2019年ノーベル物理学賞

 2019年のノーベル物理学賞はカナダのジャームズ・ピーブルス博士(James Peebles)、スイスのミシェル・マイヨール(Michel Mayor)博士、その弟子のディディエ・ケロー(Didier Queloz)博士に贈られた。

 ピーブルス博士は宇宙の理論的な研究、マイヨール博士とケロー博士は太陽系の外にある惑星「系外惑星」の発見をした。賞金の半分はピーブルス博士に贈られ、その残りの半分をマイヨール博士とケロー博士が分ける。

 ピーブルス博士は初期宇宙がどのようにできていたかを研究していた。宇宙マイクロ波背景放射の観測でも重要な貢献をしている。ビッグバンからどのように宇宙ができていたのか、元素がどのようにできたのか、ダークマター、ダークエネルギー研究などがある。

 宇宙背景マイクロ波放射に関してはすでに観測のチームが2006年ノーベル賞を受賞している。だが、ピーブルス博士の理論的な計算がなければ、観測も難しかっただろうといわれている。

 ピーブルス博士は、1970年代から宇宙の大規模構造の研究で世界の先頭を走っていた。理論的にも観察的にも宇宙論におけるほとんどすべての現代的研究の基礎を築き、高度に観念的な分野を精密な科学へと変化させた。ノーベル賞の受賞は84歳。何とか生存中の授賞となった。

 系外惑星の発見した「恒星のドップラー効果」

 マイヨール博士とケロー博士は1995年、恒星の周りを回る太陽系外惑星を初めて発見しました。スイス・ジュネーブ天文台で、マイヨール博士が、当時大学院生だったケロー博士を指導していた、という関係。

 太陽系外惑星は遠く、小さく、暗い天体。おまけに、すぐ近くにある恒星の光も邪魔となり、当時の技術では直接観測することができなかった。

 そんな太陽系外惑星は、「ドップラー法」によって発見された。惑星ではなく恒星の色を観測することで、惑星の存在を突き止めた。

 惑星は、恒星の周りを回る天体。が、少々強引な表現をすると、恒星も惑星を"回っている"のです。 恒星(中心)の回りを惑星が回っているように見えるが、重心を中心として恒星もわずかに円運動している。

 地球は太陽の周りを回っている。しかし、正確には太陽を中心とするのでなく、太陽と地球の重心を中心に、互いに周り合っている。遠くに輝く恒星のわずかな円運動を直接観測するのはやはり、困難。しかし、この円運動を図のように上からではなく、真横から見たとしたら。恒星が周期的に近づいて、遠ざかる。これによって生じる光のドップラー効果を観測する。

 ドップラー効果を、救急車で考えてみよう。想像してください。少し離れたところに、円を描いた道路があり、救急車が走っている。サイレンの音色は、円の手前に向かうときに高くなり、奥に向かうときには低くなる。このサイクルが続く。

 サイレン音が、恒星の光に変わっても、考え方は同じ。近づいてくるときには波長の短い青っぽい色に、遠ざかるときには逆に赤っぽい色に、ちょっとだけ色が変化する。そして恒星の円運動は、周りに惑星があることの有力な証拠となる。

 マイヨール博士らは、ペガスス座に輝く51番星の色の変化を検出することに成功し、太陽系外惑星の存在を指摘した。

 それは灼熱の巨大惑星(ホット・ジュピター)だった

 マイヨール博士たちはなぜ、複数の科学者グループが探していた太陽系外惑星の、第一発見者になることができたのだろうか?

 ひとつには「運」があった。たとえば、やはりドップラー法で21個の恒星を10年以上も観測し続け、1995年8月、「太陽系外惑星は存在しない」と結論づけたカナダのグループもありました。

 そしてもうひとつ。見つかった惑星が、いや、広い宇宙にある惑星の姿が、太陽系の常識からかけ離れていたことが、マイヨール博士らと、ライバルたちの命運を左右しました。

 多くの科学者が念頭に置いていたのは、太陽系の姿。水、金、地、火、木、土、天、海、冥(当時は惑星でした)と、小さい惑星が太陽近くにあり、木星や土星といった大きな惑星は離れたところを長い周期で回っている。

 太陽系外惑星でも見つけやすいのは大きな惑星。多くの科学者たちが、数年周期(たとえば、木星は約12年で一周します)の色の変化を検出しようとしていた。 しかし見つかったのは、①中心にある恒星にとても近く(太陽系に持ってくると水星よりずっと内側)を、②わずか101時間で公転する(つまり1年が101時間の)、③質量が木星並に(地球の10倍くらい)大きい----という想定外の天体だった。

 マイヨール博士たちはそれまでに太陽系外惑星ではなく、連星(恒星同士が回り合っている天体)の観測をしていたので、短周期の運動に気がつくことができた。

 マイヨール博士とケロー博士がペガスス座51番星の奇妙な色の変化に気付いたのは、1994年9月のこと。「全く信じられなかった」。2人は最近のインタビューでも、そう述懐している。

 そこで必要になるのは、「本当にそんな惑星が存在し得るのか」という検証。さまざまな他の可能性(恒星の自転や脈動など)を排除していくための時間が必要だった。

 「他の誰かが同じ発見をすることも簡単に思えたし、それを恐れていた」(ケロー博士)。さらなる観測をしたくても、秋の星座であるペガスス座の星は、春には見えない。

 夏の夜明けの東天に、再び51番星が現れるのをどれだけ待ち焦がれたでしょうか。95年の7月、9月の観測で惑星である確信を抱き、10月6日、イタリア・フィレンツェでこの発見を報告した。

 宇宙観の大転換

 宇宙は約138億年前にビッグバンで誕生し,当初は光と物質が混合した熱いスープのような状態だったが次第に冷え,誕生から約38万年後,光が物質に邪魔されずに進むことができるようになった結果,それまで曇って先が見えなかった宇宙が一挙に晴れ上がり,遠くまで見通せるようになった。その際に発せられたのが宇宙最古の光である宇宙マイクロ波背景放射だ。今では一般の人にも広く知られている宇宙の誕生と初期進化のシナリオだが,ピーブルス博士はこの根幹部分の理論を1960年代の半ばに築いた。

 宇宙マイクロ波背景放射は1964年,米ベル研究所のペンジアス(Arno Penzias),ウィルソン(Robert Wilson)両博士によって偶然,発見されたが,ピーブルス博士らプリンストン大学の研究グループは当時,ビッグバンの名残の光である宇宙背景放射の存在を理論的に予言し,探索を始めようとしていた。ペンジアス・ウィルソンによる発見から時をおかずして,その重要性が広く天文学界に認識されたのはピーブルス博士らの理論研究の蓄積があったからだ。

 宇宙マイクロ波背景放射には宇宙誕生直後に生じた物質密度の濃淡が刻印されており,その物質密度が濃い場所が種となって銀河や銀河団からなる宇宙の大規模構造が形成されていった。ピーブルス博士は,この濃淡パターンには宇宙の大規模構造など宇宙の枠組みを規定する重要なパラメーターが反映されていることを理論的に示した。この理論研究を踏まえて宇宙マイクロ波背景放射を全天にわたって観測する米国の探査機COBEとWMAP,さらには欧州の探査機Planckが打ち上げられ,現在の宇宙が約138億年前に誕生したこと,宇宙の質量の約68%が暗黒エネルギー,約27%が暗黒物質,約5%が普通の物質で占められていることなど,宇宙の正確な組成が明らかになった。

 一方,マイヨール,ケロー両博士は1995年,地球から約50光年の距離にあるペガスス座51番星で初の系外惑星を発見した。私たちの太陽は天の川銀河の恒星の中でもごく一般的なタイプなので,太陽と似たような星の中には惑星を持つものがあると予想されていた。ところが半世紀以上に及ぶ探索で,ただの1個も見つからなかった。多くの天文学者があきらめかけていた1995年,両博士は,ペガスス座51番星の輝き方が周期的に変化することを発見。太陽系でいえば太陽・水星間の距離の8分の1あたりを約4日で公転している木星のような巨大ガス惑星が存在することを突き止めた。

 天文学者の驚きは大きかった。恒星のそんな近くに,木星サイズの巨大惑星が存在するとは予想外だったからだ。これ以後,同じタイプの惑星が続々と発見され,系外惑星の理解が飛躍的に進んだ。その後,地球に似たタイプの岩石惑星も数多く発見されている。米航空宇宙局(NASA)の資料によると,これまでに約4000個を超える系外惑星の存在が確認されており,候補天体も多数存在する。系外惑星は今や天文学の重要な研究分野で,地球に似た環境を持ち,生命が存在する可能性がある天体を探す動きも活発化している。(日本経済新聞・中島林彦)

参考 サイエンスポータル: https://scienceportal.jst.go.jp/news/newsflash_review/newsflash/2019/10/20191008_01.html

  

ブログランキング・にほんブログ村へ 人気ブログランキングへ   ←One Click please