日本建国の謎、邪馬台国、大和朝廷の関係

 我々日本人の起源はいつからなのだろうか?

 日本の記述が最初に登場したのは、中国の歴史書「三国志」の中の「東夷伝」の中に倭及び倭人の記述が初めて出てくる。これによると当時の倭(後の日本)に、女王卑弥呼の都する邪馬台国(邪馬壹国)を中心とした国が存在し、また女王に属さない国も存在していたことが記されており、その位置・官名、生活様式についての記述が見られる。

 また、本書には当時の倭人の風習や動植物の様子が記述されていて、3世紀の日本を知る史料となっている。 しかし、必ずしも当時の日本の状況を正確に伝えているとは限らないことから、邪馬台国に関する論争の原因になっている。



 その後近畿地方に、大和朝廷は成立するが、大和朝廷が成立した4世紀は、3世紀における「魏志倭人伝」のような詳細な文献が、ほとんどない。 だから、邪馬台国の時代にくらべてイメージがつかみにくいという難点があるため、“謎の世紀”って呼ばれている。

 邪馬台国が大和朝廷と関係するのかどうかがハッキリしない。邪馬台国が発展して大和朝廷になったのかもしれないし、大和朝廷は北方の民族によって成立して、邪馬台国は九州地方の一国に過ぎず、後に南方の狗奴国によって滅ぼされたのかも知れない。その辺は歴史の謎とされている。

 日本人のルーツはさらに、弥生、縄文時代に遡る。最近の進んだDNA分析では、古代人の骨からDNAを分析することが可能になった。それによると、縄文人のDNAが周辺アジア諸国の民族とほとんど一致しないことが分かってきた。これは驚くべきことだ。通説では、周辺アジアから当然来たと考えられていた。では、我々はどこから来たのだろうか?弥生時代はどうなのだろうか?


 “日本人の起源に迫る” 弥生人の骨をDNA分析へ

 鳥取市にある弥生時代の遺跡で見つかったおよそ40点の人骨のDNAを最新の手法で分析する調査を、国立科学博物館や国立歴史民俗博物館などが始めた。まとまった数の弥生人のDNA分析を詳細に行うのは初めてで、研究グループは「調査を通じて日本人の起源に迫りたい」としている。

 この分析は、鳥取市にある青谷上寺地遺跡で見つかった弥生時代後期のおよそ40点の人骨を対象に、国立科学博物館や国立歴史民俗博物館、鳥取県などの研究グループが始めた。

 調査では、保存状態のよい頭の骨や歯からわずかな量のサンプルを採取してDNAを抽出し、遺伝情報を分析したうえで、弥生人どうしの血縁や髪の毛や目の色といった身体的な特徴などを明らかにする予定である。

 まとまった数の弥生人のDNA分析が詳細に行われるのは初めてで、研究グループは、稲作などの新たな文化を携えて大陸から渡来した人たちが日本列島でどのように広がり、今の日本人につながるのか、解明したいとしている。

 国立科学博物館の篠田謙一副館長は「DNAの分析技術の進歩で、かなりの遺伝情報を得ることができると期待している。今回の調査を通じて日本人の起源に迫りたい」と話している。


 “地下の弥生博物館”と呼ばれる遺跡

 鳥取市の海沿いにある青谷上寺地遺跡は、およそ2300年前から1700年前の弥生時代の集落跡で、平成10年から発掘調査が続いている。平成12年には国内で初めて当時のヒトの脳が見つかり、全国的にも大きな注目を集めた。

 脳が残っていたのは、遺跡が粘土の層に覆われ地表の空気に触れることがないなど、保存状態がいいことの表れとされている。また、発掘された100体以上の人骨の中には、矢じりが刺さったり鋭利な刃物で切りつけられたりして殺害されたとみられる痕跡も見つかった。

 弥生時代後期の2世紀ごろには、「魏志倭人伝」などの中国の歴史書に「倭国が乱れた」という記述が登場し、女王「卑弥呼」を立てることで争いはいったん収まったとされている。

 青谷上寺地遺跡で見つかった人骨などの状況は、当時の日本列島で大きな争いがあったとされる魏志倭人伝の記述などをほうふつとさせることから、専門家の間からは「弥生時代の戦いの具体的な姿を示すものだ」として注目する声が上がった。

 ほかにも大陸との交流があったことを示す1世紀ごろの中国の貨幣や、朝鮮半島でも同じものが見つかっている占いに使われた動物の骨など、数十万点を超える資料が出土したことから、青谷上寺地遺跡は「地下の弥生博物館」とも呼ばれている。


 DNA分析で何がわかるのか

 今回の青谷上寺地遺跡の調査では、分析が容易な一方で情報量は少なく、母親からのみ受け継がれる「ミトコンドリアDNA」と、両親から受け継がれ、膨大な情報量がある「核DNA」の分析が行われる。

 このうちミトコンドリアDNAの分析は、1980年代から行われ、古代の人骨分析では主流となってきた。ミトコンドリアDNAの配列の違いを調べれば、古代人がどの集団に近いのかを知ることができる。

 例えば、青谷上寺地遺跡から出土した人骨は、現代の日本人に近いのか、東アジアの集団に近いのか、あるいは東南アジアの集団に近いのかなどを明らかにすることができる。

 一方の核DNAの分析は、21世紀になってから急速に進歩した。核DNAからは、男女の別、目や髪の色といった体の特徴、それに病気のなりやすさまで知ることができるとされる。

 また両親の情報を分析できるため、ミトコンドリアDNAよりも詳細に集団のルーツをたどることが可能。核DNAの分析は世界各国で進められ、さまざまな地域の人のDNA配列がデータベースとして公開されている。

 青谷上寺地遺跡で出土した人骨と比較することにより、弥生人がどのような特徴を持つ人たちと近い関係にあるのかを明らかにできる可能性がある。

 さらにこのところ研究が進んでいる縄文人との比較も可能で、日本人はどのようにして成立したのか、解明に向けて一歩、近づくことが期待されている。


 詳しい年代も明らかに?

 今回の青谷上寺地遺跡の調査では、人骨そのものの年代測定も行われる予定。国立歴史民俗博物館は、科学的な分析手法として世界的にも用いられている「放射性炭素」を利用した年代測定に取り組んできた。

 骨には「コラーゲン」という成分が含まれ、0.5グラムのサンプルがあれば人骨そのものの年代を測定することができる。青谷上寺地遺跡で見つかった人骨は、2世紀ごろの弥生時代後期のものと見られているが、この測定法を用いれば、より詳細に年代を明らかにすることができると期待されている。


 日本人の起源解明に期待

 今、生きている私たち「ホモ・サピエンス」はおよそ20万年前にアフリカで誕生したとされ、その後、長い旅路をたどって4万年ほど前にユーラシア大陸の東にある日本列島に到達したと考えられている。

 日本列島ではおよそ1万6000年前に土器が出現して縄文時代が始まり、人々は自然を利用しながら狩猟や採集などを中心とした生活を送るようになった。

 そして、大きな変革があったのが紀元前10世紀、およそ3000年前に始まったという説のある弥生時代。このころ大陸から稲作や金属器などの新たな文化を持った人たちが日本列島に渡来し、以前から暮らしていた縄文人と交わることで今の日本人が成立したという説がこれまでは主流であった。

 しかし、DNAの研究からは、現代の日本人の遺伝子のタイプには東南アジアや東アジアの中央部、北東アジア、それに日本以外ではほとんど見られないものなど大きな多様性があり、縄文人と渡来人という単純な枠組みだけでは説明しきれないという指摘がある。

 青谷上寺地遺跡の調査からは、どのような過程で現代の日本人が誕生したのか、その起源に迫ることも期待されている。(2018年8月2日 NHK news)


 縄文人の核ゲノムから歴史を読み解く

 最近はDNAの分析技術が進んできた。この調査がすでに始まっていて、現在の日本列島に住む人々は、形態や遺伝的性質から大きく3つの集団、アイヌ、本土日本人、琉球に分かれる。この3集団にはどのような成立ちがあるのだろう。国立科学博物館などの研究で数千年、土に埋もれていた縄文人のDNA配列解析から現代へとつながる歴史が見えてきた。 

 その結果、現代日本列島人は大陸集団と比べてより縄文人に近縁であることがわかった。加えて、集団間で遺伝子が移動したかを調べる遺伝子流動(gene flow)解析をすることで、現代日本列島人が縄文人のDNAを受け継いでいることが証明できた。

 それでは、縄文人の祖先は、どこから日本列島にやってきたのだろう。これまで、縄文人の起源が東南アジア、北東アジアのいずれかについての議論が長く行われてきた。形態的には東南アジア人に近いが、縄文人のミトコンドリアDNAと現代人のDNAを用いた遺伝学的研究からは北東アジア人に近いという結果が出ていた。

 つまり縄文人は、これまで考えられていたより古い時代に他の東アジア人集団から孤立し、独自の進化をとげた集団である可能性が出てきたのである。縄文人がいつ、どこから日本列島にやってきたのかを知るためには、今後、多くの縄文人と他の地域の東アジア古代人の核ゲノムを解析することが必要だ。


 私たち現代日本列島人3集団と縄文人の関係

 次に、現代の日本列島人3集団と縄文人との関係を見たところ、アイヌ、琉球、本土日本人の順に縄文人の遺伝要素が強いことがわかった。二重構造説で指摘されていたことを、縄文人の核ゲノムを用いて直接的に証明した初めての成果である。

 ところで最近、アイヌの集団の形成には南シベリアのオホーツク文化人(5〜13世紀)が関与していることが、ミトコンドリアDNAの解析などから提唱されている。私たちの結果もそれを示唆しており、日本列島人の成立ちは単純な二重構造ではないこともわかってきた。これについては、今後オホーツク文化人の核ゲノム解析による証明が必要である。

 私たちはさらに縄文人核ゲノムの解析を進めており、最近では別の縄文人個体の核ゲノムの90%程度の解読に成功している。ただ、縄文時代は1万年以上と長く、文化圏も北海道から沖縄本島までと広いため、時期や地域を通して均質な集団であったとは考えにくい。今後多くの時期と地域を分析・比較して検証する予定である。

 縄文人は、狩猟採集と定住生活とを実現し、独自の文化を築きあげたことで世界からも注目されている。縄文人の核ゲノム研究はまだ始まったばかりだが、解析を積み上げていくことで彼らがどのような人々であったのかを知り、私たちの歴史を明らかにしていきたい。


三貫地の縄文人のゲノム

 2003年に人間の全遺伝情報(ゲノム)が解読された後、様々な国の人たちのゲノムが解読されていった。一人ひとりのゲノムの違いは0.1%に過ぎない。しかし、そのわずかな違いを比べれば、私たちの祖先を探ることもできる。

 「そんな方法があるのか」。福島県立博物館で考古学を担当している専門学芸員・高橋満(47)は、今も驚いている。地元の遺跡で出土した縄文人の骨について、2年前、DNAを調べることによって意外なルーツが明らかになった。

 遺跡は三貫地さんがんじ貝塚。太平洋に面した福島県北部にあるこの遺跡は、明治時代に発見され、縄文人の骨が100体以上も出土した。国内有数の縄文遺跡だ。

 長い間、発掘調査が続けられ、1988年に報告書が出された。この縄文人たちは木の実やシカ、イノシシを食べ、墓を作っていたという。だが、一体どこから来た人々なのか。それはわからなかった。

 骨は東大の博物館に保管されていた。国立遺伝学研究所教授の斎藤成也(60)は、その数の多さに注目していた。借りてきた男女2人の奥歯の細胞核から微量のDNAを採取した。

 最新の分析装置でゲノムを解読。中国人、ベトナム人、南米の先住民など、いろいろな民族と比較した。

 その結果、三貫地の縄文人のゲノムは、中国人やベトナム人のそれとはかけ離れており、太古にアフリカからアジアへ渡った人々から2万~4万年前に分かれた集団の子孫であることが判明した。

 がっしりした体つきに彫りの深い顔。全国各地で出土した骨などから、縄文人は、北東アジアや東南アジアの人々に近い存在と考えられてきた。見直しが必要だという。

 後に渡来した弥生人らと混血が進んだため、三貫地の縄文人のゲノムのうち、現代人に受け継がれたのは12%だという。斎藤は「様々な古代人のDNAを調べれば、日本人の起源をより詳しく解明できる」と語る。

 ただ、今回はまだ、「三貫地の縄文人が古い時期に枝分かれした」ということがわかっただけだ。男女2人のDNAを調べたに過ぎない。

 高橋はDNA分析には期待している。将来、三貫地の縄文人の全員の骨を調べれば、もっと多くのことがわかるだろう。親子関係や婚姻関係が明らかになる可能性もある。ムラの構造がわかり、関東や西日本など他の縄文人たちとの関係にも迫れるかもしれない。

 「考古学は土器や石器から当時の社会を考えていく。いつ作られ、どこへ運ばれたなど物の流れはわかるが、人間の姿は見えにくい。DNA分析で、古代社会をより豊かに復元できる可能性がある」と考えている。


 「出雲と東北類似」で新説

 日本人のルーツに関して、ほかにも様々なことがDNAからわかり始めている。

 出雲弁と東北弁が似ていることは昔から知られてきた。同じズーズー弁。松本清張の小説「砂の器」でも取り上げられた。斎藤が島根県出雲市出身者らのDNAを調べたところ、出雲の人々はDNAも東北の人と似ている可能性が高いことがわかった。

 この結果から、斎藤は日本人の起源に新説を唱える。日本人の祖先は、縄文時代までに列島に来た狩猟民と弥生時代以降に渡来した稲作民が考えられてきた。新説では、この二つに加え、縄文後期~晩期に渡ってきた集団を想定。この集団が、後から来た弥生人らに押され、出雲や東北へ移り住んだとみる。

 このほか、日本人に多い「下戸」に着目した研究もある。アルコールは、肝臓で毒性物質になり、酵素の働きで分解される。この酵素をうまく作れない「下戸遺伝子」を持つ人は飲酒後、頭痛などに悩まされる。

 北里大准教授の太田博樹(49)によると、下戸遺伝子の持ち主は中国南部と日本に集中している。感染症予防に関係があるらしい。感染症を起こす寄生虫は、血液中の毒性物質の濃度が高いと増殖しないという。

 中国南部は稲作発祥の地。お酒の文化も広まった。ある時、感染症が流行。下戸遺伝子を持つ人たちが生き延び、子孫が稲作とともに日本へ渡った――。そんな可能性があるという。(2018年01月12日 読売新聞)


参考 産経新聞: https://www.sankei.com/west/news/180815/wst1808150024-n1.html

日本人になった祖先たち DNAから解明するその多元的構造 (NHKブックス)
クリエーター情報なし
NHK出版
歴史REAL日本人の起源 (洋泉社MOOK 歴史REAL)
クリエーター情報なし
洋泉社

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