日本で撲滅した「はしか」が流行

 今年、3月に沖縄での麻疹流行が報道された。日本では麻疹はなくなったはずだが、今回のような流行が度々起こるのはなぜだろう。

 日本の麻疹は、2015年3月27日から「排除状態」となっている。排除状態とは、その国や地域特有のウイルスによる麻疹が発生しない状態が3年以上継続したとき、世界保健機関(WHO)によって認定される。

 ただ、その国や地域で排除状態になっただけであって、麻疹そのものが撲滅されたわけではない。麻疹がまだ抑えられていない海外への渡航者や、海外から日本を訪れる人が持ち込む可能性は常にある。つまり、日本の麻疹は現在では「輸入感染症」となっている。




 今回の流行も、台湾から沖縄旅行にやって来た、たった1人の外国人から始まっている。麻疹感染に気づいていなかったその旅行者が、観光地やホテルなど移動した先々で感染を拡大。そして、沖縄へ旅行していた10代の男性が、その後に帰省した名古屋の医療機関で麻疹と診断された。

 そのときに同じ病院に居合わせた中学生や、10代の男性が受診した別の医療機関でも30代の職員が麻疹を発症するなど、感染者の移動とともに、二次感染、三次感染と広がっていった。

 麻疹を診断した医療機関は保健所への届出義務があり、麻疹の報告を受けた保健所は、その患者に発症までの行動などを聞く接触調査を行います。そこで感染経路が明らかになるのだが、二次感染、三次感染、それ以上となっていくと、追えないケースも出てくる。

 今回の流行でも、ゴールデンウイークの人の移動でそのケースが懸念されていたが、実際にその後、沖縄からたどれない地域での散発例が報告された。


 感染力が非常に強い「空気感染」

 麻疹の感染力は、それほどまでに強い。一般的にはインフルエンザも感染力が強いといわれるが、インフルエンザの場合は「飛沫感染」なので、くしゃみや咳(せき)などでウイルスが飛んでも、水分を多く含んでいるため、2メートル以内のところで地面に落ちてしまう。だから、感染者がいても2メートル以上離れていれば、直接感染することはない。

 ところが、麻疹のウイルスは粒子が小さくて軽いので、空中を長く浮遊する。そのため、同じ空間にいるだけで感染する可能性がある。このような「空気感染」する一般的な感染症は、麻疹のほかには結核と水痘(みずぼうそう)の3つしかない。


インフルエンザ大流行、A型とB型同時流行

 今年初めには、インフルエンザが大流行している。1月、休校や学年・学級閉鎖をした保育所や幼稚園、小中高校は全国で7536施設に上り、前週の161施設から50倍近くに急増した。

 ウイルスは直近の5週間では、2009~2010年に新型として流行したA型のH1N1とB型が同程度で全体の8割超を占めた。毎年2~3月に流行するB型が例年より早めに増えていた。A型とB型のウイルスが同時に流行し、患者数を押し上げているとみられる。

 厚生労働省は2月2日、最新の1週間(1月22~28日)に全国約5千カ所の定点医療機関から報告された患者数が、1カ所あたり52.35人だったと発表した。過去最多だった前週(51.93人)からさらに増えた。複数のウイルスのタイプが同時に流行する例年にない事態で、厚労省は注意を呼びかけている。

 厚労省によると、前週に比べて関東や北日本でも感染が増えてきた。都道府県別では福岡が最も多く77.35人。次いで、大分74.76人、埼玉65.41人、神奈川63.36人、千葉63.24人と続く。東京は54.10人、愛知は62.16人、大阪は42.48人だった。北海道を除く46都府県で警報レベルの「30人」を超えた。

 全国の推計患者数は、約274万人。年齢別では5~9歳が約61万人、10~14歳が約42万人にのぼった。昨年9月からの累積患者数は1千万人を超えた。この1週間で休校や学年・学級閉鎖をした保育所や幼稚園、小中高校は全国で1万139施設(前週7536施設)にのぼった。

 ウイルスのタイプ別では、例年は2~3月に流行するB型に感染する人が最も多く、2009年に新型として流行したA型のH1N1とともに同時に流行。また、A香港型の割合も前週より増えてきている。このため、同じシーズンに何度も感染する可能性もある。


インフルエンザウイルス侵入の鍵を握るタンパク質が分かった

 人類が、はしかやインフルエンザを撲滅するには、まだまだいろいろな研究や準備が必要なようだ。

 今回、北海道大学大学院の研究グループが、インフルエンザウイルスが体内に侵入して感染するプロセスの鍵となるタンパク質を発見した、と発表した。一般によく使われている高血圧治療薬が感染防止の特効薬になる可能性があるという。研究成果は米医学専門誌「セル・ホスト・アンド・マイクローブ誌」に掲載された。

 インフルエンザの感染は細胞にウイルスが侵入することから始まるが、詳しい侵入プロセスなどは分かっていなかった。ウイルスの侵入時にこのウイルスの受容体となるタンパク質が細胞にあるとされていたが、40年以上に及ぶ研究でもこの受容体タンパク質は特定されていなかった。

 カルシウムチャンネルブロッカーがインフルエンザを防ぐ

 研究成果を発表したのは北海道大学大学院医学研究院の大場雄介教授、藤岡容一朗講師ら。大場教授らは、細胞内のカルシウムイオン濃度が上昇することがインフルエンザウイルスの侵入に重要であることを既に明らかにしている。カルシウムイオンはカルシウムの原子がプラスの電気を帯びたもので、濃度はカルシウムイオンが細胞外から細胞内に流入して上昇するという。

 今回、研究グループは新たな研究、解析を続け、カルシウムイオン濃度を制御する「カルシウムチャネル」と呼ばれるタンパク質が、インフルエンザウイルス感染の鍵となる受容体タンパク質であることを突き止めた。このカルシウムチャネルは主に細胞膜に存在し、高血圧症にも関係している。その働きを阻害する薬は「カルシウムチャネルブロッカー」と呼ばれて広く高血圧治療に用いられている。

 研究グループは、そのカルシウムチャンネルブロッカーが感染予防の働きをするのではないかと考え、同ブロッカーを投与したマウスと投与しないマウスそれぞれのグループに分けてインフルエンザウイルスを感染させる実験を行った。すると、投与しなかったマウスはいずれもウイルス感染して体重が減少し4日で死亡した。一方投与したマウスの体重はそろって一度減少したがその後健康な状態に戻ったという。

 この結果から大場教授らは、カルシウムチャネルブロッカーが実際にインフルエンザウイルス感染を抑えることを確認できた、としている。高血圧治療薬としてよく使われているカルシウムチャネルブロッカーが感染防止の特効薬になる可能性があるという。


参考 サイエンスポータル: https://scienceportal.jst.go.jp/news/newsflash_review/newsflash/2018/05/20180528_01.html