石炭になった絶滅植物

 絶滅した動物といえば、恐竜やマンモスなどを思い浮かべる人が多いだろう。では、絶滅した植物というと何があるだろう?

 すぐには思い出せない人も多いと思う。調べてみると絶滅した植物には現在石炭の中に化石として発見された植物「リンボク・ロボク・フウインボク」などがある。

 これらは胞子で増えるシダ植物のなかまであるが、古生代石炭紀に繁栄し、リンボクは高さが30mにも達した。歴史上上陸した植物が立ち上がるためにはセルロース、ヘミセルロースを固めるためのリグニンが必要であり、これらの植物は両者を持っていた。

 また、当時はリグニンを分解できる微生物がいなかったので植物は腐りにくいまま地表に蓄えられていった。これが石炭の由来となる。

 リンボク・ロボク・フウインボククは、大量の植物が腐らないまま積み重なり、良質の無煙炭となった。石炭紀以降も石炭が生成されたが時代を下るに従って生成される石炭の量も質も低下することとなった。

 ちなみに白色腐朽菌は、地球上で唯一リグニンを含む木材を完全分解できる生物で、リグニン分解能を獲得したのは古生代石炭紀末期頃(約2億9千万年前)である分子時計から推定される。

 石炭紀からペルム紀にかけて起こった有機炭素貯蔵量の急激な減少は白色腐朽菌のリグニン分解能力の獲得によるものと考えられている。では、現代において絶滅する植物にはどのようなものがあるのだろうか?

 コブシモドキ

 コブシモドキ(Magnolia pseudokobus)はモクレン科の落葉高木。コブシの近縁種とされる。コブシの北方型の変種の一つである。

 1948年に阿部近一、赤澤時之の二人により徳島県相生町で発見された。発見された当時、株から出た枝が地面を這って、土に接した部分から根が出ていたことから、「ハイコブシ」の別名もつけられた。

 4月中旬に直径12 - 15 cmの花を多く咲かせ、コブシよりやや開花が遅いことなどが特徴。また、葉の大きさもコブシより若干大きめで、長さ20 cm、幅8 - 10 cm以上ある。その後も何度か再調査が行われたが、発見された一株以外は見つかっていない。またこれは三倍体であることから種子も出来ないこと、四国にそもそもコブシが自生していないことなどから謎の多い植物として現在も語り継がれている。

 野生種は既に存在しないと考えられているが、徳島県の相生森林美術館をはじめとした数箇所で当時の株から挿し木などで増やされたものが栽培されている。環境省のレッドデータブックでは野生絶滅(EW)、徳島県のレッドデータブックでは絶滅と評価されている。 

 リュウキュウベンケイソウ

 リュウキュウベンケイ(Kalanchoe integra)とは、ベンケイソウ科リュウキュウベンケイ属の多肉質の多年草。別名ヘラバトウロウソウ。 

 日本では琉球諸島(沖永良部島、与論島、沖縄島、伊江島、宮古島、伊良部島、多良間島)に、日本国外では台湾、中国南部、東南アジアに自然分布するが、日本では伊良部島以外の現状は不明であり、伊良部島の個体群も栽培個体が逸出した可能性がある。また、栽培個体は分布地だけでなく各地で見ることができる。自然状態では、日当たりのよい海岸や岩礫地、岩上などに生育する。

 多肉質の多年草。草丈は30-100cmで、茎は斜上または直立する。葉は対生、へら状長楕円形で、長さ5-20cm、多肉質、葉縁には鈍い鋸歯があり、3裂することがある。葉柄がある。花期は1-4月。花序は散房花序で茎の頂端に付く。花弁は4枚あり、花冠はつぼ型あるいは高杯形、色は黄色-橙色だが基部のみ緑色。 

 本種の野生個体は、園芸用の採取や生育地の開発などが原因で絶滅したと考えられており、自然環境で確認される個体は栽培個体が逸出したものとされている。そのため環境省及び鹿児島県のレッドデータブックで「野生絶滅」で評価されているが、沖縄県のレッドデータブックでは、上述の伊良部島の個体群が野生個体か栽培品の逸出個体かはっきりしないため、「絶滅危惧IA類」で評価されている。

 絶滅危惧種の例として、コブシモドキとリュウキュウベンケイソウをあげたが、他にもハツシマラン・ヒュウガホシクサなど多数存在する。

 世界で一番孤独な木の物語

 一方「絶滅は確実」とされた、世界に1本しかない木が、科学者たちの奮闘で復活しつつある。

 その名はカイコマコという木で「世界で最も孤独な木」と呼ばれる。ニュージーランドのスリー・キングズ諸島に唯一残された野生の木に起源を持ち、現在ニュージーランド本土で何百本に増えつつあるという。

 ニュージーランドの北端から約60キロの海に浮かぶスリー・キングズ諸島に、「世界で最も孤独」と言われる1本の木があった。発見から70年のときを経て、この木はついにその肩書きを変えるかもしれない。

 科学者と先住民マオリの一部族、ンガティ・クリ族から成るチームが、最近、保全に向けた調査を終えてこの島から戻ってきた。また、ンガティ・クリ族のメンバーは2019年、カイコマコの苗木80本をニュージーランド本土に植えた。

 こうした進展が見られたのは、2つの重要な問題に向き合ったからだ。受粉相手のいない木をどうやって救うのか、その仕事を誰が担うかだ。

 ヤギの導入と実をつけない木 

 カイコマコの木の物語は、その故郷の物語とよく似ている。困難かつ、幸運に恵まれた物語だ。

 1945年、スリー・キングズ諸島(マオリ語でマナワタウィと呼ばれる)の最も大きな島で、野生のカイコマコの木が1本発見された。最も大きな島といっても面積は4平方キロほど。このカイコマコは、完全に独りぼっちだった。

 責任はヤギにある。

 1889年、難破船の乗組員と思われる人が、食料源として4頭のヤギを島に持ち込んだ。ヤギはどんどん増え、1946年に外来種として根絶されるまでに100倍にも膨れ上がっていた。

 ヤギたちは島の植物を食べ尽くし、複数の種が絶滅に追い込まれた。だがカイコマコは、ヤギがいた一帯より200メートルほど高い岩だらけの急斜面に生えていたため、生き延びた。

 カイコマコを貴重な植物と考える科学者もいた。1度の大嵐で消滅しかねない、ニュージーランドの遺産だと。その一方で、カイコマコが本当に「孤独」かどうかを疑問視する科学者もいた。どこにでもある木の1本が辺境に生えているだけで、特に気に掛ける必要などないと。

 分類に関する議論が何十年も続き、最終的にこのカイコマコはPennantia baylisianaという固有種であると結論づけられた。Pennantia baylisianaと近縁のカイコマコは、雌雄異株、つまり、雄花をつける個体と雌花をつける個体に分かれている。これは、個体数が1つしかない木にとっては解決不可能な問題だ。

「この個体は特殊だったのです」と、かつてオークランド近郊で園芸店を営んでいたジェフ・デイビッドソン氏は語る。 

 スリー・キングズ諸島のカイコマコは雌株だが、花粉を形成する雄花をつける。科学者たちはこの雄花で自家受粉が実現するのではないかと考えた。しかし、カイコマコがあまりに希少なため、状況は難しかった。科学者たちは数年に一度しか島を訪問できず、研究の助けとなるのは、この孤独な木の一部をニュージーランド本土で挿し木した、数本の試料のみだった。

 菌類の研究者だったロス・ビーバー氏はしばしば、昼休みの散歩中に挿し木を見に行った。この挿し木は成木になり、白い花を咲かせたが、すべて実をつけずに花は枯れてしまった。

 実をつけなければ、種子はできず、新しい木は生えない。

 科学者のロス・ビーバー氏が試行錯誤の末、野生に唯一残されたカイコマコ(学名Pennantia baylisiana)の挿し木を繁殖させることに成功した。

 除草剤に救いのヒント

 ビーバー氏は好奇心をかき立てられ、調査を開始した。

「ロスは、短絡的な発想を実行に移しました」。デイビッドソン氏は、2010年に死去した友人ビーバー氏について、このように振り返る。

 ビーバー氏は、水と栄養を一房の花に集中させようとした。 

 試行錯誤の末、ビーバー氏は1つの方法を見つけた。植物の成長ホルモンの働きを真似した除草剤だ。除草剤の効果は弱く、貴重な植物に害が及ぶ心配はない。しかし、花粉粒の硬い外側を溶かし、受粉を助けることができる。その後ホルモンは、受精した実が発する初期の信号を増幅して木に伝える。もっとこちらに注意してほしいとメッセージを送るようなものだ。

 カイコマコはこのメッセージに応じ、成熟した実をつけるのに十分な生殖エネルギーを放出した。実の直径は1.25センチほどで、生育可能な種子が一つずつ入っている。

 「1人の科学者の、型にとらわれない自由な発想から生まれた成果です」とデイビッドソン氏は評価する。

 1980年代から1990年代初頭にかけて、デイビッドソン氏とビーバー氏は種子から6本の苗を栽培した。デイビッドソン氏は自身の園芸店でカイコマコの販売を開始し、利益の一部を自然保護団体に寄付した。デイビッドソン氏は購入者に、カイコマコが花を咲かせたら連絡してほしいと頼んだ。

 「成熟した雄株が手に入ると思って、期待していました」とデイビッドソン氏は話す。

 しかし、雄株は一向に現れなかった。新しい木はすべて立派だが、絶滅を回避するための直接的な保険にはならない。島に野生の木を定着させるしか手はなかった。

 本土で何千もの種子を得る

 種子が得られたことで、2005年、ついに政府の回復プログラムが始動した。目的は、最悪の事態に備えることだ。 

 植物学者のピーター・デ・ラング氏がニュージーランド環境保全省の科学者として、植物の保護を専門とするレンジャー、ジャニーン・コリングス氏と連携することになった。本土から害虫や病気が持ち込まれないよう、2人は計画案をつくった。1840年代にアイルランドでジャガイモ飢饉(ききん)を引き起こした土壌病原菌も阻止しなければならない。

 
「もし失敗すれば、島固有の植物の大量絶滅を招くことになります。誰かが汚染されたすきや靴を持ち込んだら終わりです」

 1969年、ニュージーランドの沖合の島々を対象に、保全状況の評価が実施され、マナワタウィに自生する孤独なカイコマコは「確実に絶滅する」と判定された。しかし、科学者のロス・ビーバー氏と園芸店の経営者のジェフ・デイビッドソン氏が6本の実生苗を栽培し、何千もの種子を採取したことで、カイコマコの運命は変わった。

 デイビッドソン氏が懸命に苗木を育てたおかげで、カイコマコの種子は4000まで増えていた。研究者たちはすべての種子を消毒し、冷蔵庫に詰め込んだ。スリー・キングズ諸島に上陸するまで貨物に触れないよう、細心の注意が払われた。

「大量の種子を放り込み、さあ出発というわけにはいきませんでした」とコリングス氏は話す。「その方がはるかに楽ですが、適切なやり方ではありません」 

 カイコマコが繁栄しそうな場所を探すため、コリングス氏らは島全体を区画に分けた。断崖絶壁の浅い土壌が最適な生息環境とは考えられなかったためだ。孤独なカイコマコは単に、ヤギたちにかみ砕かれるのを免れただけだ。

 2012年までに、チームは小さな成功を65回重ねた。また、公平な自然保護を実現するため、地元のマオリであるンガティ・クリ族に500の種子を提供した。

 マオリの人々とともに「復活」目指す

 マオリの間では、故郷アオテアロア(ニュージーランド)を最後に振り返るため、死後のワイルア(魂)はマナワタウィ(スリー・キングズ諸島)に渡ると信じられている。マナワタウィはそうした世界観の重要な要素であり、カイコマコもその一翼を担う。

 シェリダン・ワイタイ氏によれば、政府当局は数年前まで、島の管理などマオリ部族による伝統的な慣習を維持することを阻止していたという。ワイタイ氏はンガティ・クリ評議会の事務局長として、ンガティ・クリ族と政府の橋渡しを行っている。

 カイコマコは「人生の一部です」とワイタイ氏は話す。「種が失われることは、私たちの歴史や文化の一部が失われることを意味します」 

 カイコマコの苗木に水をやるシェリダン・ワイタイ氏。先住民ンガティ・クリ族が植えた80本の苗木のうちの1本だ。ンガティ・クリ族は唯一のカイコマコが自生するスリー・キングズ諸島の管理を任されており、カイコマコを復活させるため、科学者たちと継続的に連携している。(PHOTOGRAPH BY BRADLEY WHITE, MANAAKI WHENUA)

 西洋人は繊細な島の生態系にヤギを導入し、最後のカイコマコから枝を盗んだ。そして、不公平な年月が長すぎたとはいえ、その後の科学活動が「タオンガ」を守った。タオンガとは、マオリ語で貴重な資源や宝物を意味する。

 だからこそ、ンガティ・クリ族は科学者たちを招き入れ、総合的なアプローチを構築するという決断を下した。「私たちは彼らに、私たちの土地から奪い去った知識を共有しないのであれば、私たちの陸や海で行われる研究に協力する気はないと伝えました」とワイタイ氏は振り返る。

 現在、ンガティ・クリ族はスリー・キングズ諸島を環境保全省と共同管理している。

「私たちが主導し、彼らがそれを可能にしてくれています」とワイタイ氏は説明する。

 ンガティ・クリ族は植物学者などの専門家とともに、最適な生息環境の選定、野生のカイコマコをスリー・キングズ諸島に再び繁茂させるための計画に取り組んでいる。2019年10月には初めて、先住民の主導による島の視察が実現した。

 現在のところ、何世代もそうだったように、孤独なカイコマコにはまだ伴侶がいない。しかし、以前と変わったこともある。海の向こうの本土に大勢の仲間が待っていることだ。

参考 National Geographic: https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/19/122600760/

  

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