2018年ノーベル化学賞

 スウェーデンの王立科学アカデミーは3日、2018年のノーベル化学賞を米英の3人の研究者に授与すると発表した。酵素などの有用なタンパク質を人工的に改良、作成手法を考案し、医薬品やバイオ燃料開発に貢献した功績が認められた。1日には京都大学特別教授の本庶佑氏が画期的ながん治療薬開発に道を開いた功績で医学生理学賞を受賞することが決まっており、日本人の同年ダブル受賞が期待されたが、物理学賞、化学賞とも海外の研究者に贈られることになった。

 今年の化学賞を受賞するのは、米カリフォルニア工科大学のフランシス・アーノルド博士、米ミズーリ大学のジョージ・スミス博士、英MRC分子生物学研究所のグレゴリー・ウインター博士の3人。

 アーノルド氏は自然界の進化の仕組みにヒントを得て「指向性進化法」と呼ばれる手法を考案し、タンパク質であり、生体内の化学反応で触媒の役割もする酵素の働きを用途に応じて高めたり、新たな酵素をつくることなどに成功。医薬品やバイオ燃料などの分野で広く応用されていることが評価された。



 スミス氏はタンパク質の相互作用などを検出する「ファージ・ディスプレイ」と呼ばれる手法を考案。ウインター氏はこの手法をタンパク質である人工的な抗体作成に応用。自己免疫疾患や、がん治療用などの抗体製剤開発に貢献したことが評価された。

 ノーベル化学賞については、2010年に根岸英一、鈴木章の2氏が、パラジウム触媒を使い、有機化合物の合成に不可欠な「クロスカップリング」と呼ばれる反応方法を開発した功績が認められて受賞。日本人としては1981年の故・福井謙一博士以来7人が受賞している。


酵素・抗体つくる研究にノーベル化学賞

 スウェーデン王立科学アカデミーは3日、今年のノーベル化学賞を、米国のフランシス・アーノルド(62)、ジョージ・スミス(77)、英国のグレゴリー・ウィンター(67)の3氏に贈ると発表した。生物の進化をまねて、役に立つ酵素や抗体といったたんぱく質を効率よく作る道を開いた。

 アーノルド氏は、自然界で起きている進化を、加速度的に再現する手法を開発。たんぱく質の一種である酵素の機能を、目的に応じて高めることに成功した。作られた酵素は、バイオ燃料や医薬品などの生産に活用されている。

 スミス氏は、大腸菌などに感染するウイルスの仲間「ファージ」に遺伝子を組み込んで、それぞれ異なるたんぱく質を作る「ファージディスプレー」という手法を開発。自然淘汰(とうた)のように、その中から狙った特徴を持つたんぱく質だけを絞り込めるようにした。ウィンター氏は、この手法で治療用の抗体を作り、リウマチなど自己免疫によって生じる病気や、がんの画期的な薬につなげた。

 授賞式は12月10日にストックホルムである。賞金の900万スウェーデンクローナ(約1億1400万円)は3人で分ける。


 アーノルド博士の業績~酵素の指向性進化~

 「酵素」とは化学反応をお手伝いするタンパク質の総称で、手伝う化学反応や生物種に応じて、酵素の種類は変わる。みなさんもいろいろなところで「酵素」という単語を聞いたことがあるかと思う。

 それほど、私たちの生活には酵素が欠かせない。植物が行っている光合成や、私たち体の中でエネルギーを生み出す仕組み、食品の発酵なども酵素がなければ成り立たない化学反応なのだ。

 こう聞くと、酵素をうまく使えば私たちの生活をより豊かなものにできるように思える。実際に、いろいろな生物の酵素を調べて使えるようにする、化学的に酵素をいじる、酵素を見習った化学物質を人工的に作るなどなどいくつか方法はあり、すでに私たちの生活を豊かにしてきた。

 例えば、酵素の力を借りて汚れを落としやすくする洗剤はその代表例である。それでは、そういった便利な酵素をどんどん見つけていくためにはどのようにすればよいだろうか?

 アーノルド博士は、「指向性進化法」という新たな手法を開発しました。すなわち、バクテリアのDNAを次々と突然変異させ、好きな化学反応を起こせる酵素を作る方法を開発した。具体的な手法を見ていこう。

 酵素はDNAから作られる。DNAは生物の設計図といわれるように、酵素の設計図でもある。つまり、DNAをうまく改造してやれば新しい酵素ができるというわけだ。では、どのようにうまく新しい酵素を見つけるのだろうか。

(1) まず、改造しようと思う酵素とそれを作れるバクテリアを用意する。バクテリアの中には酵素のDNAが入っている。

(2) そのDNAをランダムに書き換える。そのバクテリアは、ランダムに改造された酵素を作り始める。

(3) それぞれの酵素が目的の化学反応を行ってくれるかテストする。

(4) このテストで反応がうまくいかなかったバクテリアはどんどん捨てていき、うまくいったバクテリアを残す。

(5) その後、うまくいったバクテリアのDNAを再度ランダムに書き換え、反応のテストを行う。つまり、(2)~(4)を繰り返す。この時、テストのクリア条件を徐々に厳しくする。

(6) 最終的に、テストで生きのこった酵素は非常に良い化学反応を示すものが残るわけだ。この手法により、生き物が本来作り出す物質ではない物質も作り出せるようになっている。具体的には、うまみ成分、糖尿病の薬、脂質降下薬などがある。

 近年では、指向性進化法により得られた酵素を用いて、自然界では考えられないような化学反応が次々と報告されている。まだまだ人類に貢献できる余地を残しているこの手法、これからも要注目である。


  スミス博士、ウィンター博士の業績 ~ペプチドと抗体のファージディスプレイ法~

 「抗体」とは私たちの体がウイルスなどの外敵をやっつけるときにはたらいているタンパク質の一種。このとき、自分の細胞などをやっつけず、目的のモノだけやっつけるために、抗体は狙ったモノにしかくっつかない。1種類の抗体は1種類のモノにしかくっつけない。

 実は、この特定のモノとだけ結合する抗体の性質をうまく使えば、いろんな薬をつくれる。例えば、病気の原因になっているタンパク質のみにくっつく抗体をつくれれば、その原因タンパク質がはたらけなくなり病気の治療ができる。

 しかし、思った通りのモノとくっつく抗体をつくるのはとても大変だ......ここで登場するのが、タンパク質(の一種である抗体)を「進化」させるという考え方である。

 スミス博士は、「ファージディスプレイ法」を開発した。これは、ファージというウイルスの一種を使ってタンパク質を「進化」させ、特定のモノと結合するタンパク質を作り出すための基礎となる手法だ。

 そしてウィンター博士が、ファージディスプレイ法を使って狙ったモノとだけくっつく抗体を作ることに成功した。少し詳しく手法を見ていこう。

 まずファージのDNAにある遺伝子をの一部を挿入する。すると、ファージはそのDNAからタンパク質の欠片(ペプチド)をつくり、ペプチドをファージの表面に出す。一種類のDNA断片だけでなく、ものすごくたくさんの種類のDNA断片をそれぞれファージに挿入すると、いろんなタンパク質の欠片を表面に持ったファージの集団ができる。

 次に、これらのたくさんの種類のタンパク質の欠片から、特定のモノと結合するものだけ選び出す。そのためには、いろんなタンパク質の欠片を表面に持ったファージの集団と特定のモノを混ぜる。

 そして、特定のモノを拾い出して、結合していないものを洗い流せば、特定のモノに結合したタンパク質の欠片を持ったファージだけが残る。特定のモノを使って、結合するタンパク質の欠片を釣ってくる。この方法を知ったウィンター先生が、これを抗体の開発に応用しようと考えた。

 タンパク質の欠片であるペプチドとして抗体の欠片を使うことを考えた。だが、繰り返すが、思った通りのモノとくっつく抗体をつくるのはとても大変だ。狙ったモノ以外のモノとくっつくと、副作用が出てしまう可能性が高くなる。また弱い結合しかできず、すぐに外れてしまっても薬として十分にはたらくことができない。そこで出てくるのが、先に説明した指向性進化法の考え方。

 少しずつ抗体の欠片を作らせるDNAを変えていって、しっかりと結合する抗体だけを選択していく。生き物の進化での適者生存による自然選択の部分を、人為的に行う。

 こうして、抗体の「特定のモノとだけくっつく」強みを生かした「抗体医薬品」が開発されている。すでにリウマチやがんの治療などに活用されていて、今もなお研究が進められている手法だ。


世紀超え北里博士が残した課題を解決

 3日に発表された今年のノーベル化学賞は、バイオ燃料や医薬品などの生産に役立つ「酵素」や「抗体」を効率よくつくる技術に贈られることが決まった。なにやら難しそうなこの技術。実はさかのぼること1901年、第1回のノーベル医学生理学賞の候補だった北里柴三郎博士の業績を、現在の洗練された治療法としてよみがえらせたものだ。

北里さんはマウスに破傷風菌の毒素を薄めて注射し、この毒素に対する抗体をつくらせ、その抗体を含んだ血清をほかのマウスに注射すると、致死量の毒素でも死ななくなることを見つけた。この「血清療法」をもとに、毒蛇にかまれた人の治療法などを開発した。

だが、課題が残された。ウマやウサギなど人間以外の動物の血清を人間に注射すると、ショックを起こす恐れがある。特に2回目以降は危険とされ、同じ動物のものは1回しか使えない。また、血清の中には目的の抗体以外の様々な不純物が混じっている問題もある。

この問題を解決したのが、今回、ノーベル化学賞の受賞が決まった技術だ。がんの表面のたんぱく質などに対するヒトの抗体を何種類も人工的につくり、もっとも効果の高い抗体だけを選ぶ方法で、こうしてつくられた抗体医薬が多くの病気に使われている。

抗体医薬はリウマチなどの治療で劇的な効果を上げ、がんの治療でも使われるようになっている。1日に医学生理学賞の受賞が決まった、京都大の本庶佑特別教授の研究をもとに開発されたオプジーボも、つくり方は違うが、抗体医薬のひとつだ。

第1回のノーベル医学生理学賞には、こんな話題もある。受賞者は、北里さんの共同研究者だったドイツの医師が単独で受賞した。北里さんの破傷風血清療法を、感染症のひとつ「ジフテリア」の治療に応用した業績だった。

当時は、いまのような共同授賞という考え方がなく、また、主導的役割を果たした北里さんが補助的な存在と判断されたらしい。「いまなら、共同受賞が当然」との声もある。ノーベル賞受賞者にその名前は刻まれなかったが、その業績は国際的にいまも高く評価されている。(鍛治信太郎 朝日新聞2018年10月7日


参考 サイエンスポータル: https://scienceportal.jst.go.jp/news/newsflash_review/newsflash/2018/10/20181003_01.html


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