aphanomyces astaci)は世界の侵略的外来種ワースト100に指定されており、これに耐性を持たないヨーロッパ産ザリガニやニホンザリガニなどに感染して大量死を引き起こすことがある。

 また、白斑病(英語版)は様々な十脚目に感染することが確認されており、在来甲殻類に深刻な被害を引き起こしたりエビやカニの養殖に重大な被害をもたらしたりする可能性が指摘されている。

 これだけ病原菌の保菌者でありながら、驚異の耐性を持ち世界に広がった原因が、3倍体、つまり3組の染色体をもつ生物であることにあるのではないかと指摘されている。


メスだけで爆発的に繁殖、謎の外来ザリガニ脅威

 メスだけで繁殖でき、世界各地に分布を広げる外来種の観賞用ザリガニ「ミステリークレイフィッシュ」が国内の水辺で見つかっている。爆発的な繁殖力があり、農漁業や生態系に被害が出るおそれがあるため、環境省は「特定外来生物」に指定する方針だ。

 同省などによると、ミステリークレイフィッシュは、日本各地にいるアメリカザリガニと外見が似ているが、異なるのは繁殖方法だ。メスだけで卵を産む「単為生殖」を行う。繁殖力が強く、「ザリガニペスト」と呼ばれる菌などを媒介し、エビやカニの養殖に深刻な被害をもたらすおそれもある。

 世界では既に猛威をふるっている。1990年代にドイツで見つかり、その後、欧州各国で確認された。アフリカの島国マダガスカルでは、池や水田などで大量に増えて、漁業などに被害が出ているという。

 ミステリークレイフィッシュのゲノムを分析した結果、全てのサンプル個体は1匹のメスを祖先に持っていることが明らかになった。最初のクローンは、約30年前に水槽の中で生まれたという。(2018.5.18 読売新聞)


 全ては、1匹のメスから始まった。

 1995年、米フロリダ州エバーグレーズでスラウクレイフィッシュ(slough crayfish、学名Procambarus fallax)と呼ばれる1匹のザリガニが捕獲された。ある愛好家が生き物フェアでそれを見つけて購入した。すると、なぜかそのザリガニは交尾相手なしに自分のクローンを作成して繁殖し始め、ミステリークレイフィッシュ(別名マーブルクレイフィッシュ、学名Procambarus virginalis)と呼ばれるようになった。

 飼い主は、みるみるうちに増えるクレイフィッシュを飼いきれなくなり、ペットショップへ持ち込んだ。それを、別の愛好家たちが購入していった。そして今、世界は1匹のメスから生まれたミステリークレイフィッシュの子どもたちで覆いつくされようとしている。「1匹のクレイフィッシュから、全く新しい種が生まれたのです。今では無数に増え、全世界に広がっています」。イリノイ州立大学の神経科学者であるウォルフガング・スタイン氏はそう語る。


 3組の染色体

 2003年、ミステリークレイフィッシュは単為生殖で自らのクローンを増やし続ける新種であると発表された。そして今回、スタイン氏の研究チームが大理石のような模様をしたこのザリガニのゲノム塩基配列を決定し、その結果を2月5日付けで学術誌『Nature Ecology and Evolution』に発表した。 

 今回の研究では、10匹ほどの個体の塩基配列を決定し、大本のメスまで遡った。ドイツがん研究センターの研究者で論文執筆者のフランク・リコ氏は「極めて範囲の狭い系図を持った種です」と語る。大きなゲノムサイズを持つミステリークレイフィッシュだが、その中で変異はわずか数百しか見つからなかったという。

 「一番最初の祖先が1匹だけでなければ、もっと遺伝的な違いがあるはずです」

 研究者たちをさらに驚かせたのは、ミステリークレイフィッシュが染色体を3組持っていたことだ。ほとんどの生物は、父親から受け継いだ染色体を1組、母親から受け継いだ染色体を1組、計2組の染色体しか持たない。

 これが、各個体にどのように遺伝子が発現するかに影響しているのではないかとリコ氏は考えている。有害な遺伝子変異の継承を防ぐだけでなく、種が様々な環境へ適応するのを助けている可能性がある。


 10年で爆発的増加、圧倒的な適応能力

 ミステリークレイフィッシュは現在、ヨーロッパ全域とマダガスカルで見つかっている。スタイン氏によれば、わずか10年のうちに爆発的に増えたという。

 しかも、どんな環境にも適応する能力があるようだ。テキサス大学リオグランデバレー校の生物学者ゼン・フォークス氏は、自身のウェブサイトにミステリークレイフィッシュがこれまでに見つかった場所を地図で示し、追加情報が寄せられれば地図を更新している。今や、ミステリークレイフィッシュは在来種を脅かす侵略的外来種という扱いになっている。


  圧倒的な適応能力

 「酸性の水にもアルカリ性の水にも、さらに汚染された水にもきれいな水にも存在します。しかも、どこにいようとも遺伝子構造は同一なのです」と、ステイン氏。

 リコ氏は、これほど多様な環境に適応しているのは、多様な遺伝子が環境に合わせて発現するためだろうと語る。「ある環境ではコピーaが発現し、別の環境ではコピーbが発現しています」

 ミステリークレイフィッシュの特殊な遺伝子構造を研究することは、がんの研究にも役立つと期待されている。がん細胞もまた、クローンを作ることによって進化し、多様な環境に適応する能力を持っている。

 「現在、ミステリーフィッシュにゆっくりと起こっている進化は、腫瘍形成の最初期段階で起こることと似ています」

 これは基礎的な研究のため、これを基にがんの治療法を開発しようとしているわけではないが、腫瘍発生の最初期段階を理解するためのモデル作りには役立つだろうと、リコ氏は期待する。


ミステリークレイフィッシュとは何か?

 ミステリークレイフィッシュ(marbled crayfish)は、単為生殖をするザリガニ。アメリカ合衆国南部原産のスロウザリガニ(英語版)と近縁。日本国外の学術界・ペット業界では、「大理石模様のザリガニ」を意味する英語の「マーブルクレイフィッシュ(マーブルドクレイフィッシュ)」またはドイツ語の「マーモクレブス (Marmorkrebs)」の名称が使われているが、日本では行政機関も含め一般に「ミステリークレイフィッシュ」と呼ばれている。

 非公式な学名として Procambarus fallax forma virginalis が暫定的に与えられており、スロウザリガニ(Procambarus fallax)の変異体という位置付けである。ただし、原種のスロウザリガニとは生殖隔離されていることから独立種にする説もあり、その場合の学名は Procambarus virginalis となる。

 オスが存在せずメスだけで単為生殖するザリガニであり、スロウザリガニ(英語版)と近縁にあたる。3倍体、つまり3組の染色体をもつ生物であることが確認されている。十脚目で単為生殖が報告されたのはこのザリガニが世界初だった。

 現在判明している限りでは、このザリガニは1995年にドイツで取引されたのが最初だった。フランクフルトで開催されたフェアで、アメリカ産の昆虫や無脊椎動物を専門とする業者が「テキサスクレイフィッシュ」という名前で分類不明のザリガニの群を出品していたという。このザリガニは愛好家の元で急速に増加し、ドイツのアクアリウム愛好家へ、後に業者やペットショップへと広められた。

 ドイツの生物学者とアクアリウム愛好家がこのザリガニについて最初に記録した。ドイツで2001年に出版された『Aquaristik Aktuell』では単為生殖をする原産地不明の未知の十脚目として言及され、2003年にGerhard Scholtzらが『ネイチャー』に掲載した短報が最初の学術的報告となった。

 この短報ではこれまでに報告例のない単為生殖を行う十脚目であること、アメリカザリガニ科に属しスロウザリガニと近縁であることが示された。2017年の『ネイチャー エコロジー・アンド・エヴォリューション』では、世界中のミステリークレイフィッシュは共通の1個体を起源にもつ単一のクローンであると示唆された。また、対立遺伝子の解析結果から3組ある染色体のうち2組の染色体の遺伝子が一致したAA'Bの遺伝子型であることが示されており、2組の染色体をもつ2倍体AA'の配偶子から生まれた可能性が高いとされている。

 判別にはマイクロサテライトDNA解析などの遺伝的手法、もしくはメス単体での抱卵確認が必要である。近縁であるスロウザリガニと区別できるような外見上の違いは2017年時点では確認されていない。


 ミステリークレイフィッシュの主な特徴

 スロウザリガニ(英語版)と近縁のザリガニであり、金沢大学の西川潮によれば2017年3月時点ではスロウザリガニの単為生殖体(学名:Procambarus fallax f. virginalis)とみなすのが主流だが、スロウザリガニとの間に生殖隔離機構が確認されていることから独立した新種として認められる可能性もあるという。

 2010年、Peer Martinらは暫定的な学名としてProcambarus fallax forma virginalisと命名したが、「forma」は1960年以降に出版された国際動物命名規約には掲載されておらず、2017年に『Journal of Crustacean Biology』に掲載された Keith A Crandall と Sammy De Grave が最新のザリガニの分類について述べた要約では「unavailable name」、つまり利用できない学名だとされた。

 一方、2015年にGünter Vogtらは本種を独立した新種とみなしてProcambarus virginalisという学名を提唱し、フランク・リコは2017年12月に『ズータクサ』に掲載された論文で、スロウザリガニと生殖できないこと、遺伝子学的に差異があることを根拠に、ミステリークレイフィッシュを新種Procambarus virginalisとして記載した。

 頭胸甲に青白いマーブル模様が見られる。ただし、模様が茶褐色の個体も確認されている。

 出生後250日で性成熟して繁殖可能になり、単為生殖、つまりメスだけで産卵し増殖することができる。水温が15℃で繁殖を停止する。

 スロウザリガニと形態上の違いは2017年時点では確認されていない。性成熟するのは出生後250日でスロウザリガニと差はないが、性成熟時点での体重はスロウザリガニのメスの約2倍に及ぶという報告がある。また、抱卵数もスロウザリガニより多く、スロウザリガニの最大抱卵数が130個であるのに対しミステリークレイフィッシュの飼育固体では731個、野生固体では724個とスロウザリガニの約5.6倍に及ぶという報告がある。


 ミステリークレイフィッシュの脅威

 ペット用のザリガニとしてはフロリダハマー(英語版)(フロリダブルー、学名:Procambarus alleni)と並びヨーロッパ、北米、日本で人気があり、広く流通している。

 ミステリークレイフィッシュはヨーロッパではイタリア、ウクライナ、オランダ、クロアチア、スウェーデン、スロバキア、チェコ、ドイツ、ハンガリー、ルーマニア、それ以外ではマダガスカルと日本の天然水域で生息が確認されたことがある。

 ザリガニ類は一般に雑食であるため、大量増殖すると淡水生態系や水稲農業に影響を及ぼす可能性が指摘されている。

 ミステリークレイフィッシュは単為生殖する、つまりメスだけでクローンを作って増殖することができ、また繁殖力が強いことから1個体だけでも野外で増殖して在来生態系を脅かす可能性が指摘されている。実際、温暖な地域では非常に高密度に増殖した例が報告されており、例えば食用目的で導入されたマダガスカル島では水田、水路、養魚池などに非常に高密度で定着していることが確認されている。

 また、ミステリークレイフィッシュを含む北米産ザリガニはいくつかの病気の保菌者となることが知られており、これらの病気を拡散させてしまう恐れがある。例えば、ザリガニペスト(英語版)の通称で知られるアファノマイセス菌(Aphanomyces astaci)は世界の侵略的外来種ワースト100に指定されており、これに耐性を持たないヨーロッパ産ザリガニやニホンザリガニなどに感染して大量死を引き起こすことがある。

 また、白斑病(英語版)は様々な十脚目に感染することが確認されており、在来甲殻類に深刻な被害を引き起こしたりエビやカニの養殖に重大な被害をもたらしたりする可能性が指摘されている。

 このため、スウェーデンではミステリークレイフィッシュに限らず国外産のザリガニの輸入は法律で禁止されている。また、日本ではミステリークレイフィッシュを含むアメリカザリガニ科のほとんどが「未判定外来生物」に指定されており、輸入には環境庁への届出が必要である。


 日本におけるミステリークレイフィッシュ

 ミステリークレイフィッシュの名称は、当時、オスと未交接でも繁殖する状況を発見した愛好家が「ミステリーなザリガニがいます!」と言ったことに端を発しているといわれる。当時はメスだけで増えるザリガニは考えられない事であり「持ち腹(飼育開始時に既に受精卵を保有していたことを指す)ではないか」「交接を確認できなかっただけではないか」との声もあった。

 1996年頃にミステリークレイフィッシュと思われるザリガニが「アフリカザリガニ」の名称で流通していたという証言がある。また、2001年5月頃にザリガニ愛好家のジャパン・クレイフィッシュ・クラブで広く知られるようになったという証言もある。

 日本では亜熱帯から温帯にあたる地域が生息に適していると推定されているが、スウェーデンで定着が確認されており日本でも札幌市で採集されたことがあるので北海道のような冷水域でも定着する可能性がある。天然水域では2006年に札幌市、2016年に松山市で採集報告があり、松山市は日本全体で2例目、西日本では初の採集報告である。ペットとしての流通期間に比べて報告数が少ないことから、西川潮らはアメリカザリガニと見間違えて未報告になっている可能性を指摘している。


 日本での規制

 2006年にザリガニ科(英語版)のアスタクス属全種とウチダザリガニ、アメリカザリガニ科オルコネクテス属(英語版)のラスティークレイフィッシュ(英語版)、ミナミザリガニ科(英語版)ケラクス属(英語版)全種が外来生物法における「特定外来生物」に指定された。

 これにより、2018年1月時点でザリガニ科、アメリカザリガニ科、ミナミザリガニ科は前述の特定外来生物とニホンザリガニ、アメリカザリガニを除いて「未判定外来生物」とされている。したがって、アメリカザリガニ科であるミステリークレイフィッシュの輸入には環境庁へ届出を提出し審査を受けなければならない。

 ペットショップでの販売には購入者に対する説明義務は課されておらず、北海道立総合研究機構網走水産試験場の佐々木潤は、飼育者の多くはミステリークレイフィッシュが生態系に与えうる影響を理解していないのではないかと懸念している。


参考 Natioal Geographic news:natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/c/020800073/