標準宇宙モデルとは何か?

 現在の標準宇宙モデルでは、人体や惑星、恒星などを形作っている「普通の物質」(バリオン)は宇宙全体のエネルギーの数パーセントしか占めていないとされている。宇宙の全エネルギーの約4分の1は、重力は及ぼすものの電磁波では観測できない「ダークマター」が担っていて、残り4分の3は宇宙の加速膨張を現在も引き起こしている「ダークエネルギー」という謎の物質が占めているとみられる。

 この標準宇宙モデルを構築する基礎となったのは、約138億年前に起こったビックバンの熱放射の名残である宇宙マイクロ波背景放射(CMB)の観測と、より地球に近い(=時代が新しい)宇宙で得られた観測データ。地球に近い宇宙の観測で得られる情報には、超新星爆発や銀河団の観測データや、遠方の銀河の像が重力レンズ効果で歪む効果の観測データなどがある。こうした観測結果は、今から約80億年前までの「最近」の宇宙膨張の様子を調べるのに使われる。

 しかし、今の標準理論では、「ダークマター」や「ダークエネルギー」など正体不明のものを必要とし、誰もが知っている普通の物質では数%しか説明できないことが問題になっている。

 今回、伊・フィレンツェ大学のGuido Risalitiさんと、英・ダーラム大学のElisabeta Lussoさんたちの研究チームでは、宇宙膨張の歴史を調べる新たな指標として「クエーサー」を利用することで、近傍宇宙とビッグバン直後の宇宙の間にある観測の「空白域」を埋め、約120億年前までの宇宙膨張の様子を調べた。

 これまでは、約80億年前の宇宙の様子しか捉えることができなかったが、約120億年の範囲にわたっているクエーサーのサンプルで比較したところ、80億年~120億年前の初期宇宙については、クエーサーの観測から導いた実際の膨張速度と標準モデルの予測との間に食い違いがあることがわかった。

 遠方宇宙のクエーサーの観測から、標準理論を超える新たな物理を考える必要があるかもしれない。(2019年2月4日 ヨーロッパ宇宙機関)

 宇宙膨張が標準理論と不一致?クエーサーの観測から示唆

 現在の標準宇宙モデルでは、人体や惑星、恒星などを形作っている「普通の物質」(バリオン)は宇宙全体のエネルギーの数パーセントしか占めていないとされている。宇宙の全エネルギーの約4分の1は、重力は及ぼすものの電磁波では観測できない「ダークマター」が担っていて、残り4分の3は宇宙の加速膨張を現在も引き起こしている「ダークエネルギー」という謎の物質が占めているとみられる。

 この標準宇宙モデルを構築する基礎となったのは、約138億年前に起こったビックバンの熱放射の名残である宇宙マイクロ波背景放射(CMB)の観測と、より地球に近い(=時代が新しい)宇宙で得られた観測データだ。地球に近い宇宙の観測で得られる情報には、超新星爆発や銀河団の観測データや、遠方の銀河の像が重力レンズ効果で歪む効果の観測データなどがある。こうした観測結果は、今から約90億年前までの「最近」の宇宙膨張の様子を調べるのに使われる。

 今回、伊・フィレンツェ大学のGuido Risalitiさんと、英・ダーラム大学のElisabeta Lussoさんたちの研究チームでは、宇宙膨張の歴史を調べる新たな指標として「クエーサー」を利用することで、近傍宇宙とビッグバン直後の宇宙の間にある観測の「空白域」を埋め、約120億年前までの宇宙膨張の様子を調べた。

 クエーサーは、銀河中心にある超大質量ブラックホールが周囲から猛烈な勢いで物質を吸い込み、桁外れの明るさで輝いている天体だ。物質がブラックホールへ落ち込むと、その周囲に降着円盤が形成され、円盤内の物質が摩擦で加熱されて可視光線や紫外線を強く放射する。円盤の周りに存在している光速に近い電子がこの紫外線とぶつかると、紫外線の光子はさらにエネルギーの高いX線となる。

 クエーサーの発する強い紫外線とX線で距離を求める

 クエーサーが放つ紫外線とX線の明るさの間には、一定の関係があることが以前から知られていた。3年前、RisalitiさんとLussoさんは、この関係を使えば、クエーサーが放つ紫外線の「真の明るさ」がわかるので、見かけの明るさと真の明るさの差からクエーサーまでの距離を見積もることができることに気づいた。多くのクエーサーまでの距離がわかれば、宇宙膨張の歴史を調べることもできる。

 このように、真の明るさと見かけの明るさの差から距離を測ることができる天体は「標準光源」と呼ばれている。最もよく知られている例は「Ia型超新星」だ。Ia型超新星の真の明るさはどれも同じと考えられているため、ピンポイントで距離を知ることができる。1990年代後半には、この手法でIa型超新星までの距離を求めることで、宇宙が過去数十億年にわたって加速膨張してきたことが明らかになっている。

 「クエーサーを標準光源として使う方法には非常に大きな可能性があります。クエーサーを使えばIa型超新星よりもずっと遠くの宇宙を観測できますから、より初期の宇宙の歴史を探ることができます」(Lussoさん)。

 今回Risalitiさんたちは、ESAのX線宇宙望遠鏡「XMMニュートン」の過去の観測データから7000個以上のクエーサーのX線データを集め、これをスローン・デジタル・スカイサーベイ(SDSS)による地上からの紫外線観測の結果と組み合わせた。さらに、XMMニュートンやNASAのX線宇宙望遠鏡「チャンドラ」、「ニール・ゲーレルス・スウィフト」で得られた、より遠方や比較的近傍のクエーサーのデータも利用した。これら大量のデータから最終的に1600個のクエーサーを選び出し、紫外線とX線の明るさからクエーサーまでの距離を求めた。

 標準理論と食い違い 

 「約120億年の範囲にわたっているクエーサーのサンプルと、より近い80億年前までの範囲をカバーするIa型超新星のサンプルを組み合わせて分析したところ、両方の天体が存在する最近の宇宙では、宇宙膨張の速度はどちらの天体から求めても似た結果になりました。しかし、クエーサーしかない初期宇宙については、クエーサーの観測から導いた実際の膨張速度と標準モデルの予測との間に食い違いがあることがわかりました」(Lussoさん)。

 このような食い違いは、現在の宇宙の膨張速度を表す「ハッブル定数」の値についても最近見つかっている。超新星や銀河団など、近傍の宇宙の観測から導いたハッブル定数が、CMBの観測から導いた値と合わないのだ。こうした食い違いを解消するためには、標準宇宙モデルに新たなパラメーターを追加する必要があるかもしれない。

 「考えられる解決策の一つは、標準理論では一定とされているダークエネルギーの密度が、時代とともに増えると仮定することです。このモデルは、宇宙膨張の歴史に見られる矛盾とハッブル定数の矛盾とを同時に解決できる興味深いものです。しかし、最終的な審判はまだ下されていません。この宇宙の難題を解くにはもっとたくさんのモデルを詳しく検討すべきでしょう」(Risalitiさん)。

 Risalitiさんたちは、分析成果を改善するためにより多くのクエーサーが将来観測されるのを心待ちにしている。またESAでは、2022年に宇宙望遠鏡「ユークリッド」の打ち上げを予定している。「ユークリッド」は100億年前までさかのぼって宇宙膨張の様子を観測し、ダークエネルギーの正体を調べる予定だ。これによっても新たな手がかりが得られることだろう。

 標準理論が直面するいくつかの限界

 標準理論は、早くからその限界も指摘されている。そのひとつが「重力」を扱えないことだ。現代の物理学では、「重力」、「電磁気力」、「強い力」と「弱い力」の4つの力を統一的に説明する究極の理論の構築を目指している。138億年前の原初宇宙では、ただ1つの力が存在し、時間とともに4つの力に分岐したのではないかと考えられている。その謎を解く鍵を素粒子が握っているとされるが、「重力」は標準理論の射程外とされているだけでなく、「重力」以外の3つの力の統一(大統一理論)もまだ完成していない。

 もうひとつの限界は、宇宙に存在すると考えられる物質やエネルギーのうち、標準理論で説明可能なのはわずか5%にすぎないことだ。天文観測技術の発達により、宇宙には目に見えない(光を発しない)大量の謎の物質「暗黒物質(ダークマター)」が存在することが1960年代半ばに明らかになった。さらに1998年には、宇宙が現在、加速膨張していることが突き止められたが、その理由が解明されておらず、正体不明のエネルギー「暗黒エネルギー(ダークエネルギー)」の存在が指摘されている。それぞれ、宇宙の27%と68%を占めるとされる。

 さらに、LHCで発見されたヒッグス粒子の質量が、大統一理論や究極の理論のエネルギースケールに比べて、はるかに軽いという謎がある。さまざまな点で、標準理論を超える理論が求められている。

 標準理論を超える究極の理論とは

 素粒子物理学は、標準理論を拡張する新たな理論の構築と、それを証明する観測や実験に挑み始めている。

 研究者たちの期待を集めているのが、「超対称大統一理論」だ。この理論では、標準理論に登場する17の粒子に加え、各粒子に対して、パートナーとなる粒子「超対称性粒子」の存在を予言している。

 もっとも軽い「超対称性粒子」は「暗黒物質(ダークマター)」の候補であり、ヒッグス粒子の質量の軽さを自然に説明することもできる。重力を除く3つの力を統一的に理解する「力の大統一」も可能になる。研究者たちが次に狙うのは、「超対称性粒子」の発見であり、「超対称大統一理論」を実証する現象の捕捉だ。東京大学素粒子物理国際研究センターが力を入れて取り組む実験も、そのためのものだ。

 さらに、厄介な「重力」をも統合する究極の理論も提唱されている。それが、素粒子を振動する「ひも」ととらえる「超ひも理論(超弦理論)」だ。この理論を実証する実験方法は考え出されていないが、素粒子物理学の歴史は、先人たちの予言を実証する実験技術の発展の歴史でもある。素粒子物理学がその地平に辿り着く日も、そう遠くはないかもしれない。(東京大学 素粒子物理国際研究センター)

 「宇宙の標準理論」見直しならノーベル賞級

 2018年9月下旬、国立天文台などの研究チームが、宇宙はこの先、少なくとも1400億年は存在し続けるという画期的な研究成果を発表した。気が遠くなるような将来まで予測できたのは、同天文台が米ハワイ島で運用している「すばる望遠鏡」のおかげだ。

 発表で使ったデータは、2014~16年に観測した約1000万個の銀河を分析して得た。これは計画全体で収集を予定している観測データのわずか11%にすぎない。

 それでも宇宙の物質の大半を占めているとされる正体不明の暗黒物質(ダークマター)の3次元分布を世界最高レベルの精度で描き出し、95%の確率で宇宙の余命は1400億年以上という算定結果につながった。

 さらに興味深いことに、その3次元分布は、アインシュタインの一般相対性理論などで構築された宇宙論の「標準模型」と必ずしも一致しないことも示された。素粒子「ニュートリノ」の質量や、宇宙を膨張させている謎のダークエネルギーの性質を解明すれば説明できるかもしれないが、標準模型の訂正が求められる可能性もあり、今後の大きな研究課題だ。

 となれば、すべての観測データがそろうと何が分かるのか。観測計画に携わっている東京大カブリ数物連携宇宙研究機構の高田昌広教授は「10倍のデータで、標準模型と矛盾していないかどうかを見る。もし矛盾していたら大変なことになる」と話す。

 もし標準模型との矛盾が明らかとなれば、ノーベル賞級の成果だ。高田氏は「ニュートリノやダークエネルギーなどに関する理解も深まるかもしれない。すごく面白い」と意気込む。(産経新聞 2018.10.7)

参考 アストロアーツ: http://www.astroarts.co.jp/article/hl/a/10463_expansion

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