2018年ノーベル物理学賞「レーザーの画期的な利用法」

 スウェーデンの王立科学アカデミーは2日、2018年のノーベル物理学賞を、レーザーの画期的な利用法を開発した米国、フランス、カナダの3氏に授与すると発表した。

 今年のノーベル物理学賞に選ばれたのは、米ベル研究所のアーサー・アシュキン博士、仏エコールポリテクニークのジェラール・ムル博士、カナダ・ウォータールー大学のドナ・ストリックランド博士。ストリックランド氏は物理学賞としては55年ぶり、3人目の女性受賞者となる。

 3氏の授賞理由は「レーザー物理学の分野における画期的な発明」。アシュキン氏は、「レーザー」という特殊な光を細く絞り、その力で微小な物体を宙に浮かして動かす「光ピンセット」と呼ばれる手法を開発。ムル氏、ストリックランド氏は、非常に強いパルス状のレーザーを作る手法を開発した。「チャープパルス増幅」と呼ばれるこの手法で作られたレーザーは、産業応用のほか目の視力回復手術にも利用されている。



 授賞式は12月10日にストックホルムで開かれる。賞金900万クローナ(約1億1500万円)はアシュキン氏が半分、ムル氏とストリックランド氏が4分の1ずつ分ける。


 光ピンセットとパルスレーザー

 みなさんはレーザーと聞いて何を思い浮かべるだろうか?

 レーザーそのものを用いるレーザーポインターを始め、CDを読み取る装置やバーコードリーダー等にも使われている。産業や研究業界においても、物を加工する技術や距離を測る技術などとして、幅広く用いられている。

 こうしたレーザーには、照明から届く光と異なりいくつかの特徴がある。それは、まっすぐ進む特徴である「直進性」や同じ色の光だけでできているという「単色性」、またエネルギーを一か所に集めやすいことなど。 レーザーは1958年に理論が提唱され、1960年に初めて実現された。それ以来、さきに述べた様々な応用につながっている。

 今年2018年のノーベル物理学賞はレーザーの革新的な応用と性能向上に貢献した3人の研究者に授与された。賞金の半分は、レーザーを用いた光ピンセットの発明と生物システムへの応用につなげたアーサー・アシュキン博士に、残りの半分が高強度、超短光パルスを生成する方法について共同で研究を行ったジェラール・ムル博士とドナ・ストリックランド博士に与えられた。


 アーサー・アシュキン博士の研究

 アーサー・アシュキン博士が開発したのは、「光ピンセット」という技術。アシュキン博士の研究がきっかけで、超微小な力で生体試料 (細胞やタンパク質)を動かしたり、これにかかる力を正確に計測する事ができるようになった。

 光ピンセットってどんなものだろうか?

 小さな点に集光した光の中心 (焦点)に向かって発生する力を利用して、誘電体を動かす技術だ。レーザー光をレンズにより集光すると、その焦点に向かって力が発生する。

 この焦点を動かすと力が発生する位置が変わり、それに引きつられて物体も動く。この時に発生する力が超微小。とても小さな力を物体にかけることができたり、物体が動いた時にかかった小さな力を正確に測定することができる。

 光ピンセットで発生する力は、動かしたい物体周辺で光が屈折して進行方向が変わるために発生。方向の変化により、光の持つ運動量が変化するときの力の反作用で光による圧力 (放射圧)が発生する。この放射圧という、細胞や生体試料 (DNA、タンパク質)にダメージを与えづらい力を使って物体を操作するため、これらを壊さず扱う事ができる。

 光ピンセットの応用が特に期待されている分野は、分子モーターの世界。私たちの体は、たくさんの小さなモータータンパク質という分子モーターによって支えられている。


ジェラール・ムル博士とドナ・ストリックランド博士の研究

 レーザーの中で短い間隔で点滅を繰り返すものがある。これを「パルスレーザー」と呼ぶ。ちょうどカメラのフラッシュを何度も焚くようなイメージ。

 レーザーが発明されて以来このパルスレーザーの強度を上げることが課題だった。しかしながらレーザーを増幅していくと増幅器が壊れてしまう問題があった。

 そこで両博士が考えだした方法がCPA(Chirped pulse amplification)という方法。チャープ(Chirp)というのは、時間とともに波長(周波数)が変わる信号。時間とともに波長が引き延ばされて長くなったり、逆に時間とともに波長が縮められて短くなったりする。

 パルス信号が引き延ばされるとピークの強度が弱まる。そのため、引き延ばしてから増幅すれば増幅器にダメージを与えずレーザーパルスを増幅することができるというわけだ。

 ①回折格子でパルス信号を引き延ばす(それによりピーク強度が小さくなる)

 ②増幅器で増幅する

 ③引き延ばされたパルス信号を元に戻す。

 この方法により、レーザーパルスを劇的に増幅させることに成功した。そのときのジェラール・ムル博士はドナ・ストリックランド博士の指導教官で、ストリックランド博士の最初の論文となった。1985年のことである。

 簡単には書いたが、これらを行う装置を実験室のレーザー装置の中に入れることは大変なことだ。それに成功したことも評価された大きな要因である。


55年ぶりの女性受賞者ノーベル物理学賞、レーザー研究

 ノーベル物理学賞が、55年ぶりに女性に贈られた。

 カナダ・ウォータールー大学のドナ・ストリックランド博士(59)は、1903年のマリー・キュリー氏、1963年のマリア・ゲッパート=マイヤー氏に続き、同賞を受賞した3人目の女性となった。

 ストリックランド氏は、米ベル研究所出身のアーサー・アシュキン博士(96)および米ミシガン大学のジェラール・ムル博士(74)と共に、レーザー物理学分野での功績が認められた。

 アシュキン博士は生物系の研究に使われる光ピンセットと呼ばれるレーザー技術を開発した。ムル氏とストリックランド氏は、最も短く強力なパルスレーザーを作り出すことに成功した。「チャープ・パルス増幅(CPA)」と呼ばれるこの技術は現在、がんのレーザー治療や、毎年何百万回と行われている視力矯正手術に使われている。

 ストリックランド博士はBBCに対して、ノーベル物理学賞が50年以上もの長い間、女性に授けられていなかったことが「驚きだ」と語った。博士はその一方で、自分自身は「常に平等に扱われてきた」と強調し、「今回は男性2人も受賞していて、私と同様に受賞にふさわしい人物だ」と話した。

 物理学界では9月末、欧州原子核研究機構(CERN)が主催したワークショップで、男性科学者が物理学は「男性によって成り立った」と発言し、「非常に攻撃的な」講義を行った。

 CERNは1日、この科学者を即日、出入り禁止処分とした。ストリックランド博士はこの物理学者の発言について「馬鹿げている」と述べ、こうしたコメントを「自分自身に向けられたものと」受け止めないできたと話した。


 ノーベル物理学賞を受賞した女性たち

 1963年にノーベル物理学賞を受賞したマリア・ゲッパート=マイヤー氏はドイツ生まれの米国人で、原子核の殻構造に関する発見が称えられた。

 ポーランド生まれのマリー・キューリー氏は夫のピエール・キュリー氏およびアンリ・ベクレルと共に、放射能研究の功績が認められて同賞を受賞した。

 ノーベル賞受賞についてストリックランド博士は「まず真っ先に、これは何事だ、狂ってると思うしかないので、私も最初はそう思った。本当なのか、ずっと考えている」と話した。

 「ジェラールとの共同受賞については、彼は私の指導教授で恩師でもあるし、CPA技術を見事に進歩させてくれたので、もちろん受賞にふさわしい。アシュキン博士の受賞も、とても嬉しい」

 「アシュキン博士は早くから数々の発見をし、他の人はそれをもとに素晴らしい成果を出している。彼がやっと評価されたことはすばらしい」

 米国物理学協会(AIP)は声明で3人を祝福し、「3人の功績によって、視力矯正手術やペタワット級の強力レーザー、ウイルスやバクテリアを捕まえて研究する方法など、数え切れない応用技術が可能となり、これからも増えていくことが期待されている」と述べた。

 「また、ストリックランド博士が55年も続いた女性受賞者の空白期間を終わらせてノーベル物理学賞を受賞したことも素晴らしく、今年のノーベル賞を歴史的なものにした」

 ムル博士とストリックランド博士の発見は視力矯正手術などに応用されている

 ストリックランド、ムル両氏がCPAを開発する以前は、レーザーパルスを強くしようとすると光を増幅する材料が壊れてしまうため、その力は限られていた。

 これを克服するため、2人はまずレーザーパルスを時間的に引き伸ばすことでピーク強度を下げ、そこから増幅させ、圧縮する方法を編み出した。レーザーパルスを時間的に圧縮し短くすると、小さな空間により多くの光を閉じ込めることができる。これによって、パルスの強度が飛躍的に高まった。

 CPAは現在、高強度レーザーの標準となっている。

 アシュキン博士は、光の放射圧で物体を動かすというSFの夢を叶えた。これを実現するために、アシュキン氏は粒子や原子、ウイルス、生きた細胞などをレーザーでつかむ光ピンセットを開発した。

 アシュキン氏の研究でまず最初に、レーザー光線を小さな粒子に当てることで分子を光の中央に引き寄せ、固定することが可能になった。1987年には、光ピンセットで生きたバクテリアを傷つけることなくつかむことに成功した。この技術は現在、生命の仕組みの研究に幅広く使われている。


近年のノーベル物理学賞受賞者

 2017年:レイナー・ワイス氏、キップ・ソーン氏、バリー・バリッシュ氏。重力波の観測への貢献

 2016年:デイビッド・サウレス氏、 ダンカン・ハルデイン氏。マイケル・コステリッツ氏。物質の特異な状態の研究

 2015年:梶田隆章氏、アーサー・マクドナルド氏。ニュートリノ振動の発見

 2014年:赤崎勇氏、天野浩氏、中村修二氏。青色発光ダイオードの発明

 2013年:フランソワ・アングレール氏、ピーター・ヒッグス氏。ヒッグス粒子の理論の発見

 2012年:セルジュ・アロシュ氏、デイビッド・J・ワインランド氏。光と物質に関する研究の業績(英語記事 First woman Physics Nobel winner in 55 years)


参考 サイエンスポータル: https://scienceportal.jst.go.jp/news/newsflash_review/newsflash/2018/10/20181002_01.html

超短光パルスレーザー
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レーザー微細加工 基礎現象と産業応用
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