グランドキャニオンの大きな謎「大不整合」

グランド・キャニオン(Grand Canyon)はアメリカ合衆国アリゾナ州北部にある峡谷である。コロラド高原が長年のコロラド川による浸食作用で削り出された地形であり、先カンブリア時代からペルム紀までの地層の重なりが露出しており、肉眼で観察が可能である。

 地球の歴史を刻んでいる価値と共に、その雄大な景観から、合衆国の初期の国立公園の一つであるグランド・キャニオン国立公園に含まれている。国立公園は1979年に世界遺産に登録された。

 グランドキャニオンは地質学の巨大な図書館だ。その岩石には、何十億年という地球の歴史が刻み込まれているからだ。しかし不思議なことに、どこを見てもある時期の地層がごっそりと失われている。失われたのは最大で12億年分というから相当な量だ。

 この大きな空白は「大不整合」と呼ばれ、グランドキャニオンだけでなく、世界中に存在する。大不整合に分断された地層の一方は、約5億4000万年前に始まったカンブリア紀の堆積岩で、複雑な多細胞生物の化石が残されている。だがその真下には、約10億年かそれ以上前に形成された、化石のない結晶質の基盤岩があったりする。

 失われた地層はいったいどこへ行ってしまったのだろうか。このたび地球科学者たちの国際研究チームが、複数の証拠に基づいて、「泥棒」はスノーボールアース(全地球凍結)だったかもしれないとする論文を、2018年12月31日付けの学術誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」に発表した。スノーボールアースとは、地球の全てとはいかなくとも、ほとんどが氷に覆われたという説だ。

  研究チームによると、スノーボールアースの氷河による侵食能力のせいで、10億年くらいの間にわたり、大陸の地殻の最大3分の1以上が何度か削り取られたという。削られた土砂は氷の下の海に流れ出し、プレートの沈み込みによってマントルに吸い込まれた。

 実質的に、多くの場所において合計約5分の1におよぶ地層がこのようにして失われたと研究チームは論じている。この見解はエレガントだが挑発的でもあり、地球科学者の間から疑いの声が出るだろうと著者たち自身も予想している。

 「しかし、我々にはこの突飛な主張を支えるだけの突飛な証拠があると考えています」と、研究チームのリーダーで、バークレー地質年代学センターの博士研究員であるC・ブレンヒン・ケラー氏は語る。

 過去のかすかな痕跡をたどる

 「スノーボール」としての状態やその引き金、そして寒冷化のメカニズムについては今も議論が続いているものの、約7億年前の地球が極寒の巨大な「雪玉」だったという考えは、科学界で支持を広げている。だとしたら、現在の南極大陸で見られるのと同様に、氷河は激しい侵食をもたらしたはずだ。

 一方、大不整合に見られる特徴は、侵食によるものとこれまでも言われてきた。しかし、それほど大量の地殻が徹底的に消し去られているという考えに対して異を唱える地質学者もいた。

 そんな中、ケラー氏は太古のジルコンのなかに新しい手掛かりを発見した。ジルコンは風化しにくい鉱物で、結晶化するときに周囲の地球化学的条件をなかに閉じ込める。ゆえに科学者たちは、数十億年前の地球の様子を知ることができる。いわば太古の地球のタイムカプセルだ。

 特に、ジルコンにはさまざまな放射性同位体が含まれている。ウラン同位体からは、結晶ができた年代がとても正確に測定できる。他にも、ハフニウム同位体からは、地殻とマントルに起こっていたことがわかる。

 豊富なジルコンを使って、ケラー氏らの研究チームは、44億年にわたる地殻の地球化学的な進化を慎重に描き出した。地球規模に氷河が広がったスノーボールアースが理論上始まったとされる時点で、途方もない地球化学的な変化が起こったことをチームは発見した。その変化は、多くの地殻が新しいマグマ溜まりに取り込まれていなければ説明がつかなかった。

 ジルコンの中の酸素同位体はまた、地殻が低温熱水によって変性していたことも示していた。低温熱水とは、マグマなどによって高温に熱せられた地下水のうち、比較的温度の低いものを指す。つまり、その部分は氷と水に接する最上部にあり、氷河に削り取られてから沈み込んだということだ。

 全体としては、大規模な侵食現象が地殻の表面で起こったことがこれらの証拠から示唆された。侵食は世界中で均一に作用したわけではないが、平均して厚さ約3~5キロメートルの堆積物の層が失われた。

 古いクレーターも存在しない

 地球化学による証拠は強力だ。しかし、最近の学会でたまたま交わされた議論から、研究者たちは、この話はさらに多くの謎とつながっていることに気付かされたという。

 「約6~7億年前に、それまであったはずのクレーターがなくなっています」と、論文共著者の1人であるビル・ボトキ氏は1例を挙げる。氏は米コロラド州ボールダーにあるサウスウエスト研究所の惑星科学者で、小惑星の専門家だ。いくつかの古いクレーターは「クラトン」と呼ばれる安定した大陸地殻に今も残っているが、数は極めて少ない。

 この謎に対する簡単な説明も、やはりとてつもない侵食現象だったが、これまでは証拠がなかなか得られなかった。他の多くの惑星と違い、「地球は過去の軌跡を消すことにかけては、本当にいい仕事をしています」とボトキ氏。幸いにもケラー氏の地球化学によって、スノーボールアース説でうまく説明できることがはっきりした。

 また、カンブリア紀の始まりには、堆積速度が急激に上がっている。論文の共著者で、英サウサンプトン大学の地球科学准教授のトーマス・ガーノン氏は、「新しい堆積物が積もっていくには、十分なスペースが必要でした。大規模な侵食が事前に起こっていなければ不可能だったでしょう」と話す。

 論文の著者たちが指摘するように、この研究のデータには問題もある。その1つは、推測されるスノーボールアースの終了からカンブリア紀の始まりまでに、依然として数百万年もの時間差があることだ。侵食がすべて止まった後、新しい岩石層が形成され始めるのになぜこれほど時間がかかるのかはわかっていない。

 多くの要因がからんでいると考えられるが、1つの可能性として、スノーボールアースの侵食があまりに広範囲だったために、すべてが終わったときには侵食されるような地形があまり残っていなかったからかもしれない。単純に、地球はまず多くの土地を作り出す必要があり、それには時間がかかったのだ。

 すべてを説明できる理論なのか

 当然のことながら、何もかもを完璧に説明できるわけではない。だが、英バーミンガム大学の名誉教授で地球科学が専門のイアン・フェアチャイルド氏は、この研究の説明は「非常にもっともらしく」、その議論は「とても明晰だ」と評価している。なお、同氏は今回の研究には関わっていない。

 ボトキ氏はチームの見解が正しいことを願っている。しかしいずれにしろ、今回の論文で地質学の多くの謎をめぐる議論が盛りあがることを彼は歓迎している。

 「そうした議論が科学を前に進ませるんです」とボトキ氏。

 もし正しさが確認されれば、この新説は極めて重要なものになるかもしれない。というのも、スノーボールアースの猛烈な侵食が終わったときに、複雑な生命が最初に現れたと指摘されているからだ。氷河はフィヨルドのような浅い海域を切り開いていただろうし、そこは地球が再び温まる間、生物の避難所になったかもしれない。地殻が大規模に削り取られたこの現象は、生物の進化に役立った主要な地球化学および環境の変化だった可能性がある。

 多細胞の動物が多様に進化したのは、太古の氷河が地殻を削ったおかげかもしれないのだ。

5億800万年前のカナダ西部のバージェス頁岩(けつがん)の中から発見されたカナディア・スピノサ(Canadia spinosa)。既存の動物の分類群のほとんどが出現したカンブリア紀の生物だ。 カナダのロイヤル・オンタリオ博物館無脊椎動物古生物学部門(ROMIP)の標本41145。化石はすべて同博物館で撮影。

 スノーボール仮説

 スノーボールアース(Snowball Earth)、全球凍結、全地球凍結とは、地球全体が赤道付近も含め完全に氷床や海氷に覆われた状態である。スノーボールアース現象とも呼ばれる。

 地球はその誕生以来何度か氷河時代と呼ばれる寒冷な気候に支配される時代があった。現在判明しているもっとも古い氷河時代は南アフリカで発見された約29億年前のポンゴラ氷河時代で、最も新しいものは現在も続いている「新生代後期氷河時代」である。

 最近約一万年は氷河時代の中で比較的温暖な間氷期とされる。ところが原生代初期のヒューロニアン氷河時代(約24億5000万年前から約22億年前)の最終期と、原生代末期のスターチアン氷河時代およびマリノニアン氷河時代(約7億3000万年前~約6億3500万年前)に、地球表面全体が凍結するほどの激しい氷河時代が存在したという考え方が地球史の研究者の間で主流となりつつある。

 これをスノーボールアース仮説といい、1992年にカリフォルニア工科大学のジョー・カーシュヴィンク(英語版)教授がアイデアとして専門誌に発表したのが発端である。その後1998年にハーバード大学のポール・ホフマン(英語版)教授が南アフリカのナミビアでのキャップカーボネイト調査結果などをまとめて科学雑誌サイエンスに投稿し大きな反響を得た。

 この仮説において注目するべき点は、それまで「ありえない」と考えられてきた「全球凍結」という壮絶な環境変動が実際に起こったらしいこと、それが原因となって原生生物の大量絶滅(大絶滅)とそれに続く跳躍的な生物進化をもたらしたとされることであろう。たとえば酸素呼吸をする生物の誕生や、エディアカラ生物群と呼ばれる多細胞生物の出現などがスノーボールアース・イベントと密接に関わっていると考えられている。

 スノーボールアース仮説以前

 この説が提案されるまでは、地球は形成直後のマグマオーシャン(英語版)に覆われた灼熱の状態から徐々に冷えて、温暖な気候の時期と、寒冷な気候の時期、いわゆる氷河時代を経ながら現在に至ったもので、この間に地球全体が赤道に至るまで完全に凍結したことは、1度もなかったと考えられてきた。

 その理由は、太陽光を熱源とする熱収支を考慮した結果に求められる。仮に地球全体が凍結したならば、地表はすべて白い氷雪で覆われてしまい、太陽光エネルギーの大半を宇宙空間へ反射してしまう(この状態をアルベドが高いという)ため、地表温度はさらに低下する(正のフィードバックが起こる)。

 その結果、地球史上で一度地球全体が凍結し白い氷雪で覆われれば、以後は太陽光で溶ける事はありえず、永遠にその状態から抜け出せないと考えられた。言い換えれば、地球全体が一旦凍結したならば、現在も凍結しているはずであるという仮説である。それゆえに、現在の地球が温暖な気候を持ち、液体の海をたたえていることが、そのまま、地球が凍りついたことが一度もないことを示す何よりの証拠であるとも言われた。

 また地球生命が約38-40億年前の誕生以来ずっと継続していることが、全地球完全凍結というカタストロフィックな事態が起こらなかった証拠と考えられてきた。仮にこのようなことが起こったのであれば、生命がそれを生き延びたとは考えにくく、再び温暖になったときに生命も再び誕生したと考えるのが妥当とされていた。

 スノーボールアース脱出

 スノーボールアース仮説では、地球が完全に凍結したとしても再び温暖な環境を取り戻す過程を提示し、地球史上にスノーボールアース状態が存在する可能性を示した。凍結から脱する要素として火山活動に由来する二酸化炭素などの温室効果ガスの蓄積を挙げている。

 現在の地球に見られるような液体の海は大気中の二酸化炭素を吸収するため、大気中の温暖化ガスの濃度はある程度に抑えられ温室効果による温度上昇も抑制される。しかし、全球凍結状態では海が凍り付いてしまうことから、二酸化炭素をほとんど吸収せず、火山から放出された二酸化炭素は海に吸収されることなく大気中に蓄積していく。

 このため、二酸化炭素の濃度は約2000年間かけて最終的に現在の400倍程度に達したとされる。その大きな温室効果が大気の温度を最大で 100 ℃ 近く上昇させ、結果として平均気温は 40 ℃ 程度となって氷床が溶けだし、全球凍結状態を脱出したと考えられている。

 また生物についても、凍結しなかった深海底や火山周辺の地熱地帯のような、一定の温度が保たれる場所で生きながらえてきたと考えられている。バクテリアの(遺伝子の変化を含む)環境適応性は非常に高く、生物学者のダグラス・アーウィン(英語版)は、全球凍結した地球上に、1つがディナー皿程度の大きさの「オアシス」(ここでは火山などによる氷結しない温暖地を指す)が 1000 か所ほどあり、それぞれに 1000 ほどの単細胞個体がいれば、それまでの全ての生命種は十分に維持される、と説いている。

参考 National Geographic news: https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/19/010700018/

スノーボール・アース: 生命大進化をもたらした全地球凍結 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
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早川書房
週刊奇跡の絶景 Miracle Planet 2017年24号 グランド・キャニオン アメリカ【雑誌】
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